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【本編後】蓮が咲いたら
シシ煮込みのある食卓 2
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大皿に盛ったシシ煮込みと、常備菜の漬物を座卓に置く。箸が配られるのを待たない映の一声で、夕飯時が始まった。
ネギとシシ肉が、ほろりほろり、ごはんに乗る。タレが染み込んで湯気の行く手を塞ぎ、これを掻き込んだら火傷が約束されているのに、箸がうずうずする。子どもたちが帰った時に肉があれば、映はよくこの料理を作った。好物にしているのは辰砂だけではない。
「これよこれ、甘めの味付けが美味いんだよなぁ」
はじめの一口はそのまま、あとはタカノツメをまぶして頬張る辰砂。煮込みとごはんを混ぜて掻き込む紅龍。全く混ぜず、並行にした箸ですくう添花。汁気を含んだ米が逃げるから、さじを使う映。途中、思い思いに漬物をつまむ。
二杯目のごはんに、紅龍がおかずをかける。添花はタカノツメの容器を彼に寄せた。だいたい、いつも二杯目からは味を変えるのを知っている。
ただ、道場に対してどう向き合おうとしているかを察するのは難しい。竜使いとして上を目指す道、蓮橋に帰って鍛錬を重ねる道。心根の優しい人だから、武術を離れる選択だってできる。
「で、どうするの? 準師範は」
簡潔に問われて手元が狂う。紅龍はタカノツメをかけすぎて、おかずを継ぎ足した。
「すぐ、挑戦する気にはなれねえな……」
「なぁんだよ、お前。そろそろ歳は一人前なんだから、しゃきっとせぇよ」
曖昧な言葉には父親が唸る。すでに二杯目を平らげて、楊枝をくわえていた。文句は前に紅龍自身が言っていたことだ。何を迷っているのだろう。
「いずれは、どうするか決めるさ。力を認められた以上、真剣に考える……ただ、紅蓮のことを半端にはできない」
竜使いとしての相棒を語る紅龍は、確かな意志を持っていた。このところ忙しいのは、紅蓮のことも含めて将来をしっかり見ているからだ。
「竜の寿命が長いのは、親父も分かってるだろ。俺の行く道は俺が決めるけど、紅蓮にも納得してもらわなきゃだめだ。飛竜便の拠点を増やすのが現実になったら、俺は蓮橋で竜使いをやれるかもしれないし。そういう指導者を目指さないかって言われてる」
通常、竜鱗で飼育される竜は人間と共生することに何も疑問を持たない。生まれた時から人間がそばにいるからだ。紅蓮のように野生の孤児竜を保護した場合、竜騎戦ができるほど懐くのは珍しかった。以前の巨竜討伐での活躍などを受けて、高く評価されているらしい。
「くぅ~、立派なことで迷ってんなぁ! 確かにそれは勢いで決めちゃならねえ」
「道場門下としては良いのかしらねえ……親としては、そろそろ身を固めて欲しいものよ」
ふたつの道場から引っ張り凧なんて。幼馴染みが眩しく見えて、添花は目を細める。その表情を、映が勘違いしてしまった。
「添花も笑ってる場合じゃないわ。いい人できたら、ちゃあんと私達に紹介してちょうだい」
「はは、紹介するよ、できたらね」
今度は本当に笑いが出る。そんな人、人生の中で現れたことがない。団らんを共にする、ふたつめの家族がある今に満足しているせいだろうか。
惚れた腫れたの結婚だのと、自分には無縁の話だ。空になった茶碗を置く。
(ああ、でも、墓参りに結婚相手を連れて行ったら……喜ぶのかな)
ぼんやり考えているうちに、辰砂の軽口が飛んでくる。
「ふたりそろって、浮いた話のひとつも無え。お前ら、お似合いだわ」
「えっ」
声を詰まらせながらも、心の臓は跳ねていない。添花と紅龍は、どちらからともなく顔を見合わせた。
結婚とは、他人だった者同士が家族になること。共に生きていく約束を交わすこと。自然と時間を共有してきたから忘れがちだが、ふたりは他人なのだ。添花は今、紅龍一家に「お邪魔して」いる。
「……お似合いだってさ」
名実ともに家族となり、晴れやかな気持ちでここに居られたら嬉しい。幼馴染みの柔らかな笑みが珍しく、紅龍はつい見入ってしまう。呆けた顔になるのを我慢して、とりあえず声を出す。
「……まあ、」
のんびりしていたら先を越される。
「元から家族みたいなもんだからな」
「だよね」
あとの言葉は、ぴたり揃った。
「ほかに、誰と結婚したらいいんだろ?」
自分の疑問符に答えようと、頭の中を探ってみた。答え合わせをするまでもなく、互いの目は澄んでいる。うん、ほかにはいない。
添花は茶を飲み、紅龍は残りのごはんを口に詰め込む。シシ煮込みは何口目でも美味しい。
「……お前らさぁ、何とも色気のねぇアレだな」
「そりゃそうよ、ずっと家族なんだもの」
四人で囲む食卓が、確かな当たり前になっただけ。紅龍の分かれ道も、添花が心に折り合いをつける旅も、先が見えないけれど。
「これからも、よろしくな」
「うん、こちらこそ」
どんな未来を選んでも、一緒に行ける人がいる。お腹いっぱい、幸せも噛みしめて、お茶の香りが芳しい。
皆の好物というだけでなく、縁起の良い料理として、もっとシシ煮込みが特別になる。そのうち婚礼をやるならば、ご馳走はこれに決まり。
ネギとシシ肉が、ほろりほろり、ごはんに乗る。タレが染み込んで湯気の行く手を塞ぎ、これを掻き込んだら火傷が約束されているのに、箸がうずうずする。子どもたちが帰った時に肉があれば、映はよくこの料理を作った。好物にしているのは辰砂だけではない。
「これよこれ、甘めの味付けが美味いんだよなぁ」
はじめの一口はそのまま、あとはタカノツメをまぶして頬張る辰砂。煮込みとごはんを混ぜて掻き込む紅龍。全く混ぜず、並行にした箸ですくう添花。汁気を含んだ米が逃げるから、さじを使う映。途中、思い思いに漬物をつまむ。
二杯目のごはんに、紅龍がおかずをかける。添花はタカノツメの容器を彼に寄せた。だいたい、いつも二杯目からは味を変えるのを知っている。
ただ、道場に対してどう向き合おうとしているかを察するのは難しい。竜使いとして上を目指す道、蓮橋に帰って鍛錬を重ねる道。心根の優しい人だから、武術を離れる選択だってできる。
「で、どうするの? 準師範は」
簡潔に問われて手元が狂う。紅龍はタカノツメをかけすぎて、おかずを継ぎ足した。
「すぐ、挑戦する気にはなれねえな……」
「なぁんだよ、お前。そろそろ歳は一人前なんだから、しゃきっとせぇよ」
曖昧な言葉には父親が唸る。すでに二杯目を平らげて、楊枝をくわえていた。文句は前に紅龍自身が言っていたことだ。何を迷っているのだろう。
「いずれは、どうするか決めるさ。力を認められた以上、真剣に考える……ただ、紅蓮のことを半端にはできない」
竜使いとしての相棒を語る紅龍は、確かな意志を持っていた。このところ忙しいのは、紅蓮のことも含めて将来をしっかり見ているからだ。
「竜の寿命が長いのは、親父も分かってるだろ。俺の行く道は俺が決めるけど、紅蓮にも納得してもらわなきゃだめだ。飛竜便の拠点を増やすのが現実になったら、俺は蓮橋で竜使いをやれるかもしれないし。そういう指導者を目指さないかって言われてる」
通常、竜鱗で飼育される竜は人間と共生することに何も疑問を持たない。生まれた時から人間がそばにいるからだ。紅蓮のように野生の孤児竜を保護した場合、竜騎戦ができるほど懐くのは珍しかった。以前の巨竜討伐での活躍などを受けて、高く評価されているらしい。
「くぅ~、立派なことで迷ってんなぁ! 確かにそれは勢いで決めちゃならねえ」
「道場門下としては良いのかしらねえ……親としては、そろそろ身を固めて欲しいものよ」
ふたつの道場から引っ張り凧なんて。幼馴染みが眩しく見えて、添花は目を細める。その表情を、映が勘違いしてしまった。
「添花も笑ってる場合じゃないわ。いい人できたら、ちゃあんと私達に紹介してちょうだい」
「はは、紹介するよ、できたらね」
今度は本当に笑いが出る。そんな人、人生の中で現れたことがない。団らんを共にする、ふたつめの家族がある今に満足しているせいだろうか。
惚れた腫れたの結婚だのと、自分には無縁の話だ。空になった茶碗を置く。
(ああ、でも、墓参りに結婚相手を連れて行ったら……喜ぶのかな)
ぼんやり考えているうちに、辰砂の軽口が飛んでくる。
「ふたりそろって、浮いた話のひとつも無え。お前ら、お似合いだわ」
「えっ」
声を詰まらせながらも、心の臓は跳ねていない。添花と紅龍は、どちらからともなく顔を見合わせた。
結婚とは、他人だった者同士が家族になること。共に生きていく約束を交わすこと。自然と時間を共有してきたから忘れがちだが、ふたりは他人なのだ。添花は今、紅龍一家に「お邪魔して」いる。
「……お似合いだってさ」
名実ともに家族となり、晴れやかな気持ちでここに居られたら嬉しい。幼馴染みの柔らかな笑みが珍しく、紅龍はつい見入ってしまう。呆けた顔になるのを我慢して、とりあえず声を出す。
「……まあ、」
のんびりしていたら先を越される。
「元から家族みたいなもんだからな」
「だよね」
あとの言葉は、ぴたり揃った。
「ほかに、誰と結婚したらいいんだろ?」
自分の疑問符に答えようと、頭の中を探ってみた。答え合わせをするまでもなく、互いの目は澄んでいる。うん、ほかにはいない。
添花は茶を飲み、紅龍は残りのごはんを口に詰め込む。シシ煮込みは何口目でも美味しい。
「……お前らさぁ、何とも色気のねぇアレだな」
「そりゃそうよ、ずっと家族なんだもの」
四人で囲む食卓が、確かな当たり前になっただけ。紅龍の分かれ道も、添花が心に折り合いをつける旅も、先が見えないけれど。
「これからも、よろしくな」
「うん、こちらこそ」
どんな未来を選んでも、一緒に行ける人がいる。お腹いっぱい、幸せも噛みしめて、お茶の香りが芳しい。
皆の好物というだけでなく、縁起の良い料理として、もっとシシ煮込みが特別になる。そのうち婚礼をやるならば、ご馳走はこれに決まり。
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