蓮の呼び声

こま

文字の大きさ
20 / 84
3章 暁の杼竜

3_⑨

しおりを挟む
 まぶたを赤く透かす陽光で、添花は目を覚ました。
「う……」
「添花。よかった」
 すぐ近くに紅龍の顔がある。どうやら、彼に抱えられて紅蓮に乗っていたらしい。町へ戻る途中だ。
「紅も……無事だったんだ。よかった」
 普段と違い、喉にも力が入らないという感じの弱々しい声に、添花はすぐ顔をしかめる。町で飛竜の背から降ろしてもらい、地面に立った足もふらついて、どうにも自身を情けなく思った。よろめいて、また紅龍に受け止められたから尚更だ。
「まったく、無茶しすぎだぞ」
「説教は、燦陽にしてよ」
 向かい合う形で前から肩を支える紅龍を睨もうとして、ふと、燦陽の気配がないことに気付く。
(成仏……したのかな。憑依が解けると同時だったのかも)
 本当に、杼竜の討伐は終わったのだ。少しほっとしたところで、急に右腕が引きつる。
「いっ……!」
 筋を痛めたのかもしれない。拳を振るって戦う腕で剣を取り、酷使し過ぎた。
「痛むのか?」
「うん、ちょっとね」
「ちゃんと医者に診てもらえよ。怪我人は、皆運び込まれてる」
 紅龍は強がる添花の左に立ち、脇から右腕を背に回して支えた。身長差があるため少しぶら下がるような格好になるが、これなら添花も歩ける。
 道場に隣接する病院へ向かう途中、ちらりと見えた紅龍の左腕には、ただれた傷が見えた。翼を落とした後、杼竜の頭に降りる時、黒い光が掠ったのだ。
(やだな、本当に情けない)
 討伐隊員に無傷の者はほとんどいないだろう。燦陽のおかげで事は片付いたが、霖が竜の格を上げたせいで血が流れた。
 看人の手で塗り薬と包帯をぐるぐる巻きにされる腕がやけに頼りなく思えて、添花は気分が沈む。体力の限界で眠気に襲われていたこともあり、看人があれこれ話しかけてきたことに何と答えたか、ほとんど覚えていられなかった。
 帰還した討伐隊の手当は、日の高いうちに終わった。余力のある者は食事ついでに祝杯をあげる元気があったが、傷が深い者は救護室で休む。添花もそのひとりで、随分長く眠っていた。
 翌朝になってようやく目覚めると、何とか動けるもののあちこちが痛む。腕も足もみんな筋肉痛だ。
(右腕は特に駄目だね。数日でまともに動くって言ってたかな)
 手当の最中に言われた内容はうろ覚えだった。ゆっくり上体を起こして布団に長座すると、ちょうど看人が救護室に入ってきた。
「よかった、起きられたのね。添花さん、気分はどう?」
 長い黒髪の看人は、腕を手当てしてくれた女性だった。名乗った覚えがなかったので少し面食らっていると、紅龍が様子を見に来ていた時に名前を聞いたと教えてくれた。
「あいつ、来てたんだ。相変わらず心配性だなあ」
「傷は少なくても、あなた、かなり顔色が悪かったもの。救護室で元気なふりはいけないわ」
 さすが、だるさが残っていると見抜かれている。添花は苦笑いした。
「自分で思うより無茶したみたい。腕は二、三日安静に、だっけ」
「ええ。……そうだ、昨日から何も食べてないでしょう。歩けるなら食堂に行ってみて。隊員みんなに、大師範のおごりだって」
 他の隊員達は外傷だから、動ければ食べるに問題はないらしい。ただ、添花は胃袋まで衰弱していたから、どうしたものかと首をひねる。
「大師範、太っ腹だね。でもごめん、私は遠慮しようかな。食欲なくて」
「まあ……随分消耗したのね。それなら、少し待ってて」
 髪をさらりとなびかせて、看人は救護室を出て行く。そういえば彼女の名前を知らないな、と思いつつ、添花は手櫛で髪をすく。あまり寝返りをうっていなかったようで、普段ふわりと弧を描く後頭部の髪はぺしゃんこだ。
 戻ってきた看人が手にしていたのは、湯呑みだ。湯気を立てている。
「さあ、熱いうちにどうぞ、竜鱗の薬湯よ。全然おいしくないけど、よく効くから」
 手渡された湯呑みの中は、黒い液体で満たされていた。濁った色ではないし、お茶のような煎じ薬だろうか。薬湯らしい草の匂いがするが、少し甘そうな感じもする。ためらいつつも、添花は一口飲んでみた。
「うわぁ……」
 あまりの苦さに、思わず眉を寄せる。吹き出しはしなくても、これを飲み干せと言うのは少々厳しい。
「ほら頑張って。冷めると効果も弱くなっちゃうの」
 申し訳なさそうに笑う看人の前で、音は上げられない。変に負けず嫌いを発揮して、一気に湯呑みを傾ける。二口目からは意外とすんなり喉を通り、きちんと熱いうちに飲み終わった。
「ふー、ごちそうさま」
「うん、飲めてよかった。食事は無理に食べなくていいけど、少しは楽になると思う」
 空の湯呑みを看人に返しながら記憶を辿るが、やはり名前が出てこない。世話になったし、添花は彼女の名を覚えておきたかった。
「ありがとう。えーっと、あなたの名前、聞いてなかったよね?」
「私は深好。紅龍くんと同い年だから、きっと添花さんともおんなじね。……あ、言い忘れてた。大師範がね、動けるようになったら応接室に来てほしいって」
 具合が悪くなったら看人を呼ぶようにと付け加えて、深好は救護室を出て行った。他の部屋にも怪我人がたくさんいるから、忙しそうだ。何か言いかけていたように思うが、添花にも用事ができた。とりあえず、体の具合を確かめるために動いてみることにした。
(あんまり早いと、飯食ったかーなんて、面倒な話になりそう。応接室には、頃合いを見て行こう)
 箱形の布団から降りて、ぎこちない動作で靴を履くと、添花は竜舎のある広場を目指して歩き出す。燦陽が本当に成仏したのかどうか、実感がなかったからだ。彼の定位置を自分の目で見て確かめたい。
 広場への急な坂を上り始めて早々に、深い溜め息が出た。せっかく回復した体力は風に奪われていくし、筋肉痛の足が重い。
「添花!」
 坂を上りきった所で、後ろから紅龍の声がした。振り向くと、竜の餌が入った麻袋を担いで駆け上って来ている。
(くそー、こっちは全然動けないっての)
「もう平気なのか?」
「うん、まあ。腕も二、三日でまともに動くって。……そっちこそ、どうなの?」
 添花は少しばつが悪そうに、紅龍の腕の傷を気にかけた。自分のせいで怪我をさせたと、責任を感じているのだ。
(添花のおかげで助かった奴の方が、多いと思うけどな)
 励ます言葉を並べるより、紅龍は笑ってみせた。
「ああ、これ。大した事ないよ」
 包帯を巻いた腕は、布で吊る必要はないようだ。添花の表情が一時緩む。すぐに口元を引き結ぶと、改めて紅龍と目を合わせた。彼にだけ聞こえる程度に声を絞る。
「よかった。燦陽も成仏したみたいだし、私、もうすぐここを出ようかな」
 幼馴染みと一緒にいると、故郷を思い出してしまいそうだ。添花と同じく、紅龍も遡っていく記憶に蓋をした。添花が旅の途中で竜鱗に現れた時から、すぐに去る事は予想していたのだろう、引き止めはしない。
「そうか……紅蓮に、挨拶して行く?」
「うん、世話になったもんね」
 ふたりで竜舎に入る直前、添花は慰霊碑になっている岩壁を見た。定位置に燦陽の姿はない。
(お疲れ様)
 労いの言葉を心でかけて、竜舎に足を踏み入れる。
 かなり奥行きのある洞窟は、中でいくつかに枝分かれしていた。それぞれの空間を柵で区切り、一頭ずつのねぐらに仕立ててある。似通った顔立ちに見える竜の中、紅蓮は少し体が大きく皮膚の赤色が鮮やかなので、離れていてもわかりやすい。
「ん、どうした? 紅蓮」
「機嫌が悪いみたいだね」
 共に戦ったとはいえ、紅蓮も燦陽に乗っ取られた添花を見ている。彼女から目を離さずに、紅龍に耳打ちするように唸った。
「昨日の今日だし、神経質になってるのかもな。挨拶は、あとで俺から言っておくよ」
「そうだね、お願い」
 麻袋から餌箱に餌を流し入れる音で、紅龍は言葉を他の門下生から隠した。餌番はひとりではないし、討伐隊員の他に昨日の様子を聞かれても困るからだ。
(そうだ、大師範はあの時のことを、皆に何て説明したんだろう)
 添花は紅龍に頷きながら、重い不安を胸に抱いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

処理中です...