Kolme1 剣と鍵

こま

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9 一番星と水平線

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 気がつくと、エイルは草の上に倒れていた。さっきまでは石造りの地下にいたはずだ……状況を飲み込もうと身を起こすと、試練で傷を負った腕が痛んだ。鏡の破片で切ったのか、細かい傷が他にもある。
 辺りを見回した目に飛び込んできたのは、少し離れて倒れた少年の姿だった。いつもと服の色が違って見えたので、慌てて駆け寄る。
「ザント!」
 不純物は近くにいない。ザントもまた、試練で傷付いたのだろう。肩の傷は小型の刃物によるものだろうか、エイルより傷口の幅が広い。流れ出た血が服をびっしょり染めている。
「ザント、大丈夫ですか?」
 呼びかけると目を覚ましたが、痛みのために言葉が出ない。ぎゅっと目を閉じて体を丸め、ただ耐えていた。やがて、どうにか出たのは「ぜんぜん、大丈夫じゃ、ない……」という弱音だった。まずは止血をしようと思ったとき、エイルの後ろからデュークが走ってきた。
「エイル、ザント、どうした?」
 ミュエルも一緒にいて、しゃがみこんでふたりの傷を見ると、すぐに集中し始めた。ほどなく、白く柔らかな光がほわりと傷口を包む。治癒の魔術は、あっという間に彼らを癒した。
「これで、もう大丈夫よ。どう、違和感とかない?」
 なんだか、ミュエルの声色が優しい。エイルとザントは顔を見合わせて、問いかけには答えずに、ミュエルをじっと見た。
「な、何よ。まだ怪我してるの?」
 怪訝な顔をしながらも、紫の瞳はザントの血色を確かめて、とりあえず息をついた。無事に、四人とも試練を乗り越えられたようだ。
「ああ、私はもう大丈夫です。ありがとうございます」
「うん、僕もなんとか平気~」
 妙な間が空いたあとで、返事をするふたりは笑顔だった。立ち上がって四人で輪になると、やっと全員揃った実感が湧く。
「よかった。これで先に進める」
 ちらり、デュークが目を向けた方には、遺跡に来た当初は不可視だった穴が渦を巻いていた。
 誰からともなく、穴の前へと歩きはじめる。途中、出血が多かったザントを心配して、デュークは手を貸そうとした。しかし、ザントは穏やかに首を横に振る。
「ありがとう、大丈夫だよ。こう見えても僕だって男なんだからね」
 はぐれる前より少し大人びた表情だった。
 それぞれに、何か吹っ切れた様子でいる。個人で戦う場面が多かったが、この試練は皆で越えたという感慨があった。
 穴を前にして、ミュエルはひとつ大きく息を吸う。デュークの手が遮断器に添えられているのを確認し、両手を掲げた。最初とふたつ目の穴と同じく、封印具を用いない術式だ。自信に満ちた姿が戻ってきた。
「右の大地に日食の錘を、左の大地に月の錘を。なべて天地の柱となれ」
 描かれた光の紋様が穴へと飛んで行き、そこから放射状に風が吹く。
「……あとひとつ、穴を封印したら……大穴〈コルメ〉に、挑むのね」
 達成感よりも緊張を湛えた言葉に、皆が力強く頷いた。

 もう日が傾き始めている。遺跡を離れて、少しでも町に近い所で野宿をすることになる。準備が整ったのは、テイタテイトとラナンキュラスを結ぶ道に出た辺りだった。ここなら、不純物の数も少ない方だ。
 皆、疲れているはずだが、四人はしばらく揃って焚き火を囲んでいた。
「なんだか……やはり、変わりましたよね、皆さん」
 誰より人間観察に余念の無かったエイルが、ひとりひとりの顔を見る。最後にミュエルと目を合わせて、にこりとした。
「嫌な笑顔ね。遺跡で何があったか聞きたいなら、あんたから話しなさいよ」
 言い草は今までと大差ないが、ミュエルも笑っている。少し細めた目線をかわさずとも、全てを話す覚悟はデュークと通じていた。
 エイルは王女としての自分と向き合い、旅のあとに帰るべき場所を認めた。だから、それまでは思い切り外の世界を満喫するという。
 ザントは姉の幻影と向き合い、自分の逃げを認めた。そして、今この旅を全力でやりきることで、成長すると決めたそうだ。
 話す順番が回ってきて、デュークはミュエルと同じ試練に臨んだことを明かした。正直、頭の中が整理しきれておらず、後の言葉が続かない。無造作に束ねた髪がしおれた様子を察し、ミュエルが代わって話し出した。
「……昔々、封印士がいました」
 おとぎ話のような語り口は、照れ隠しにも聞こえる。焚き火に照らし出される表情が静かなのは、しっかりと話すために感情を抑えたからだ。
「とても強い力があった封印士は、三人の護衛士といっしょに旅した最後、大穴に向かいました。かつての護衛士の無念を背負って、難しい試練に挑むことにしたのです」
 最初の旅で護衛士を遺跡ごと封じた暴走事故は、ザントとエイルも知っている。そのことがミュエルの心に残した爪痕も、先日の試練で垣間見えた。淡々と語るミュエルの口元に、注目が集まる。
 山門で試練に失敗し、大事な人が瀕死の重傷を負ったこと。助けようと治癒の魔術を使った際に力が暴走し、その人の記憶を封印してしまったこと。そして、それが昔のデュークであったこと。ミュエルは全てを話した。
「護衛士のひとりは記憶を失い、ひとりは命を落とし、あとひとりはその旅を最後に護衛士をやめました」
「なあ、それから十年旅に出なかったのはさ、ひょっとして……」
 デュークが疑問を浮かべたのをきっかけに、ミュエルは物語調で話すのをやめた。淡白に「修行をしてたのよ」と答える。
 力の暴走は色々なものを封印した。彼女の母親も、封印術で眠ったままなのだ。十分に自分の力を扱うために、修行は長年に及んだ。
「ま、とにかくそういうことよ。デュークが自分と向き合うには、記憶が必要だった。私が自分と向き合うには、封印を解くことが必要だった」
 今回の旅に出る前、ミュエルは学長にひとつの条件を提示した。それは封印を解く機を得るために、デュークを護衛士にすることであった。ところが会ってみると、昔と違って純粋な、真っ直ぐすぎる青年になっていた。あまりの差に戸惑い、二者が同一人物とは思えなかった。
 そして何より、封印を解くのが怖かった。皆を突き放す態度の理由は、ミュエルが抱える過去だったのだ。旅の中で少しずつ今と昔のデュークがつながって、やっと目的のひとつが達成できた。
「昔のデュークって、どんなだったの?」
 悪戯っぽいザントの質問に、ミュエルは少し考えて答えた。試練を乗り越えたおかげで、すんなり思い返すことができるようになってきた。
「そうね……ザントから、可愛げをなくした感じかしら」
「おいおい」
 苦笑いして突っ込みながら、デュークの中で何かが噛み合った。
(あのころは、背伸びをしてただけなんだ。ひねくれて、自分の心のままに生きてなかった。やっぱ、今の俺が俺ってことか)
 かつての自分なら、ミュエルに対して「昔の方が可愛げがあった」と返しただろう。今は強がりが見えるから、そんなことは言わずに受け流した。
「ミュエルがそのような話をするのは、私達のことを心配しているからですね?」
 さすがに、エイルは鋭い。一度は逸れた話の流れが戻る。再び大穴に挑むということは、同じ試練を課せられる可能性があるということだ。
 封印の旅は命がけ。本当に最後まで来る気なのかという問いかけは、これまでにもあった。ミュエルは改めて、デュークも含めて皆に考えてほしいのだ。
「ええ。今度は、怪我では済まないかもしれないわ。次の穴に着くまでには、答えを出してちょうだい」
 ひとりひとりを見つめて、ミュエルは話を結んだ。
(今は、ありがとうは言えない。出来れば、誰も巻き込みたくないもの)
 それぞれ頷き、試練後の夜が更けていく。

 次に向かうのは、霊峰の登山口を擁するポリアンサ。南端の海岸に、古くから佇む巨大な灯台がある。五つ目の穴はそこだ。
「そういえばさ、エイルはポリアンサに行って大丈夫なの?」
 ザントが浮かべた素朴な疑問で、一行の足が止まる。忘れていたが、エイルの故郷ラナンキュラスと、隣国ポリアンサは昔から仲が悪い。
「なんとかなりますよ。私は、旅の中で王女として振舞うことは無いと、はじめに言ったでしょう? ポリアンサの誰もが、私の顔を知っているわけではありませんしね」
 楽観的に答えて笑い、エイルが皆の歩みの先頭に立つ。この日はちょうどラナンキュラス王都で宿泊となったが、言葉の通り城には帰らず、皆と一緒に宿に泊まった。目的地までまだ距離があるが、エイルの心は既に決まっているようだ。
 ラナンキュラスを発って、数日でポリアンサ海辺の町に着いた。補給と休息のあとで、ミュエルは皆に答えを聞く。
「問うのはこれで最後にするわ。あんた達、まだやる気なの?」
「おう」
 真っ先に頷いたのは、いつも通りに笑うデュークだ。制服の白ジャケットに誓った意思は固い。十年前の記憶も、ミュエルと共に行きたい想いを強くした。
「しおらしい顔して、ミュエルがそんなんでどうするんだよ」
「そうそう、らしくないよ~」
 からかった方が元気を出してくれそうだ。ザントもまた、ミュエルに笑いかけた。
「僕も行くからね。この前の試練で、もう決めてたもん」
「私もです。自分に誓ったんですよ、旅を最後まで、全力でと」
 迷いがあったのは、ひとりだったらしい。ミュエルはそうと気付いて口元をほころばせた。
「ふふ……そうね」
「うん、大丈夫だよ!」
 力強く励ますデュークの言葉に、論理的な根拠はない。なのに、彼が言うとそんな気がしてくるから不思議だ。きっとデュークは本気で大丈夫だと思っているのだろう。
(私には、大穴を封印するだけの力がある。資格は、ある。乗り越えられない試練なんか……ない!)
 いつものミュエルらしく、紫の瞳に力がこもってきた。
「わかった。あんた達は、死なせない。何があっても、絶対によ。だから……よろしくね」
 封印具を持って前に差し出すと、ミュエルの手の甲にデュークが手を重ねた。ザント、エイルと続き、四人は輪になって決意を新たにする。このパーティで、大穴の封印までをやりきるのだ。
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