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キッチンの遊び人 (キッチンクルー 小野田晃一)
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最近ようやく前沢裕太が落ち着きを取り戻したと、小野田晃一は胸をなでおろして安堵した。
裕太の様子は尋常ではなかった。ポテトを揚げながらぶつぶつと何か言っている。バーガーを作る際に、中身を一部挟み忘れることがたびたびあった。幸いなことにその多くが周囲の目によって早期発見され、客のクレームに至ったのはわずかに二件で済んだのだ。
原因はただ一つ。瀧本あづさの存在だった。
裕太とあづさは小学生時代の幼馴染だったらしい。それがあづさの海外移住で長いインターバルを経て、このクイーンズサンドでの夏休みアルバイトで一緒になったのが、久方ぶりの再会となったのだ。
はじめはあづさも、懐かしさで裕太に親しげな態度をとっていたが、裕太があづさに交際を申し込み、断られた後も何度も懲りずに告白する彼独特の粘着質が露見するに及んで、あづさの裕太に対する評価は暴落した。
今あづさは裕太と一言も口を利かないし、できるだけ顔を合わさないようにしている。
しかし裕太はあづさの気持ちを受け入れることができないようだった。彼には周囲が二人の仲を裂いているように見えたかもしれない。あづさが誰だか知らない相手と付き合っているというのが最大の要因だったにも関わらず、裕太は周りのみんながあづさを唆して、自分から遠ざけているのだと勝手な解釈をするようになったのだ。
全く困った奴だと晃一は思った。
確かにあづさは魅力的な女の子だ。小学生時代からのつもり積もった片想いがなかったとしても、彼女に交際を申し込む男の気持ちを晃一は理解できる。現に晃一はあづさをドライブに誘ったことがある。もちろんあわよくば、あづさと楽しい関係になりたいという不純な動機を大いに抱いて。しかしあっさりと断られた。
アメリカ人の祖母を持つクォーターで、髪を見事に金髪に染めたヤンキー風の瀧本あづさは、その明るいキャラクターと物怖じしない、はきはきとした喋り、フレンドリーな雰囲気を振りまいて、たちまち店の看板娘になった。話しやすい彼女をドライブに誘わない手はないと晃一は考え、明るく誘ったのだが、しっかり明るく断られてしまった。
「ごめんなさい、男の人とデートするような真似をすると彼氏に叱られるので」
デートのような真似というところが彼女の配慮を感じることができる。
晃一ははっきりとしたデートの申し込みをするタイプではない。漠然と、自然ななりゆきで、どこそこへ行こうか、といった誘い方をするのだ。断られても後に残らないように常に気をつけているうちに身についたスキルだった。
あづさはそれを十分把握していたようだった。見掛けより相当賢そうだ。「彼氏に叱られるので」という断り方も実に様になっていて心憎い。晃一はあっさりと引き下がった。
もともと晃一がクイーンズサンドのアルバイトをするようになったのは、若い女の子と知り合う機会をつくるためだった。
晃一の家は、彼にスポーツカーを買ってやることが苦にならないくらいの資産家だった。そこで生まれ育った彼が、ファーストフード店のような薄給で過酷なアルバイトをする必要がどこにあろう。
高校時代に、友人がファーストフード店でアルバイトをして彼女を作ったという話を聞いて、晃一も高校二年生の夏休みにしてみたのがきっかけだった。
しかしことは思ったほど簡単には運ばなかった。友人のように彼女を作るという幸運は授かることができなかった。
もともと晃一はそれほど見栄えのする外見を持っていたわけでもなく、どちらかというと口下手でもあったので、同年代の女の子の注意を引くことができなかった。しかし、地道にアルバイトをするうち、必然的に出来上がっていくいくつかのカップルを観察したりしているうちに、晃一は何となくそのコツらしきものを掴みそうになっていた。
大学に入り、運転免許を取得して、車を転がすようになると、事態は一変した。年もそれなりに取るので、十六、七の娘なら十分晃一の相手になるようになった。大学生のアルバイトの中には、四つも五つも年下の娘を何人も食ってしまう豪快な輩がいて、晃一もその影響を受けて、少しずつ娘釣りに成功するようになった。
こうした遊びは同じ店で何度も行うと、どうしても暴露され、収拾のつかない事態に陥ってしまう。だから晃一はつぎつぎと店を変えるようにしていった。そして今年の夏がクイーンズサンド明葉ビル店である。
驚いたことに、店長の趣味が良いのか、この店のアルバイトクルーは今まで見たことがないくらい美少女を揃えていた。まさによりどりみどりといった様相である。
しかし晃一は自分の力量もしっかりとわきまえていたので、明らかに無理があるという勝負には参加しなかった。この店の場合、外見だけで判断すると、高見沢神那や赤塚亮子などが晃一の好みになるのだが、残念なことに彼女らは口数の少ない、晃一の苦手とするタイプであり、ドライブに誘うなどもってのほかという雰囲気を纏っていた。従って、必然的にナンパの対象は、明るく、話しやすく、愛嬌のあるタイプということになる。もし断られたとしても後に残らないドライなタイプ。
晃一は蒲田美香に真っ先に声をかけた。彼女はまさに看板娘というにふさわしいくらい陽気で可愛い、愛嬌のある娘だった。それにレジの仕事もそつなくこなす。晃一は賢い女の子も好きだったので、迷うことなく彼女を誘ったのだ。しかしそれはこの店での躓きの始まりだった。
蒲田美香は高校生のようなあどけない童顔をしていたが、実は晃一より一つ年上だった。しかも彼氏もちである。
「ごめんねえ、小野田君」と美香はしっかりしたお姉さまの態度で、申し訳なさそうに晃一に断りを入れた。「私、彼氏以外とはドライブに行かないことにしているの、他の子を誘ってあげて、ね?」
最後の「ね?」が余計である。とろけそうな愛らしい笑顔を向けるので、本当に惜しいことをしたという気分にまでさせられた。
晃一はすぐに対象を変更した。他の店で培ったことの一つに、くよくよせず気持ちを切り替える、というのがある。女の子を誘う時もそうだった。断られたら、すっぱり諦め、次を目指すのだ。
そこで晃一は瀧本あづさに目を向けたのだった。
結果は二番手も見事に玉砕。晃一は今、森沢富貴恵に狙いを定めている。
このような切り替えのはやさ、要領の良さが、前沢裕太にはなかった。彼はひたすら恋い焦がれた瀧本あづさのことばかり考えていたのだ。何度断られても不屈の闘志で裕太は立ち上がった。その姿は見事というよりも、不気味にさえ感じられた。このまま放置しておくと何か良からぬことが起きてしまうかもしれない。さすがにそう感じた晃一は、年上の蒲田美香に相談し、裕太を説得するよう促したのだった。
結果はどうやらうまくいったみたいだった。
裕太はぶつぶつ言うこともなくなったし、何よりキッチンの仕事に集中できるようになった。もちろんあづさに付きまとうこともなくなった。
晃一はほっと胸をなでおろしたのだった。
裕太の様子は尋常ではなかった。ポテトを揚げながらぶつぶつと何か言っている。バーガーを作る際に、中身を一部挟み忘れることがたびたびあった。幸いなことにその多くが周囲の目によって早期発見され、客のクレームに至ったのはわずかに二件で済んだのだ。
原因はただ一つ。瀧本あづさの存在だった。
裕太とあづさは小学生時代の幼馴染だったらしい。それがあづさの海外移住で長いインターバルを経て、このクイーンズサンドでの夏休みアルバイトで一緒になったのが、久方ぶりの再会となったのだ。
はじめはあづさも、懐かしさで裕太に親しげな態度をとっていたが、裕太があづさに交際を申し込み、断られた後も何度も懲りずに告白する彼独特の粘着質が露見するに及んで、あづさの裕太に対する評価は暴落した。
今あづさは裕太と一言も口を利かないし、できるだけ顔を合わさないようにしている。
しかし裕太はあづさの気持ちを受け入れることができないようだった。彼には周囲が二人の仲を裂いているように見えたかもしれない。あづさが誰だか知らない相手と付き合っているというのが最大の要因だったにも関わらず、裕太は周りのみんながあづさを唆して、自分から遠ざけているのだと勝手な解釈をするようになったのだ。
全く困った奴だと晃一は思った。
確かにあづさは魅力的な女の子だ。小学生時代からのつもり積もった片想いがなかったとしても、彼女に交際を申し込む男の気持ちを晃一は理解できる。現に晃一はあづさをドライブに誘ったことがある。もちろんあわよくば、あづさと楽しい関係になりたいという不純な動機を大いに抱いて。しかしあっさりと断られた。
アメリカ人の祖母を持つクォーターで、髪を見事に金髪に染めたヤンキー風の瀧本あづさは、その明るいキャラクターと物怖じしない、はきはきとした喋り、フレンドリーな雰囲気を振りまいて、たちまち店の看板娘になった。話しやすい彼女をドライブに誘わない手はないと晃一は考え、明るく誘ったのだが、しっかり明るく断られてしまった。
「ごめんなさい、男の人とデートするような真似をすると彼氏に叱られるので」
デートのような真似というところが彼女の配慮を感じることができる。
晃一ははっきりとしたデートの申し込みをするタイプではない。漠然と、自然ななりゆきで、どこそこへ行こうか、といった誘い方をするのだ。断られても後に残らないように常に気をつけているうちに身についたスキルだった。
あづさはそれを十分把握していたようだった。見掛けより相当賢そうだ。「彼氏に叱られるので」という断り方も実に様になっていて心憎い。晃一はあっさりと引き下がった。
もともと晃一がクイーンズサンドのアルバイトをするようになったのは、若い女の子と知り合う機会をつくるためだった。
晃一の家は、彼にスポーツカーを買ってやることが苦にならないくらいの資産家だった。そこで生まれ育った彼が、ファーストフード店のような薄給で過酷なアルバイトをする必要がどこにあろう。
高校時代に、友人がファーストフード店でアルバイトをして彼女を作ったという話を聞いて、晃一も高校二年生の夏休みにしてみたのがきっかけだった。
しかしことは思ったほど簡単には運ばなかった。友人のように彼女を作るという幸運は授かることができなかった。
もともと晃一はそれほど見栄えのする外見を持っていたわけでもなく、どちらかというと口下手でもあったので、同年代の女の子の注意を引くことができなかった。しかし、地道にアルバイトをするうち、必然的に出来上がっていくいくつかのカップルを観察したりしているうちに、晃一は何となくそのコツらしきものを掴みそうになっていた。
大学に入り、運転免許を取得して、車を転がすようになると、事態は一変した。年もそれなりに取るので、十六、七の娘なら十分晃一の相手になるようになった。大学生のアルバイトの中には、四つも五つも年下の娘を何人も食ってしまう豪快な輩がいて、晃一もその影響を受けて、少しずつ娘釣りに成功するようになった。
こうした遊びは同じ店で何度も行うと、どうしても暴露され、収拾のつかない事態に陥ってしまう。だから晃一はつぎつぎと店を変えるようにしていった。そして今年の夏がクイーンズサンド明葉ビル店である。
驚いたことに、店長の趣味が良いのか、この店のアルバイトクルーは今まで見たことがないくらい美少女を揃えていた。まさによりどりみどりといった様相である。
しかし晃一は自分の力量もしっかりとわきまえていたので、明らかに無理があるという勝負には参加しなかった。この店の場合、外見だけで判断すると、高見沢神那や赤塚亮子などが晃一の好みになるのだが、残念なことに彼女らは口数の少ない、晃一の苦手とするタイプであり、ドライブに誘うなどもってのほかという雰囲気を纏っていた。従って、必然的にナンパの対象は、明るく、話しやすく、愛嬌のあるタイプということになる。もし断られたとしても後に残らないドライなタイプ。
晃一は蒲田美香に真っ先に声をかけた。彼女はまさに看板娘というにふさわしいくらい陽気で可愛い、愛嬌のある娘だった。それにレジの仕事もそつなくこなす。晃一は賢い女の子も好きだったので、迷うことなく彼女を誘ったのだ。しかしそれはこの店での躓きの始まりだった。
蒲田美香は高校生のようなあどけない童顔をしていたが、実は晃一より一つ年上だった。しかも彼氏もちである。
「ごめんねえ、小野田君」と美香はしっかりしたお姉さまの態度で、申し訳なさそうに晃一に断りを入れた。「私、彼氏以外とはドライブに行かないことにしているの、他の子を誘ってあげて、ね?」
最後の「ね?」が余計である。とろけそうな愛らしい笑顔を向けるので、本当に惜しいことをしたという気分にまでさせられた。
晃一はすぐに対象を変更した。他の店で培ったことの一つに、くよくよせず気持ちを切り替える、というのがある。女の子を誘う時もそうだった。断られたら、すっぱり諦め、次を目指すのだ。
そこで晃一は瀧本あづさに目を向けたのだった。
結果は二番手も見事に玉砕。晃一は今、森沢富貴恵に狙いを定めている。
このような切り替えのはやさ、要領の良さが、前沢裕太にはなかった。彼はひたすら恋い焦がれた瀧本あづさのことばかり考えていたのだ。何度断られても不屈の闘志で裕太は立ち上がった。その姿は見事というよりも、不気味にさえ感じられた。このまま放置しておくと何か良からぬことが起きてしまうかもしれない。さすがにそう感じた晃一は、年上の蒲田美香に相談し、裕太を説得するよう促したのだった。
結果はどうやらうまくいったみたいだった。
裕太はぶつぶつ言うこともなくなったし、何よりキッチンの仕事に集中できるようになった。もちろんあづさに付きまとうこともなくなった。
晃一はほっと胸をなでおろしたのだった。
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