ライカ

こま

文字の大きさ
16 / 86
3章 森羅万象と生きる者

3_③

しおりを挟む
 殺風景な庭に出た時、もう外は暗くなっていた。しとしと降る雨空では月光もない。幸いと言うべきか、建物の軒下にある松明が燃えている。明かりを離れなければ、周囲の様子が見えた。
 例によって、ロイスは他の魔物をけしかけてくるかもしれない。先ほど尾を潰されたのだから、恐らくライカと距離をとろうとする。集中攻撃をしてくることも考えられる。
「うわっ……と、」
 作戦会議をしている間はなかった。反射的にトラメが切り払ったものは、彼が「ヘビ?」と聞いている間に消えた。魔物だったのだ。暗がりから出てきたのでは見えにくい、真っ青なヘビが、いつの間にか三人を囲んでいた。おびただしい数だ。
「お姉ちゃん……」
 ユニマは、祈るように両手を組んでいる。ぎゅっと閉じた目を開いたとき、立ち向かう決意はできているように見えた。
 ヘビの輪の向こうから、鈴を思わせる声が近付いてくる。
「健気な妹。嵐を弱めたり、旅人を追い返したり。力のない姉の体で無理をして、寿命を縮めて」
 これが、ユニマの本来の声なのだろう。火に照らされる可憐な顔に、魔に憑かれた冷たい口調はしっくりこない。
「お前がいなければ、もっと好き放題できるのに」
 明るみに出た顔は、裂けそうなほど口角を上げて笑っているのに、目線は虚空に彷徨っている。ふいと右手を掲げる動きで、ライカ達を囲んだヘビが一斉に飛び掛ってきた。
 ライカやトラメが動くより早く、ヘビを阻むように炎の壁ができた。ユニマの魔術だ。炎が消えた後には、もう何もいない。
「無理じゃない。お姉ちゃんに力があるから……私は、あなたの邪魔ができたの」
 姉にも語りかけるような言い方は、はっきりしていた。口元の笑みを引っ込めたロイスの目を、しかと見返す。ユニマにとっては自分と向かい合っている気分だろう。だからこそ、戦う気でいる。
 ユニマは、今までの自分を反省していた。姉を想うことを言い訳に、何もせず、皆が困っているのを放っておいた自分から脱却したいのだ。
 ロイスもまた、使えないなら邪魔者とばかりに、新たな魔物を呼び出す。ふたつの頭を持つ大蛇が闇から這い出た。やはり自身は敵に近寄らず、魔物に片付けさせるつもりと見えた。一匹で三人を囲めるほどの大蛇は、獲物を見下ろしてちろちろと舌を出している。
 ライカは自分と背中合わせに立つふたりの様子を確かめ、小さく頷いた。それぞれが機を待つ中、最初に動いたのはライカだった。短剣を構えるや否や、足元にうねる大蛇の尾に突き立てた。暴れる暇を与えずに柄を踏みつけ、地面に釘で打ったようにした。
「そっちはお願いね!」
 大蛇をトラメとユニマに預け、今度は丸いポケットに入れているチャクラムを手にする。真っ直ぐにロイスがいる所へ走っていった。だが、次から次へと小さいヘビの魔物がけしかけられ、簡単には進めない。
(よくあの数をさばけるな……こりゃ大変、このでかい奴をさっさと片付けねえと)
 大蛇が固定された尾に気をとられている間に、トラメは考えた。前に戦った、沼を埋めるほどの魔物と比べたら、これは小さい。問題は頭がふたつあることと、えらく体が長いことだ。後者はライカが解決してくれたものの、尾が裂けて剣が外れれば状況は変わる。それに、ロイスから自由になったばかりのユニマは、かなり疲れているはずだ。あまり負担をかけたくない。
 トラメの顔には、考えていることがそっくり書いてあったので、ユニマはちょっとだけ笑う。幾分、緊張がほぐれた気がする。姉と、ロイスと対峙するのがふたりと一緒で助かったと、心から思った。
「トラメさん、少し、時間を稼いでもらえませんか? 魔術は、大技ほど使うのに時間がかかります」
 ユニマは、大蛇の動きを止めてみるという。明らかに心配げな顔をするトラメに、この一回だけにするからとお願いした。ユニマには、できるとの確信があった。目を閉じ、術に集中する。
 大蛇のふたつある頭が、大口を開けて襲いかかった。トラメは自分を狙う牙を避けると、長剣を盾にユニマを庇う。大蛇は強靭な顎でもって、食いついた剣を離さない。もう一方の頭が襲ってくる前にと、トラメは柄を捻って角度をずらした。しっかりと噛んでいたものが、歯の隙間に入る。歯茎がざっくりと切れた痛みで、大蛇は口を開けて仰け反った。
 先ほどトラメが避けた方の頭も、相棒の痛みを共有しているのか苦しげにのたうつ。おかげで追撃されずに済んだ。
 だが、大蛇が暴れた拍子に、尾を地面に刺していた短剣が抜けて転がった。尾もまた傷ついている。誰を狙うともなく振られたそれは、鞭のようにしなってユニマに迫っていた。トラメは大蛇の尾とユニマの間に割り込み、迫る尾と刃が垂直になるように、剣を地面に突き立てた。
 柄を握る手に、ずしりと重い衝撃が走る。それは一瞬のことで、食いしばった歯を緩めると、トラメの口から溜息交じりの呟きが出た。
「……っ、と。何とかなったな」
 大蛇の尾は、自ら振った勢いで剣にぶつかり、切れてしまった。落ちた先で、尾だけが踊っている。
 本体はというと、少しずつ大人しくなってきた。衰弱したというよりは、獲物を仕留めるために痛みをこらえているようだ。地面から引き抜いた剣を構えて、トラメはユニマを背後にして大蛇と睨み合う。張り詰めた雰囲気の中、あとは消えるばかりと思われた大蛇の尾が、トラメの後頭部めがけて飛び上がった。
 その時、ユニマが両手を広げると、大蛇の尾は空中で凍りついた。氷の塊と化して地に落ちると、地面がどんどん凍っていく。ついには大蛇の体を包み込んで、遠くライカの周りにいる小さなヘビ、さらに先にいるロイスの足元まで、あっという間に固める。
(よし、今だ!)
 凍らずにいた大蛇の頭に向かって、トラメが大きく踏み込む。右から袈裟に切り込んで片方の頭を落とすと、返した剣を薙いで残りも片付けた。動きが限られていれば、大したことはない。
 この好機に、ライカは左右のチャクラムを投げた。動かす魔物を封じられたロイスが魔法を使ってきたら、恐らく避けるのは難しい。不用意に近付くより、離れて決着をつけようとしたのだ。交差するようにロイスの背後を通過したチャクラムは、光の軌跡を描いている。手元に戻ってくると同時に引っ張る動きをすると、光が黒い影を絡めとった。
 姉の心を擁したユニマの体が、その場に倒れる。そして辺りを覆った氷が、魔物と共に消えた。
「ユニマ!」
 姉の体に入っていたユニマもまた、倒れていた。トラメが様子を見に行く。ライカは引き出したロイスを光で締め上げて止めを刺すと、元のユニマの体が倒れている方へ走った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

処理中です...