ライカ

こま

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1章 くされ縁

1_⑤

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 事は首尾よく運んで、翌朝にはトロムメトラから出航となった。ヒスイとトラメは前日の朝も早かったので、船室で仮眠をしている。
ライカは水夫にお願いして、帆柱の見張り台に上らせてもらった。遠くまで見渡せて気持ちがいい。ここは上段の見張り台で、中段から見えた悪天候の兆候を、より詳しく見る時に上るものだ。常に水夫がいる所ではないから、のんびりできる。鼻歌など歌いながら風を眺めた。
 チェルアまで丸一日、そこからシャインヴィルまで二日の航海だ。先は長いが、ヒスイは少し眠るとすぐ目が覚めてしまった。隣の寝台から落ちそうになっているトラメを行儀よく直してやって、甲板に出ることにした。外の空気を吸いたい。
 水平線や海鳥を見ていたり、雑談していたり、甲板には色々な人がいた。たまたま隣同士になった船室にライカは不在だったが、一通り見回してもいない。鳥の声を聞いて顔を上に向けると、帆柱の一番高い見張り台に水夫と違う服装が確認できた。あの高さに上ったのか、と目を丸くしたが、程なく決意を固めて帆柱に近寄る。下段の見張り台は甲板を見回す程度の所だから声が届いた。上らせてもらえないか聞いてみる。
「なんだい、今日は勇ましいお嬢さんが多いねえ。無理するなよ」
笑われると、上って見せるという意地がわいてきた。あれだけ高い所なら気兼ねがいらない。少しライカと話をしたかった。
中段まではすんなり行けたが、これより上になると揺れも出てくる。梯子を一本ずつ慎重に進むと、上から歌が聞こえてきた。ライカの鼻歌だ。耳慣れない旋律は、彼女の故郷の歌なのだろうか。穏やかな曲調なのに、物悲しい気持ちになる。
(どうして? 曲のせい、それとも……)
疑問が解けるかわからないが、ヒスイはそこからどんどん梯子を上った。上段の見張り台に手をかけて、思わず「あー上れた!」と溜息交じりの声を上げた。
「どしたの? よく上れたね」
 歌をやめたライカは、驚いた顔のまま、ヒスイがよじのぼってくるのを見た。隣に立つときには、もう水平線に目を移している。ひとりになりたかったのかもしれない。すまないと思いつつも、ヒスイは話を切り出した。チェルアでライカは下船するから、機会は今だ。
「ちょっと、聞きたいことがあるの。全く原因がわからない病気があったら、どうやって調べる?」
医術に通じたヒスイの方が詳しいはずだが、彼女が聞きたいのは外の世界の意見だ。魔物に詳しい冒険者なら、違う発想を得られそうだ。
 ライカは、状況から見て不自然な病は、毒を盛られた例を知っていると言う。そうでなければ、その地域にいる魔物の特性を見て、原因を考える。
「魔物でもない、って場合は……災禍のせいにしちゃいそうだな。そうやって諦めるのは、嫌だけど」
ヒスイが大きく頷く。諦めたくないから、万能薬の材料を求めて旅に出たのだ。
「やっぱり、噂は本当なのかしら。サイトレットの魔物とか……急に増えたみたいだし、異常気象も多いって。シャインヴィルも普段より暑いわ」
世界で広く語られている伝承が、今は不安の種になっていた。人々の暮らしが繁栄していく中で、時として世界は大災害や魔物に荒らされ、生活の術も共同体の区分も一から作り直してきた。およそ千年に一度の周期で訪れる危機は、長く自然の現象と考えられてきたので【千年の災禍】と呼ばれる。しかし、今から三百年ほど前に、災禍の元凶は断たれたと歴史に記されていた。天使が降臨して世界を救ったと伝わっているので、事は伝説と化している。どこまで本当かわからなかった。
 だからこそ、謎の現象に人々は不安を感じ、何かのせいにしたくなる。自らが属す共同体の外に、悪を作り上げるのだ。各地で、まことしやかに災禍の再来が囁かれている。
「他の種族が魔物をけしかけているんじゃないかって、根も葉もない噂をする人もいる……そうやって誰かのせいにしても、病気は治らないのに」
手すりを強く握り、ヒスイはうつむいた。その目は、挑もうともしない人達を睨んでいるのかもしれない。
 ライカはヒスイのほうに顔を向けた。右手の腕輪にそっと左手を重ねて、言葉の続きを待っている。
「私、絶対に万能薬を調合してみせる。できること全部やらなくちゃ、いられないもの」
「……そうだね」
ぽつりと一言こぼすライカは、本当なら両手で握手し、そうだよね! と激しく同意したい気持ちだった。隠したつもりがヒスイに通じてしまったらしい、そう言ってくれる気がしたと笑われた。同じような考えをする人がほとんどいなくて、国から出るのも初めてで、今まで不安だったのだ。それから、言おうか迷ったんだけど、と前置きして切り出した。
「ライカは、どうして旅に?」
 出会った日に聞いていてもおかしくない質問だ。これまで聞けなかったのは、人から離れようとするライカに壁を感じていたからだ。
いったん口をつぐんだライカは、いたずらっぽい笑い顔を作った。
「秘密♪……って言いたいけど。探し物をしてるの。この世界のどこかの森に、きっと見つかるはずなんだ」
ふっと真剣な目になり、シャインヴィルに森はあるのかと質問を返す。
「そうね、トロムメトラみたいな森とはだいぶ違うけど、町から離れた奇岩群を、不動の森って呼んでるわ」
ヒスイの答えを聞く耳に、軽快に梯子を上る音が届く。水夫が上ってきたようだ。
 上段に来るということは。ライカは急に不安になった。
「君達、早く船室に戻ったほうがいいよ。南西の雲行きが怪しいんだ」
見れば、かなり遠いが黒雲がある。チェルアの方角だ。このまま行けば嵐に突っ込むことになるので、様子を見て寄港しない場合があるとのことだった。
「あれれ」
どうやら、シャインヴィルまで三人一緒になりそうだ。顔に笑いを貼り付けて、ライカの内心は複雑になる。
(これは、くされ縁だね……)
できすぎた偶然を、他に何と呼べるだろう。
ほどなく、船はシャインヴィルへと舵を切った。
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