7 / 48
7 依存
しおりを挟む楽しい時間というは過ぎるのが早いもので、クッキーが終わるころにはそろそろ仕事に戻るべき時間になっていた。
そんな時間になってアイリスはやっと、何も建設的な話ができていない事に気が付いた。
昨日やってきたばかりだとしてもアイリスはまだ自分の仕事を見つけられていないし、やることだってない。
この状況は一番よくないのだ。
そう考えて、アイリスは最後に切り出した。
「あの、お茶会、楽しかったです。なのでつい会話に夢中になってしまいましたが、これからの事について教えていただけますか?」
楽しい時間を共有することができ、アイリスもすこしはレナルドと打ち解けることができたと思う。
だからこそ、この家にとって意味のあることがしたい。それにそのつもりで彼だってアイリスを嫁に入れたはずだ。
「これからの事? ああ、式の日取りや、旅行の話?」
しかし、レナルドが言ったことは仕事の事ではなく予想外の話だった。
「君がこの場所に馴染んで両親の事に整理をつけられたらと考えていたけれど、問題なさそうならすぐにでも予定を立てるよ」
「いえ……そういう事じゃなくて……先日伺った通り領地運営についてや、資金繰りについての仕事など、私にできることを早速やらせてほしいと思ったんだけど」
「え、そんな。たしかに協力していきたいとは言ったけど、そんなに切羽詰まってはいないよ? 昨日だってあんなに取り乱していたし、無理に仕事をしてほしいとは思ってないから」
アイリスは、当たり前のようにやろうと考えていたが、レナルドの言葉も言われてみればその通りだ。
今だって実家から出てきて色々なことから解放されたというのに、借金の事ばかり考えてしまって、ここの生活に馴染んだとは言えない。
「リフレッシュするための事なら喜んで協力するけど、アイリスはまだ若くて大変な状況にいたんだし、休憩も必要だと俺は思うよ」
「……」
彼の言っていることは間違っていないし、アイリスはそうするべきだ。
考えを切り替える必要があると思う。
……でも、今日も何もしないまま、明日を迎えるのは、正直とても恐ろしい。
明日には、何か取り返しのつかないことにこの領地がなっているかもしれないし、私の今持っているお金は少ないし、ディラック侯爵家の人が何か文句をつけてくるかもしれない。
そうなったら、アイリスはきっとすごく後悔する。そう考えると眠れなくなってしまいそうだ。
「でもね、次の代に迷惑をかけるわけにはいかないから将来的には周辺領地の貴族と安定した関係を手に入れたいと思っている。
誇れる事業も一つぐらい欲しいとは思ってるし、君の手は必要だよ。でも、今は色々と活動的に動くよりも状況を見極めた方がいい時期だし。特に……」
レナルドはアイリスを説得するために続けて言った。彼だって元男爵家なのだとしても、この地位を賜るに値する功績をあげた人間だ。
これからの事、そして適切なタイミングなどを理解している。だからこそきちんと説得力のある言葉だということは重々承知だ。
……でも、と否定するのは、流石に無礼だとわかっていますけど……。
従った方がいいと思うのに、それが難しい。
アイリスは日々のルーティーンにもなっている借金に対する能動的なアプローチを精神的な支えにしてきた。
この状況でそのことを一切考えずに休憩をしてほしいと言われると逆に苦しく思ってしまう。
そんなアイリスは、とても思いつめた表情をしていてそれに気が付いたレナルドは、もしかすると無理をして仕事をしたいと言っているわけではないのかもと、思い至った。
そしてその仕事……というか行動をすることによって日々の不安を解消することができるタイプの人をレナルドはよく知っていた。
なのでしばらく考えて、それから青くなっているアイリスに、物は試しととある周辺貴族からの打診についての話をして、共有することにしたのだった。
レナルドから知っておいて欲しいと言われた話は、隣の領地であるボルジャー侯爵から提案されている投資の話だった。
このあたりの土地は豊かで恵まれているがダンヴァーズ公爵家は、くだんの革命の首謀者で捕らえられてしまったベックフォード公爵家の領地をそのまま引き継いだので、周りからすれば新参者なのだ。
そんな新参者の領主に周辺貴族であるボルジャー侯爵は、侯爵領の中にある魔石の採掘場に対する投資話を持ち掛けてきたらしい。
そしてその話は非常にややこしい。
鉱山からとれる魔石を加工するために隣国へと輸出し、さらに魔石から魔石を使ったアクセサリーにするために別の国へと移動させる。
その間に流通通貨も変わるので、加工するための金額が為替変動の影響を受け、時と場合によっては損をするが得する場合も多い。
それにこの投資の話はボルジャー侯爵家だけではなく、別の採掘場の貴族や、魔獣からもとることができる魔石に関するものなので、他の領地からも加工が得意な国に輸出することがある。
けれども船での輸出になるのですべてを失う可能性があるし、その分、隣国で加工されたものは価値が高くなる。
そういうギャンブル性が高い投資ということで上級貴族の間ではそこそこ人気なのだそうだ。
そして提案者であるボルジャー侯爵の取り分は、魔石加工の手数料だけでいいということで、非常に良心的だ。
基本的に魔石の価値はある程度ブレがない、輸出するときの船が遭難しない限り、リスクが少ない投資だと本人からは説明をされたとレナルドは言っていた。
アイリスは話を聞いて、それらに関する本を借りて理解に努めた。
なんせ、アイリスが対応していたディラック侯爵家との借金の話とは毛色の違う話だったので、すこしピンとこなかったのだが、きちんとわかれば面白い。
お金に関する話とは、色々な種類があるし、その分色々な思惑がめぐっている。
そのボルジャー侯爵の意図をアイリスは読み切ることはできなかったが、普段のお金の事を考えているときの閉鎖的な鬱屈とした気持ちと違って、海を渡ったその先の国の事を考える為替というのも面白いものだと思った。
686
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる