そして僕たちはひとつになる

hakusuya

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お見送り

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 警視庁広域犯罪捜査対策室に葛葉くずは繁澤しげさわ藤江ふじえとともに戻ってきた。
 今朝方の遺体発見から半日を過ぎて夕方五時。すでに捜査は始まっている。
 被害者の足取りを得るために帰宅ルートの防犯カメラ映像の収集、近隣の聞き込み、被害者の交友関係など基本情報の収集を含めた初動作業の手分けがなされた。
 今は遅出の刑事が深夜近くまで動き回っている。
 しかしこの部屋は定時で解散となる。あくまでも後方支援だ。離れたところから俯瞰ふかんしてそこで見える情報を現場に伝えるのが役目だった。
 女性事務職員は定時で帰宅していた。
 葛葉たちの帰りを待っていた比企ひきも挨拶だけしてすぐに帰宅。藤江も帰った。
「室長はどうなさいます?」
「僕は東都医大に行きます。ちょうど家族への遺体の引き渡しに間に合いそうなのでね」
「では私もお供します」
 解剖だけでなく遺体の引き渡しにまで付き合う繁澤の心情を理解してみたいと葛葉は思った。
 電車で移動。六時前には東都医大法医学教室に着いた。
 午前中には訪れなかった四階の教室だ。
 出迎えたのは目の覚めるような美人だった。
あざみと申します」
 ネームが入ったICカードにはふりがながふられていなかった。だからいつも自分から名乗るのだろうと葛葉は思った。
武浦たけうらです」葛葉は頭を下げた。
「とてもお綺麗ですね。刑事さんでいらっしゃいますか?」
「警視庁に出向しております公務員です」
「僕もそうです。場違いなところに配属された公務員でして」繁澤が頭を掻いた。
 ひょっとして繁澤は彼女の顔が見たくて来たのかと葛葉は眉を吊り上げた。
 繁澤は独り身だったはずだ。バツイチだという話も聞いたことがあるが真偽は定かでない。
「ご遺体の引き渡しに立ち会わせていただきたく」
「わかりました。あいにく板垣いたがき准教授ほか教室の者は不在でして、送り出しは技官の先生と院生の私になります」
「承知しました」
 薊の案内で繁澤と葛葉は地下の遺体安置室に移動した。
 遺体は黒色の収納袋の中にあった。
「もう一度拝見してもよろしいですか?」繁澤は訊いた。
「どうぞ」薊がジッパーを開いた。
 葛葉は顔が強ばるのを感じた。さぞや悪役令嬢になっていることだろう。
 被害者は穏やかな顔をしていた。解剖にともなう胸の傷は丁寧に縫い合わされていた。
「これは先生が?」繁澤が訊いた。
「私が縫い合わせました。法医の先生は解体が専門で、縫合は得意ではありません。それは私たち外科医の分野です」
「薊先生は外科医ですか」
「私も、もう一人の院生である辻村つじむら先生も外科の医局に在籍しております」
「それでいて法医学の大学院生になられたと」
「大学院にも定員がありまして、一講座八名となっております。外科で院生になれるのは一学年で二名です。それ以外が学位をとろうとするなら基礎医学や社会医学系の大学院生になるのです。私は法医学を選びました。腹腔内外傷を研究テーマとしています」
「なるほど」繁澤は頷いて「失礼ですがお歳は?」
「今年二十八になります」
 自分の四つ上なのかと葛葉は思った。上品な物腰でもっと若く見える。毎日血にまみれる仕事をしているとはとても思えない。
「では辻村先生は三十くらいですか」
「そうですね。おとなしいので私より年下に見られることもあります」
「よく二人でお出かけになられるのですか?」
「え、ええ、まあ。狭い世界ですので一緒にランチすることはありますわ」あざみが目をそらした。
 そういう仲なのか、と葛葉は勘繰った。
 そのタイミングで家族が到着した。黒服を着た葬儀社の社員二名、警視庁の警察官二名とともに被害者の両親らしき初老の男女が現れた。
 遺体と家族の対面がなされた。
 二人はしばらく遺体にしがみついていた。
 その嗚咽と慟哭を耳にすると葛葉の目にも涙が溢れる。顔は相変わらず強ばっているので泣いていることはなかなか気づかれないだろう。
 ふと横にいる繁澤を見やる。
 その目がいつになく大きく見開かれていた。まるでこの光景を目に焼き付けているようだ。
 まだ繁澤のところに配属されて一か月にもならないが繁澤の目が開かれているのを葛葉は初めて見た。
 そして葛葉は父を思い出す。もし自分がこの被害者のようにここに寝かされていたとしたら父は慟哭して嗚咽を漏らすだろうか。
 とても想像できない。幼い頃優しく自分を可愛がってくれたあの父はもういない。
 中学に入る頃には父は鬼になっていた。そして大学に入る頃には顔色ひとつ変えない冷たい機械になっていた。
 自分の方から父に話しかけることはないだろう。
「お召しになるものはご用意いただけましたでしょうか」薊が両親に訊いた。
 遺体は裸のままだ。衣類は全て警察が保管している。
 母親が手にしていた風呂敷をひもといた。中から白いワンピースドレスが現れた。おそらくは被害者が好んで着ていたものだろう。あるいは両親が思い浮かべる娘の姿がこの衣装を着たものなのかもしれない。
「ではお着替えを私たちが」薊が言った。
 葬儀社の女性職員一名、女性警察官一名、そして葛葉が立ち会うことになり、男性陣は全て両親とともに退室した。
 遺体はかなり軽くなっていた。凶器が刺さった心臓をはじめ多くの臓器が取り出されて標本として保管されている。
「いつもながら薊先生の処置は几帳面ですね」葬儀社の女性は薊と顔見知りのようだ。
「いくら縫っても傷自体が治るわけではありません。縫合と縫合の間は隙間のままです。ですのでせめてそれらが目立たないようにしているだけですわ」
 袖を通すのを葛葉も手伝った。
「武浦さんのお蔭で女性だけで着せて上げることができました」薊が言った。
「普通は男手に頼ることが多いです」葬儀社の女性も言い、女性警察官も頷いた。
「亡くなっても裸は見られたくありませんものね」薊が言った。
 若くして死ぬものではないと葛葉も思った。
「それにしてもこの二年ほど若い女性の遺体が多いですね」葬儀社の女性が言った。
「そう思いますか?」葛葉は訊いていた。
「たまたまかもしれません。ですがうちは大手ですので、法医学教室からご遺体をあずかることも多くて、よく見かけるように思います」
 やはり業者もそう感じるくらいに殺人事件の女性被害者は増えているのだろうか。
「それにしても穏やかな顔をしていらっしゃいます。体の傷も少なくて」
「そうですね。メスをいれるのが気を引けるくらいでしたわ。本当に綺麗な体でした。中には苦しんだと思われる遺体もあるのですよ」
 葛葉は想像したくなかったので微妙な笑みを浮かべて聞き流した。
 その後遺体は引き取られて葛葉たちは葬儀社の車を見送った。
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