きったない世界に何を視る?

志乃沙

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きったない世界に何を視る?

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「きったない世界」
大人になりきれてない彼女の一言に、僕の変わりに素麺が噴きこぼれる。
「起きて、早々なにそのひとこと」
弱火にするも噴きこぼれはほおっておき、
西日の黄昏に姿も言葉も染まった彼女・キョーカに目を向ける。
すでにラフな格好になっている僕に対し、
し合ったままの姿で座し和室には不釣り合いなイーゼルにかけられたモノを見ていた。
「はん。 女子高生とセックスした、あんたが言うわけ」
肩までの髪ごと振り、キッと睨みつける姿が猫にそっくりで
本人の意思に反して僕は可愛いと思う。
「とりあえず、なにか着なよ」
「あんたはその鍋をなんとかしてなさい」
素麺もろ共、噴きこぼれていた。

「素麺なんて、だっさ」
悪態をつき箸から滑り落ちる白糸と格闘しているキョーカ。
「ゆっくり食べたら」
言っても利かない事も百も承知で、
汁が飛ぶのもお構いなしに貪っている向かいに言葉を投げる。
「昼も関係なしにしてたのは、誰だっけ」
こちらを見もせず江戸っ子を思わせる豪快な啜りで、
また新たにTシャツに汁を飛ばす。
「さすが、イイもの食べてるじゃん?」
「食べるか喋るか、どっちかにしなよ」
切れ端を飛ばし・口端から汁が垂らす幼児なみの食事の摂り方にはいつも苦笑してしまう。
「これは、株の優待でもらった物」
「へぇ~、素麺なんて貰えるんだ」
ほぼ食らいつくし、短い切れ端を無視し箸を起き、麦茶を流しこんだ。
「まだ、なにか食べる?」
器を重ねテーブルを拭きながら、すでに堕落体勢のキョーカに尋ねる。
「いい、あとでお菓子食べる」
白い太ももが見えるのもお構いなしにうつ伏せに寝っ転がりスマホのチェックしている
キョーカの鼻歌を聴きながら、器をシンクに持って行き手早く乱雑に洗う。

「いいアイデア出た?」
自分用のコーヒーを用意し声をかけると、脚をパタパタしていたのを止め、
腕で頭を支える涅槃仏ごとくジト目で口を開く。
「あんたの精子ならさっき出たわよ。ったく、何回出したのよ」
トイレでの事を言ってるのだろ、羞恥の欠片も表さないで淡々と返事がくる。
「そういうキョーカも、ずいぶんと放出していたけど」
向けられた皮肉を、敷きっぱなしの布団の大きなシミに視線ともに投げる。
「体質なんだから仕方がない。でも、あんたは自分で管理できるでしょ」
「上でずっと腰振って、音頭とられちゃ、出すのが礼儀だろ」
「あたしは、乗った方が刺激があるの」
すぐにムキになってかかってくるところは、まだまだ子どもだが、
男を快楽へと誘う技術は大人の女性そのもの。
「で、アイデアは結局出たの?」
「まっ、ボチボチね」
ムクっと体を起こしモコモコのクッションを抱えた表情は、
数日前ウチに来た時よりも何かを得た反応がある。
「しっかし、こんな事でアイデアが出るなんてね」
「散々やってきて、今さらかよ」
すっとマグカップを奪うが中身がコーヒーだと分かると、
何事もなかったように頬杖ですまし顔で、空いている手でイーゼルを指を指した。
「ねぇ。あんた、アレ、どう思う」
「悪くはないけど、もっと攻めてた方が良いかな」
半年ほどの付き合いだが、こういう場合は示したモノを持ってこい、の意味も含まれているので、
イーゼルから彩色まで仕上がっているキャンバスを持ってくる。
「ふーん、感性だけは生きてるじゃん」
静かに関心しキャンバスを受け取り、冷めた目で見分している
「なんにせよ、これはお釈迦ね、要る?」
「貴重な作品だから、もちろん貰うよ」
鼻を鳴らし僕に放り投げてくる、この動きも予測できたので難なくキャッチすると、
あからさまに舌打ちをし、しけた顔するキョーカ。
「どうする、描いてみる」
「ぁん、股痛いから、あんた適当に描いて」
再び寝転がりほっそりとした二の腕・脇までも見えそうな肘枕で、
無気力で投げやりな言葉が飛んできた。
「ソレを元にしてイイから、あとはいつもの感じで」
ゴーストライターみたいな真似事は、これが初めてではなく何度かあるが、
あまくまで僕は素描の段階で、アクリルで仕上げるのはキョーカが筆を執る。

静寂な時間を破るのはキョーカ、数分前に浴室に消えて今しがた水音が止み、
滴るのもお構いなしに首からバスタオル一枚という、女子高生とは思えない姿で現れた。
「ムカつくけど、あんたのシャンプー無駄にイイのよね」
その生花原料の香りと、髪からの雫がキャンバスに模様作らせているのも気にもしないで、頭上から覗き込むと、成長途中の乳房の代わりに湿ったバスタオルが僕の頭上に覆いかぶさる。
「おっ、進んでるじゃん」
「ちょっと水滴。それと何か着――」
抗議も空しく、びしょびしょな手でキャンバスをぶんどり、はしたなく座る。
仕方がなく衣装ケースからキョーカの下着を見繕い渡そうとしたが、
すでにキャンバスに鉛筆を走らせていて、目にもくれないので脇に置き、
未だに潤沢な髪の毛をバスタオルで優しく拭き取りながら、キョーカの手の動きを目で追う。
子どもの落書きのように、僕が書いた素描をスラスラ加筆していき、印象をガラリと好転していく。
まだ技術は必要だろうが、生まれ持った感性はホンモノ。
9割がた修正された所で鉛筆を投げ、んっと顎でキャンバスを持てと指示、
さっそくキャンバスをキョーカの真っ正面の壁端で掲げる。
眉間に皺を寄せ鋭い眼差しと顔だけを見れば真剣そのものなんだが、
なんせ未熟な綺麗な蕾が二つ見えている真っ裸という、
アンバランスで自然と笑みが込み上がってくるのを抑える為、イーゼルを引き寄せ鎮座させた。
「大胆不敵、攻めたね」
「あんたみたいに、ただ腰振ってただけじゃない。 ちゃんと感じてたのよ」
もちろん、インスピレーションの事で、セックスの快楽の感想を言っているわけじゃない。
「こんな官能的な画、高校生が描いたとは思えないよ」
「ふん、私にかかれば朝飯前」
本人は、隠しているつもりだろうが得意げな笑みがこぼれている、
大人げなく揶揄する事もないので、艶のある頭を二回ほどポンポンする。
チラッと見"ふん"ってそっぽを向くキョーカ、
素直に受け取らないが、まんざらでもない事は知っている。
そして、そうしてほしい事も。

「な~んか、違う。これは華やか過ぎる」
優待で届いた焼き菓子ギフトセットも、キョーカにかかれば三日で方が付く。
最後に残ったクッキーを食べながらブツブツと喋れば、
ボロボロとこぼれるのは致し方無い、もう諦めた。
ウィーンモダンの画集をパラパラと捲り、近眼の様に凝視したり老眼の様に腕を思いっきり伸ばしたり、アレコレと彩色の算段を練っていく。
「退廃的って言ってたけど、イメージと違う?」
「もっと、荒らしてみたいの」
見切りをつけバタンと閉じ大きく首をグルグル回し、勇ましくコーラをラッパ飲みする。
「普段の色付けで良いと思うけど」
「忘れた? 私は新しいチャレンジをするの」
空いたペットボトルで肩をペチペチさせながら冷蔵庫に新たな一本を取りに行くキョーカ、
そのキョーカがウチに来たのが木曜の昼過ぎ、昼寝をしていたところを
チャイムによって起こされた。
いつもの様にサボりだなと、それが今日まで続いている。
ゴトっとペットボトルではないあきらかな重量がある飲料容器、
ワインボトルをしれっと平然に持ってきた。
「おいおい、また飲むの?」
「これも、インスピレーションのため」
迷いなくマグカップに注ぎ、ボトルストッパーをするでもなくさっそく口をつけている。
うちに寝泊まりするようになって、平然と飲むようになった。
良識ある大人なら未成年の飲酒はとうぜんストップするべきだろうけど、
あいにく女子高生を抱いた人間なのストップはしなかった。
ちなみにだが、飲酒によるインスピレーションはまだ湧いてはいない。
「はぁ~ 飲み続けると大したコトないって分かっちゃうのね」
「それは、ワインのこと? それとも才能?」
僕も飲んでいるとはいえ、一日一本は平気で空になり5本の空き瓶が連なっている。
安価とはいえひと月分の本数を、こう消化されると口が滑ってしまう。
「はっ、言ってくれるね」
頬がほんのり朱に染まったキョーカ、
顔にはすぐ出やすいが弱くはない多少言動が大袈裟になるくらいだ。
「あんたが素直に飲ませるって事は、安物なんでしょこのワイン」
「どうかな? 素麺みたいに良いワインかもしれないよ」
少しカマをかけてみる、ふーんと鼻で鳴きマグカップをくるくる回し一言。
「まぁどうでもいいけど」
至極簡単にあしらわれた。
「で。 才能なんて元から無いわよ、そんなモノ」
「ん、酔った?」
キョーカの口から出るとは思えない言葉に、まじまじと横にある顔を覗き込む。
「無いから、あんたと寝たのよ」

「運が良かったの、私は」
テーブルに突っ伏しで顔はそっぽを向いて、ポツポツと紡ぎ出てきた。
「県展で金賞取ったくらいで、才能があるとか勝手に期待して。
それで勝手に落胆し、ムカつくのよ、そういうの」
「誰かに、なにか言われた?」
「美術のくそババア……」
それが今回ウチに来た理由だろう。
「ここはこうした方がいい、もっと丁寧にって。だったら、お前が描けよ!」
むくって起き上がり拳を叩きつける、心なしか目が据わっている。
「だいぶ、熱血だね」
「技術も技法も分からないのに、横から言うだけ!」
「学校の先生なら、そんなもんだよ」
「それでも仕上げたんだぜ。 それなのに、もう一回描き直せって。
せっかく、あ、あんたが描いてくれたのに……やってられるか!!」
キョーカが腕を振りかぶったので、瞬時にテーブル上のモノを退避させ、
直後に勢いがついた薙ぎ払いが起きた。
自分の思い通りにならなかったキョーカがキッと睨む、
その瞳に光が宿っており、ハッと息をのんだ。
「なにすんのさ、ばかぁ」
「腕を痛めたら、筆跡に影響するよ」
本意を隠すための咄嗟に出た言葉だがあながち外れてもない、
それにキョーカのボルテージも下がった様だ。
「そか、あの画仕上がったんだ。 どんな感じになったの?」
「くそババアの厚化粧みたいな、最低最悪……」
"けっ"吐き捨てる典型的なリアクションをとる、
落ち込んだり・泣いたり・怒ったり、アルコールの力もあると思うが、
ここまで目まぐるしく感情が入れ替わらうキョーカは初めてだ。
そして、もういつもの澄ました表情に切り替わっている
「だからさ、きったない画を描いてやるの。
あのババアが嫌う訳の分からない画をね」
「そうだったんだね。でも、エッチすることはなかったんじゃないの?」
「はぁ、まだ言うか。 身も心も汚くなってやるんだから」
僕の何度目かの言葉にあきれ顔、しかし鬱憤を吐き出したのか柔らかい表情。
「それに、日ごろのお礼よ」
「はは、別にいいのに。 キョーカらしくもない」
「うっさい」
速攻でプイってそっぽを向く、そしてポツリと一言。
「だから、もうしばらく居させて」
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みんなの感想(1件)

辻 雄介
2021.08.14 辻 雄介

お気に入り登録しときますね!

志乃沙
2021.08.14 志乃沙

ありがとうございます

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