雪の日に

藤谷 郁

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金沢

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過去にさかのぼり、諏訪東吾という男の人をあらためて知るにつけ、どんどん好きになる。手紙を交換する間にも、その気持ちが膨らんでいく。

そして私は大学四年生となり、新たな季節のための準備を始める。

社会人として働く東吾さんは大人だけれど、私だってもう子供ではない。真面目に将来を見据え、就職活動もちゃんと行う。自分で真剣に考え、行くべき道を選択した。

私は手紙に、詳しいことを書かずにおいた。彼からも、どこのどういった会社を受けるのかという具体的な質問はなかった。入社試験や面接に関するアドバイスが、押しつけがましくない程度に書かれていただけ。彼はメーカー勤務の営業部員で、私の希望する職種とは少し違うけれど、とても参考になった。

東吾さんは、私のことをわかってくれる。

諏訪さんからの手紙が東吾さんについて教えてくれたように、父が送る手紙もまた、私のことを彼に教えたのだ。長い年月のやり取りを経て、潜在的に親しみを持つに至り、私は彼にとって身近で親しい女の子になった。今はひとりの女性として、理解してくれているのだと思う。

私と東吾さんは、父親達の作戦にまんまと嵌ったのかもしれない。彼ら男の友情は愛情に近い。だからこそ、私達も知らぬ間に愛情を育くむことになった――なんて言ったら、二人の父はどんな顔をするだろう。


就職先が決まったことを報告すると、東吾さんはすぐに返事をくれた。おめでとうの文字がひときわ大きく書かれていて、私はなんだかとても嬉しくて、涙ぐんでしまった。

でも、どこのどんな会社に決まったのか、そういったことはやはり訊ねてこない。なんとなく察しているのではと感じた。

父に、「私の就職先、諏訪さんに喋ってないよね」と確認すると、

「お前が内緒にしろって言うから我慢してるんだろ。まったく、素直に教えたらいいものを……」

ブツブツ文句が返ってきた。

なにも言わなくても、東吾さんはわかってくれる。

でも、このことは直接私の口から伝えなければならない。彼はもはや私の人生になくてはならない、大切な男性になっていた。


そして今、その時がきたのだ。





特急『はくたか』が、金沢駅のホームに滑り込んだ。

私は旅行鞄を手に座席を立ち、乗降口へと向かう。いよいよ、ついに……そう思うと、胸のどきどきが収まらない。

緊張と喜びに震えながら車両を降りると、凛とした空気があった。

初めての北陸。でも、ここはいつか来たことがある場所。そんなはずはないのに、私は懐かしさで胸がいっぱいになる。父から受け継いだ遺伝子だろうか。それとも、心の大勢を占めている、この感情のせいだろうか。

寒いけれど、雪は降っていない。私はしばらくホームでぼうっとしていたが、発車メロディーが聞こえて我に返る。雅やかな琴の音色だった。

(素敵……)

旅情を感じながら、改札口へと歩く。

昨日、初めて東吾さんに電話した。心が決まりましたと告げる前に、彼は『兼六園に行きませんか』と言ったのだ。まるで、私からの電話を待っていたかのように、自然に。

だから私も「はい」と自然に返していた。

彼の声は大人の男性らしい低いトーンで、とても落ち着いている。耳元で直接話しているかのように、近くに聞こえた。熱い息がかかるような距離感で、私の体温は瞬間的に上がったと思う。

今朝、東京を出る前にもう一度電話をかけた。東吾さんはすぐに応答してくれて、電車の到着時刻を告げる私に、

「改札を出たところで待っています」と告げた。

それから少し間を置いてから、「早く会いたい」と、囁くように付け足したのだ。


早く会いたい。もうすぐ会えるのに、待ちきれない。


その一言に、私は感激するとともに、いつか立ち聞きした父と諏訪さんの電話を思い出す。

東吾さんが私に「会わない」と言ったのは本当だろう。なぜなら、金沢と東京は遠距離とはいえ、地球の裏側というわけではない。その気になればいくらでも会いに来れる。

それをしないのは、やはり「会わない」と意思を示したからだ。

彼がその意思を示したのはいくつの時か。どうして会いたくなかったのか、私は聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気持ちでいる。

でも、きっと理由があるはずだ。

なにかとても、大きな理由が。


改札を出ると、正面に背の高い男の人が立っているのが見えた。私が立ち止まると、彼は軽く手を上げ近づいてくる。

「東吾さん……」

心を決めて、私はここまで来た。初めて過ごす彼との時間は始まったばかりなのに、どうかしている。もう離れたくないと悲しくなって、広げられた胸に駆け寄り、子どもみたいにしがみついた。

「いらっしゃい、雪さん」

優しい声と頼もしい腕が、迎えてくれた。
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