火花 ～ハラカラ五分の四～

故郷 佐原編

朝早く出る そして日和に

　翌朝、火花ほのかが朝食をとりに居間へ行くと、いつものようにそこには従妹の飛鳥あすかしかいなかった。
　従兄の雷人らいとは部活で朝練がある。雷人は剣道部に所属していた。
　祖父に教えられ、火花も雷人も柔道、空手、剣道で有段者となっている。そのうち雷人は剣道を部活動として選んだ。細身で姿勢の良い雷人は剣道が向いていると火花は思う。
　一方、火花はやんちゃしている不良にしか見られない。幼いころから火花を知る近所の人には今も挨拶をかわす間柄だから「やんちゃ坊主」程度ですんでいるが、それを知らぬ学校の人間にはさぞやヤンキーに見られただろう。授業中でよく寝ている、バイクを乗り回してファミレスでバイトしている、そういう姿しか彼らには見えない。それでも火花は何も問題と思っていなかった。
「寝癖、ひどいよ」飛鳥が指摘した。
「ちっ、そのうち治るだろ」
「もうすぐバレンタインなのに、それじゃ収穫も期待できないね」
「うちの学校、偏差値高いから、そういうのないぞ」火花は適当なことを言った。
「なんだ、ないのか、つまらない」飛鳥はひそかに火花の収穫を期待していたようだ。「雷人も期待するなと言っていたし」
「雷人は日和からもらえれば良いんだろうよ」
「あれ、ホノカ兄にいは？」
「オレは、そうだな、飛鳥からもらえればそれで良いかな」
「あたしたち、結婚するって約束したしね」飛鳥がウインクした。
「それいくつのときだ？　いとこ同士は結婚できないよ」
「え、そうなの？　残念」
　実はできるとは火花は言わなかった。できたとしても鮎沢家ではできない。そういう約束だ。小さいころから祖父にそう教えられた。
　飛鳥もだんだん美人になっている。あと数年したら日和ともいい勝負になるだろうと火花は思っていた。あまり身近にいるのもいけないかなと最近は思うようになっていた。
「でも、保険としてチョコは用意しておいてやるよ」飛鳥は偉そうに言った。「それが『妹』のつとめだしね」
「サンキュー」
　すでに叔父は仕事に出ていた。祖父と叔母は畑仕事やら家の用事で朝早くから動いている。火花と飛鳥がこの家でいちばん遅い朝食をとって登校するのだった。
「オレ、今日いつもより早めに出るわ」火花は飛鳥に言った。
　朝食をさっさと平らげ、火花は家を出た。
　自転車をいつもより速いスピードで漕いだ。そうして登校し、時間調整をして駐輪場にとめて下駄箱に向かうと、計算通りに胡蝶日和こちょうひよりの登校に同伴できた。
「おはよ」日和ひよりの横顔に声をかける。
「おはよう、ホノカ」日和は驚いたように火花を見た。
「日和の耳に入れたいことがあったから、早く来た」
　周囲の生徒に聞かれない程度の声で火花は言った。
「え？」日和は身構えた。
「今日、上級生の男どもが何人か日和に声をかけると思うが、全部無視しろ」
「何それ、ひょっとして私を口説いているの？」
「まあ、何だな……」と言いかけて火花は改まった。「昨日バイト先のファミレスで上級生たちがたむろっていて日和に告るとか言っていたから。しかもどう見てもゲーム感覚だったから、そんな連中相手にしなくて良いって言いたかった」
　できるだけ日和を不安にさせないように「ゲーム感覚」という表現をしておいた。
「ありがとう。肝に銘じるわ」
「呼び出されてもひとりで行くなよ」
「はいはい」
　今でこそ華奢な大和撫子のイメージだが、小学校に入ったばかりの頃は火花や雷人とともに走り回ったやんちゃ娘だった。祖父の道場にも通っていて武道も教わり、だから先輩男子だからと言って恐れることはない。しかしそれが火花には逆に心配の種となるのだ。
「じゃあな」
　長話をするわけにもいかず、火花は日和のもとを離れた。