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公式寵姫と黒ミサ
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ここは、どこ?
暗い部屋の中にいるようだ。狭い所に充満した香水と化粧の匂いの中に饐えた匂いも混じっている。自分の手元だけがボヤッと明るくなっている。
ハッと、小乙女は息を呑んだ。目の前に、手燭を持った一人の少女が目と口を開け、驚いた表情でこちらを見ている。しかし、よく見ると、その少女は姿見に写った小乙女自身なのであった。鏡の中の自分はチューリップのように大きく膨らんだスカートを履き、レース飾りが付いた絹のドレスを着ていた。
この恰好って! もしかして、この世界で、私、お姫様になってる? ゆ、夢なの……。
悪くはない気分だ。少しうかれて、部屋の中を見回すと、あちこちで豪華なドレスが乱雑に積みかさねられていた。斜めに開いたタンスの引き出しからはスカートが洪水のようにこぼれ、扉が開きっぱなしのクローゼットではハンガーに掛けられたドレスが横に飛び出たり、奥へ引っ込んだりとデコボコに並んでいる。ドレスの数が多すぎて、仕舞おうにも手が付けられないといった感じだ。どうやら、ここは貴婦人の衣裳部屋のようだ。私は貴婦人なのか、そう思って手燭で部屋の中を照らして、顔を上気させていると、突然、扉を急いで開く音と、明かりが飛び込んできた。それと当時に、こう叱責する声が聞こえてきた。
「何をしてるの、小乙女! お妃様がお怒りよ。早く、手伝って頂戴!」
「お妃様……」
「どうしたの? あんた! 寝惚けてるの。早くして、晩餐会が始まってしまうわよ」
扉の方を見ると、そこには自分と背格好のよく似た少女が敷居に立っていた。少女の着ている衣装を見て、小乙女は自分の着ている衣装の片袖をつまんでみて、まじまじと眺めた。そして、こう呟いた。
「このドレス…お仕着せ……、ということは、私、侍女だった?」
「何言ってんの? あたいら……、じゃない! 私どもめは、お妃様に仕える下女でしょ。忘れたの。さ、さ、早く、早く。私たち粗相したら黒ミサの生贄にされてしまうのよ」
「ゲッ、下女…。それに、黒ミサ…、生贄……って」
小乙女が鸚鵡返しにそう呟くと、少女は口をパッと両手でふさぎ、青い瞳を泳がせ、真っ青な顔になった。それから、小乙女のそばまで駆け寄り、肩を揺すって言った。
「お願い、今の話、私が言ったなんてゼッタイ内緒よ。もし、私が、この話を漏らしたなんて知られたら……。ああ…」
少女が今にも卒倒しそうだったので、小乙女は、少女の二の腕をしっかりとつかんでやり、その小さい身を揺すぶり、大丈夫、今の話、絶対、誰にも言わない、と言って、なだめねばならなかった。
「お願いよ。お妃様に何をされるか…」と少女は震えながら言った。
と、そのとき扉の向うから癇走った声が響いてきた。
「テロワーニュに小乙女、何をしてるの。早く、私の裳裾を持ちなさい。わらわのスカートは箒ではないぞよ」
この声に、テロワーニュは、すぐに気を取り直し、扉に向かって「はい、お妃様。ただいま」と
返事をした。さあ、急いで、今の話は絶対内緒よ、とテロワーニュは念を押してから、小乙女を促した。
小乙女とテロワーニュが衣裳部屋から出ると、そこには部屋一杯を占めるほど広大な裳裾を引きずり、豪華な刺繍のほどこされたドレスを着た貴婦人がいた。貴婦人は、自分の写った大きな姿見に媚を作ってみせていた。お妃様のようだ。
鏡の中のお妃と小乙女が目が合った。その瞬間、小乙女の胸中にひやりとしたものが走った。鏡に写ったお妃の顔は透きとおるように白く美しかったが、小乙女を見るその表情からは一切の笑いと柔和さが追放されていた。特にその目は、ガラス玉の作り物のようで、感情の無いからくり人形のもののようだった。
隣のテロワーニュがカーチィをしてから、恭々しくお妃のスカートの裳裾を持ち上げた。小乙女もそれを真似て、裳裾を持ち上げた。思ったより重かった。
このスカート、一体、何でできているの?
見回すと、小乙女とテロワーニュの他に七、八人の下女が、疲れと不安な面持ちで裳裾を床から持ち上げているようだった。どうやら、小乙女たち下女の役割は、この広大無辺なお妃の裳裾を引きずらないように持っておくことのようだ。
「これから晩餐会が行われる大広間まで、お妃様がお行きになるの。いい、裳裾が床を引きずらないよう気をつけるの。私たちは鯨の骨よ」
小乙女は、重さに耐えながらうなずいた。このカードの世界から元の世界へ戻れなくなってしまった以上、この運命を受け入れるしかない。小乙女は裳裾を握りしめながら目をギュッとつぶった。涙がこぼれそうだった。
ふと、このとき、どこか遠くの方から声が聞こえてきた。小乙女は、ソッと辺りを見回した。こことは違う世界に住む人の声だ。小乙女は身をすくめながら、顔を上げ、耳をすました。
暗い部屋の中にいるようだ。狭い所に充満した香水と化粧の匂いの中に饐えた匂いも混じっている。自分の手元だけがボヤッと明るくなっている。
ハッと、小乙女は息を呑んだ。目の前に、手燭を持った一人の少女が目と口を開け、驚いた表情でこちらを見ている。しかし、よく見ると、その少女は姿見に写った小乙女自身なのであった。鏡の中の自分はチューリップのように大きく膨らんだスカートを履き、レース飾りが付いた絹のドレスを着ていた。
この恰好って! もしかして、この世界で、私、お姫様になってる? ゆ、夢なの……。
悪くはない気分だ。少しうかれて、部屋の中を見回すと、あちこちで豪華なドレスが乱雑に積みかさねられていた。斜めに開いたタンスの引き出しからはスカートが洪水のようにこぼれ、扉が開きっぱなしのクローゼットではハンガーに掛けられたドレスが横に飛び出たり、奥へ引っ込んだりとデコボコに並んでいる。ドレスの数が多すぎて、仕舞おうにも手が付けられないといった感じだ。どうやら、ここは貴婦人の衣裳部屋のようだ。私は貴婦人なのか、そう思って手燭で部屋の中を照らして、顔を上気させていると、突然、扉を急いで開く音と、明かりが飛び込んできた。それと当時に、こう叱責する声が聞こえてきた。
「何をしてるの、小乙女! お妃様がお怒りよ。早く、手伝って頂戴!」
「お妃様……」
「どうしたの? あんた! 寝惚けてるの。早くして、晩餐会が始まってしまうわよ」
扉の方を見ると、そこには自分と背格好のよく似た少女が敷居に立っていた。少女の着ている衣装を見て、小乙女は自分の着ている衣装の片袖をつまんでみて、まじまじと眺めた。そして、こう呟いた。
「このドレス…お仕着せ……、ということは、私、侍女だった?」
「何言ってんの? あたいら……、じゃない! 私どもめは、お妃様に仕える下女でしょ。忘れたの。さ、さ、早く、早く。私たち粗相したら黒ミサの生贄にされてしまうのよ」
「ゲッ、下女…。それに、黒ミサ…、生贄……って」
小乙女が鸚鵡返しにそう呟くと、少女は口をパッと両手でふさぎ、青い瞳を泳がせ、真っ青な顔になった。それから、小乙女のそばまで駆け寄り、肩を揺すって言った。
「お願い、今の話、私が言ったなんてゼッタイ内緒よ。もし、私が、この話を漏らしたなんて知られたら……。ああ…」
少女が今にも卒倒しそうだったので、小乙女は、少女の二の腕をしっかりとつかんでやり、その小さい身を揺すぶり、大丈夫、今の話、絶対、誰にも言わない、と言って、なだめねばならなかった。
「お願いよ。お妃様に何をされるか…」と少女は震えながら言った。
と、そのとき扉の向うから癇走った声が響いてきた。
「テロワーニュに小乙女、何をしてるの。早く、私の裳裾を持ちなさい。わらわのスカートは箒ではないぞよ」
この声に、テロワーニュは、すぐに気を取り直し、扉に向かって「はい、お妃様。ただいま」と
返事をした。さあ、急いで、今の話は絶対内緒よ、とテロワーニュは念を押してから、小乙女を促した。
小乙女とテロワーニュが衣裳部屋から出ると、そこには部屋一杯を占めるほど広大な裳裾を引きずり、豪華な刺繍のほどこされたドレスを着た貴婦人がいた。貴婦人は、自分の写った大きな姿見に媚を作ってみせていた。お妃様のようだ。
鏡の中のお妃と小乙女が目が合った。その瞬間、小乙女の胸中にひやりとしたものが走った。鏡に写ったお妃の顔は透きとおるように白く美しかったが、小乙女を見るその表情からは一切の笑いと柔和さが追放されていた。特にその目は、ガラス玉の作り物のようで、感情の無いからくり人形のもののようだった。
隣のテロワーニュがカーチィをしてから、恭々しくお妃のスカートの裳裾を持ち上げた。小乙女もそれを真似て、裳裾を持ち上げた。思ったより重かった。
このスカート、一体、何でできているの?
見回すと、小乙女とテロワーニュの他に七、八人の下女が、疲れと不安な面持ちで裳裾を床から持ち上げているようだった。どうやら、小乙女たち下女の役割は、この広大無辺なお妃の裳裾を引きずらないように持っておくことのようだ。
「これから晩餐会が行われる大広間まで、お妃様がお行きになるの。いい、裳裾が床を引きずらないよう気をつけるの。私たちは鯨の骨よ」
小乙女は、重さに耐えながらうなずいた。このカードの世界から元の世界へ戻れなくなってしまった以上、この運命を受け入れるしかない。小乙女は裳裾を握りしめながら目をギュッとつぶった。涙がこぼれそうだった。
ふと、このとき、どこか遠くの方から声が聞こえてきた。小乙女は、ソッと辺りを見回した。こことは違う世界に住む人の声だ。小乙女は身をすくめながら、顔を上げ、耳をすました。
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