ジミクラ 二年C組

hakusuya

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中間試験結果そして球技大会へ

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 そうして五月になった。中旬に中間試験があった。二年生になって最初の試験だ。その結果、篠塚は十四位だった。微妙な結果。貼り出された上位五十傑一覧を前にして苦笑する。
 一位はあの星川だった。一年生の二学期末試験から三回続けて一位をとっている。二位は東矢泉月とうやいつき。三位は神々廻璃乃ししばりのだった。S組グループは、四位の高原和泉たかはらいずみ、七位の小早川明音こばやかわあかね浅倉明音あさくらあかねは小早川と名字を変えていた)の後は十四位の篠塚で、二十位以内に入ったのは五人だけだった。
 篠塚が気にしていた東雲桂羅しののめかつらは十九位に名を載せていた。転校して最初の試験でこの成績なら優秀だと篠塚は思う。自分より上でなくてほっとした、というのが篠塚の正直な感想だった。
 C組で二十位以内に入ったのはこの二人だけだった。平均点ではC組は八クラス中三位なのだから傑出した優秀者がいないだけで平均的には良くできる方だとわかった。
 東雲桂羅は上位五十傑一覧表の前にいた。その視線の先は一位、二位のあたりに向けられていた。星川と東矢の名を頭に刻み込んだのだろうか。もしそれで対抗心を燃やしているのだとしたら、クールビューティに見えて相当勝ち気な性格だと思える。しかし彼女の心中は量りしれなかった。

 中間試験が終わると球技大会というイベントがある。高等部三学年二十四クラス対抗の大会だ。かつては熱心な生徒が多く、白熱した大会になったこともあるようだが、篠塚が知るそれはもはや形骸化していた。一部の生徒だけで盛り上がる。大半の生徒は適当にこなして、あるいは運営の手伝いのみでお茶を濁して終える。そういうものだった。
 去年は一年A組にS組グループが集まっていたから一極集中の勢いで、フットサルもバスケットも優勝してしまった。しかしそのS組グループが分散した今年、力量が均等化したと思える一方で、盛り上がりに欠ける大会になりそうな様相を呈していた。
 フットサルもバスケットも男女混合チームで、原則として男子は同時に二名までしか試合に出られない。しかもフットサルでは男子のシュートは無効で、バスケットにおいても得点は一点にしかならないルールだった。
 ホームルームでチーム決めがなされた際も、チームに入っても最低限の三分出場のみで運営の手伝いを希望する生徒の方が多かった。
 運営の手伝いとは審判や進行役だ。篠塚はそちらにしようかと思ったが、思いの外チームを希望する男子生徒が少なく、結局バスケットチーム主力の一員になった。
 バスケットはかつてS組グループにいた頃、休憩時間に体育館でさんざん遊んだから体に馴染んでいた。周囲には優等生のイメージがある篠塚だがバスケットならそこそこ動ける自信があった。
 球技大会まで一週間、バスケットチームは放課後に練習するために集まった。主力は男子四名、女子七名のはずだったが、集まりは悪かった。
 体育館には他のクラスからも練習する生徒が集まっていたが、全クラス合わせても三十名にも満たない。かえってその方がボールにさわることはできた。
 二十四クラスが八つのブロックに分かれ、三チームのリーグ戦を行い、その一位がベスト八となる。その後はトーナメント方式で優勝チームを決定する方式だったが、予選リーグで敗退して早く大会から逃れようとするクラスが多いように見えた。
 篠塚もはじめはそれで良いつもりだった。しかしA組にS組グループのかつての仲間がいて、楽しそうにボールを回しているのを見ると、また「二年A組が優勝だな」と予想する声を聞くと、なぜか納得できないものを感じた。
 栗原耀太くりはらようた、高原和泉、神々廻璃乃の三人が談笑しながらボールを回していた。ガタイの良い栗原は目立つし、学年三位の神々廻璃乃もA組学級委員の高原和泉も運動神経が良いから、他にも動きの良い生徒がたくさんいて、確かに二年A組が優勝候補だというのも頷けた。
 篠塚は思わず三人に声をかけていた。
「やる前から優勝決定だな」
「他のクラスがやる気ないからな」栗原が行った。
「渋谷君も出ないみたいだし」神々廻璃乃が残念そうにB組の現状を語った。
「うちはこのメンバーに泉月もエントリーしているから」と行ったのは高原和泉だった。
「東矢も出るのか?珍しいな。いつもは運営だろ」篠塚は意外に思った。
「本当に泉月の気紛れは予想がつかないわ」
「彼女、バスケできるんだ?」
「何を言ってるの?」
「女子の体育、見てないから知らないよね、本気出したら女子でいちばんよ」
「なかなか本気出さないんだけどね」
「全く、なんで出る気になったんだか……」
 A組の生徒を相手にそうした会話をして篠塚はC組のところへ戻った。残念なことにC組から自主練に来たのは男子では篠塚他二名、女子は四名だった。ただ、女子の一人は学級委員をしている西潟舞桜にしかたまおで、C組の中ではリーダーシップを発揮できる生徒だった。
「これでもうちはA組の次にやる気があるんだから頑張ろ」
 確かに、受験を控えた三年生はほとんど姿を見せず、一年生も集まりが悪かったから、七人いる二年C組は集まった方だ。
 篠塚はその中に東雲桂羅がいたことにひそかに驚いていた。彼女はおそらく、この練習が義務だと思っていたのかもしれない。相変わらず発言もせずにおとなしく西潟の話を聞いていた。西潟も彼女に顔を向けることが多かった。転校生の面倒を見る優しい学級委員というていだ。
 久しぶりにボールに触れた篠塚は、昔S組グループにいた時のように軽く動いてみた。男子は運動神経の良いのが集まっていたから、その中で軽快に動けるのが楽しかった。
 せっかく男女混合で集まったのに別メニューで動いているかのように女子は真面目にストレッチやら準備体操を行ったりしてアップしていた。篠塚たち男子はその様子をちらちら見遣っていた。何につけ女子の動きも気になるものだ。特に東雲は神秘的な美少女なので秘かに男子の注目を集める。教室で隣になっている篠塚も当然のようにその一人だった。
 リーダーシップをとる学級委員の西潟はバスケットボールの経験があるようだった。小学校時代に地域のチームに入っていたらしい。
 球技大会ではバスケ部はバスケットに出られない、サッカー部はフットサルに出られない、という約束があったから、小学校時代の経験者は頼りになる。そして西潟の動きは確かに良かった。
 しかし、横目で見ていた篠塚をはじめとする男子はおろか、女子たちをも驚かせたのは東雲の動きだった。ボールを手にするや低い姿勢で軽快に動き、予想外の高速ターンを見せるなど、ふだんの物静かな彼女とは別人だった。しかもシュートが上手い。レイアップからスリーポイントまでさまになっていた。
「女子、良いなあ、これ、優勝狙えるんじゃね?」男子の一人が呟くように言った。篠塚もそう思った。
 一汗かいたところで皆で集まった。
「はじめに確認しておきたいんだけど」と西潟が口を開いた。「ガチでやるのか、適当にするのか、どっちなんだろ?」西潟は笑っていた。
「このメンバーでガチでないなんてあり得ないでしょ」男子の一人が言った。
「それを聞きたかったのよね」
 ということで、二年C組の球技大会は真剣勝負でいくことが確認された。
 東雲は遠くを見るような目をしていた。その先に二年A組がいた。百九十センチ超えの栗原が目立つ。その脇で高原と神々廻が楽しそうにしていた。
 懐かしい姿は篠塚の目には眩しく映った。かつてクラスメイトだった彼らのまわりには新たな仲間がいて、その一団が今のS組と呼んで差し支えなかった。篠塚はこのC組で自分の居場所をつくるしかない。
 バスケットのメンバーには高等部からの入学者が多かったからS組に対するアレルギーも無さそうだった。これならA組を倒せるかもしれないと篠塚は思った。
 放課後の自主練は一時間ほどで終わる。はじめはバラバラに帰っていたが、いつしか球技大会のバスケットチームで揃って帰るようになった。
 学校から駅までの十分ほどの距離だったが、西潟は学級委員のリーダーシップを発揮するようになっていた。均等に声をかける。東雲もその例外にはならなかった。
 相変わらず東雲は訊かれたことに対して端的にしか答えを返さなかったが、お喋りが苦手というわけでもなさそうだった。
「東雲さん、バスケやってたの?」
「体育の球技でやっていただけ」
「それでもあれだけ動けるの?」
「ずっとバスケばかり選択していたから」
「すごいね」
 誰もが東雲のことを気にしていたと篠塚は思う。西潟が彼女のプロフィールを明かしていくのではないかと篠塚をはじめ一緒に帰る者たちは期待していた。
「東雲さんとはあまり話したことがなかったから新鮮」
「そう?」東雲の方はお喋りをしていないことをまるで自覚していないようだった。
「教室にいるとき、とても静かだもの」
「前の学校では私語が厳禁だった」
「休憩時間も?」
「そう」
「確か、聖麗女学館だったよね、横浜校?」
「いいえ、東京校よ」東雲は前を向きながら横にいる西潟の質問に答えた。「幼稚舎の頃からずっと聖麗女学館。寮に入っていたわ。学校でも寮でも余計なことは何一つ話さない。それが当たり前だった……」
 学校と寮の間を行き来する毎日。そこに友人や家族の気配はまるで感じられなかった。
「どうして、その、転校してきたの?」恐る恐る西潟は訊いた。
「家庭の事情……、かしらね」東雲は呟くように言った。
「今はご両親と一緒に住んでるの?」
「いいえ、親戚の子と同居している」
「え、親戚?」
「ごめんなさい、家庭の事情に繋がることは言いたくないの」東雲は西潟を見た。「いつか話をする日があるかもしれないけど」
 思わせ振りな言い方に誰もが興味を持ったがその先を聞き出す勇気を持つものはいなかった。
「こちらこそごめんなさい」西潟は気遣いを見せた。  
 そういうことがあってから、球技大会までの毎日、バスケットボールチームは少しずつ親睦をはかり、それまで話をしなかったもの同士の会話をするようになった。篠塚たち男子生徒も東雲と少しは話をできるようになった。
 ただ、東雲はグループの中に身をおいてはいたが、自分から話をすることはなかった。訊かれたことには答える。それ以外は黙っているのだ。それでいてそれが苦痛でもなさそうだった。すすんでグループに入ることはないが近寄ってくる者を拒むわけでもなかった。相変わらず昼食は学食でひとりランチをしている。これを見つけてクラスの女子が寄ってきて相席になっても、それが当たり前のように過ごすのだった。
 その姿を見ていて、篠塚は東矢泉月を思い出すのだった。もちろん外見がそっくりというのもあるが、寡黙で孤高に見えて、常に誰かが興味を持って接する。その姿がやはり東矢泉月と重なるのだ。
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