アーサー探偵事務所:因果律の事件簿

結城ロジカ

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第二話:加速する因果 -Accelerated Causality-

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​ 事務所を飛び出した二人は、居住区のメインストリートへと駆け込んだ。
 
 プロメテウスの内部は、中心の無重力シャフトを軸に回転しており、外縁部近くには広大な居住区が広がっている。その居住区を更に超えた外縁では、船の「内臓」とも言える配管やダクトが剥き出しになっている。
 
​「ちょ、ちょっと待ってよアーサー! 本当にあの場所が爆発するの!? 管理局に通報した方がいいんじゃない!?」
 
​ クレアが肩で息をしながら叫ぶ。中心の無重力シャフトを見上げながら、居住区のメインストリートにある自動歩道を、アーサーは止まることなく突き進んでいた。
 
​「無駄だ。今の管理局に『四十分後に爆発が起きる』と言って信じる奴が何人いる? 精神鑑定に回されるのが関の山だ。それに、もし信じさせたとしても、彼らが下手に動けば、それが新たな爆発の引き金にならないとも限らない」
 
​「それってどういう意味よ」
 
​「死んだ瞬間を思い返してみると、不審な点がある。爆発の起点となったのは環境制御室のハッチ周辺だが、あの衝撃波の指向性は不自然だった。まるで、内部の圧力が臨界に達するのを『待っていた』かのようなタイミングだ」
 
​ アーサーは走りながら、ポケットから青い飴を取り出し、口に放り込んだ。
 青は『直感的思考』のスイッチ。論理だけでは届かない、カオスな事象の隙間を埋めるために使う。
 
​「クレア、君に頼みたいことがある。君の持つ管理局のアクセス権を使って、ここから環境制御室の『直近三時間の作業履歴』をすべて洗え。特に、さっき俺が予言した『物理認証鍵の紛失者』、あの役人の動線を徹底的に追うんだ。ただの推測だが、おそらく何かある」
 
​「え、ええ……わかったわ。やってみる」
 
​ クレアは走りながら端末を操作し、ホログラムのウィンドウを展開する。
 
「出たわ。紛失者は『ケビン・ウェスト』。環境維持局の三級技師。彼は午後一時三十分に鍵の紛失を報告……してないわね。記録上は、まだ勤務中になってる。場所は、まさに私たちが向かっている第四ブロックよ」
 
​「やはりな。彼は始末書を恐れて、自力で鍵を探しに戻った。問題は、彼がどこで、何をしたかだ」
 
​ 二人は緊急用の高速リフトへ飛び込んだ。
 かつての記憶では、まだのんびりと自動歩道を乗り継いでいた時間だ。リフトが急加速し、腹の底が浮き上がるような感覚に襲われる。
 
​(よし、これで本来より、二十分は早く着くはずだ。そこでケビンを確保し、彼が『何か』に触れるのを阻止すれば、因果の連鎖は断ち切れる)
 
​ アーサーはリフトの壁に背を預け、冷たい金属の感触で動悸を鎮めた。
 
 まだ、手足の先が微かに震えている。死の瞬間の熱、あの感覚が、脳の深部で警報を鳴らし続けている。
 だが、隣で懸命にデータを追うクレアの横顔が、彼を現実に繋ぎ止めていた。
 
​「アーサー、変なログを見つけたわ」
 
​ クレアがウィンドウをアーサーの方へスワイプする。
 
​「環境制御室の冷却システムに、一時間前から謎の『最適化プログラム』が走ってる。でも、これ、管理局の正規のアップデートじゃないわ。外部からの、非公式なパッチよ」
 
 「……テロか」とアーサーは呟いた。脳内に、船内秩序を揺るがす過激派──『地球回帰派』や『下層区連合』の面々が容疑者としてリストアップされていく。
 
​ 頭をフル回転させている間に、高速リフトが目的地に到着し、重厚な扉が開いた。
 そこは、居住区の華やかさとは無縁の、冷え切った機械の墓場のような区画だった。
 
 巨大なパイプが血管のようにのたうち回り、高周波の駆動音が鼓膜をチリチリと刺激する。
 
​「十四時十分。本来ならまだ俺たちは事務所を出たばかりだ」
 
​ アーサーは周囲を警戒しながら、管理通路を突き進む。
 すると、視界の先、環境制御室のメインハッチの前に、人影があった。
 
 管理局の制服を着た男が、地面を這いつくばるようにして何かを探している。
 
​「ケビン・ウェストだな!」
 
​ アーサーの鋭い声に、男がビクリと肩を跳ね上げた。
 青ざめた顔。脂汗。手には、予備のマスターキーが握られている。
 
​「な、なんだ君たちは! ここは立ち入り禁止だぞ!」
 
​「君の失くした鍵のことなら知っている。今すぐそこを離れろ。そのハッチの向こうで何が起きているか分かっているのか」
 
​「か、鍵? なぜそれを、あ、いや、私はただ、点検をだな」
 
​ ケビンの目が泳ぐ。その時、アーサーの視線が、ハッチの脇にある配電盤に釘付けになった。
 
 そこには、本来あるはずのない「黒い小箱」が、強力な磁石で貼り付けられていた。
 タイマーのような液晶が、不気味なカウントダウンを刻んでいる。
 
​「えっ、あれ爆弾!? 本当にテロだったの!?」
 
 クレアが絶叫する。
 液晶の数字は、あと十分を示していた。
 
 あの時、俺たちの命を奪った正体はこれだったのか。
 
​「ケビン、君がこれを仕掛けたのか!?」
 
​「ち、違う! 私は、ハッチが開かないから、これを取り除こうと……」
 
​「触るな!」
 
​ アーサーの警告は、パニックに陥った男の耳には届かなかった。
 ケビンが、恐怖に駆られて黒い小箱を無理やり引き剥がそうとした瞬間。
 
 カチリ、と。
 
 世界から音が消える、あの「予兆」が響いた。
 
​「しまっ──」
 
​ 小箱の液晶が、一気にゼロへと跳ね上がる。
 
 瞬間、制御室の内部で、冷却材の気化爆発が発生した。
 
 以前のような船体崩壊を引き起こすほどの爆発ではない。だが、目の前のハッチが猛烈な圧力で吹き飛び、鉄の塊が時速数百キロの凶器となってアーサーたちを襲う。
 
​「えっ、あっ──」
 
​ クレアの体が、一瞬で視界から消えた。
 吹き飛ばされたハッチに激突し、彼女はそのまま壁に叩きつけられた。
 
​ アーサーは、破片が自分の腹部を貫く感覚を、スローモーションのように味わっていた。
 
 熱い。
 前回よりも、ずっと生々しい、局所的な痛み。
 
​​(爆発が早まった……!? 俺たちがここへ、早く来すぎたせいだっていうのか!)
 
​ 崩れ落ちる視界の中で、アーサーの視界に不気味な青い光が飛び込んできた。
 吹き飛んだ配電盤の奥、さらに深い階層から、不気味な青い光が漏れ出している。
 
 それは爆弾の光ではない。もっと巨大な、船そのものが発している「悲鳴」のような光だ。
 
​(……介入が……因果を加速させている……)
 
​ 意識が、急速に冷えていく。
 二度目の死。
 
 アーサーは、動かなくなったクレアの指先を見つめながら、絶望という名の闇に沈んでいった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


​「──ねえ、アーサー。いい加減にその糖分の塊を口から離したらどうなの」
 
​ 三度目の、目覚め。
 アーサーはソファの上で、今度は声も出せずに、ただ激しく身を震わせた。
 
​「……はあ、はあ、はあ……っ!!」
 
​「ちょっと、アーサー!? 大丈夫!? 幽霊でも見たような顔して!」
 
​ クレアが、生きている。
 三度目の、再会。
 
​ アーサーは、噛み砕いた飴の破片を床に吐き出した。
 口の中は、苺の甘みと、死の鉄味が混ざり合って、吐き気がするほど不快だった。
 
​「クレア。二回目は、失敗だ」
 
​「はあ? 二回目って何よ。あんた、寝ぼけてるの?」
 
​ アーサーは時計を見た。午後二時。
 時間はまた、平等に、残酷に、スタートラインへと戻されていた。
 
​ アーサーは、震える手で自分の腹部を触った。傷はない。だが、あそこに鉄板が突き刺さった感触が、神経に焼き付いて離れない。
 
​「クレア。犯人は爆弾じゃない。あの黒い箱は、ただの囮だ。あるいは、爆発の『結果』に過ぎない」
 
​「ちょっとアーサー、さっきから何を……」
 
​「わかった。このパズルの解き方が分かったぞ。俺たちが現場に行けば、誰かが死ぬ。俺たちが真実を暴こうとすれば、世界はそれを拒むように破滅を早める」
 
​ アーサーは立ち上がり、クレアの肩を強く掴んだ。
 
「今度は、現場には行かない。この事務所から、一歩も出ずに、あの爆発を止めてやる」
 
​ 探偵・アーサーの瞳に、絶望を超えた先の、狂気じみた知性が宿った。
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