ライカ

こま

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4章 伝承を紐解く

4_⑨

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 睨み合いに焦れて先に動いたのは側近だった。仕込みナイフを領主に向かって飛ばす。キョウネが手甲で弾くが、また次の暗器が袖から出てくる。領主さえ仕留めれば、他の敵も動揺すると考えたのだろう。破れかぶれにも見えた。
そうして隙の出来た背中とわき腹に向かって、ライカとセルが駆け出す。気功の光が部屋を白く染め上げる。
眩しくて何も見えないが、魔物に対する手ごたえが妙にはっきりあった。今までのロイスはすんなり押し出せたのに、この魔物は、側近から離れまいとしがみついているみたいだ。
(もう少し……!)
粘っているうちに、剥がれていくのがわかる。あと半分というところまで来ると、セルがいる方へ一気に魔物が引き出された。
 光が収まった部屋の中で、側近はうつぶせに倒れていた。ちかちかする目を瞬いて、皆が状況を見極めようとしている。
セルの手の中にある禍々しい物体に、注目が集まった。黒い粘液のようなそれは、表面を泡立たせながら、流れ落ちることはない。ある程度の大きさに留まって、何か言いたげに立つ泡は、時折側近の顔の形に浮かび上がった。元の体に戻りたいのか、側近がいる方へ触手のようなものを伸ばし始める。
「うわあ」
側近の真後ろにいたライカにとっては、自分に向かってくるようで不気味なものだ。短剣を構えると、セルがけん制した。
「待て。これは、斬っても死なない」
魔物を押さえつけるのに苦労しているように見えたので、ライカは気功を糸状に練って巻きつけ、手助けした。
セルはベルトに結わえてある小瓶を一つ取り、親指で蓋を弾いた。キョウネが「何だい、それ?」と聞くのに対し、聖水だと答えた時には瓶を傾けていた。透明な液体が魔物に注がれていく。途端、魔物は泡立つ勢いをなくし、しぼんでいくではないか。やがてセルの手からすり抜けて、床にしみすら残さず消えてしまった。不思議なことに、聖水も辺りを濡らしてはいない。
 まだ少し混乱している領主は、人を呼んで気を失った側近を運ばせた。一応、牢に入れて鍵をかけるよう指示をする。そして疲れた顔で、自分の座に腰掛けた。
「本当に……災禍の再来だとでも言うのか。このような事が起こるとは」
刃を向けられたことで、あの側近に寄せた信頼は壊れた。しかし一度は疑ったキョウネの言い分を、すぐには信じられないだろう。
 そこで、キョウネはあえて僧兵のセルに問いかけることにした。魔物とは、どういうものなのか……自分が気になったことであり、ここで知るべきことに思えたのだ。
「魔物は、生き物が発散した怒りや憎しみの具現化だ。嫉妬、欲望、他者に見せたくない暗い感情は、町から離れた場所で形になる。それは一般的に言われていることだろう」
嫌な部分を無意識に追い出して、自分を保ちながら人々は生活する。魔物が人を襲ったり、破壊を楽しんだりする傾向にあるのは、心から追い出された不満であったり、感情そのものが持つ衝動に任せて動くからだ。
周知のことは手短にまとめて、セルは部屋の中にいる一同を順番に見た。たまたま目が合って、ライカはつい逸らしてしまった。特に気にする様子はなく、話は続く。
「先ほどの例は恐らく、感情を押し留め過ぎたか、現状への不満があまりに大きかったのか……己の内で魔物が作られた、ゆえに強く結びついたものだと思う」
淡々と示された考察に、領主とキョウネは険しい顔になる。
「式神に影響してるのも、あの魔物なのか? 町は大丈夫かな」
「さあ、わからないな。だが、町へ戻る前にハッキリさせるべきことがあるんじゃないか? そのために二手に分かれたんだ」
キョウネが焦っていても、セルの冷静さは揺るがない。領主を真っ直ぐに見る目は静かで、彼の第三者としての立場を明白にしている。
 今日ここに来たのは、領主がコーメイの今後をどう考えているか話を聞くため。そして、もしラルゴに侵攻する気なら、何とか止めさせようと作戦会議で一致していた。ラルゴを相手取れば神殿が絡んできて、神殿が立ち上がるなら各地の信者も協力する。下手をすれば世界中がコーメイの敵となってしまうのだ。セルが見聞きしたことを神殿に報告すれば、先手を打って攻められることもあるだろう。神殿が森の調査に出た時点で、勝ち目などなかった。
質問がなくても、皆の目線が集まると、何を答えるべきか領主は分かってきた。魔物の出現による混乱は、かなりおさまっている。
「刃を向けられて初めてわかった。ラルゴ侵攻は、あやつの野心だったのだな」
側近は、大陸の先住民である自分たちこそ、覇権を得るに相応しいと言っていたそうだ。今思えば、言い回しを変えながら、軍拡路線へ導こうとしていた。
「どうやら、改めて民と向き合う必要がありそうだ。どんな原因があるにしろ、内部に魔物が入り込むようではいけない。まず領内のことを考えなくては」
ひとつ心配事が解消されて、キョウネとライカはほっとした顔を見合わせた。
そして、式神の様子を見るため、すぐに町へ取って返した。
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