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6 折り返し
6-3
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デュークは強めに扉を叩いてハーストに声をかけ、ミュエルが話しだしてからは周囲の耳に気を配ることにした。
「いるのは分かっているので勝手に要件を話します。私はミュエルトス・キャンベルアーリィ、今期大穴を任されている封印士です。あなたの作った遮断器が壊れて困っています」
深呼吸。息を吐くとうつむきそうになる顔をぐいと上げて、ミュエルは続ける。
「使った時に壊れたわけではないので、私も護衛士も無事です。ただ、私は、昔……術を暴発させたことがある。二度とあんなこと」
潜在能力の高さゆえに、当時ミュエルは六歳で旅に出たという。自分の意思など関係ない、親や学院が主導してのことだった。子供らしく遊ぶ時間もなく、どうにか術式を丸暗記して、やっと形になった時分だ。それでも幼さを言い訳にしたくない。
詰まった言葉を押し出すように、固く拳を握っている。刻の箱庭と同じく肌を破いてしまわないか、ついザントは注視した。
「私の封印は私にしか解除できません。実現するまで何年もかかりました。時を失った護衛士達の中には……心を壊した者も、自ら命を絶った者もいました」
あの時にミュエルを責め立てた声は、彼らのものだったのだ。返せない時間を少しでも償うために、ずっと心に焼き付けている過去。声が震える。
「どんなに研鑽を積んでも、いくつの封印を成功させても、不安は消えません。万全の備えで大穴を目指すには、あなたの力が必要です」
「……娘を守れなかった道具に、どうして信頼を寄せられよう」
扉の向こうから声がする。ハーストは、いつの間にか近くで聞いていたらしい。
「道具の性能と使い手の実力が伴って初めて十分。ダイモス学長の教えです。私は学長のことは信頼しています。彼があなたに託すなら、私も。そういう気持ちになっただけ」
軋んだ音を立てて、扉が開いた。無精髭の生えた壮年の男性は、まだ濁った目でミュエルを見る。
「あといくつの封印があるんだ」
「大穴を含めて三つ。旅を折り返したところです。次は〈ヘイデンスの手〉と呼ばれる遺跡へ」
「半島の先の方か。いわくつきの所だな……」
ハーストの肩越しに見える工房の中は、およその種類別に素材がまとめてあるものの雑然としていた。棚か机か分からないが、物を寄せて空けたスペースに腕輪のようなものが乗っている。
暫く考えたハーストは、ぼさぼさに伸びている髪を手近な紐で括った。
「よし、修理してみよう。ダメなら新作をくれてやるよ。俺の出来うる限りを尽くした遮断器が、大穴封印を見届けたら……少しは、娘の弔いになる」
依頼は受けずとも試行錯誤をしていたらしく、壊れた遮断器を見れば必要なものがわかる。何度か頷いたハーストは道具に魔力を通して分析し、材料を工房内に探す。散らかっている割に配置を把握しているらしく、デュークらが手伝うまでもなく状況が整理された。
「古びた紙と……鴉の涙はあった。しかし、花付きアピラがな。珍しい薬草で、参詣道の奥地に自生しているから昔は採りに行ったが」
道に現れる不純物と戦ったり振り切ったりするには、ハーストは老いている。渋い顔を前に、エイルが知識を手繰る。
「アピラ自体はよくある薬草ですが、花を付けないはずですよね。葉が同じようなら、花の特徴を聞いて私達で採りに行けませんか?」
「エイルって草まで詳しいんだ。まあアピラの葉っぱなら僕も見てるけど……デュークは?」
「家で使うような香草薬草なら分かるよ。コンスリンクトじゃお使いの定番だからな」
葉での見分けは全員問題なさそうだ。花については、ハーストが例えに引いたアザミをミュエルとエイルが知っている。アピラの花は白いそうだ。
前を見た職人の目は力を宿し、声も腹の底から出てくる。
「俺は工房で準備を整えておく。神殿より山奥に行くことになるから、麻痺毒の不純物には気をつけてな」
町で補給を済ませて発つ時、ミュエルは「こんな形で神殿に行くことになるとはね」とぼやいた。
モーヴから参詣道を通り、まずは神殿を目指す。テイタテイト首都からの道も途中で交わるが、今は向こうが土砂崩れで通行止め。復旧に人手を取られて参詣道の警備は手薄だ。戦闘能力のない者は参拝を控えるようにと、立て看板がある。
確かに人の姿は少なく、代わりに不純物が襲いかかってきた。神殿までの道は大柄の人型のものが多く、岩の質感だったり粘液の塊だったりした。厄介なのは古びた木箱の姿をしたもので、興味本位で中身を覗く者を食べようとする。倒すか撒くかで進み、神殿に辿り着く頃には少々疲れた。
「うわ~大きい……町にある礼拝堂の何倍? 山奥によくこんな建物を作ったね」
「石材は周りから調達出来そうですが、ステンドグラスは圧巻ですよね」
色ガラスで象る絵を懐かしげに見るエイルは、来たことがあるらしい。神官に断りを入れて休憩させてもらおうと、先頭に立って立派な扉をノックした。
「なんと、奥地へ行かれるのですか。排出口こそ開いていませんが、麻痺毒の不純物がいて危険ですよ」
「珍しい薬草が自生していると聞きまして。旅に必要なのです」
どこの誰でも、封印士の旅には協力的だ。神官は休憩場所を提供するとともに不純物のことを詳しく教えてくれた。
麻痺は治癒術の一種で治せるが、当たらないのが一番、当たるなら掠るにとどめ、迅速に治すこと。周辺の手入れで奥地に近寄るから、神官達の使うお守りがある。エルダーの葉付きの枝を束ねたもので、厚意に甘えて借りた。
奥地には、叫び声で魂を吸い取ると言われるような不純物も出たが、デュークの奇策が功を奏して無事に切り抜けた。対抗して大声を出すやり方は俯瞰で見ると滑稽で、ザントとエイルは面白がっている。鬱蒼として不気味な道のりだが、賑やかな一行に寄る不純物は少なく済んだと言えるだろう。
やがて、足元の土は湿り気を帯びる。生い茂る植物が増え、耳をすませば水場が近いとわかった。薬草の自生地は間も無くだ。
「こんな所まで素材を取りにくるなんて、錬金術師も大変ね。あの麻痺毒の不純物、本体がいる限りいくらでも湧くシルマってやつでしょう」
「そうですね。普通の道ではまず遭うことのない大物です。薬草の生えた場所に本体がいたら、引きつけるのと探すのと、役割を分けた方がいいかもしれません」
神話には世界の構造を説明した部分もあり、穴と付随する不純物についても書かれている。読み込んだふたりはその知識も豊富だ。
「本で読んだものを、そのまま頭に入れておけるのがすごいよな」
「デュークのように勘がいい人は反射で物事に対応しますが、知識を蓄えて様々な状況に備える方が向いている人もいます。それぞれですよ」
「じゃあ、身軽な僕と勘のいいデュークが引き付けて、花を知ってるふたりで薬草探しか」
「状況によっては、私は治癒と盾を張る役割になるわね。薬草が手に入れば逃げるのもアリだわ」
四人の足並みが揃い、茂みの奥の池へと近付く。ぴりっとした空気を感じ、誰からともなく音を忍んだ。
池のほとりはより地面が湿っており、所々ぬかるんでいる。草は朝露が乾かないままといった印象で、足元は滑りやすそうだ。陽がないせいか少し寒い。
「ミュエル、あれ」
ザントが指差す池の向こうは、木々の隙間を縫った陽光が地面に届いている。覚えのある葉が繁茂していた。
「でも……池の中に居るな。なんか小さいのと違ってプニプニしてる」
水面が時折ゆらいで、呼吸をしているように見える。ちらりとのぞくのは、シルマ本体の頭頂部だろう。
「大きいわね。這い出てきたら水位がかなり下がるんじゃないかしら……さっき話した通り、二手に分かれましょう。薬草探しに気付かれそうになったら、その時は」
「ああ。俺達で引きつける」
池と距離を取りながら、ミュエルとエイルは薬草の方へ。デュークとザントは逆回りに移動した。
シルマを見ないように注意したので、薬草の生えた所までは無事に行けた。あとは花が付いているかどうかだ。
(もしシルマが攻撃してきたら……この場で形成しやすいのは水か氷の盾。まずは強度をとって後者かしら)
ミュエルは背後を警戒しつつ、その場を動かずに薬草群の全体を見渡した。エイルはしゃがんで細かく確認し、葉の陰に花が隠れていないかを見る。どうしても、微かな物音が立つ。
水面の揺らぎ方が変化するのをみとめ、デュークはわざと靴底を地面に擦る。ゆっくりと頭をもたげ、シルマが向くのはどちらの方か。
両生類のような質感のシルマ本体は、顔の真ん中にある巨大な一つ目を閉じている。これを開けば小物と同じく麻痺毒の光線が出るのだろう。視覚があるかは微妙なところだ。
とはいえ、第三の方向に注意を逸せばミュエル達を完全に死角にできる。ザントの放った矢は、木の実を枝から切り離した。池へと落下し水音を立てる。
「こうなったら、俺達はコソコソする必要ねえな」
「うん!」
池から上半身を現したシルマ本体に剣は届かない。本体を守ろうと茂みから出てくる小物は切り捨て、麻痺毒を喰らわないよう立ち回る。
薬草の方に行く小物もいたが、ミュエルが気づいて対処している。断末魔を聞いて本体が振り向きそうになると、ザントの矢で、あるいはデュークが小石を投げるなどして気を逸らした。
「アザミに似た白い花……中央は黒っぽい……なかなかありませんね」
三枚一組の丸い葉をかき分け、たまにてんとう虫がいる。背後に大物の不純物がいるとは思えない視界だが、エイルは探し物に集中することにした。ミュエルが立ったままであまり移動しないのは、不純物にも対応するため。今の自分の役割はこれだ。
誰が何をしようとしているか、手に取るように分かる。事前に打ち合わせたとはいえ、まとまって物事にあたれるのは心地よい。
(ザントの集中はまだ保つだろう。俺もまだいける。でも、こう騒がしくちゃ薬草探しは気が散るよな。何か倒す方法があれば)
この場を静かにしてから薬草を探す。シルマ本体が倒せる不純物であれば、その方が安全だ。あの巨体の急所を考えると、首を落とすか胸を貫くのが有効。矢では威力が足りず、剣は届かない。
さっきから、ミュエルが小物の対処に複数種類の魔術を使っている。特に効果の高い属性を探っているのでは? デュークはミュエルと目を合わせてみる。小さく頷いた。
「よし。ザント、もうひと踏ん張りだ!」
確信を持った声かけを受け、ザントは敵と距離を詰めたり離れたり、より気に障るように動く。エイルもいったん薬草探しを中断し、ミュエルが集中する時間を稼ぐために小物の対処に回った。
デュークがザントだけを呼んだのは、シルマ本体がエイル達に意識を向けないように。相手の弱点を分析しきったミュエルは、自信を持って攻撃できる。的確な魔術なら、大物でも倒せる。
視覚が弱いなら音や魔力には敏感。あまり時間はかけられない。今、確実に扱える最大量ならすぐだ。
「池から離れて!」
仲間に注意を促す声で、シルマ本体が振り向く。敵と認識した相手に向けて目を開き、麻痺毒光線を出さんという瞬間。
「シド・リェッキ!」
ミュエルが封印具で指し示したシルマ本体へと、炎の大蛇が飛ぶ。光線を飲み込みながら首に巻き付き、目も塞ぐ。そのまま締め上げる!
「ギィィィェェェエエエエエエ……」
本体と呼応するように、小物達の阿鼻叫喚も響き渡る。
(国内の魔術師の技では、こんな短時間の準備でこの威力は見たことがないわ。シルマを倒すことを第一の作戦にしても良かったくらいだけれど)
自分は大丈夫だと言い聞かせ、一心に敵を見つめる横顔に余裕はない。分析ができて、協力者がいて初めて倒せると思えたのだ。
(穴と不純物では相手が違いますが……これが護衛士の意味なのですね。遮断器が用意できたら、私達もっと凄いことが出来るはず)
やがて本体の首が飛ぶと、闇色のシミを残して池のほとりは静かになった。一時的に泥沼さながらの水になった池は、水位が最初の半分ほどだ。
「ふう……これで暫くは、薬草探しに専念できそうね」
ひとりで探すのでは目がふたつだが、四人なら。
「あれ、これだけ葉っぱが四枚ついてる。なんかラッキー」
「珍しい特徴があるなら、茎をたどってみましょう。こちらは葉が六枚ありました」
「そう言われると葉っぱが多いやつ探しちゃうな……あっ、五枚ついてる」
這うように増える植物だから、たくさんに見えても同じ株だったりする。三人が茎をたどると、だんだん近づいて同じ所に行き着いた。
「なんだ、たまたま葉っぱが多くなる株だったのか」
「ちょっと期待しちゃったね」
気を取り直して花を探そう。別々の方向に目を落とした時。
「あっ」
短い中にも震えを含む声。ミュエルが手を伸ばす先には、白い花を付けたアピラがあった。
「見つけた……これで、いいのよね?」
「白い細かい花弁。真ん中は黒っぽくアザミに似ている。きっとこれですよ! あとは大事に持ち帰るだけですね」
小さく拍手して喜ぶエイルだが、帰り道も危険なのは承知のこと。警戒は緩めていない。シルマがいない分が楽なだけだ。
「今からなら、暗くなる前にモーヴに着くかな。みんな大丈夫か? どこかで休憩する?」
話し合いながら、池のほとりを離れていく。封印士の安心材料を増やすためのひと山は、四人の距離を縮めていた。
「いるのは分かっているので勝手に要件を話します。私はミュエルトス・キャンベルアーリィ、今期大穴を任されている封印士です。あなたの作った遮断器が壊れて困っています」
深呼吸。息を吐くとうつむきそうになる顔をぐいと上げて、ミュエルは続ける。
「使った時に壊れたわけではないので、私も護衛士も無事です。ただ、私は、昔……術を暴発させたことがある。二度とあんなこと」
潜在能力の高さゆえに、当時ミュエルは六歳で旅に出たという。自分の意思など関係ない、親や学院が主導してのことだった。子供らしく遊ぶ時間もなく、どうにか術式を丸暗記して、やっと形になった時分だ。それでも幼さを言い訳にしたくない。
詰まった言葉を押し出すように、固く拳を握っている。刻の箱庭と同じく肌を破いてしまわないか、ついザントは注視した。
「私の封印は私にしか解除できません。実現するまで何年もかかりました。時を失った護衛士達の中には……心を壊した者も、自ら命を絶った者もいました」
あの時にミュエルを責め立てた声は、彼らのものだったのだ。返せない時間を少しでも償うために、ずっと心に焼き付けている過去。声が震える。
「どんなに研鑽を積んでも、いくつの封印を成功させても、不安は消えません。万全の備えで大穴を目指すには、あなたの力が必要です」
「……娘を守れなかった道具に、どうして信頼を寄せられよう」
扉の向こうから声がする。ハーストは、いつの間にか近くで聞いていたらしい。
「道具の性能と使い手の実力が伴って初めて十分。ダイモス学長の教えです。私は学長のことは信頼しています。彼があなたに託すなら、私も。そういう気持ちになっただけ」
軋んだ音を立てて、扉が開いた。無精髭の生えた壮年の男性は、まだ濁った目でミュエルを見る。
「あといくつの封印があるんだ」
「大穴を含めて三つ。旅を折り返したところです。次は〈ヘイデンスの手〉と呼ばれる遺跡へ」
「半島の先の方か。いわくつきの所だな……」
ハーストの肩越しに見える工房の中は、およその種類別に素材がまとめてあるものの雑然としていた。棚か机か分からないが、物を寄せて空けたスペースに腕輪のようなものが乗っている。
暫く考えたハーストは、ぼさぼさに伸びている髪を手近な紐で括った。
「よし、修理してみよう。ダメなら新作をくれてやるよ。俺の出来うる限りを尽くした遮断器が、大穴封印を見届けたら……少しは、娘の弔いになる」
依頼は受けずとも試行錯誤をしていたらしく、壊れた遮断器を見れば必要なものがわかる。何度か頷いたハーストは道具に魔力を通して分析し、材料を工房内に探す。散らかっている割に配置を把握しているらしく、デュークらが手伝うまでもなく状況が整理された。
「古びた紙と……鴉の涙はあった。しかし、花付きアピラがな。珍しい薬草で、参詣道の奥地に自生しているから昔は採りに行ったが」
道に現れる不純物と戦ったり振り切ったりするには、ハーストは老いている。渋い顔を前に、エイルが知識を手繰る。
「アピラ自体はよくある薬草ですが、花を付けないはずですよね。葉が同じようなら、花の特徴を聞いて私達で採りに行けませんか?」
「エイルって草まで詳しいんだ。まあアピラの葉っぱなら僕も見てるけど……デュークは?」
「家で使うような香草薬草なら分かるよ。コンスリンクトじゃお使いの定番だからな」
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町で補給を済ませて発つ時、ミュエルは「こんな形で神殿に行くことになるとはね」とぼやいた。
モーヴから参詣道を通り、まずは神殿を目指す。テイタテイト首都からの道も途中で交わるが、今は向こうが土砂崩れで通行止め。復旧に人手を取られて参詣道の警備は手薄だ。戦闘能力のない者は参拝を控えるようにと、立て看板がある。
確かに人の姿は少なく、代わりに不純物が襲いかかってきた。神殿までの道は大柄の人型のものが多く、岩の質感だったり粘液の塊だったりした。厄介なのは古びた木箱の姿をしたもので、興味本位で中身を覗く者を食べようとする。倒すか撒くかで進み、神殿に辿り着く頃には少々疲れた。
「うわ~大きい……町にある礼拝堂の何倍? 山奥によくこんな建物を作ったね」
「石材は周りから調達出来そうですが、ステンドグラスは圧巻ですよね」
色ガラスで象る絵を懐かしげに見るエイルは、来たことがあるらしい。神官に断りを入れて休憩させてもらおうと、先頭に立って立派な扉をノックした。
「なんと、奥地へ行かれるのですか。排出口こそ開いていませんが、麻痺毒の不純物がいて危険ですよ」
「珍しい薬草が自生していると聞きまして。旅に必要なのです」
どこの誰でも、封印士の旅には協力的だ。神官は休憩場所を提供するとともに不純物のことを詳しく教えてくれた。
麻痺は治癒術の一種で治せるが、当たらないのが一番、当たるなら掠るにとどめ、迅速に治すこと。周辺の手入れで奥地に近寄るから、神官達の使うお守りがある。エルダーの葉付きの枝を束ねたもので、厚意に甘えて借りた。
奥地には、叫び声で魂を吸い取ると言われるような不純物も出たが、デュークの奇策が功を奏して無事に切り抜けた。対抗して大声を出すやり方は俯瞰で見ると滑稽で、ザントとエイルは面白がっている。鬱蒼として不気味な道のりだが、賑やかな一行に寄る不純物は少なく済んだと言えるだろう。
やがて、足元の土は湿り気を帯びる。生い茂る植物が増え、耳をすませば水場が近いとわかった。薬草の自生地は間も無くだ。
「こんな所まで素材を取りにくるなんて、錬金術師も大変ね。あの麻痺毒の不純物、本体がいる限りいくらでも湧くシルマってやつでしょう」
「そうですね。普通の道ではまず遭うことのない大物です。薬草の生えた場所に本体がいたら、引きつけるのと探すのと、役割を分けた方がいいかもしれません」
神話には世界の構造を説明した部分もあり、穴と付随する不純物についても書かれている。読み込んだふたりはその知識も豊富だ。
「本で読んだものを、そのまま頭に入れておけるのがすごいよな」
「デュークのように勘がいい人は反射で物事に対応しますが、知識を蓄えて様々な状況に備える方が向いている人もいます。それぞれですよ」
「じゃあ、身軽な僕と勘のいいデュークが引き付けて、花を知ってるふたりで薬草探しか」
「状況によっては、私は治癒と盾を張る役割になるわね。薬草が手に入れば逃げるのもアリだわ」
四人の足並みが揃い、茂みの奥の池へと近付く。ぴりっとした空気を感じ、誰からともなく音を忍んだ。
池のほとりはより地面が湿っており、所々ぬかるんでいる。草は朝露が乾かないままといった印象で、足元は滑りやすそうだ。陽がないせいか少し寒い。
「ミュエル、あれ」
ザントが指差す池の向こうは、木々の隙間を縫った陽光が地面に届いている。覚えのある葉が繁茂していた。
「でも……池の中に居るな。なんか小さいのと違ってプニプニしてる」
水面が時折ゆらいで、呼吸をしているように見える。ちらりとのぞくのは、シルマ本体の頭頂部だろう。
「大きいわね。這い出てきたら水位がかなり下がるんじゃないかしら……さっき話した通り、二手に分かれましょう。薬草探しに気付かれそうになったら、その時は」
「ああ。俺達で引きつける」
池と距離を取りながら、ミュエルとエイルは薬草の方へ。デュークとザントは逆回りに移動した。
シルマを見ないように注意したので、薬草の生えた所までは無事に行けた。あとは花が付いているかどうかだ。
(もしシルマが攻撃してきたら……この場で形成しやすいのは水か氷の盾。まずは強度をとって後者かしら)
ミュエルは背後を警戒しつつ、その場を動かずに薬草群の全体を見渡した。エイルはしゃがんで細かく確認し、葉の陰に花が隠れていないかを見る。どうしても、微かな物音が立つ。
水面の揺らぎ方が変化するのをみとめ、デュークはわざと靴底を地面に擦る。ゆっくりと頭をもたげ、シルマが向くのはどちらの方か。
両生類のような質感のシルマ本体は、顔の真ん中にある巨大な一つ目を閉じている。これを開けば小物と同じく麻痺毒の光線が出るのだろう。視覚があるかは微妙なところだ。
とはいえ、第三の方向に注意を逸せばミュエル達を完全に死角にできる。ザントの放った矢は、木の実を枝から切り離した。池へと落下し水音を立てる。
「こうなったら、俺達はコソコソする必要ねえな」
「うん!」
池から上半身を現したシルマ本体に剣は届かない。本体を守ろうと茂みから出てくる小物は切り捨て、麻痺毒を喰らわないよう立ち回る。
薬草の方に行く小物もいたが、ミュエルが気づいて対処している。断末魔を聞いて本体が振り向きそうになると、ザントの矢で、あるいはデュークが小石を投げるなどして気を逸らした。
「アザミに似た白い花……中央は黒っぽい……なかなかありませんね」
三枚一組の丸い葉をかき分け、たまにてんとう虫がいる。背後に大物の不純物がいるとは思えない視界だが、エイルは探し物に集中することにした。ミュエルが立ったままであまり移動しないのは、不純物にも対応するため。今の自分の役割はこれだ。
誰が何をしようとしているか、手に取るように分かる。事前に打ち合わせたとはいえ、まとまって物事にあたれるのは心地よい。
(ザントの集中はまだ保つだろう。俺もまだいける。でも、こう騒がしくちゃ薬草探しは気が散るよな。何か倒す方法があれば)
この場を静かにしてから薬草を探す。シルマ本体が倒せる不純物であれば、その方が安全だ。あの巨体の急所を考えると、首を落とすか胸を貫くのが有効。矢では威力が足りず、剣は届かない。
さっきから、ミュエルが小物の対処に複数種類の魔術を使っている。特に効果の高い属性を探っているのでは? デュークはミュエルと目を合わせてみる。小さく頷いた。
「よし。ザント、もうひと踏ん張りだ!」
確信を持った声かけを受け、ザントは敵と距離を詰めたり離れたり、より気に障るように動く。エイルもいったん薬草探しを中断し、ミュエルが集中する時間を稼ぐために小物の対処に回った。
デュークがザントだけを呼んだのは、シルマ本体がエイル達に意識を向けないように。相手の弱点を分析しきったミュエルは、自信を持って攻撃できる。的確な魔術なら、大物でも倒せる。
視覚が弱いなら音や魔力には敏感。あまり時間はかけられない。今、確実に扱える最大量ならすぐだ。
「池から離れて!」
仲間に注意を促す声で、シルマ本体が振り向く。敵と認識した相手に向けて目を開き、麻痺毒光線を出さんという瞬間。
「シド・リェッキ!」
ミュエルが封印具で指し示したシルマ本体へと、炎の大蛇が飛ぶ。光線を飲み込みながら首に巻き付き、目も塞ぐ。そのまま締め上げる!
「ギィィィェェェエエエエエエ……」
本体と呼応するように、小物達の阿鼻叫喚も響き渡る。
(国内の魔術師の技では、こんな短時間の準備でこの威力は見たことがないわ。シルマを倒すことを第一の作戦にしても良かったくらいだけれど)
自分は大丈夫だと言い聞かせ、一心に敵を見つめる横顔に余裕はない。分析ができて、協力者がいて初めて倒せると思えたのだ。
(穴と不純物では相手が違いますが……これが護衛士の意味なのですね。遮断器が用意できたら、私達もっと凄いことが出来るはず)
やがて本体の首が飛ぶと、闇色のシミを残して池のほとりは静かになった。一時的に泥沼さながらの水になった池は、水位が最初の半分ほどだ。
「ふう……これで暫くは、薬草探しに専念できそうね」
ひとりで探すのでは目がふたつだが、四人なら。
「あれ、これだけ葉っぱが四枚ついてる。なんかラッキー」
「珍しい特徴があるなら、茎をたどってみましょう。こちらは葉が六枚ありました」
「そう言われると葉っぱが多いやつ探しちゃうな……あっ、五枚ついてる」
這うように増える植物だから、たくさんに見えても同じ株だったりする。三人が茎をたどると、だんだん近づいて同じ所に行き着いた。
「なんだ、たまたま葉っぱが多くなる株だったのか」
「ちょっと期待しちゃったね」
気を取り直して花を探そう。別々の方向に目を落とした時。
「あっ」
短い中にも震えを含む声。ミュエルが手を伸ばす先には、白い花を付けたアピラがあった。
「見つけた……これで、いいのよね?」
「白い細かい花弁。真ん中は黒っぽくアザミに似ている。きっとこれですよ! あとは大事に持ち帰るだけですね」
小さく拍手して喜ぶエイルだが、帰り道も危険なのは承知のこと。警戒は緩めていない。シルマがいない分が楽なだけだ。
「今からなら、暗くなる前にモーヴに着くかな。みんな大丈夫か? どこかで休憩する?」
話し合いながら、池のほとりを離れていく。封印士の安心材料を増やすためのひと山は、四人の距離を縮めていた。
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*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
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