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現れたディエゴ
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「ご主人様! ミアが……ベル様の捜索隊に加わっていた家政婦のミアが帰ってきました」
プラドー伯爵は城の会議から戻ったばかりだった。執事の叫びを聞くと、着替えもそこそこに玄関広間への階段を駆け下りる。昼寝をしていた奥方も、転びそうになりながら飛び込んできた。
屋敷中の人間が集まった広間は、まるで集会場のようだ。その中心に、貧相な娘が体を震わせ立っている。灰色の髪、痩せた身体つき。
プラドー伯爵は彼女の前に立ちはだかると、まっ先に質問した。
「ミア! ゴアは見つかったのか!?」
使用人たちがざわめいた。プラドー様がお嬢様の名を間違えていると。
プラドーははっとした顔になり、慌てて言い直した。
「ベルはどうした。お前はゴアドアに辿り着けたのだろう。化け物に食われず戻ってきたのだからな」
ミアは上目遣いでプラド―を見ると、ひっそりと頷く。
「おお……そうか。それで、ベルはどこにいるのだ一体」
「ご主人様。暗黒の森のラルフをご存知でしょうか」
ミアの唐突な問いに、プラドーは肉付きがよすぎてふやけた顔を、ぎゅっと強張らせた。
「……森の番人の、ラルフか」
彼の目の色が変わったのを、ミアは見逃さなかった。
奥方は見物している屋敷の者を追い払うが、
「お前も向こうへ行ってろ」
プラドーは奥方をも退けると、ミアと広間で二人きりになった。
「その、ラルフがどうしたのだ」
固唾を呑む音が不気味に響く。プラドーは蒼ざめていた。
「ベル様は、ラルフに誘拐されたのです。ベルを返してほしくばトーマ城の鳥籠の塔に来いと……」
ミアの言葉に、プラドーは目を剥く。
「鳥籠の塔だと? あんな場所にラルフが来ていると言うのか。城の者でも近寄れぬ、梯子も何もない、入り口すらない部屋だぞ」
鳥籠の塔はトーマ城を囲む最も古い塔の一つで、入り口も階段も梯子もない、つまり鳥にしか近寄れぬ部屋が、その先端にぽつんと乗っている。
何のために造られたか分からぬ、国の遺物であった。
「ご主人様。ラルフから、これを渡すよう言われました」
ミアが差し出したものを見て、プラドーは一瞬息を止めた。
「本当にラルフなのか……」
それは黒くて硬質な、一枚の竜の鱗であった。
「これを空に放ると、鳥籠の塔までたちどころに移動できると」
「化け物め!」
プラドーは忌々しそうに怒鳴ると、執事を呼んだ。
そして、持ってこさせたひと振りを帯剣すると、ミアの腕を乱暴に掴んで表に出る。
プラドーの顔つきは変わっていた。
もはやこの男はプラドーではない。ミアにも確信できるほど、残忍で、恐ろしい、それこそ化け物のように見える表情(かお)だった。
「やはりわしが直接出向くべきであった」
プラドーは黒い鱗を空へぱっと放り投げた。
たちまちミアもろとも白い煙に巻かれて、気が付いた時には、地上よりはるかに高い塔のてっぺん。小さな部屋の中に放り出されていた。
プラドー伯爵は城の会議から戻ったばかりだった。執事の叫びを聞くと、着替えもそこそこに玄関広間への階段を駆け下りる。昼寝をしていた奥方も、転びそうになりながら飛び込んできた。
屋敷中の人間が集まった広間は、まるで集会場のようだ。その中心に、貧相な娘が体を震わせ立っている。灰色の髪、痩せた身体つき。
プラドー伯爵は彼女の前に立ちはだかると、まっ先に質問した。
「ミア! ゴアは見つかったのか!?」
使用人たちがざわめいた。プラドー様がお嬢様の名を間違えていると。
プラドーははっとした顔になり、慌てて言い直した。
「ベルはどうした。お前はゴアドアに辿り着けたのだろう。化け物に食われず戻ってきたのだからな」
ミアは上目遣いでプラド―を見ると、ひっそりと頷く。
「おお……そうか。それで、ベルはどこにいるのだ一体」
「ご主人様。暗黒の森のラルフをご存知でしょうか」
ミアの唐突な問いに、プラドーは肉付きがよすぎてふやけた顔を、ぎゅっと強張らせた。
「……森の番人の、ラルフか」
彼の目の色が変わったのを、ミアは見逃さなかった。
奥方は見物している屋敷の者を追い払うが、
「お前も向こうへ行ってろ」
プラドーは奥方をも退けると、ミアと広間で二人きりになった。
「その、ラルフがどうしたのだ」
固唾を呑む音が不気味に響く。プラドーは蒼ざめていた。
「ベル様は、ラルフに誘拐されたのです。ベルを返してほしくばトーマ城の鳥籠の塔に来いと……」
ミアの言葉に、プラドーは目を剥く。
「鳥籠の塔だと? あんな場所にラルフが来ていると言うのか。城の者でも近寄れぬ、梯子も何もない、入り口すらない部屋だぞ」
鳥籠の塔はトーマ城を囲む最も古い塔の一つで、入り口も階段も梯子もない、つまり鳥にしか近寄れぬ部屋が、その先端にぽつんと乗っている。
何のために造られたか分からぬ、国の遺物であった。
「ご主人様。ラルフから、これを渡すよう言われました」
ミアが差し出したものを見て、プラドーは一瞬息を止めた。
「本当にラルフなのか……」
それは黒くて硬質な、一枚の竜の鱗であった。
「これを空に放ると、鳥籠の塔までたちどころに移動できると」
「化け物め!」
プラドーは忌々しそうに怒鳴ると、執事を呼んだ。
そして、持ってこさせたひと振りを帯剣すると、ミアの腕を乱暴に掴んで表に出る。
プラドーの顔つきは変わっていた。
もはやこの男はプラドーではない。ミアにも確信できるほど、残忍で、恐ろしい、それこそ化け物のように見える表情(かお)だった。
「やはりわしが直接出向くべきであった」
プラドーは黒い鱗を空へぱっと放り投げた。
たちまちミアもろとも白い煙に巻かれて、気が付いた時には、地上よりはるかに高い塔のてっぺん。小さな部屋の中に放り出されていた。
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