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9章 鳩の行方
9_⑧
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ライカが倒れて、三日目。今日も魔物が村を襲う。自警団に混ざって応戦するユニマは、いつになく決着を急いでいた。双頭を持つ鳥の魔物が、群れを成して飛ぶのを、魔術で凍らせて落とす。海から這い出てきた大量のヘビを、炎の壁で阻む。立て続けに大技を使っていたら、魔物が片付く頃にはぐったり疲れていた。
「どうしたユニマ。頑張りすぎじゃないか?」
気遣う言葉をかけるセルだが、今日は早くに矢を切らしてしまい、途中からナイフで戦っていた。的を外すことが多かったのだ。
「セルくんも、ちょっと、上の空だね」
強がってみせながら、ユニマはおぼつかない足取りで村へと歩き出す。少し休めと止められても、大きく首を横に振った。
「ライカが目を覚ますとき、近くにいたいから」
ユニマは時々、こうして思いの丈を口にする。いつもじゃないからこそ、はっきりと言うのは強い気持ちなのだろう。
(口に出せるくらいの、感情が……果たして僕にはあるのかな)
確かに、ライカの様子が気になって集中力に欠けていた。ただ目覚めた彼女にかける言葉はというと、想像がつかない。
(まあ、その時が来ればわかるか)
か細い背中を追い、セルは思考を断ち切った。あれこれ考え、組み立てた言葉は気持ちじゃない。空の矢筒を下ろし、弓と一緒に手に持つと、ユニマを追い抜いて前にしゃがんだ。
「ほら、ライカが目を覚ますより先に、村へ戻らないと」
「?」
通りがかった自警団員に「おんぶだー」「仲良しだねえ♪」とはやし立てられて、ユニマはようやくセルがしゃがんだ意図を理解した。
そろそろ日が傾いてくるか、という時になって、今まで静かに眠っていたライカが少しうなされた。傍についていたナバナは、変化にうろたえて部屋の窓から顔を出した。
「ライカが、起きるかもー!?」
妙な呼びかけに、すぐみんなが駆けつける。魔物も片付いたので、近くにいたのだ。いつかと同じように、ライカの周りに輪が出来る。やがて、瞬きを繰り返して目を覚ました。その色は……元の紅色だった。
「ライカ」
誰より早く名を呼んだのはセルだった。その表情は安堵と言うには険しく、まだぼんやりしている瞳の向く先を決めた。
「どうして、あんなことを?」
これだけ聞いて、ライカはみんなが事情を把握していると察した。喉が勝手に、渇いた笑い声を作る。
「はは……ごめん、やっぱり……私じゃ駄目だったんだ。罰が、当たったのかな? 天使の代わりになろうなんて……考えたから」
「そうじゃない!」
強い否定の言葉を放って、セルは自分の想いを知った。皆と一緒にいるのが、いつの間にか何より大切なことになっていたのだ。
「君が命を差し出して災禍が消えても、僕達は喜ばないぞ……その先の時間に、ライカ自身がいなくてどうする」
気持ちに任せて言ったはずなのに、どうも回りくどい。ぷい、と逸らした顔はすねた子供みたいで、まともにその表情を見たキョウネがにかっと笑う。
「セルの言うとおりだよ」
ライカの額に手を当てて、笑みを残しつつも真剣な表情になった。
「誰と仲良くしようが、とやかく言われない世界。あんたが見せてくれた未来だ。……ライカ。そこには、あんたもいるんだよ。いなきゃ駄目なんだ」
優しい言い方をするキョウネの目は少し腫れている。泣いていたのかもしれない、と思うとライカの心は痛んだ。それをわかっていて、ヴァルがその場を茶化しにかかる。
「軽く謝っとけな、ライカ。キョウネの奴、ヤケ酒飲んで泣いてたぜ」
「はあ? 飲んでないよ! 言うほど泣いてないし。あんたこそ、落ち込みすぎてナメクジみたいになってたくせに!」
性格上、泣いたことを恥ずかしく思うから、キョウネの反撃は容赦ない。辛辣な言葉を笑って受け流して、ヴァルはライカを見つめた。
「そうそう、上手い喩えするなあ。……俺だけじゃねえよ。みんな、そのくらいヘコんでたんだ。誰が塩をかけたのか……もう、わかるな?」
責めているわけではない。ただ、自分を犠牲にするような行動が、何のためだとしても仲間を傷付けると知って欲しかった。
「……うん」
ライカはゆっくり身を起こして、ひとりひとりを見た。深く頭を下げて「ごめんなさい」と謝るのは涙声だったが、再びみんなに見せたのは笑顔だった。
「ありがとう。あのあと、みんなが天使を追い払ったんだよね?」
「え……ライカ、覚えてないの?」
あれれ、と首を傾げるのは、いかにもライカの仕草だ。本当に覚えていないらしい。何があったのか話す間に、傾げる角度が段々急になっていった。
やはり、あの青目は他の誰かであったようだ。そのことも含めて、キート達には詳しい話を聞きたい。
「じゃあ、行くか!」
ドアに手をかけるヴァルに、こんな時間にどこへ? という疑問の視線が集まる。もう夕刻だから、森へ行くなら翌日がいい。ライカも目覚めたばかりだ。
「快気祝いだよ、晩メシ晩メシ。いつまでもしんみりしてるもんじゃない。まずはライカが戻ってきたんだから、よしとしよう」
皆で笑えるのは、なんだか久しぶりのような気がする。しかし賑やかな食卓を囲み、ほんの少しトラメに元気がないのを、ヒスイは見逃さなかった。
「どうしたユニマ。頑張りすぎじゃないか?」
気遣う言葉をかけるセルだが、今日は早くに矢を切らしてしまい、途中からナイフで戦っていた。的を外すことが多かったのだ。
「セルくんも、ちょっと、上の空だね」
強がってみせながら、ユニマはおぼつかない足取りで村へと歩き出す。少し休めと止められても、大きく首を横に振った。
「ライカが目を覚ますとき、近くにいたいから」
ユニマは時々、こうして思いの丈を口にする。いつもじゃないからこそ、はっきりと言うのは強い気持ちなのだろう。
(口に出せるくらいの、感情が……果たして僕にはあるのかな)
確かに、ライカの様子が気になって集中力に欠けていた。ただ目覚めた彼女にかける言葉はというと、想像がつかない。
(まあ、その時が来ればわかるか)
か細い背中を追い、セルは思考を断ち切った。あれこれ考え、組み立てた言葉は気持ちじゃない。空の矢筒を下ろし、弓と一緒に手に持つと、ユニマを追い抜いて前にしゃがんだ。
「ほら、ライカが目を覚ますより先に、村へ戻らないと」
「?」
通りがかった自警団員に「おんぶだー」「仲良しだねえ♪」とはやし立てられて、ユニマはようやくセルがしゃがんだ意図を理解した。
そろそろ日が傾いてくるか、という時になって、今まで静かに眠っていたライカが少しうなされた。傍についていたナバナは、変化にうろたえて部屋の窓から顔を出した。
「ライカが、起きるかもー!?」
妙な呼びかけに、すぐみんなが駆けつける。魔物も片付いたので、近くにいたのだ。いつかと同じように、ライカの周りに輪が出来る。やがて、瞬きを繰り返して目を覚ました。その色は……元の紅色だった。
「ライカ」
誰より早く名を呼んだのはセルだった。その表情は安堵と言うには険しく、まだぼんやりしている瞳の向く先を決めた。
「どうして、あんなことを?」
これだけ聞いて、ライカはみんなが事情を把握していると察した。喉が勝手に、渇いた笑い声を作る。
「はは……ごめん、やっぱり……私じゃ駄目だったんだ。罰が、当たったのかな? 天使の代わりになろうなんて……考えたから」
「そうじゃない!」
強い否定の言葉を放って、セルは自分の想いを知った。皆と一緒にいるのが、いつの間にか何より大切なことになっていたのだ。
「君が命を差し出して災禍が消えても、僕達は喜ばないぞ……その先の時間に、ライカ自身がいなくてどうする」
気持ちに任せて言ったはずなのに、どうも回りくどい。ぷい、と逸らした顔はすねた子供みたいで、まともにその表情を見たキョウネがにかっと笑う。
「セルの言うとおりだよ」
ライカの額に手を当てて、笑みを残しつつも真剣な表情になった。
「誰と仲良くしようが、とやかく言われない世界。あんたが見せてくれた未来だ。……ライカ。そこには、あんたもいるんだよ。いなきゃ駄目なんだ」
優しい言い方をするキョウネの目は少し腫れている。泣いていたのかもしれない、と思うとライカの心は痛んだ。それをわかっていて、ヴァルがその場を茶化しにかかる。
「軽く謝っとけな、ライカ。キョウネの奴、ヤケ酒飲んで泣いてたぜ」
「はあ? 飲んでないよ! 言うほど泣いてないし。あんたこそ、落ち込みすぎてナメクジみたいになってたくせに!」
性格上、泣いたことを恥ずかしく思うから、キョウネの反撃は容赦ない。辛辣な言葉を笑って受け流して、ヴァルはライカを見つめた。
「そうそう、上手い喩えするなあ。……俺だけじゃねえよ。みんな、そのくらいヘコんでたんだ。誰が塩をかけたのか……もう、わかるな?」
責めているわけではない。ただ、自分を犠牲にするような行動が、何のためだとしても仲間を傷付けると知って欲しかった。
「……うん」
ライカはゆっくり身を起こして、ひとりひとりを見た。深く頭を下げて「ごめんなさい」と謝るのは涙声だったが、再びみんなに見せたのは笑顔だった。
「ありがとう。あのあと、みんなが天使を追い払ったんだよね?」
「え……ライカ、覚えてないの?」
あれれ、と首を傾げるのは、いかにもライカの仕草だ。本当に覚えていないらしい。何があったのか話す間に、傾げる角度が段々急になっていった。
やはり、あの青目は他の誰かであったようだ。そのことも含めて、キート達には詳しい話を聞きたい。
「じゃあ、行くか!」
ドアに手をかけるヴァルに、こんな時間にどこへ? という疑問の視線が集まる。もう夕刻だから、森へ行くなら翌日がいい。ライカも目覚めたばかりだ。
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
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