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お医者さんごっこ
メスの代わりのカッターナイフ。ゴム手袋と、不繊維のマスク。シルクのナイトキャップにエプロンをつけて、さあ、手術しましょ?
*割と痛くて血が出る描写があります。
「お医者さんごっこをしよう!」
「お医者さんごっこかぁ、いいね」
彼女のかわいいわがままに応えないわけにはいかず、笑顔でお返事をする。お医者さんごっこかぁ、彼女はどんなものを想像しているんだろうなぁ。可愛らしいおままごとからえげつない下ネタまで何が飛び出してくるのか、可能性が広すぎて皆目見当もつかない。彼女が嬉しそうに楽しそうに今回のごっこ遊びの詳細を教えてくれる時のその表情も好きだから、何が来ても受け止めるだけの精神的安定を用意して心構えを決める。
「まずはね、用意してほしいものがあるの」
「はいはい」
諸事情により彼女は両足とも膝から先が無くなっている。まあ、俺が取ったんだけど。なので、俺は彼女の言うがままに彼女の手足となってパシられるのだ。もとより俺が望んだことで、なによりの幸せだ。……いっそのこと腕も取ってしまえば、もっと甘えてもらえるだろうか。
「まずは、手術セットを用意してもらいます」
「手術セットですか」
ぱっと言われてぱっと用意できそうにない物を要求されてしまった。
「ちなみに何がほしいの?」
「こんなやつ!」
そう言って彼女はテレビの電源を点ける。あらかじめ用意してあったのか、テレビにはドラマのワンシーンが映っていた。いわずもがな手術室のシーンだ。ちなみに我が家に手術室はない。あたりまえだ。
「どうやって用意しようねぇ」
「そうねー、ベッドは寝室のやつでいいでしょ、それにライトとキャスター付きの棚を用意して、トレーにメス的なものとピンセット! あとハンカチ!」
「ああ、なるほど」
さすがはごっこ遊び、それっぽいものを用意すればいいらしい。それなら、なんとか準備できそうだ。
「どっちがお医者さん役なの?」
「わたし!」
配役には、ちょっと不安があるけれど。
いつも寝ている寝室のベッドの布団をはがして、万が一に備えて防水シーツを敷いておく。これが役に立つとしたらやばい事が起こった時だろうから、なるべく活躍はしてほしくないと思っている。ベッドの近くの机にデスクライトを用意して、自力で立てないお医者さんのための椅子と、その側に脚立。残念ながらうちにキャスター付きの棚は存在しなかったのだ。脚立の上に料理用のステンレスバットを置いて、中にピンセットとハサミと白いハンカチ、それにメスの代わりのカッターナイフを設置する。
どうだろう、御所望のものはあらかた用意できたのではないだろうか。これでうちのわがままなお医者さんが満足してくれればいいのだけど。
「おまたせ、あっちの準備できたよ」
「わーい、ありがとう!」
食器洗い用のゴム手袋と、買い置きの不繊維の白いマスク、毎晩つけて寝ているシルクのナイトキャップに、たまにお菓子作りをする際に使うエプロン。即席の手術着に身を包んだ彼女は「わくわく!」と上機嫌だ。わくわくはいいんだけど、その格好はちょっと暑くないかな。
歩けない彼女の移動方法は、もっぱら俺が彼女を抱えて外付けの義足となることだ。彼女の体を包み込むように持ち上げる。彼女ももう慣れたもので、こちらが抱えやすいように体重を預けてくれる。
俺は、この時間が大好きだ。彼女の全てが俺に委ねられているような感覚。この幸福を少しでも長く味わっていたい。特に用もないのに一日中、家の中をあちこち移動して回りたいくらいには。残念だけど途中で抱えられることに飽きた彼女がぐずって暴れ始めるから一日中なんて無理なことで、大体いつも三分が限界だ。
急拵えの処置室に彼女を連れてやってきた。これまた急拵えのベッドのそばの彼女のための椅子の上にそっと降ろしてあげる。
「それでは手術を始めます」
ゴム手袋をつけた手を体の前で揃えて彼女がそう宣言する。たぶん、ドラマで見てどうしても言いたかったセリフなんだろうなと思った。
まず彼女が手にしたのはカッターナイフだった。
「切るねー」
「うっ……!?」
痛い痛い痛い!! 脇腹から激痛が走る。ごっこ遊びだからと完全に油断していた。服の上に刃を滑らせるだけだと思っていたら、服ごと肉がざっくりいった感覚がある。こんなことなら残ってる麻酔を使っておけばよかった。反射的に身を捩ってしまいそうになるのを必死で堪える。下手に動いて深く刺さったら流石に救急車を呼んで病院のお世話にならないといけなくなる。それはだめだ、人に言えないような遊びをしていると知られるのはまずい。彼女共々もうひとつサイレンの鳴る車で搬送されることになる。
唇を噛み締めて痛みに耐える。血の味がするのは口の中が切れたのか、それとも腹から流れた血の匂いだろうか。
そうこうしている間に彼女が今度はハサミを手に取って傷口周りのTシャツを切り取ったらしかった。ベッドに寝転んだままで知り得る情報には限度があるけれど、真っ赤に染まった布切れが視界の端に見えたので、どうやら少なくとも出血はしているらしい。そんなこと知ったってなんの救いにもならないけど。でも彼女はどうやら俺の体で楽しく遊んでいるようで、どこまでなら許されるか探るようにちらちらと目配せをしてくる。そんな様子を見れば甘やかしたくもなるわけで、今更俺の方からやめてとは言えなかった。
ただ流石に彼女がピンセットを手に取った時はヤバいと思ったし、案の定ピンセットで傷口をつまんで広げられたら我慢できずに「いっ痛い痛い!!」って叫んでしまったけど。
ポタリと水滴が彼女の顔から落ちてきて、泣いているのかと心配になって見たら、彼女は真剣な顔で額を拭っていた。
「暑い。汗かいてきちゃった」
「そりゃあ、それだけ着てたらね」
顔を覆っているマスクを取って、用意していたハンカチで汗を拭ってあげる。体制を変えたり手を伸ばすだけで傷口がズキズキ痛むけど、根性で耐える。ダラダラと垂れていた汗が綺麗になった彼女のスッキリしたような表情を確認してから頭を軽く撫でて「ちょっと待ってね」と伝えた。ベッドから降りると、動かした脇腹から今まで以上にやんごとなき痛みが伝わってくる。起き上がったことによって直視できるようになった傷口は想像していたものよりずっと優しいものだった。そこで血に染まって一部が切り取られた今日のTシャツが前に彼女に選んでもらったお気に入りのTシャツだったことに気づいてちょっとへこんだ。
彼女の足が無くなってからは一緒に買い物に出掛けられなくなったからかなり大切にしてたんだけどなぁ。……けど、それはそれとして血がずっと流れてるし痛い。いやほんとう普通に痛い。傷のない所まで痛い気がする。激痛に堪えながら空調のリモコンにたどり着いて、冷房をつけた。
行きも痛いなら帰りも痛い。深く呼吸すると傷口の辺りの肉が動くからか痛みが強くなるので、浅い呼吸を繰り返しながらなんとか彼女のところまで戻ってきた。
「まだする?」
「するよ?」
言外に含めたもうやめない? という提案は、伝わったのかそうでないのか。けれど彼女が当たり前じゃんという笑顔ですると言うなら続けるし、僕にそれに逆らおうという気持ちはない。これ以上続けられると、晩御飯の用意がちょっと大変だなと思っただけだ。あー、それとこれから数日は彼女に一人でお風呂に入ってもらわないといけないかもしれない。
でもまあ、俺の世界で一番かわいい彼女だから。わがままはできるだけ叶えてあげたい。だって彼女は今の俺以上に体を張って、俺の大きなわがままを叶えてくれたんだから。
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