先生

藤谷 郁

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永遠

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ベッドルームの天井を、先生の肩越しに見上げている。

初めての時もそうだった。

けれど予感どおり、二度目の今、彼はもっと深くもっと激しく、何度も執拗に私を求め、確かめようとする。

この人は、普段の穏やかな彼とは別人になったみたいに力で私を征服し、言う事をきかせようとする。

うめき声を漏らしても、逃れようとしても、許してくれない。更に深くまで自分を刻みつけ、自分のものにしようとする。

でも、私は怖くない。この人を好きだから、どうされても構わないと思う。

だけど、頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなる自分が怖ろしかった。この人無しでは生きていけない。意思の無い女になってしまったら……

生きることそのものへの不安でいっぱいになる。

それだけが怖かった。






果てた後、ぐったりとする私を彼は抱きしめ、愛おしそうに頬擦りをした。私を見つめる瞳は潤み、いつもの優しい微笑みが包み込んでくれる。

私を抱えたまま横になると、腕の力を抜いて体を休めた。額に汗が浮かんでいる。

遮光カーテンに太陽の陽射しを阻まれた、真夜中のようなベッドルーム。ボールランプのオレンジが、夜空にかかる月のよう。仄かな灯りが昂ぶる気持ちを癒し、眠気を誘う。

愛された余韻に身を任せていると、先生の上下する胸に合わせて軽い寝息が聞こえた。

「眠ったの?」

体を起こして彼を見下ろす。

獰猛な影は消え、すっかり安心して眠る、無垢な少年がそこにいた。

「先生……」

豊かな黒髪を撫でながら、愛しい人の寝顔に見入る。

きれいな顔。

だけど、それだけじゃない。凛々しい眉には意志の強さが表れ、しっかりとした顎の線は男らしさを感じさせる。

松山さんの言葉を思い出す。

先生は気骨ある男だと彼は言った。

「男の子、少年、青年……男性」

この人の今までを私は知らない。どんな過程を経て今の姿になったのか。でもきっと、その全ての姿を私は愛するだろう。

初めて会った時から惹かれ、夢中になった、大好きな島先生。いつも優しくて、穏やかで、仕事熱心で、だけどこんなにも恋愛には内気で、それ以上に情熱的で。

知るたびに奥行きを深める、特別な男の人。

唇を寄せ、鼻の先っぽにキスをした。

「う……ん」

微かに顔をしかめると、ムニャムニャと呟き、再び寝入る。その仕草が可愛くて、声を出さずに笑ったけれど、すぐ真顔に戻る。

昨夜は眠れなかったと彼は言った。私のことを心配して、海のアトリエで独り過ごしたと。

今、やっと眠っている。私を抱いて、ここにいることを確かめて、すっかり安心した顔で。もう、この人を心配させてはいけない。絶対に。

私は先生に寄り添い、瞼を閉じた。

これからもずっと、こうしていたい。この人の傍らで生きてゆくのだ。ずっと一緒に――




「かおる……かおる」

耳元をくすぐる心地よい響き。私を呼んでいる、この声は……

「薫、そろそろ起きなさい」

「えっ?」

目を覚ますと、島先生が見下ろしていた。

一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。

カーテンが開けられた部屋は明るく、この部屋がベッドルームであるのを認識すると、がばりと起き上がる。先生はベッドの端に腰掛けていた。

「きゃ……」

上掛けが胸元から落ちて、自分が素裸なのに気が付く。私の慌てぶりにびっくりしたのか、彼はぱっとむこうを向いた。

「ご、ごめんなさい。あのっ」

必死に胸を隠す私だけど、彼はクスクス笑っている。

「先生?」

「コーヒーでも飲もうか。シャワーを浴びて、着替えておいで」

私はぎこちなく頷くけれど、うまく返事ができない。先生は背中を向けたまま立ち上がる。

「バスルームにはこれを巻いて行くといい。僕はキッチンに引っ込むから……」

教室での彼のように落ち着いた態度。私にバスタオルを渡すと、なるべくこちらを見ずに廊下へ出ていった。



壁の時計を見ると、正午近くだった。二時間ほど眠ったようだ。

先生はきちんと服を着て、髭もきれいに剃ってあった。私はベッドを抜け出し、バスルームへと急いだ。



リビングに戻ると、先生はコーヒーサーバーと、ミルクや砂糖が入った籠をテーブルに置いた。

リビングに通されるのは初めてだ。雑誌や新聞が適当に放り込まれたラックとか、椅子の背に無造作に掛けられた衣類とか、少しばかり乱雑ではあるが、部屋の主がくつろげる空間である。

先生は再びキッチンに戻り、今度はカップをトレーにのせて入ってきた。

「あっ、それは……」

「早速、使わせてもらうよ」

カップとソーサーのペアセット。水族館で購入した先生へのお土産だ。

「海のレリーフだね。きれいなデザインだ」

先生がコーヒーをカップに注ぐ。そして、透かしが施されたソーサーにのせ、私にすすめた。

「あ、ありがとう」

美しい白い器に、コーヒーの褐色が際立つ。

「良かった……気に入ってもらえて」

「見てごらん、このデザインはペアになっている」

二つの器は一見同じデザインだが、波の形が微妙に違う。片方には勢いがあり、もう片方はそれよりも穏やか。どうやら、男性と女性をイメージしているようだ。

つまり、対になっている。

「ペアですね」

「うん。君と僕の器だ」

はにかんだ笑みを見せる先生。彼の感性が可愛くて、微笑ましくなった。

「薫は趣味がいい。君に任せれば、生活が楽しくなりそうだ」

「えっ?」

生活が楽しくなりそう――

彼は視線を逸らした。まるで私の反応を恐れるように、こちらを見ないようにしている。

「せんせ……」

言いかけて、これでは届かないと唇を押さえる。もっと自信を持って欲しい。私を信じて欲しいと願いを込めて、あらためて呼びかけた。

「秀一さん」

彼の丸い目が大きく見開かれ、私を映した。

ぎこちなくカップを置くと、たちまち落ち着かない様子になり、そわそわして、表情には困惑さえ浮かんでいる。

さすがに馴れ馴れしかったかな……と、私も困惑してしまった。

「す、すみません」

「いや違うんだ」

先生は身を乗り出し、私を覗き込んだ。

「それでいい。いいどころか、歓迎する。いつ名前で呼んでくれるのかと、僕は……待ってた」

「……」

「薫が、名前で呼んでくれるのを」
 
揺れる瞳と、自信なさげな声。

この人は、どうしてか分からないけれど、どこか私に遠慮している。

私の体を強く求めるあの時の彼とは別人のように、私の心に対してはひどく遠慮し、ためらっているのだ。

どちらが本当の、島秀一なのだろう。

じっと見つめると、私を映す彼の瞳はどこまでも深く澄みきっていた。

どちらでもいい。私は今の秀一さんも、情熱的に求めてくる秀一さんも大好きだから。

「秀一さん」

「うん」

短く返事をするとカップを手に取り、コーヒーを含む。

純白な陶器に負けないくらいの、純粋な彼の心が眩しかった。
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