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あなたの音に愛されたい
しおりを挟む歌うように流れるメロディ。白と黒の上を跳ねる指先は、まるでワルツを踊っているみたい。
何の変哲もない音楽室のグランドピアノ。その鍵盤は、今だけ舞踏会の中心だ。
歌姫よりも鮮烈に、セイレーンよりも妖艶に。
そんなピアノを奏でる彼女は、同級生から『氷の魔女』なんて揶揄される通り、冷たい無表情のままで。
カーテンを開け放った窓から差し込む光は教室中を橙色に染めて、彼女の頬も同じ色に染まっているはずなのに、その涼やかな印象はひとつも揺るがない。
胸を震わす旋律。この音を聞けば、誰もが彼女の中にその表情に見合わない激情が眠っていることに気付くだろう。だけれど、みんなは知らない。誰も、誰ひとり。私以外は。
彼女がこの情熱を奏でるのは私の前だけ。
メロディを遮らないように、細心の注意を払ってゆっくりと彼女に近付く。
変わらず音楽室を満たす音。
手を伸ばせば届く距離まで辿りつく。
段々と日が落ちて、夕闇が迫る。
彼女が腰掛けている椅子の僅かに空いたスペースに腰を下ろす。
僅かに、メロディが上擦った。
至近距離で横顔を眺めてみる。変わらない表情。
ぴたりと身を寄せて片手を彼女の腰に回すと、今度は二つ三つ、音がステップを乱した。
情熱的だったメロディが、少しずつ色を変えていく。
燃えるような紅葉色から、恥じらいの桜色へ。
彼女と違ってポーカーフェイスが保てない私は、緩んだ頬を隠せない。だけど彼女も心の声は隠せてないからおあいこかな。
耳元に唇をそおっと近付けて、メロディを奏でられない私は、声に心を乗せる。
「好き」
小さく囁いた瞬間、ジャン! と不協和音が耳を叩いた。
ピタリと動きを止めた彼女は、まるで絵画のように見える。夕暮れ色に染まった横顔とピアノと。綺麗だな、なんて悠長に眺めていると、ピアノしか見ていなかった彼女の瞳が私を捉えた。やっぱりその瞳は、何かを語ったりはしない。だけど。
ピアノへと視線を戻した彼女が、またメロディを奏ではじめる。
初めは小さく、されど弾むスタッカート。踊る鼓動と同じ速度。段々と軽やかに、楽しげに、切なく、それから少しずつ熱が上がっていく。
この音は、恋に踊る私の心を映し出す鏡。そして、彼女の心。
この音は、他の誰も知らなくていい。
ずっと私だけの物のまま。
夕闇が私たちを覆い隠すまで、あなたの音に愛されたい。
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