ジミクラ 二年C組

hakusuya

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決勝戦 後半

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 二分の休憩がはさまった。
「挑発にはのらないで」と諭すように言ったのは西潟にしかただった。
 西潟は冷静に見ていた。キャプテン役の西潟は熱くなりたいのを抑えていた。
「のらないよ」東雲しののめが呟くように言った。「あの子、私とのワンオンワンに持ち込もうとしている。でも正直、もう足が思うように動けないのよね」
 午後から始まった球技大会、七分ハーフの五試合目、東雲、篠塚、西潟の三人はほぼずっと出ていた。しかしA組の、特に東矢とうやは半分も出ていないのだ。体力の消耗度に差があって当然だった。
 前半の終盤に逆転を許したのは東雲のシュートの精度が落ちたせいだ。シュートが入らないとリバウンドは間違いなく栗原にとられる。その上東雲は東矢とのマッチングでかなり体力を消耗した。二人はワンオンワンに拘り、意地になってぶつかっていた。これを続けていては勝ち目はない。
「私がもう少し動ければね」と西潟は言った。
「あの子も厄介だわ」東雲は高原のことを言った。「むしろ全体を操っているのはあの子の方よ。西潟さんがあの子についているからこの点差ですんでいるのよ」
 一呼吸おいて東雲は言った。「このまま終われない、協力してくれる?」
「当然よ」西潟が笑った。
 短い休憩が終わった。後半が始まった。わずかな休憩だったが東雲の動きはよくなっていた。そして東矢が迫るとパスをするようになった。そのパスは篠塚か西潟のどちらかが受けとるが、すぐに東雲に返した。
 パスは相手を抜くためのひとつの選択肢に過ぎない。しかしパスもあると思わせることで東矢のマークを外す突破口になった。こうした作戦はすぐに悟られる。最終的にシュートを射つのが東雲と見破られているうちは一進一退で点差は縮まらなかった。
 ここは自分が何とかするしかない。篠塚はそう思った。
 C組の攻撃時、相手ディフェンスは東雲に東矢、西潟に高原がついて残りの者はゾーンを敷いていた。
 ボールを持ち上がるのは篠塚の役目になっていた。そのままゴール下まで持ち込んでも栗原が待ち構えている。体格の差もあるがワンオンワンで栗原に勝ったことはない。東雲と西潟にはパスが出せても、マークのきつい彼女たちがシュートを射つのは困難ですぐに篠塚にボールが戻ってくる。
 前半とはうって変わり、後半はロースコアの展開になっていた。
 三十秒ルールのため篠塚はやむなく遠い位置からスリーポイントシュートを放った。ボールはリングに当たって大きく弾んだ。すぐ下なら栗原にとられたが、右サイドに跳ねたため運良く東雲がカバーできるところに飛んだ。東矢も追う。しかし先にボールに触れたのは東雲だった。
 東雲は手にしたボールをそのまますぐに篠塚に戻し、体を反転させた。その意図を篠塚は読んだ。東雲より先にボールをカットしようとしていた東矢の反応が少し遅れた。
 篠塚は東雲が走り行く先にボールをそっと落とした。東雲がボールを拾い、斜め左に切れこんだ。栗原の体が東雲の方へ向いた瞬間、右へ動いていた篠塚に東雲からのノールックパスが来た。栗原以外の相手なら負けない。篠塚は阻もうとするもう一人の男子をいなしてシュートを放った。
 見事に決まった。しかしまだ二点負けている。男子のシュートは一点にしかならない。射たされて一点後退したのだ。やはり最後は東雲か西潟にシュートを射ってもらうしかないのだ。
 A組は難なくパスを回している。女子三人ともシュートが射てるのが強みだ。高原と東矢がマークされていても、遠くから神々廻ししばのスリーポイントシュートが飛んでくる。神々廻についている子が頑張っているため神々廻のシュートは精度を欠いていたがゴール下にいる栗原がリバウンドを制し、すぐに東矢か高原に戻す。C組は彼女たちにシュートを射たせないように動くのが精一杯だった。
 会場は湧いていた。出ている篠塚でさえ面白い試合だと思った。東矢を含めた元S組が四人いるA組チームは華麗な動きで観戦者を魅了した。多くの生徒がA組を応援していただろう。しかしそれに立ち向かうC組もまた観戦者の心をつかんだはずだ。ひょっとしたらA組を倒せるのではないかと期待する生徒もいたに違いない。C組に送る声援が増えたように思えた。
 しかしまたしても東矢がシュートを決め、四点差となってしまった。残り時間は一分もなかった。
 敗色濃厚の現状でもC組は諦めなかった。足が動けなくなっていると言っていた東雲が汗の滴を振りまく姿は精悍でさえあった。しかし東矢の壁も厚い。
「ガチだよ……」
「あんな副会長、初めて見た」という声が観戦者の中から聞こえた。
 確かに篠塚もそう思う。高等部に入ってから静かに歩く冷静な東矢しか見たことがない。高等部からの入学者には初めて見る姿に違いなかった。
 四点負けている状態で残り一分が宣告された。ボールをキープしたまま篠塚は動けなかった。東雲には東矢、西潟には高原がぴったりついていて、パスが通ったとしても彼女らが今の篠塚のようにその場で止まってしまうのが目に見えている。その先には三人がゾーンをしいていた。
 スリーポイントシュートなら射てるが男子のシュートは一点にしかならない。先ほどから東雲か西潟にパスをして戻す状態を繰り返している。三十秒ルールの期限が迫っていた。残り時間も三十秒を切っていた。
 東雲が動いた。パスをもらいに少し篠塚の方へ出る。パスを渡すとすぐに東矢がプレスをかける。東雲は篠塚にパスを戻す振りをして、接近する西潟にパスを放って西潟と交錯した。
 西潟を追う高原も来ていて、狭いエリアに四人が集まる形になった。一瞬目を疑う光景があった。
 西潟はパスを受け取らず、はたいて東雲に戻した。わずかな間隙を東雲はくぐり抜け、ゴール下にいた栗原へとドリブルで向かった。
 いきなり交錯した四人の中から東雲が出てきたので栗原は虚をつかれた。目の前でシュートする振りをされ、横を抜けようとする東雲の方に手が出てしまった。
 東雲はその不自然な体勢のままシュートを放っていた。ボールは見事にゴールにおさまり、東雲は栗原に突き飛ばされたような格好で床に吹っ飛んだ。ホイッスルが鳴る。
「バスケットカウント、ワンスロー」
 二点差に詰めてフリースローを得た。
 歓声が巻き起こる中、東雲が栗原に何か言った。「今、触った?」と篠塚には聞こえた。胸を押さえる東雲の姿にその意味を悟った一部の生徒からヤジが飛んでいた。
「い、いや、そんなつもりじゃ……」栗原は真っ赤になってうろたえている。弁解の言葉も見つからない。
「ダメじゃん、耀太」高原が笑っている。「ごめんね」と言って高原が東雲に手を差し出し立ち上がらせた。
 それが栗原を牽制するための作戦だったのか真意はわからない。しかし最後のフリースローの場面で栗原の体がガチガチになったことは間違いなかった。
 このフリースローを入れても一点負けている。しかも相手ボールになるから敗けは確実だ。ならばわざと外してリバウンドをとる作戦は明白だった。リバウンドをとられないための栗原への牽制だと篠塚は思った。勝つためには手段を選ばない東雲の本気度がわかった気がした。
 自分がリバウンドをとると篠塚は決めていた。とったら東雲か西潟にパスを渡し、彼女たちのシュートで同点に持ち込むしかない。残り時間は数秒のはずだ。
 篠塚は西潟に目で合図を送った。
 東雲はボールを手に馴染ませるようについて集中していた。彼女は彼女で自力でリバウンドをとろうとしているように見えた。大詰めの場面、会場の興奮度は最高潮になっていた。
 笛が鳴った。
 東雲はシュートを放った。えっ?と思うような高いシュート。
 滞空時間が長い。バックボードに当たる気配がなかった。そのままリングにも当たらなければゴール下に自由落下する。
 篠塚はゴール下に詰めた。栗原もそこにいる。いくら動きを鈍らせたとしても身長差は致命的だ。リバウンドはとれないのか。
 しかしボールはリングに当たって大きく右へ跳ねた。そしてそれを取ったのは東雲だった。しかもその位置はスリーポイントラインの外側だった。まさかそこまで計算して、その位置まで自分が到達する時間まで計算して射ったのか?
 東雲についていた東矢が迫っていた。通常なら向かってくる相手をかわして中に入ってシュートだろうが、東雲はスリーポイントラインの外の位置からやや後ろに跳ぶような格好でシュートを放った。
 ボールは綺麗な弧を描いた。入れば逆転だ。入る、と篠塚は思った。
 落ちてくるボール。音がなくなり、スローモーションのようだった。そしてボールはリングに当たって跳ねた。
 終了の笛が鳴った。  
 すごい歓声だった。この学園の球技大会でこれほど盛り上がったのは記憶にないと篠塚は思った。それはこの体育館に集まった生徒誰もが思ったことだろう。
「層の厚さの差が出たな。桂羅も泉月もガチで良くやったよ……」
 呟くような男の低い声が聞こえた。篠塚は声の方を振り返ったが、興奮して声援を送って讃える観衆の誰がそう言ったのかわからなかった。
 コートに座りこんだ東雲の手を西潟が引いていた。これから整列だった。
 篠塚は栗原と向かい合っていた。礼をしたあと篠塚は言った。
「勝てると思ったんだけどな」
「おお、負けるかと思ったよ」それが余裕の返事に聞こえた。
 西潟は高原と抱き合うようにして健闘を讃えあっていた。学級委員同士の顔馴染みであることを篠塚は思い出した。そうしてそれぞれ向かい合った者で言葉を交わす。
 その中にあって、東雲桂羅と東矢泉月は黙ったまま向き合っていた。髪型が異なるだけで顔はそっくりだ。互いに鏡を見ているような錯覚に陥るのではないか。この二人がどういう反応を示すのか興味を抱くものは多かったはずだ。しかし二人は小さくタッチをしてすぐに背中を向け合った。
 東矢の顔が笑っているように見えた。ラスボスの魔王のような不敵な笑み。少しは歯ごたえのある敵が自分に歯向かってきて満足しているような何とも言えない女王の微笑。
 ふだん感情を表に出さないだけにレアな表情だと篠塚は思った。
 高原が何やら声をかけ、東矢は少しはにかむような顔になった。その会話の中身を知りたかったが、篠塚の耳には届かなかった。
「最後、惜しかった!」
 西潟が東雲に抱きつき、東雲はそのまま後ろへ倒れた。篠塚が後ろで支えなければ床に頭をぶつけていたかもしれない。
「ごめん、大丈夫?」西潟は慌てている。
「立っているのがやっとなの」東雲は申し訳なさそうに言った。
「あれ、狙ってやったんでしょう? 天才よ」最後のフリースローをリングにぶつけてスリーポイントシュートを狙ったプレイのことだ。
「思った以上にうまくいったんだけど、マークを振り切れなかったわ」
 ボールを拾うところまでは計算通りだったが、東矢のマークが早くて万全の態勢でシュートできなかったようだ。
「それでも最高だったわ」西潟をはじめ他の生徒たちも興奮して東雲を讃えた。
 結果は準優勝だったが、C組の生徒たちはみな胸を張っていた。
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