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ふりふりの可愛いワンピース

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 私の友達の灰勿はいなくんは、男の子で、成績はそこそこ良くて、優しくて、頼りになって、そしてなにより顔がいい。何がどう良いかなんかすごくいい感じに伝えたいんだけど、私じゃ語彙力が足りなくて表現できない。けど、たぶん、黄金比ってやつだ。きっと真面目に分析したらすごい良いバランスで成り立ってるって分かると思う。顔がちっちゃくて、鼻がしゅっとしてて、ほっぺた柔らかくて、目が可愛くて、中性的。私の友達の灰勿くんは本当に顔が良くて……でも、その隣に居る私は至って平凡だ。
 学校の集合写真とかもうすごいことになる。灰勿くんのことはなんか発光してんじゃない? ってくらい一瞬で見つけられる。だって顔がいい。何にも意識してなくても目に留まる。対して私の顔は見つけるのが難しい。全員の顔を一人ずつ確認しても自分でも自分が見つけられずに、もしかして居ないんじゃない? って疑うことまである。
 そういう時は大抵、灰勿くんが横から「ここに居るね」って教えてくれる。優しい。でも写真映り悪くて恥ずかしいからあんまり見ないでほしい。
 なんでそんなに顔のいい灰勿くんが私の隣にずっと居てくれるのかわからないけど、初めてクラスが一緒になった小学校2年生の時から高校生になった現在まで、なんだかんだいつも一緒に居てくれる。だから私は毎日、灰勿くんの良い顔を特等席で覗き見れるんだ。へへへ、いーでしょ!
「のえちゃん、危ないよ」
「ひえっ」
 並んで歩いている灰勿くんの顔をこっそり鑑賞していたら、急に腕を掴んで引き寄せられてびっくりしちゃった。周りを見てようやく、前を見ていなかった私が人とぶつかりそうになったのを灰勿くんが守ってくれたのだと気付いた。
「ありがとう……」
「別にいいけど、つまづいてこけたりしないようにね」
「うん。気を付ける」
 灰勿くんに迷惑かけちゃった。注意されて気持ちがちょっとだけ落ち込んでいると、右手をそっと掬われる。大きくて、私よりちょっと骨張ってる暖かい手。灰勿くんの手だ。
「手繋いでたらつまづいても転びはしないでしょ」
「えへへ、ありがとう! 灰勿くんは優しいね!」
「のえちゃんに対してだけだけどね」
 灰勿くんと手を繋いで、大通りを歩く。今度こそ灰勿くんの迷惑にならないように周りをきょろきょろ見回していたら、お洋服屋さんのショーウィンドウに飾ってあるマネキンに目が留まった。
「何見てるの?」
「えっ、あー、流行ってるのかなぁって」
「ああ、あの服? そうみたいだね」
 私になんか絶対似合わない、可愛い色で可愛いふりふりの、可愛いワンピース。
「ああいう服とかさ、いくらくらいするんだろうね」
「欲しいの?」
「うーん……」
 そりゃ、ほしいけど。可愛い服、すごく気になる。あんな服がクローゼットに入ってたら、きっと服を選ぶたびに幸せになれる。でも、だってなんだか高そうだ。それに、別に私が着ても何も楽しくなんて無いし。あの服を着た自分を想像しようとして、すぐにやめた。絶対可愛く無い。それならいっそ私より灰勿くんの方がさ……あ、いいな。きっと灰勿くんならああいう服だって似合っちゃうんだろうな。
 だって、なんたって、灰勿くんは顔がいい。
「どうしたの? ぼんやりして」
「あっ、ずっと見ちゃっててごめんね!」
「いいよ別に。いつものことじゃん」
 えっ! いつも!? 気付かれないようにこっそり見てたのもしかして全部バレてたの?!!! うそ!!
「それで、どうしたの? やっぱりあの服欲しいんでしょ?」
「う、うん! 欲しい! 欲しいよ!!」
「だよね。どうする? 試着してからにする?」
「うん!!」
 こんな風に服を買うなんて初めてでドキドキする。
 可愛い服が売っている店内は、これまたとっても可愛かった。どこを見ても可愛い服、可愛い鞄、可愛い靴……。
「あっちの服買うんでしょ? 行くよ」
 可愛いがいっぱいで目移りしてたら灰勿くんが私の腕を引っ張って、私が外で見ていた服の棚まで連れて行ってくれた。
「わあ、色違いもある」
「どの色がいいの」
「うーん」
 パウダーピンクの生クリームみたいな可愛さも良いけど、灰勿くんにはこっちのシックな赤と黒のチェック柄が似合いそう。
「灰勿くんって服のサイズいくつ?」
「え? MかS」
 Mサイズを手に取って両手で広げて灰勿くんの前に掲げてみるけど、なんかちょっと小さそう。Lサイズくらいで丁度いいかもしれないな。
「……なに?」
「だからMだと小さそうだからLサイズが良いかなーって」
「いや、のえちゃんが着るならMサイズで十分でしょ」
「……灰勿くん、着てくれないの?」
「は? 僕? あ、いや……えっと。着る、着るよ。だからそんな落ち込まないで」
「ほんと?」
「ほんと! ほんとに着るから!!」
「えへへ」
 すごくすごく楽しみで、想像しただけで笑顔になってしまう。だって絶対似合う。とっても綺麗な灰勿くんの顔とすごく可愛いお洋服が一緒に見れるなんて、楽しみすぎる。
 楽しみすぎてそのまま試着室に一緒に入ろうとしたら、灰勿くんが顔を赤くして「なんでついて来るの……?」って不安そうに聞かれて、「ごめん!」って試着室の外に出てカーテンを閉めた。
 この中で灰勿くんが着替えてるんだ……。
 えっ、なんかめっちゃどきどきする! どうしよう!? ときめきがチカチカと星屑みたいに散らばって眩しくて、目をぎゅっと閉じてみたら、まぶたの裏に着替えている灰勿くんの妄想がふわふわと浮かんできちゃったから慌てて頭を振って妄想をちぎって追い払う。
 なんで!? すっごいどきどきする……! っていうかなにそれ?!! だめだよ、きっとだめなやつだよ! たぶん!!
 自分の妄想のときめきに一人でもだもだしてたら、試着室のカーテンが開いた。
「着たけど」
「わ、あぁ……あ!!」
「え、ちょ、ちょっと」
 ダメだ。ダメ、絶対ダメだ。
 あまりにも綺麗で、あまりにも似合ってて、だからダメだと思った。他の人に見せちゃダメだ。何がダメなのかよくわかんないけどきっとダメだ。だって、なんか、こんなに綺麗だって誰かに知られたら、灰勿くんが他の誰かに取られちゃう気がする。
「のえちゃん……? えっと、なんで入っちゃ来ちゃったの?」
「あれ……?」
 気づけば灰勿くんをそのまま押し込んで、二人で試着室に閉じこもってしまっていたみたいだ。どう考えても私がテンパった結果だろう。困惑する灰勿くんの顔があまりにも綺麗で、そういえば灰勿くんが綺麗なのは今に始まったことじゃ無かったなと気付いた。
 ほぼ抱きしめるようにしてくっついていたのを一歩と半分ほど下がる。そうでもしないと服が視界に入らなかったから。そうやって、灰勿くんの綺麗な顔から可愛いお洋服までしっかり眺めて堪能して、やっぱり最高だなって素晴らしさを噛み締める。
「やっぱり最高だな……」
「そう? ならまあ、よかった」
 そう言って灰勿くんがほっとしたように柔らかく顔を崩して笑うから、もっともっと最高になってしまった。顔が良い。最高に綺麗で大好きだ。
「もう満足した?」
「うん!!」
「じゃあ脱ぐから出ててねー」
 さっとカーテンを開けてぽいっと外に出されてしまった。振り返るころにはもうカーテンは閉まってて、そういう手早いところもかっこいいなと思う。
 いやでも本当に良かった。絶対買おう。あわよくばもう一度着てほしいけど、きっとあの様子だと嫌だって言われそうだな……って思って、写真撮っとけば良かったって後悔した。
「灰勿くん灰勿くん! 写真! 写真一枚だけ撮らせて!!」
「はああっ!? 何言って、ちょっ、ねえ開けないで!? やめろよ、ったく、ほんと、ふざけんなよ!!?」
「一枚! 一枚だけだから!!」
「だめ! 絶対ダメだから! ちょっと、開けんなっ!!」
 カーテンをぐいぐい外から引っ張るが、ちっとも開かない。
「のえちゃん! ここお店だから!! いい加減にして!! ね?!」
「あ、ごめん……」
 言われてぱっと手を離す。慌てて周りを確認すると、みんなが責めるような目つきでこちらを見ているような気がして、さっと顔を伏せる。
 そのままじっとしていたら、すぐにカーテンが開いて灰勿くんが出てきた。
「のえちゃん、服買うんでしょ?」
「か、買う!!」
「はいはい。じゃあ買おうね。のえちゃんはMサイズだよね」
「え、私は要らないよ……?」
「はいはい」
 灰勿くんは適当に返事をして、生クリームみたいなパウダーピンクの服を手に取ってレジに持って行こうとする。
「灰勿くん!」
「のえちゃんが買わないなら僕も買わないよ?」
「え……」
「のえちゃんがピンクの服買わないなら、僕もこの赤い服買わない。どうする? 写真撮りたいんじゃないの?」
「撮りたい」
「じゃあ買おうね」
「で……でも、買っても私は着ないよ?」
「それでも良いよ。だから、お揃いで買おう」
「うーん……わかった」
 ほんとはよく分かってないけど。これ以上灰勿くんに私が分からない子だって思われたくなくて頷いた。
 灰勿くんがお会計してくれる横で、ショッパーに入れられる赤とピンクの大きさが違う服がまるで姉妹みたいでかわいいなって、見惚れていた。ら、ふいに、灰勿くんに手を繋がれて、驚いて顔を見てしまった。
 うっ……!! やっぱり灰勿くんは横顔も綺麗だ。本当に好き。灰勿くんはいつもちゃんと私の方を向いて話してくれるから、盗み見じゃなくて横顔をまじまじと見れる機会は実はちょっぴり貴重だったりする。いやでも本当に良い。こっちを見てない灰勿くんめっちゃかっこいい。いつも目を合わせられるとその顔の綺麗さでわけ分かんなくなるから灰勿くんの顔綺麗としか思えないんだけど、こうしっかり噛み締めると本当に綺麗なだけじゃなくて灰勿くんってやっぱりかっこいいんだなって思う。本当に好き。そうやって灰勿くんの横顔を堪能していたらいつの間にかお会計が終わっていたようで、いつの間にかいつもの帰り道を歩いていた。
「この後、のえちゃんの家お邪魔しても良い?」
「えっ! 汚いよ?!」
「分かってるよ、ついでに片付けてあげるから。だから、上がっても良い?」
「灰勿くんがいいなら、いいけど……」
「うん」
「でも今日、うちお母さん居ないよ?」
「……は? なんで?」
「なんか友達と一緒にどっかのお花を見に行くんだって。それで帰りは夜になるって」
「夜になるって、のえちゃんご飯はどうするの?」
「えっ……と。朝お母さんに、どうするー? って聞かれたから、適当に済ませるーって、言って……」
「それで、今まで忘れてたんだ?」
「うーん……そうみたい」
 つとめて困った顔をしてそのままちらっと伺い見れば、灰勿くんはしかたないなぁという顔をして優しいため息を吐いた。
「何が食べたいの」
「えへへ、からあげ」
「もっと時間のかからないものにして」
「えー、じゃあ何ならいいの?」
「ハンバーグとか、オムライスとか」
「じゃあハンバーグの乗ったオムライスがいい!」
「……わかったよ。じゃあスーパー寄って行こう」
「うん!」
 私の家をそのまま通過して、近所のスーパーに行く。お洋服屋さんの可愛いショッパーと一緒にスーパーの買い物かごを持つ灰勿くんは、それでも綺麗で可愛かった。
「ねえねえ灰勿くん」
「なに」
「りんごも食べたい。買っても良い?」
「いいよ」
「うさぎの形に切ってくれる?」
「いいよ」
「やったあ!」
 楽しみ! るんるんでつやつやのりんごを一つ選んで灰勿くんの持つ買い物かごに入れた。


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