ライカ

こま

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9章 鳩の行方

挿話 ライカの弱音

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 メネ・ウロスからクーンシルッピに戻る途中、どうしてもライカは溜息が増えた。仲間の耳に入らないよう気をつけている。
(思った以上に、私は天使を拠り所にしてたんだ。天使に頼る考えをやめてみろって、キート様に言われて……改めたつもり、だったんだけどな)
船の揺れが心の揺れに結びついて、少し酔ってしまった。クーンシルッピまで、あと何日かかるだろうか。
(事は300年前に始まってた。天使が黒幕です、みたいな展開が怖いよね~、なんて戯言、言霊の力もない。だけど……)
 外の空気がほしい。今は休む時間のライカは、物音に耳をそばだてる。魔物は襲って来ていないようだ。
(信じたかったな、ずっと)
静かに船室を抜け出して、甲板へ行くことにした。船尾側なら、見張り担当の目につきにくい。胸の空気を入れ替えれば、きっと気分も変わる。
 今は夜で、錨を降ろしている。舵の取れる仲間を含め、必ずふたりは見張りに立って交代で休むことにしていた。月の位置からすると、そろそろ交代だろうか。
(今の見張りは……トラメとセルか)
一瞬だけ今のことを考えてみても、すぐに頭の中はぐるぐるしてくる。
 星が綺麗だとか、風はそんなに強くないとか、冷たい空気でさえも、あまり感じ取れない。
(シダンはどんなに孤独だったろう。彼に変わっていく世の中を見せたいと願った、本人に……利用されて、結局は災禍を起こし続けて)
深く吸った息を、細く長く吐き出す。何度か繰り返すうち酔いは軽くなったが、暗さのせいか心は重くなっていく。
(それでも、微かな希望を捨てられなかった。あなたにとって、天使って何? 私にとっては、紛れもなく光だったよ)
もう、シダンと言葉を交わすことはできない。あの温かい手のひらに、この小さな手の温もりは伝わっただろうか。船縁に肘をかける。
「はぁ……」
 息が白くなるほどは、寒くない。まだ考えられる。
信じたくないことが、事実だとして。
災禍を終わらせる天使、レマが黒幕だとして。
立ち向かえるだろうか。
「ふ」
なぜだか、喉が震えた。笑い声みたいだと思ったら、口の片端がぴくりと上がる。噛み合わせた奥歯を離すとき、勝手に言葉がこぼれた。
「……むり」
うつむくと、髪が風を遮って頬を暖める。これでは、船酔いがすっきりしない。
「無理って、何が?」
「えっ!?」
 後ろから声がかかって、両肩が飛び上がると同時に振り向く。伸び切った首筋が痛い。見た先には、ちょうど船室を出てきたキョウネがいた。
「あ、いや、えーと……」
酔いなんか吹っ飛んで、取り繕うことを考える。
何が無理か? 船酔い飛んじゃったからな、ついでに眠気も覚めちゃったし。だいたい寝たいならこんなとこに居ないよ、だめだ何も思いつかない……。
ライカは早々に観念する。
「その……ごめん」
「ん? なんか深刻なやつだった?」
はじめの一声が軽かったのも、今の眼差しが柔らかいのも、ライカの考えを分かっている感じがする。メネ・ウロスを発ってから、少なからず、キョウネもシダンや天使を思っているだろう。
「そうだね、深刻。私が言っちゃいけないこと、言っちゃった」
もう一度言うのは、なんだか怖かった。具体的な話をしたら、「無理」という気持ちが膨れて、押しつぶされそうだ。
 キョウネは隣まで来て、さっきまでライカがしていたように、船縁に肘を乗せる。少し屈んで、目の高さを合わせた。
「その様子だと、天使絡みか。あんたが船室にいないからちらっと探してみたけど、こりゃ正解だったね」
「あ……そっか、セルと交代だよね。じゃあ今トラメひとりで見張ってるの? 大丈夫?」
「構いやしないよ、誤差だ。今だって船尾側を見張ってるようなもんだし」
 弱音があるなら吐いてしまえと、言われた気がした。それでもライカは口を開けない。キョウネの隣で、またうつむいたきり、潮の匂いだけが流れていく。
(この海に、身ひとつで漂ってる感覚かな。世界からはじかれたシダンは……つながりを求めて破壊者になった。天使は? 仮説だけど、なんでシダンを操って災禍を続けたの? 英雄と呼ばれて、世界から賞賛されたんじゃないの?)
抱える不安より疑問が先行して、口からこぼれた「無理」の説明が遠い。だって、今の災禍が天使のせいだとしたら。
「……やっとレマから逃げられる。あの言葉の意味は、しっかり考えたくないかもねえ」
 キョウネは、ライカの胸の内を読み上げるように言い出した。
「何とかふた通りくらい解釈しても、まあ面白くない方の筋が通る」
そう、確信したくないだけで、ほとんど分かっている。今や、災禍を起こしているのはレマなのだ。
「あたしも、やばいなって思ってる。だから、つい無理って言ったくらいで謝んないでよ」
「でもさぁ……私」
「そりゃ、旅のきっかけはあんたさ。出会ってなけりゃぁ、シダンにだって挑んでない」
歯切れの悪いライカを遮って、はっきりした声が続く。
「戦う相手があることを、あんたが教えてくれた。戦いたいって思った。あたしが、あたしの大事なやつらと生きるためだ。何に挑むとしても、この単純な意思は変わらない」
紫の瞳は紅色のそれを捉えて、いつもより優しく笑う。
「今いちばん凹んでるのは、たぶんライカだ。弱音くらい吐きな。珍しいなー、とは思ったけど、あたしは聞けて嬉しいよ」
 鼻の奥がぎゅっとなって、やっぱり言葉を紡げない。ライカは伸びてくる手を素直に待って、金髪をごちゃごちゃにされた。歯を食いしばっていないと、涙が出そうだ。頭突きに近い勢いで、キョウネの肩に頭を乗せる。精一杯の強がりと甘え。
「よしよし。ん~、妹ってこんな感じかねぇ」
さらさらの髪は短いし、ぽんぽんと手を置くとすぐ元通りになる。兄とそっくりだ。
「考えすぎると、疲れちまう。ちょっと泣いたら休みな」
「……うん」
シダンの哀しさを想って、ひとつぶ。
立ち消えそうな光に絶望して、ふたつぶ。
仲間のあたたかさに、みつぶ、よつぶ。
(そうだ。悪夢にしては、今は幸せなんだった)
いちど鼻をすすったら、次の涙はわいてこない。
(頑張ろう。これからまた、頑張れるように。みんなと一緒なら私……きっと大丈夫)
瞬きして、最後のひとつぶが瞳を離れる。ぱたり、自分の爪先に落ちた。
「ありがと、キョウネ」
「はいよ」
肩から離れたライカの顔は、幾分すっきりしていた。お互い、みんなで少しずつ支えるのだから、じゅうぶんだろう。ひらり、キョウネは手を振って、船首側へ歩いて行く。
ライカは冷たい空気をいっぱいまで吸ってから、船室へ戻ることにした。今度は、きっと眠れる。
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