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「太るわよ~」

 崩れていても甘くて美味しいケーキをほぼ一人で完食し倒したシートの上でご満悦に浸っているミレーヌに、クロが呆れ顔でそう指摘する。しかし、ご満悦中のミレーヌは右手を挙げてひらひらと振るだけ。
 そんなミレーヌに大きく溜息をついたクロは、寝ていたシートから一旦降りると、ミレーヌのお腹の上に飛び乗った。クロの体重はだいたい4kgだが、突然その重さがお腹に降ってきたらどうなるかというと……

「うえぇっ!」

 悦に浸ってたはずのミレーヌからありえない声が発せられる。

「お、重いー!」
「失礼な!アタシは太ってはないわよ!」

 ミレーヌの叫びにクロはその場で軽くジャンプする。その度に「うぇぇ!」だの「おぇぇ!」だのとミレーヌの口から発せられる。

「あらぁ?この辺りプヨプヨしてるわよ?」
 
 と、クロがミレーヌの脇腹を前足でくいくい押すクロ。その表情はにやぁーとしている。

「わ、脇腹はやめてー」

 クロの指摘にミレーヌが涙を流しながら答える。

「太ってるのはアタシじゃなくてミレーヌの方よね。そう思うでしょアキラ?」

 二人のやり取りを半ば呆れながら見ているアキラにクロが賛同を求めるが、

「お前ら、ほんと仲良しよな……」

 と一度溜息をついて、

「まぁミレーヌももう十六歳の年頃の女の子なんだし少しなら柔らかいほうがいいだろ。抱き心地もいいだろうしな」

 とアキラが笑いながらそう言うと、

「アキラのスケベ!」

 とミレーヌとクロの声がシンクロした。




 そんなこんなやってると、

「待たせたなアキラ」

 とビルからの無線が入り、シャトルの外部モニターでもビルたちがかなり大きなコンテナを運び入れているのが確認できた。
'
「おう、待たされたぜ」

 とそう返したアキラが、クロとミレーヌに目配せで合図をする。
 合図を受けた一人と一匹は、クロがミレーヌから飛び退き、飛び退かれた瞬間「うぇ!」と声を上げたミレーヌはクロの乗っていたお腹をさすりながら、シートを起こしてシャトル貨物室の搬入ハッチの開閉スイッチを押してハッチを開け、その後搬入スロープボタンを押してスロープを出す。

 ミレーヌが搬入体制を整えている間に、アキラは貨物室に行き、物資固定用レーザーストラップを準備していた。このレーザーストラップとは対になった送受信部同士をレーザービームで固定する装置で、旧式のワイヤー式と比べてもその固定力は格段に増しており、さらにシャトルの揺れも検知しているので、上下左右に取り付けることによって物資が宙に浮いた状態で固定されシャトルの揺れや衝撃でも物資が揺れることなく固定できるというスグレモノである。
 ここで少しソフィア号の構造について少し説明しておく。ソフィア号は三階層の作りになっていて、一回層の前方側には電子戦アンテナや電子通信ビーム砲のサブコントロールコンピューター等の電子戦装備品が詰まっている。二階層前方にはクルーの荷物部屋と救護室、牢屋があり、救護室には救護用アンドロイド医師、通称「ドクターセロ」がいたりする。ドクターセロは救護室以外に出れず、救護室の扉の開閉で起動スイッチがオンオフされる仕組みになっていたりする。牢屋についてはまぁそのままの意味である
 一回層と二階層の中央部には貨物室となっている。貨物室は高さ約十八メートルにサッカーグラウンド上くらいの広さがある。また床は三層構造になっており、階層ごとに床が上昇することで貨物室を最大三階層にすることも可能な作りになっていたりする。
 更にその奥、一回層二階層の後部には光速航行エンジンがついており、このエンジンによって通称「位相地点ジャンプ」、形式名称「定点位相超光速亜空間航行」を実現させている。
 三階層にいくと、前方にはコックピットとコックピット用小型リビング設備かあり、先程ミレーヌから泣きながら崩れたケーキを食べていたところはここである。その奥に行くと廊下があり、両サイドに計十の個室があって、十名は乗船できるようになっている。さらにその奥には食堂と厨房があってその脇の廊下を通って最後尾に行くと、シャトルについている各戦闘装備品の集中コントロールAI、型番「MB-Z093」、通称「アイ」があるコンピュータールームになっている。


 ハッチが開きスロープがで終わると、アキラはビルたちのもとにスロープを降りていし、再びビルと握手。
 そのビルの横に白衣を着たいかにも頭良さげでだけど一筋縄ではいかなそうな若干白髪の入ったミドル、更にその横にはフォーマルなスーツに見を包んだこちらはいかにもどこぞのお役人ですと言わんばかりの五十そこらの書類ファイルを持った男がいる。

「アキラ、この白衣の人は今回運んでもらう核融合発電機の開発者、マイケル・スペンサーさんて、その向こうが法務省のロナルド・ジェファーソンさん」

 ビルがスペンサーとジェファーソンをアキラに紹介する。
 マイケル・スペンサーは天才的科学者で超高出力な小型核融合発電機開発はパウロ星系ではこの人の右に出るものはいないと言われるほど。超天才科学者で見た目はとっつきにくそうなのだが……

「こ、こ、ここここ、こ、こんにちは、マ、マ、マイケル……ス、スペンサー、と、も、も、も、申します……」

 と、耳まで真っ赤にしてめちゃくちゃ吃りながら挨拶をするスペンサー博士。

「こ、こちらこそ、博士の発電機を運べることは光栄です」

 と、アキラが挨拶の握手にと右手を差し出すと、スペンサー博士は「ありがとう、よろしく頼みます」と両手でアキラの右手を固く握って何度も上下させてすごいニッコリな笑顔でアキラを見る。
 このスペンサー博士、実は極度の緊張しーであるので、緊張しないためにも相手をにらみつけるようにしているのだという。その相手をにらみつける表情にハートを射抜かれる女性は数多いのだが、それで一度でも会話した女性はみんなそのギャップにマイナスイメージを持ち離れていってしまうので、当年四十八歳なのだが未だに童貞だったりするスペンサー博士なのである。
 そんな「超ギャップ」が女の子だったら「ギャップ萌」でめっちゃ売れたんだろうなーと思うアキラだった。

「はじめまして、産業省のロナルド・ジェファーソンです。あなたのお父様とは何度もお会いしておりました。その息子さんとこうして一緒に仕事ができることを嬉しく思います」

 スペンサー博士の次に紹介されたジェファーソンがそう言って握手を求めてくる。

「父を知っていらっしゃる方と一緒にお仕事ができること、私も嬉しいです。よろしくお願いします」

 と、猫かぶりの敬語でジェファーソンの握手に応えたのだが、ジェファーソンが不自然によろめいてアキラにもたれかかってくる。

「大丈夫ですか?」

 と、アキラがジェファーソンに声を掛けたとき、

「調子に乗るなよ小僧。ああ、そういえばお母様もお父上と一緒になくされたのでしたね。あのお美しいお母様は実に惜しい。こちらの出した提案を飲んでいれば今頃は俺たちの手で幸せになれたものを。まぁ道中気をつけることだ、無事を祈ってるよ、小僧」

 と、アキラの目を見ながらニヤニヤして言うジェファーソン。そしてジェファーソンは左側の襟をめくって内ポケットの蜘蛛の形をした銀色のピンバッジをアキラに見せた。

「お、お前は……」

 アキラが言葉をつなぐ前にジェファーソンは体制をもとに戻して、

「これはすみません。ここのところ徹夜続きでしてね」

 と頭を書きながら照れ笑いをするジェファーソン。

「体には気をつけてくださいね。ジェファーソンさん、ここ発電機の輸出証明は大丈夫ですか?」

 とビルが確認すると、ジェファーソンは者類をパラパラと確認して、

「はい。これが輸出証明書になるので先方様にお渡し頂いて、あちらの輸入手続きを受けていただければ大丈夫です」

 とジェファーソンがビルとアキラに一通ずつ輸出証明書を手渡す。

「では積み込み後、時間になったら出発してくれ」

 と、ビルがアキラに指示をだす。

「了解した」
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