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永遠
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私は車に乗る前に、紙袋を差し出した。先生はきょとんとするが、紙袋のロゴを見ると、納得の笑顔になる。
「気を使わなくてもいいのに」
そう言いながら嬉しそうにするので、私も釣られて微笑んでしまう。
「ありがとう。楽しみだな」
後部座席に大事そうに置いた。
「さて、薫。今日は一日空いてるのかな」
「はい。予定無しです」
「そうか」
安堵の表情が浮かぶ。あまりにも分かりやすい反応に、またしても微笑んでしまった。
「……まいったな」
先生は恥ずかしそうに前を向くと、車を発進させた。
昼間の街は、まだまだ暑い。
日傘を差した老婦人。虫取り網を手に走る子ども。
スーパーの駐車場では、キャンピングカーに買出しの品を載せる家族連れがいた。
夏の風物詩が過ぎていく。
ふと、隣の先生に目を向けた私は、もう一つ夏を発見した。
先生の半袖姿を初めて見る。日焼けした腕は逞しくて、男の人を強く感じさせた。
「どうかした?」
「いえ、あの……」
急にこちらを向くので、しどろもどろになった。
私は一体、何を考えているのか。
「先生の半袖姿、初めてだなと思って」
「半袖って、シャツのこと?」
「はい」
私が頷くと、彼はおかしそうに笑う。
男女の感覚の違いだろう。ささいなことでも女性は気がつくのだ。特に、好きな男性に対しては。
もうすぐ彼の自宅に到着する。
そわそわする気持ちを静めようとして、体に力を入れた。
住宅街に入ると、先生はスピードを緩めた。車内は静かになり、互いの息遣いすら聞こえそうな気がして、私は緊張する。
「これから、初めての季節が巡る。君と過ごす、初めての季節だ」
自宅前に到着し、車が止まる。聞こえるのは蝉の鳴き声。初めて訪れた時と同じように、激しく降り注いでいる。
「秋から冬へ……冬が過ぎれば二度目の季節が、そして三度目の季節が巡りくる。君は、これから僕と過ごすんだ。永遠に、いつまでも一緒に」
私はぼんやりと彼を見上げる。
僕と過ごす
永遠に
いつまでも一緒に
彼の言葉。その意味がゆっくりと心に浸透する。
永遠 永遠――とりわけ私を感動させたのはその響き。
何も返事が出来ずにいる私に先生は少し笑う。
「薫」
私を見据える眼差しはますます強く、揺るぎない意思を伝えていた。
「それが、僕の望みだよ」
「……」
先生は私から目を逸らすと、すぐに車から降りて家に入るよう促した。
返事のタイミングを逃した私は、何か言わなければと慌てて彼の後を追うが、なぜか目を合わせてくれない。
先生は玄関に入ると、まっすぐ客間に案内した。彼の態度はどこか頑なで、余裕というものが微塵も感じられない。
「アトリエを片付けてくる」
先生は私を客間に残し、廊下に出ていった。
私はドキドキしている。
先生に男の人を意識したあのドキドキとは違う。新しい世界を垣間見たような、未知へのときめきだ。
だけど、あまりにも突然すぎて、どうすればいいのかわからなくて、困惑してしまった。
先生は季節の話をした。初めて巡る季節、そして二度目の季節、三度目の季節と彼は続け、君はこれから僕と過ごすと言ってくれた。
永遠に、いつまでも一緒に。
ソファにも座らずウロウロしていると、がちゃりと大きな音を立ててドアが開く。実際は大きな音ではなかったけれど、緊張する私の耳には敏感に響いたのだ。
先生がクロッキー帳とスケッチブックを小脇に抱え、入ってきた。
何も言わず、それらを放るようにテーブルに置くと、ソファにどさりと腰掛けた。どことなく荒っぽい彼の動作に、私はますます困惑する。ひょっとして、怒っているのではないかと。
「薫」
「は、はい」
「こっちへおいで」
隣に座りなさいと、ソファを指差す。
私は少し躊躇したが、彼のそばに近寄ると、そっと腰掛けた。
アトリエの匂いがする。ほんの微かにだが、先生から伝わってきた。
暫く黙ったまま、彼は何か考える風にしていたが、やがて思い切ったようにテーブルの上のクロッキー帳を取ると、私に顔を向けた。
「変に思わないでくれ」
「え?」
先生は前置きすると、クロッキー帳を大きく開いて見せた。
「あっ……」
思わず声を上げた私に構わず、先生がさらにページをめくっていく。
そこには私が描かれていた。
何も纏っていない、素裸の私の姿が、全てのページに描かれていたのだ。
「気を使わなくてもいいのに」
そう言いながら嬉しそうにするので、私も釣られて微笑んでしまう。
「ありがとう。楽しみだな」
後部座席に大事そうに置いた。
「さて、薫。今日は一日空いてるのかな」
「はい。予定無しです」
「そうか」
安堵の表情が浮かぶ。あまりにも分かりやすい反応に、またしても微笑んでしまった。
「……まいったな」
先生は恥ずかしそうに前を向くと、車を発進させた。
昼間の街は、まだまだ暑い。
日傘を差した老婦人。虫取り網を手に走る子ども。
スーパーの駐車場では、キャンピングカーに買出しの品を載せる家族連れがいた。
夏の風物詩が過ぎていく。
ふと、隣の先生に目を向けた私は、もう一つ夏を発見した。
先生の半袖姿を初めて見る。日焼けした腕は逞しくて、男の人を強く感じさせた。
「どうかした?」
「いえ、あの……」
急にこちらを向くので、しどろもどろになった。
私は一体、何を考えているのか。
「先生の半袖姿、初めてだなと思って」
「半袖って、シャツのこと?」
「はい」
私が頷くと、彼はおかしそうに笑う。
男女の感覚の違いだろう。ささいなことでも女性は気がつくのだ。特に、好きな男性に対しては。
もうすぐ彼の自宅に到着する。
そわそわする気持ちを静めようとして、体に力を入れた。
住宅街に入ると、先生はスピードを緩めた。車内は静かになり、互いの息遣いすら聞こえそうな気がして、私は緊張する。
「これから、初めての季節が巡る。君と過ごす、初めての季節だ」
自宅前に到着し、車が止まる。聞こえるのは蝉の鳴き声。初めて訪れた時と同じように、激しく降り注いでいる。
「秋から冬へ……冬が過ぎれば二度目の季節が、そして三度目の季節が巡りくる。君は、これから僕と過ごすんだ。永遠に、いつまでも一緒に」
私はぼんやりと彼を見上げる。
僕と過ごす
永遠に
いつまでも一緒に
彼の言葉。その意味がゆっくりと心に浸透する。
永遠 永遠――とりわけ私を感動させたのはその響き。
何も返事が出来ずにいる私に先生は少し笑う。
「薫」
私を見据える眼差しはますます強く、揺るぎない意思を伝えていた。
「それが、僕の望みだよ」
「……」
先生は私から目を逸らすと、すぐに車から降りて家に入るよう促した。
返事のタイミングを逃した私は、何か言わなければと慌てて彼の後を追うが、なぜか目を合わせてくれない。
先生は玄関に入ると、まっすぐ客間に案内した。彼の態度はどこか頑なで、余裕というものが微塵も感じられない。
「アトリエを片付けてくる」
先生は私を客間に残し、廊下に出ていった。
私はドキドキしている。
先生に男の人を意識したあのドキドキとは違う。新しい世界を垣間見たような、未知へのときめきだ。
だけど、あまりにも突然すぎて、どうすればいいのかわからなくて、困惑してしまった。
先生は季節の話をした。初めて巡る季節、そして二度目の季節、三度目の季節と彼は続け、君はこれから僕と過ごすと言ってくれた。
永遠に、いつまでも一緒に。
ソファにも座らずウロウロしていると、がちゃりと大きな音を立ててドアが開く。実際は大きな音ではなかったけれど、緊張する私の耳には敏感に響いたのだ。
先生がクロッキー帳とスケッチブックを小脇に抱え、入ってきた。
何も言わず、それらを放るようにテーブルに置くと、ソファにどさりと腰掛けた。どことなく荒っぽい彼の動作に、私はますます困惑する。ひょっとして、怒っているのではないかと。
「薫」
「は、はい」
「こっちへおいで」
隣に座りなさいと、ソファを指差す。
私は少し躊躇したが、彼のそばに近寄ると、そっと腰掛けた。
アトリエの匂いがする。ほんの微かにだが、先生から伝わってきた。
暫く黙ったまま、彼は何か考える風にしていたが、やがて思い切ったようにテーブルの上のクロッキー帳を取ると、私に顔を向けた。
「変に思わないでくれ」
「え?」
先生は前置きすると、クロッキー帳を大きく開いて見せた。
「あっ……」
思わず声を上げた私に構わず、先生がさらにページをめくっていく。
そこには私が描かれていた。
何も纏っていない、素裸の私の姿が、全てのページに描かれていたのだ。
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