ドラゴンダンス

空木葉

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サラマンダーを誘って

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『竜とか飛び方とかよく分からないので、全部お任せします!』
共留がそう言うと、洒乗は笑って準備を始めた。
洒乗に大まかな説明を受けながら、二人は高速用のフライトローブに着替え、マスクをつけ、荷物を纏めて、洒乗の箒に同乗した。
着せられた青いフライトローブは、肌に密着しているため風が吹いても何の音もしない。
箒の穂先側に後ろ向きで座る共留は、左側に足を揃えて座り前を向く洒乗に声をかけた。
「あの、セノさん!こ、このお髪はどうしたら?」
と洒乗に持たされた、淡い緑色の髪の毛を見つめる。20cm程度の長さの髪の毛が、20本程黒い紐でまとめられている。
「ああ、それは遠心魔法に使うんですよ。体のどこかに巻きつけてください」
共留は驚いて振り返る
「こんなに近いのに接心魔法は使わないんですか?」
洒乗が振り向くと、鼻先が触れそうな距離で二人の目が合う。
「結構激しく動きますからね、遠心の方が安全なんですよ」
洒乗はやはり緊張感の感じられない、春の小風のような笑顔を浮かべる。
「巻いてあげますよ。どこにします?」
「え、え~。じゃ、じゃあ」
共留はだらしない笑顔を浮かべると、チラチラと照れた様子で洒乗の顔を見つめる。
そして洒乗の髪を持った両手を、揃えて洒乗に差し出すと
「首にお願いします!」
と差し出した両手はそのままに、ガバリと頭を下げた。
差し出されたままの両手を見つめた洒乗は、笑って自分の髪を受け取った。
「じゃあ顔をあげてください」
「はい!」
洒乗は共留の長い赤髪を肩の後ろにかけると、共留の首に自分の髪を結んだ。
『聞こえますか』
洒乗の髪ごしに、共留の首から洒乗の声がする。
「はい、聞こえます!」
『音量は大丈夫そうです?』
「ええと、多分ちょうどいいです。私の髪の毛も要りますよね?」
共留はすぐさま自分の髪を魔法で切ると
「どうぞ」
と洒乗に差し出す。
『ありがとうございます。小指に巻いてください』
洒乗はスッと左手の小指を差し出した。
「あっ、はい!」
共留は急いで小指にぐるぐると自分の髪を巻き付けると、上から髪を一本通しキュッと引っ張る。
洒乗はドキドキしながら、心で洒乗に呼びかける。
『聞こえますか』
『はい、聞こえました。では渡したゴーグルをつけてください』
「は、はい!」
咄嗟に返事をした共留の口から、思わず心の声が漏れる。
「あっ、間違えた」
『大丈夫ですよ。口から出るくらいはっきりした思考なら、遠心にも乗りますか』
『き、気をつけます』
共留は慌ててゴーグルをつけると、ぐんと視野が広がった。正面を見ているのに、自分の足先まで見える。
(視野拡張か…あんまり使った事ないから、慣れないな)
そう思っていると、共留の視野に洒乗の視野が見える四角い窓が出現する。
『取り敢えず視野拡張と視覚共有だけつけときますね。窓から私が後方もチェックするので、共留さんは大船に乗ったつもりでくつろいでください』
共留の窓の中で、洒乗がピースサインをするのが見えた。
『はい!よろしくお願いします』
共留も洒乗に見えるように、自分の正面にでピースサインをする。
共留はつい
(顔を見えないのが、ちょっと残念だな)
と思った後に
(遠心で良かったかも、接心だったらこういうのも全部届いちゃうし)
と一人で赤くなる。
『さて、何か質問はありますか?』
『ええと、打ち合わせ通りにすればいいんですよね』
『はい。何か心配な事がありましたら、いつでも聞いてくださいね』
『はい!でも今のところは大丈夫です!』
『分かりました』
届いたのは魔法越しの声だけだったけれど、、共留には洒乗が微笑んで言ったのがハッキリと分かった。
『では心の準備はよろしいですか』
だから共留は笑って言った。
『はい!バッチリです!』
『じゃあ早速、飛ばしますよ』
『はい!』
言い終わらない内に、箒が一気に速度を上げた。
(既に高速空路で恐々出した速度の5段階くらい上だあ)
共留はドキドキと逸る胸の鼓動を聞きながら、興奮を抑えるように深く息を吐いた。
(でもローブとマスクのおかげで、全然重く感じない。まあぶつかったらグチャグチャになっちゃうだろうけど)
『目標発見です』
変わらぬ涼しげ声と共に、箒がガクンと下へ向かう。
そして2.7秒後、上へ向かって真っ直ぐに飛んだ。
二人の箒が飛んだのは、逢引する二竜のその間だった。
洒乗の背に座る共留には、両頬に感じた熱しか分からなかったが。
しかし彼女にはそれで十分だった。
(遂に来た)
視界に赤く燃える炎が見えた時、胸の奥がゾクゾクと震えた。
『かかりましたね』
『はい』
暴れるような飛行のせいでよく見えないが、それでも高く上がる咆哮に、体全体がビリビリする。
共留は表情を引き締めようとしたが3秒と持たずに、興奮と期待でニヤついた。
洒乗は空中の助糸を手に取ると、そのまま引っ張った。大きな声鐘が箒に巻き付く。
「SOS SOS、こちらドラゴンハンターの野風洒乗です。サラマンダーに追われています。やれるなら狩っちゃうので、できればドラゴンハントのオペレーターに繋いでください。距離およそ1300で安定。乗ってるのはいつもの割と速い箒で、狩猟装備なしです。一般フライヤーが背乗しています」
【把握しました。地見に代わります。通信はそのままで】
柔らかい声のすぐ後に、感情を排したような固く冷たい声が鐘から響く。
【地見です。洒乗、装備が無いなら狩猟より逃飛を優先してください。それと常より穏やかな飛行を。無鉄砲な飛び方は控えて】
「はーい」
【背乗手の視覚転受を行います。許可を願います】
「あ、はい!」
(何か淡々としてる!プロっぽい)
共留はソワソワしながら、ゴーグル越しにサラマンダーを捉えた。かなり遠くて見えにくいが、真っ赤な炎が空に映えて美しい。
【確認しました。引火しない限り、飛ぶのは速くありません。洒乗の操縦なら追いつかれることはないでしょう。気が済むまでは執拗に追い回す事も多いので、陸や島には近づかず一定の距離を保って飛行してください。火を吹く場合は伝えるので、回避の準備をお願いします】
「はい!」
「了解です。ちなみに背乗手は小錘共留さんですよ」
【把握しました。小錘さん、体調は大丈夫ですか】
「えっ、あっはい!大丈夫です」
【分かりました。何か異変があれば、すぐにお伝えください】
共留の緊張した様子に、洒乗はまた少し笑った。
『共留さんりらっーくす、私達ツイテいますよ。彼は三拍子そろった名オペレーターですから』
『何の三拍子ですか』
『美声・有能・融通が効く、です』
『うーん、確かにちょっとハスキーでウットリしちゃう声ですね』
『趣味が合いますね』
『はい!』
「あの、声素敵ですね!地見さん!」
勢いよく言う共留に、洒乗の笑う気配がした。
【ドウモ】
先程よりも固い声が返ってくる。
『あんまり言わないであげてください、彼、気にしているので』
洒乗が笑いの空気を残して言った。
「ご、ごめんなさい!不快でしたか。すみません」
共留が思わず、自分の目の前で手を合わせると
【箒から手を離さないでください】
と間髪入れずに、指示が出る。
「あっ、ごめんなさい」
共留が慌てて、箒を操縦しない程度に掴む。
【謝る必要はありません。貴方を無事に逃すことが、私の今の責務ですから】
相変わらず淡々として感情の読めないが、その分内容には有無を言わさぬ説得力があった。
「あ、はい!お願いします!」
共留は心の中でため息をついた。
『洒乗さん、この人いい人ですね。若干申し訳ないです。心が痛みます!』
『罪悪感なんて、持つだけ損ですよ。それよりも』
洒乗はついた溜め息が、背中越しに伝わる。
『結構退屈ですね』
共留は思わず、息を呑んだ。
『竜については、ツイテませんでしたね。サラマンダーの中でもかなり遅い方です』
共留は呑んだ息を静かに吐き出して、遠くのサラマンダーを見やった。
『私も、同じ事を考えていました』
『共留さんもですか』
洒乗の声が期待に染まる。
『はい、実は、物足りないなって』
共留の恥ずかしそうな声を、洒乗は笑わなかった。
『私達、やっぱり気が合うみたいですね』
その声を聞いて共留は
(やっぱり顔が見たいな)
と心のうちで独り言を呟いた。


貴方といつかドラゴンダンスを

喪服の一団から少し離れた洒乗に、共留がかき氷を差し出した。
「洒乗さんもどうぞ」
「ありがとうございます」
受け取った洒乗が早速かき氷を、魔法で口に運ぶ。
「あたたかくて、美味しいですね。体に沁みます」
「そうですね。お葬式に間に合って良かった。洒乗さんのお陰です」
「いえいえ、共留さんの勇気の結果ですよ。皆さん嬉しそうですし」
洒乗は竜底の地に埋められた故人の墓を、遠く眺めた。
「自分のお葬式に氷を配達させるなんて、面白いですね」
「確か依頼文に『旅行の際に一度食べてめっちゃ美味しかったから、強制的でいいから食べさせたい!』みたいな事が書いてありました」
「成程、お葬式なら『まあ食べてやるか』って気持ちになりやすいですね。こんな広め方があるとは」
二人は並んでかき氷を食べた。
喪服の一団はかき氷を食べながら、笑ったり泣いたり忙しそうだ。
洒乗が共留の左手に、軽く触れた。
―正直
接心魔法で届いた声に、共留が洒乗の瞳を見る。
―消化不良ですね。あんなに目立てば、他の竜も追ってくると思ったのですが。
ー私の計画不足でした
そう思っておかしそうに笑う洒乗に、共留も笑った。
―悪い事はしちゃいけない、って事なのかも
―確かに、そうですね。でも、ドラゴンダンスくらいしたかったです
―何ですか、ドラゴンダンスって
―簡単に言うと、囮役がドラゴンから1秒でも長く時間を稼ぎたい時にする動きです
―なる、ほど?
―習うより慣れよですね
洒乗の瞳が、遠い空の星を見つめる。
―踊ってみますか、ドラゴンなしドラゴンダンス
共留も、遠い星を眺めた。
―やってみたいけど、ちょっと勿体無いかもです
二人の視線が交わる。
―初めては本番にとっておきたい、っていうか
共留はそこまで思ってから、顔を赤くした。
―免許も持ってないのに、何を言っているんでしょうか、私は。とても恥ずかしいです。洒乗さんと夜の星のせいですよ!私をロマンチックな気持ちにさせたから!後、接心魔法も悪いです!
―そこが接心魔法の良いところですね。心が全て伝わってしまう
洒乗はふわりと微笑んだ。
―共留さん、免許をとりましょうよ
―え?正気ですか⁉︎受からないです!
―でもそうしたら踊れますよ。悪いことなしでドラゴンありの、ドラゴンダンス
―えー、うー、でもー、あのー、確かにそうですけど
―私、貴方と踊りたいです
その心に共留の左手がビクンと震えた。
―私だって、洒乗さんと飛んでみたいです!でも
―私が手取り足取り、教えますから
また天秤が傾いた。共留が両手で、洒乗の右手を包む。
―私、頑張ります。できるか分からないけど。でもやってみます
共留の欲のこもった熱い視線が、洒乗の瞳に一心に注がれる。
―楽しみですね。ドラゴンダンス
悠然と笑う洒乗の瞳の奥が、遠くの星よりずっと綺麗に、微かにキラリと光った。
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