一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
44 / 198
アクションスター

しおりを挟む
 由比さんのプロフィールを、表も裏も関係なく知りたいという私の要望に、関根さんは真摯に応えてくれた。
 そして、彼を変質者と思い込んだ私の『誤解』についても、明らかになる。
 
 
 
「織人様が三保コンフォートのCEOにして、創業家一族の御曹司であるのは、本人が自己紹介したとおりです。容姿端麗、頭脳明晰、経営の才覚に恵まれた、自他ともに認めるハイスペック。生まれ育ち、学歴、経歴に関しても、彼がお伝えした内容に嘘はありません。ただ……」

 由比織人には、知られざる一面があった。
 
「いえ、一面というより真の姿です。それが露見すれば、三保コンフォートのイメージが大きく崩れる。絶対に、外部に漏れてはいけないのです」
「そ、そんなに……?」
「はい。外部ばかりではありません。織人様の実体については、社内でも一部の者だけが知る機密であり、取締役の他は、我々特務室のメンバーのみが把握しております。ちなみに、先ほどラウンジにいたのは、メンバーの者たちです」

 ラウンジを貸し切り、そこに配置されたのは秘密を知るメンバーのみ。会社のイメージを守るために、そこまでする必要があるのだ。
 いよいよ緊張してきた。

「織人様の本性は、わが社のトップシークレット。世界中がネットでつながるこの時代、もしSNSに流れでもしたら、グローバルな客層に支えられたホテル経営に、大打撃を与えるのは間違いございません」

 完璧なCEOである由比さんの、真の姿とは。
 私は固唾をのみ、答えを待つ。

「本当の織人様は、スマートな王子様とは違います。実際は、筋肉とパワー、並外れた運動神経が自慢の、野性の猿みたいな男性なのです」
「さ、猿……!?」

 一瞬、悪寒が走った。
 猿のマスクと、筋骨隆々の全裸が頭をよぎる。
 
「心身にたぎる荒々しさは、学生時代はスポーツなどで発散していましたが、CEOともなればそうもいきません。公私ともに品格を求められ、行儀よく振舞わねばならない立場は、過剰なストレスを彼に与えました。それゆえ彼は、日頃のうっぷんを解消するため、ある行動を起こしてしまいます」
「ある……行動?」
「はい。あれは、CEOに就任して間もなくの頃。織人様は、アクション動画を配信するウーチューバ―としてデビューしてしまったのです」

 ウーチューバ―。
 インターネットのウーチューブというサイトにチャンネル開設して、動画を公開する人のことだ。

「あの、えっと……アクション動画、というのは?」

 関根さんがスマートフォンを取り出し、ササっと操作する。そして、私の手に持たせた。
 彼女が見せたのは、ウーチューブのアプリ。表示されたチャンネルは――

【華麗なる一撃~最強『キング』のチャレンジ~世界一のアクションスターは俺だ!!】

「こ、これは、もしかして……由比さんの?」
「そうです。『キング』というのは、織人様のハンドルネームですね」
「ハンドルネーム……つまり由比さんは、ウーチューブで動画を公開する配信者だと」
「百聞は一見に如かず。どうぞ、ご覧になってください」

 関根さんに促され、『キング』のチャンネルと向き合う。
 指が震えている。何とも言えない、複雑な感情に襲われながら、一番上にある、最新の動画をタップした。
 でかでかと表示されたタイトルは、『雪中鍛錬やってみた!寒さを感じない俺は無敵!!』
 私が抱く由比さんのイメージからは想像もできないセンスのチャンネル名とタイトルに、眩暈がしそうになる。

「あっ……」

 タイトルから切り替わった画面を見て、思わず声を上げた。
 雪の降りしきる湖。見覚えのある景色の前でポーズを取るのは、猿のマスクを被った、体格の良い男。
 黒のタイツを穿いているので全裸ではないが、間違いない。
 雪の遊歩道で、私が遭遇した『変質者』だ。

 慌てて動画を静止させて、関根さんに確認した。

「あ、あの時の変……マスクを被った男が、この人……由比さんだったのですね」
「はい。織人様はあの時、雪の中でこの動画を撮影していました。大月様とぶつかった際に全裸だったのは、ちょうど着替えの最中だったそうで……間が悪かったとはいえ、変質者と間違われるのも無理はありません」

 関根さんは申しわけなさそうに言い、目を伏せた。
 
「動画を撮影……」

 静止した画面を見下ろし、私はいろんなことに納得した。
 気を失った私を介抱したのは、由比さん自身だろう。ホテルに運び、医者を呼んで診察し、私が目を覚ますと、関根さんや総支配人が代わりに謝罪した。

 なぜなら、猿の全裸男が由比織人とバレたら、大変だから。

「だけど、なぜ由比さんはあんなところで動画撮影を? 天候が悪いとはいえ、遊歩道は観光客が往来して、誰に目撃されるか分からないのに」

 実際、私に見られてしまった。もしマスクを被っていなかったらどうするのだろう。ていうか、遊歩道で着替えるのもどうかと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。  ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。  しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、 「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」  と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。  大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!  ※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)  ※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿 心刃
恋愛
僕の幼馴染で姉的な存在である西田香奈は、眉目秀麗・品行方正・成績優秀と三拍子揃った女の子だ。彼女は、この辺りじゃ有名な女子校に通っている。僕とは何の接点もないように思える香奈姉ちゃんが、ある日、急に僕に急接近してきた。 僕の名は、周防楓。 女子校とは反対側にある男子校に通う、ごく普通の男子だ。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ
恋愛
 桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。  しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。  風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、 「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」  高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。  ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!  ※特別編11が完結しました!(2025.6.20)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

わたしたち、いまさら恋ができますか?

樹沙都
恋愛
藤本波瑠《ふじもとはる》は、仕事に邁進するアラサー女子。二十九歳ともなればライフスタイルも確立しすっかり独身も板についた。 だが、条件の揃った独身主義の三十路には、現実の壁が立ちはだかる。 身内はおろか取引先からまで家庭を持って一人前と諭され見合いを持ち込まれ、辟易する日々をおくる波瑠に、名案とばかりに昔馴染みの飲み友達である浅野俊輔《あさのしゅんすけ》が「俺と本気で恋愛すればいいだろ?」と、囁いた。 幼かった遠い昔、自然消滅したとはいえ、一度はお互いに気持ちを通じ合わせた相手ではあるが、いまではすっかり男女を超越している。その上、お互いの面倒な異性関係の防波堤——といえば聞こえはいいが、つまるところ俊輔の女性関係の後始末係をさせられている間柄。 そんなふたりが、いまさら恋愛なんてできるのか? おとなになったふたりの恋の行方はいかに?

処理中です...