ライカ

こま

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11章 災禍の終わり

11_④

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 もやに隠されていた屋上は、鳥かごのような格子に囲われた場所だった。ガラス張りになっていて、もや越しに空が見える。錆びた鎖の絡んだ止まり木がキィキィと不愉快な音を立てて揺れている。それに混ざって、かすかな声も聞こえてきた。
── さみしい。
「レマ……?」
 高い位置にある止まり木の上に、ひび割れた結晶が乗っている。その中に、翼にくるまった姿を見つけた。近くに、通常よりふた回りほど大きなチャクラムが浮遊している。
── 壊してやる……変わらない世界で、永遠に独りなんて、嫌……
結晶は封印によるものだが、もはやほとんど機能していない。ひびから漏れ出たレマの力が、砂時計のように床へと降り注いでいた。塔は既に全体が黒紫に染まっていて、溢れた力はもやもやと溜まっている。
「レマ!」
 ライカは呼びかけ、止まり木の所へ行こうと翼を出した。だが、羽ばたいた矢先に、何かが足首に絡まり引き戻される。傷ついたわけではないのに古傷にひどく響き、受身が取れない。
倒れたまま絡まったものを短剣で切り払うと、どす黒い粘液が床に落ちた。案外あっさりと足首を離れて、靴には濡れた跡も残っていない。ただ、気を抜くと震えで動けなくなりそうな悪寒が走る。
少しの間、ライカは立てなかった。そのうち粘液はぼこぼこと泡立ち、ゆっくり落ちてきたチャクラムを飲み込む。そして止まり木の真下で魔物を象っていった。ヴァルが、レマの淋しさの欠片と表現したとおり、漏れ出たレマの力が具現化しているのだ。
 現れたのは、大きなレマの顔だった。耳の位置から大きな翼が生えて、飛んでいる。首を隠す金髪は、編みこんだ先が金属の飾りで束ねられていた。更にその下には、チャクラムと思しき大きな輪が浮かんでいる。虚ろな相貌は元の碧眼ではなく、真っ暗な穴だ。
『なぜお前のような小娘が、たったひとりで、私に牙を剥く? 勝ち目などないものを』
鋭い牙が見え隠れする口で、魔物はライカに問いかけた。その声に呼応して、荷物に入っている玉石の腕輪が、あたたかくなった気がする。
(大丈夫、わかってるよ。目の前にいるのは……魔物だ)
 ライカは羽ばたき、正面から魔物を見据えた。
「だって、ひとりじゃないもん」
きっぱり言うライカを、魔物は目を細めて睨む。髪を束ねる飾りが光ったと思うと、その下に浮いていたチャクラムが、回転しながら飛んでくる。両腕を広げたくらいの径があるから、とても防げない。慌てて翼を消し、落下することでかわすが、すぐに追撃が来た。
『お前はひとりだ。世界は変わらない。……変わるものか!』
チャクラムが元の位置につくと、叫びが光線となって吐き出される。気功で弾いてから、ライカは片方のチャクラムを抜いた。これで、どんな間合いにも対応できる。撹乱しながら隙を探すため、再び翼を広げて飛翔した。
『ひとりじゃないと言うのなら……私を理解できるのか? お前の中に、私はいるのか!』
追ってくる魔物が語るのは、レマの淋しさから来る訴えだ。ライカは振り向き様にチャクラムを投げ、答えた。
「わかんないよ、理解できるかなんて」
理解したと思い込むから、人との関わりには誤解が生じるのだ。「わかった」と奢らず、向き合い続けるべきだ。
 魔物はチャクラムを歯で止めて放ると、鋭い牙で噛み付いてきた。ライカはタイミングを合わせて魔物の鼻先を蹴り、攻撃を防いだ。
「でも、レマはずっと私の中にいるよ。……あなたを探して、この旅が始まったんだから」
ライカの言葉を聞いて、魔物は瞬間、動きを止めた。この隙は逃さない。呼び戻したチャクラムが、魔物の翼を捉えた。

 トラメが階段を駆け上ると、次の階でも黒紫の壁が砕けていた。肩で息をして、ヴァルが立っている。床には、魔物が消えた跡のしみがある。
「……ようトラメ、元気そうだな」
「お互いにな」
魔物との戦いは決して楽ではなかったが、仲間の姿を見て安心した。どちらからともなく、塔を上ろうと階段に足をかける。走りながら、ヴァルは思案げな顔をしていた。
(レマが世界を救うなんて豪語したのは……旅に出た最初、守りたい奴がいなかったからだ。救おうとする世界に中身がなかった。皮肉だな)
「あー、もう、いいんだって! そういうのは!」
トラメとヴァルがその階に踏み入った途端、キョウネの苛立った叫びと共に、黒紫の壁が砕け散った。思わず防御の体勢に入ったふたりを見て、キョウネは目を丸くした。
「何してんの、あんたら? 追いついたんだね、行くよ!」
すぐに走り出して、ユニマが残った階に上る。彼女は広い空間の中央に立ち尽くしていたが、仲間に名を呼ばれると大きく息をついた。
「みんな、大丈夫? 怪我は?」
いつものユニマらしく、おっとりとした口調だが、声には今までより凛とした響きがある。レマのもとへと向かう気迫が感じられた。
 セルは、矢を受けて身動きが取れなくなった魔物を、静かに見つめていた。辺りには、淋しい憎いとレマの訴えが立ち込めている。
「あなたが守ったこの世界で、分かり合おうと足掻く者が、まだいるんだ。……希望を、持てないかな」
新たな矢をつがえ、魔物に語りかける。
── 希 望 ? そ ん な も の …… な い
 首を横に振っているつもりなのか、魔物はぶるぶると震えた。しまいには自ら破裂してセルを吹き飛ばす。黒紫の壁を背中で突き破って、セルはみんなの前に姿を現した。
「のわっ!? 大丈夫か、セル」
仰天するトラメが手を差し伸べるより前に、セルは起き上がって服の埃を払う。魔物となったレマの虚無感は、少し前の自分に似ていると思った。
「ああ、大丈夫だ。急ごう」
これで、全員集まれる。皆、ライカとレマの所へと駆け出した。
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