恋の記録

藤谷 郁

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正義の使者〈3〉

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俺が人違いをしたばかりに水樹を取り逃した。逃走の猶予を与えてしまったのだ。

またしても被疑者逃亡。しかも水樹がやったのは殺人である。

被害者は古池保。水樹に撥ねられたあと救急車で病気に運ばれたが、間もなく死亡が確認された。やっと送検までこぎつけたというのに、すべてが水の泡だ。それどころか、新たな事件勃発である。

俺は県警の威信を失墜させた張本人として本部に呼び出され、幹部に問いただされた。

一体、何をやっているのかと。




刑事部長をはじめとする幹部の前に、俺は立たされた。一緒に呼び出された署長と水野さんは一歩後ろにいる。


「捜査規範、というものがある」


部長は鋭く目を光らせ、俺に確認した。


「第十四条だ。当然、知ってるだろう?」

「はい」


警察官は、事件の関係者と特別の関係にあり、捜査について疑念を抱かれる恐れがある場合、自ら申告して捜査を回避しなければならない――といったような決まりだ。

特別な関係というのは、例えば親戚だとか、配偶者だとか、要するに何らかの利益、あるいは私情がともなう間柄と解釈される。


「東松。お前は水樹の同居人である一条春菜と、特別な関係なのか?」

「いいえ」


嘘ではない。実際、俺と一条さんは警察官と事件の参考人という、ただそれだけの関係だ。


「水野係長。上司として、今の返事をどう思う?」


水野さんが即答した。


「正しい返事です。彼はまた、捜査に私情を挟むような男ではありません。私が保証します」


はっきりと言い切る水野さんに驚くと同時に、自己嫌悪に陥る。なぜなら俺は、そう言い切れるほどまっとうではない。

例えば、感情的になって水樹の胸ぐらを掴んだことがある。あれは警察官としての正義感だが、私情も混在しての行為だ。

しかし水野さんは言い切った。上司として信じてくれる。信じようとする気持ちに俺は応えたい。何より、どうしても捜査を続けたかった。

だけど……


「東松なかば。お前は優秀な捜査員だ。その時その時で最善の選択をし、捜査に私情を挟まず、間違ったこともしていない。つまり今回の件は不測の事態であり、警察に落ち度はなかった、ということになる」


幹部らも、署長も水野さんも口をつぐむ。どうしようもなく重い沈黙だった。


「だが、結果は重大だ。古池が水樹に殺され、その水樹の逃亡を許したのだからな」

「……」


やはり認めるべきだ。でないと、俺の中の正義が揺らぐ。組織の一員としてどうすればいいのか、分かってはいるけれど。


「はい。すべて私の責任です。失敗したのは……」


失敗したのは私情があったからだと、そう続けようとした時、部長が声を荒げた。


「黙れ! お前にどんな責任が取れる。尻尾を切り捨てたところで何の意味もない。今やるべきことを考えろ!」


部長の怒鳴り声はさながら落雷だった。

言いわけ無用。俺は言葉を引っ込め、叱責を受けるほかなかった。




俺は捜査を外されずに済んだ。

本部としてはペナルティを与えたいところだが、今は水樹の追跡が急務であり、奴をマークしてきた俺を外すのはマイナスと判断したのだろう。



「良かったな、東松君」

「はい、水野さん。あの、さっきはありがとうございました。一条さんについて訊かれた時、庇ってくれて」


緑署へ戻る車の中で、俺はあらためて感謝を伝えた。署長は別の車なので、今は二人きり。素直な気持ちが言えた。


「別に庇ったわけじゃないさ。私も、君に抜けられると困るんでね」


水樹に関しては、水野さんと二人三脚で捜査してきた。困るのは本当かもしれないが、半分は照れだと思うので、ただ頷いておく。


「でも、微妙に外された気もします」


俺は本部の課長から、水樹智哉という人間について徹底的に調べろと命じられた。肝心の捜索は、他の捜査員がやると言う。


「水樹と俺を、直接会わせたくないような」

「鳥宮の件もきちんと送検できるよう準備しろってことだよ。それに、調査することで、水樹の素性が明らかになり、行方を探るヒントになるかもしれん」

「なるほど、確かに」


俺はミスを重ねて自信を失っている。よく考えれば分かることなのに。


「こんな時は、がむしゃらに仕事する方がいいですね」

「そのとおり。君らしく頑張りなさい」


俺らしく、自信を持って。


(水樹という人間を徹底的に調査する。それには一条さんの協力が不可欠だ)


彼女の心情を思うと、やはり辛い。だがこれは仕事だ。被疑者の逮捕に集中しろと自分に言い聞かせた。

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