20 / 82
美しいひと
1
しおりを挟む
1月5日月曜日の朝、エリが彩子の家まで迎えにきた。
今日は二人で、雪村律子の交際相手がどんな男性なのか確かめに行くのだ。
「高柳町2丁目3-33、アクセサリー工房、コレー」
エリがカーナビゲーションで目的地を設定し、彩子はそれを助手席で見守りながら、ソワソワする。
「雪村、怒るかなあ」
「今さら何言ってるの。絶対見に行くわよ。彩子が言い出したんだからね」
エリはシートベルトを締めると、車を即座に発進させた。
「雪村の相手がまともな男ならそれでいいのよ」
鋭く目を光らせるエリに、彩子はそれ以上何も言えなかった。
「ところで、どうなの彩子の方は。え~と、原田良樹さんだっけ?」
「うん、付き合うことに決めた」
「えっ、ホントに。やったわね! じゃあ、もう結婚ってこと?」
「ならいいけど」
「うわあ~、智子に続いて彩子もかあ。凄いわ」
彩子に実感はないのだが、状況的に見るとそうなる可能性は高い。
「やっぱり、お見合いって上手くいくと展開が早いよね」
エリの言うとおりだと思う。ついこの間まで恋愛も結婚も遠い話だと思っていたのに、早いといえば早すぎる展開だ。
「あ、そう言えばね」
彩子は先日のドライブデートでの会話を思い出す。
「原田さん、『コレー』を知ってたよ」
「うそ、マジで?」
「Koreの読み方を教えてくれたの、原田さんなんだ」
「世間って狭いわ……」
エリのつぶやきに、彩子も同感する。
30分ほど走ると、冬枯れの林が広がる公園が見えてきた。
東側にレンガ塀の建物があり、木製の素朴な看板に「アクセサリー工房&カフェ Kore」と、白いペンキで書かれている。
間違いなく、ここが目的の場所だ。
エリは車を駐車場にとめると、彩子を促しつつ先に立って歩いた。
「さ、行くわよ」
「待って、エリ。ちょっと……」
さっさと歩いて行く彼女を追いかけ、コートの端をつまんだ。
「なによ」
「ねえ、雪村の恋人ってお店の人なの? それとも会員?」
エリは彩子と向き合い、その基本的な問いに答える。
「思うに、雪村が身に着けていたクロスペンダントは、彼からの贈り物ね」
「うん」
「しかも、あれだけの細工が出来る腕のいい職人。技術のある人。そして、店のロゴが入ってる。そうなると、絞り込めると思わない?」
彩子は、さすがエリだと感心する。
そして、何も考えずに来た自分が恥ずかしくなった。
「雪村の恋人は、ここにいるわ」
エリは再び歩き出した。
(もしかしたら、原田さんの知り合いだというオーナーが、雪村の恋人かもしれない……)
彩子は胸がドキドキしてきた。
店に入ると、そこはカフェだった。コーヒーのいい香りがする。
カウンター席と大小のテーブル席が並んでいる。天井が高く、外観の印象より広く感じられた。
見ると、店の奥に扉があり「STUDIO」という札が下がっている。扉の向こうはアクセサリー工房のようだ。
二人はとりあえず、お茶をいただくことにした。
カフェスペースの客は、カップルと親子連れ、そして白髪頭の男性が一人。男性は新聞をテーブルに広げ、うたた寝している。
「彩子、こっちこっち」
エリがディスプレイされたアクセサリーの前で手招きする。彩子は近付き、それらに見入った。
シルバーや天然石のリング、ペンダント、ピアス……どれもとても綺麗だ。
各々に値札が付いている。
「お客さま、アクセサリーに興味がおありですか?」
コーヒーを運んできた店員が、二人に声をかけた。
彩子は振り向き、
「はい。どれもとても綺麗で、見とれちゃいました……」
そう言いかけて言葉を失う。
これほど美しい女性ひとを見るのは初めてだった。
肌理細やかな白い肌。黒目がちの大きな目は吸い込まれるよう。艶やかな髪はきちんと結い上げられ、清潔な色香を漂わせている。
「あの、どうかされましたか?」
微笑む顔も、輝くようにきれいだ。
エリはボーッとしている彩子を押しのけた。
「そうなんです、私達アクセサリーに興味があって、できれば工房を見学したいのですが」
美しい店員はこころよく承諾する。
「体験もできますよ。お時間があれば挑戦してみてくださいね」
親切に言い置き、カウンター内へと戻っていった。
「綺麗な人だなあ」
カップを手にため息をつく彩子を、エリがしらけたように見てくる。そして、テーブルの上にかぶさり、顔を近付けた。
「あのね、彩子。あんたってば本っ当に、単純なのよね」
「ど、どうして?」
「あの手の女を私は何人も知ってるわ。しれっとして人を騙すタイプよ」
「ええっ?」
彩子にはさっぱり理解できない見解だ。
「なんでそう思うの?」
「勘よ」
「……」
エリは四大卒業後、女性向け製品を扱う業界大手の企業に就職した。
研修後に配属された企画開発の部署には、製品の性質上女性社員が多く、仕事の競争も激しかったらしい。
今でこそ若手ながら部下が付くほどの立場になったエリだが、当初は愚かしい足の引っ張り合いや、卑劣な罠を仕掛ける人間も存在し、大変だったとのこと。
先日の食事会にて、暗く述懐していた。
毎日が戦争の女社会を生き抜いてきた彼女は、人間……ことに女性の本質を見抜く目を備えているのだ。
「私の勘はね、過去のデータに裏打ちされてるの。根拠のないものではなく、れっきとした統計学よ」
エリは切れ長の目で彩子を睨みつけるが、なぜか「ふっ」と笑いを漏らし、座り直した。
「あんたって、ほんとに童顔ねえ。気が抜けるわ」
「ううっ……」
彩子はふと、ウサギ形の棒付きキャンディを思い出す。実際、エリの言うとおりなのだ。
「さてと、それじゃいくわよ」
エリは立ち上がり、先ほどの美しい店員に声をかけた。
「あの~、工房の見学をさせてもらえますか。今日は時間がないので、体験は無理なのですが」
ついさっきまでの辛らつさはどこへ……彩子が見上げると、エリの肘がすかさず脇腹を突く。
なるほど、ここからが大事なのだ。目的を果たすために私情は禁物である。
今日は二人で、雪村律子の交際相手がどんな男性なのか確かめに行くのだ。
「高柳町2丁目3-33、アクセサリー工房、コレー」
エリがカーナビゲーションで目的地を設定し、彩子はそれを助手席で見守りながら、ソワソワする。
「雪村、怒るかなあ」
「今さら何言ってるの。絶対見に行くわよ。彩子が言い出したんだからね」
エリはシートベルトを締めると、車を即座に発進させた。
「雪村の相手がまともな男ならそれでいいのよ」
鋭く目を光らせるエリに、彩子はそれ以上何も言えなかった。
「ところで、どうなの彩子の方は。え~と、原田良樹さんだっけ?」
「うん、付き合うことに決めた」
「えっ、ホントに。やったわね! じゃあ、もう結婚ってこと?」
「ならいいけど」
「うわあ~、智子に続いて彩子もかあ。凄いわ」
彩子に実感はないのだが、状況的に見るとそうなる可能性は高い。
「やっぱり、お見合いって上手くいくと展開が早いよね」
エリの言うとおりだと思う。ついこの間まで恋愛も結婚も遠い話だと思っていたのに、早いといえば早すぎる展開だ。
「あ、そう言えばね」
彩子は先日のドライブデートでの会話を思い出す。
「原田さん、『コレー』を知ってたよ」
「うそ、マジで?」
「Koreの読み方を教えてくれたの、原田さんなんだ」
「世間って狭いわ……」
エリのつぶやきに、彩子も同感する。
30分ほど走ると、冬枯れの林が広がる公園が見えてきた。
東側にレンガ塀の建物があり、木製の素朴な看板に「アクセサリー工房&カフェ Kore」と、白いペンキで書かれている。
間違いなく、ここが目的の場所だ。
エリは車を駐車場にとめると、彩子を促しつつ先に立って歩いた。
「さ、行くわよ」
「待って、エリ。ちょっと……」
さっさと歩いて行く彼女を追いかけ、コートの端をつまんだ。
「なによ」
「ねえ、雪村の恋人ってお店の人なの? それとも会員?」
エリは彩子と向き合い、その基本的な問いに答える。
「思うに、雪村が身に着けていたクロスペンダントは、彼からの贈り物ね」
「うん」
「しかも、あれだけの細工が出来る腕のいい職人。技術のある人。そして、店のロゴが入ってる。そうなると、絞り込めると思わない?」
彩子は、さすがエリだと感心する。
そして、何も考えずに来た自分が恥ずかしくなった。
「雪村の恋人は、ここにいるわ」
エリは再び歩き出した。
(もしかしたら、原田さんの知り合いだというオーナーが、雪村の恋人かもしれない……)
彩子は胸がドキドキしてきた。
店に入ると、そこはカフェだった。コーヒーのいい香りがする。
カウンター席と大小のテーブル席が並んでいる。天井が高く、外観の印象より広く感じられた。
見ると、店の奥に扉があり「STUDIO」という札が下がっている。扉の向こうはアクセサリー工房のようだ。
二人はとりあえず、お茶をいただくことにした。
カフェスペースの客は、カップルと親子連れ、そして白髪頭の男性が一人。男性は新聞をテーブルに広げ、うたた寝している。
「彩子、こっちこっち」
エリがディスプレイされたアクセサリーの前で手招きする。彩子は近付き、それらに見入った。
シルバーや天然石のリング、ペンダント、ピアス……どれもとても綺麗だ。
各々に値札が付いている。
「お客さま、アクセサリーに興味がおありですか?」
コーヒーを運んできた店員が、二人に声をかけた。
彩子は振り向き、
「はい。どれもとても綺麗で、見とれちゃいました……」
そう言いかけて言葉を失う。
これほど美しい女性ひとを見るのは初めてだった。
肌理細やかな白い肌。黒目がちの大きな目は吸い込まれるよう。艶やかな髪はきちんと結い上げられ、清潔な色香を漂わせている。
「あの、どうかされましたか?」
微笑む顔も、輝くようにきれいだ。
エリはボーッとしている彩子を押しのけた。
「そうなんです、私達アクセサリーに興味があって、できれば工房を見学したいのですが」
美しい店員はこころよく承諾する。
「体験もできますよ。お時間があれば挑戦してみてくださいね」
親切に言い置き、カウンター内へと戻っていった。
「綺麗な人だなあ」
カップを手にため息をつく彩子を、エリがしらけたように見てくる。そして、テーブルの上にかぶさり、顔を近付けた。
「あのね、彩子。あんたってば本っ当に、単純なのよね」
「ど、どうして?」
「あの手の女を私は何人も知ってるわ。しれっとして人を騙すタイプよ」
「ええっ?」
彩子にはさっぱり理解できない見解だ。
「なんでそう思うの?」
「勘よ」
「……」
エリは四大卒業後、女性向け製品を扱う業界大手の企業に就職した。
研修後に配属された企画開発の部署には、製品の性質上女性社員が多く、仕事の競争も激しかったらしい。
今でこそ若手ながら部下が付くほどの立場になったエリだが、当初は愚かしい足の引っ張り合いや、卑劣な罠を仕掛ける人間も存在し、大変だったとのこと。
先日の食事会にて、暗く述懐していた。
毎日が戦争の女社会を生き抜いてきた彼女は、人間……ことに女性の本質を見抜く目を備えているのだ。
「私の勘はね、過去のデータに裏打ちされてるの。根拠のないものではなく、れっきとした統計学よ」
エリは切れ長の目で彩子を睨みつけるが、なぜか「ふっ」と笑いを漏らし、座り直した。
「あんたって、ほんとに童顔ねえ。気が抜けるわ」
「ううっ……」
彩子はふと、ウサギ形の棒付きキャンディを思い出す。実際、エリの言うとおりなのだ。
「さてと、それじゃいくわよ」
エリは立ち上がり、先ほどの美しい店員に声をかけた。
「あの~、工房の見学をさせてもらえますか。今日は時間がないので、体験は無理なのですが」
ついさっきまでの辛らつさはどこへ……彩子が見上げると、エリの肘がすかさず脇腹を突く。
なるほど、ここからが大事なのだ。目的を果たすために私情は禁物である。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまないこの想いを
さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。
「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」
その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。
ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。
毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛
卯崎瑛珠
恋愛
カクヨム中編コンテスト 最終選考作品です。
第二部を加筆して、恋愛小説大賞エントリーいたします。
-----------------------------
「本当は優しくて照れ屋で、可愛い貴方のこと……大好きになっちゃった。でもこれは、白い結婚なんだよね……」
ラーゲル王国の侯爵令嬢セレーナ、十八歳。
父の命令で、王子の婚約者選定を兼ねたお茶会に渋々参加したものの、伯爵令嬢ヒルダの策略で「強欲令嬢」というレッテルを貼られてしまう。
実は現代日本からの異世界転生者で希少な魔法使いであることを隠してきたセレーナは、父から「王子がダメなら、蛇侯爵へ嫁げ」と言われる。
恐ろしい刺青(いれずみ)をした、性格に難ありと噂される『蛇侯爵』ことユリシーズは、王国一の大魔法使い。素晴らしい魔法と結界技術を持つ貴族であるが、常に毒を吐いていると言われるほど口が悪い!
そんな彼が白い結婚を望んでくれていることから、大人しく嫁いだセレーナは、自然の中で豊かに暮らす侯爵邸の素晴らしさや、身の回りの世話をしてくれる獣人たちとの交流を楽しむように。
そして前世の知識と魔法を生かしたアロマキャンドルとアクセサリー作りに没頭していく。
でもセレーナには、もう一つ大きな秘密があった――
「やりたいんだろ? やりたいって気持ちは、それだけで価値がある」
これは、ある強い呪縛を持つ二人がお互いを解き放って、本物の夫婦になるお話。
-----------------------------
カクヨム、小説家になろうでも公開しています。
幸せのありか
神室さち
恋愛
兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。
決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。
哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。
担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。
とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。
視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。
キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。
ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。
本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。
別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。
直接的な表現はないので全年齢で公開します。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
離した手の温もり
橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。
期待外れな吉田さん、自由人な前田くん
松丹子
恋愛
女子らしい容姿とざっくばらんな性格。そのギャップのおかげで、異性から毎回期待外れと言われる吉田さんと、何を考えているのか分からない同期の前田くんのお話。
***
「吉田さん、独り言うるさい」
「ああ!?なんだって、前田の癖に!前田の癖に!!」
「いや、前田の癖にとか訳わかんないから。俺は俺だし」
「知っとるわそんなん!異議とか生意気!前田の癖にっ!!」
「……」
「うあ!ため息つくとか!何なの!何なの前田!何様俺様前田様かよ!!」
***
ヒロインの独白がうるさめです。比較的コミカル&ライトなノリです。
関連作品(主役)
『神崎くんは残念なイケメン』(香子)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(マサト)
*前著を読んでいなくても問題ありませんが、こちらの方が後日談になるため、前著のネタバレを含みます。また、関連作品をご覧になっていない場合、ややキャラクターが多く感じられるかもしれませんがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる