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ごーぐる

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「えっと……お風呂、入る?」
家に入ってもマントを脱がない様子の子供に、躊躇した。

家に入ってからというもの、下をうつむきっぱなしの子供に話しかけるには結構勇気が必要だ。
子供はこくりと頷き、僕もほっと一安心する。

「あっ、お腹すいてるかな?僕、夕飯まだなんだ。一緒に食べるかい?」
つい勢いで言ってしまったが、またもこくりと頷いてくれた。
「じゃあ、作って待ってるね。お風呂はあっちだよ」

やはりフード付きのまま、子供は大きく頷いてトテトテと駆けていった。
愛らしい後ろ姿である。
僕はにこやかに夕食を作り始めた。



驚いた。
私はなにをしているんだろうと、鏡に写る自分を見る。

あの時、月を背にした彼の輝く瞳が曇っていて、魅入った。
プラチナブロンドと、淡く光る月が同一のものに見えて、彼が月の使徒かと思い違える。

一体、私はどうしたのだろうか。

鏡越しに大嫌いな赤色が光っていた。



「ーーーあ、服どうしよう……」

冷蔵庫から食材を取り出そうとして、ふとそう思った。
手ぶらなあの子が変えの服など持っているわけはない。
かといって独り暮らしの僕が子供服なんて持っているわけがない。

「うーん、ユーイチローはもう寝てるだろうしなぁ」

仕方がないと僕は夏服を取り出した。
たまに走り込みをしたくなったら使う、所謂運動着だ。
ちゃんと洗濯してるし、汗臭くない……はず……。
僕は心配になって思わず少し嗅いでみた。

大丈夫だと安心して風呂場に向かう。
僕はまだ二十五だから大丈夫だとは思うけど、あの子に加齢臭が臭いとか言われたら泣いちゃいそうだ。

「僕だよ、着替えを持ってきたんだ。開けても良いかい?」
と言ってみたが、返事は出来ないのだと気がついて、返事を待たずに「開けるね」と脱衣場に入った。
ちゃぷちゃぷと水が動く音が聞こえてくる。
浴槽に浸かっているらしい。

よしよし、と僕は洗濯機の上に持ってきたTシャツを置いた。
あの子の大きさならワンピース位にはなるのではなかろうか。

床にあの子が着ていたのであろう服が散らばっていた。
ついでに洗濯してしまおうかとフード付きマントを拾い上げて、愕然とする。

半袖半ズボンのそれはボロボロでかなり着古していることが分かる。
それだけじゃない、土まみれで所々血が飛び散っていた。

ーーーあの子は一体……。

僕は水音を耳に感じ取りながら、考え込んでしまった。
どれくらいそうしていたのか。
僕には一瞬の出来事のように感じた。

がちゃりとドアを開く音がして僕は覚醒する。
「あっ……」
振り返ろうとしたら、手桶が飛んできた。
思いっきり顔面で受け止めて、痛いと思ってのけたときにはがしゃんっと乱暴にドアが閉まっていた。

……そういえば、ユーイチローがある程度子供は育ってくると恥じらいを覚えて、一緒にお風呂に入ってくれなくなると言っていたなぁ。
その事なのかもしれない、だとしたら悪いことをしたなぁと頬を掻いた。

「もう出ていくから、ゴメンね」

子供って難しいんだなぁと苦笑いして、夕飯を作るために立ち上がった。
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