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10 アイリスにできること その二
しおりを挟む「━━━━ということがあり、もちろん加工の進み具合についてはわたくしの方も確認ののち手紙にてお知らせいたしますが、何分海の向こうの事ですからな、現状とは差異があることが多いのです。他には何かありますかな?」
話し合いはとても長引いた。
アイリスは途中から頭を切り替えて、最後の結論だけを聞くようにしていたけれど、ボルジャー侯爵の話とても長く聞いていられるようなものではなくて耳にしているだけでも疲れる。
それに、レナルドの確認のような簡単な質問一つ一つに、長ったらしく滔々と語った後、蛇足が入り、経験則が入り、最終的にはあまりよくはっきりとはわからないという旨の答えを言う。
その返答は真摯といえば真摯だが、つまりお金を出してからの事は大体何も分からないまま時間が過ぎるということがわかっただけの質疑応答となった。
「いえ。大体は把握できたから、もう結構」
さらに質問があれば答えると言ったボルジャー侯爵にレナルドはちょっとばかり疲れた笑みを向けてそう言った。
これでやっと話し合いが終わるらしい、アイリスの体感的には紅茶を十杯以上ゆっくりと暇つぶしに呑めるぐらいの時間が過ぎたような気がしていた。
「では、ご納得いただけたということで、これから契約に入りましょうか!」
ぐったりしてしまいそうなほど時間がたっているというのに、ボルジャー侯爵は元気にそう口にして、すぐさま控えていた侍女が封筒から必要な書類束を出してすぐさまテーブルに置く。
その様に忍耐力というか、執念のようなものを感じられてアイリスは、皆にばれないように小さくため息をついた。
そしてその返事をレナルドがする前にアイリスは、身を乗り出して「私も一つお願いが」とすこしの笑みを浮かべて行った。
すると、ボルジャー侯爵は一瞬驚いたようにアイリスを見たが、すぐに切り替えた様子でニコッ! と笑みを浮かべてアイリスを見つめた。
「ええ、ええ! 奥方様、何なりとどうぞお聞かせくださいませ!」
隣にいたレナルドは意外そうにアイリスに視線を向けて小首をかしげた。
……言っても大丈夫そうですね。
嫌そうな顔はしていないし、レナルドは同席させておいて一切話をするなというような押し付けをしてくるような人ではない。
だからこそ、その目線だけでアイリスは続きを言っていいものだと判断して、ボルジャー侯爵に目線を戻した。
「ありがとうございます。といっても、私の聞きたいことは契約に関する質問ではなく、私は色々と経験が浅いものでして、ただの一度も魔石の採掘場という物を見たことがありません」
「ああ、どのように採掘をしているのかというお話ですかな。であればわたくしに聞くよりも丁度いい本がありますのでそちらから……」
「いいえ、知識が欲しいわけではなく、これから長い付き合いになるであろうボルジャー侯爵家の主要産業である魔石の採掘をこの目で見てみたいです」
「い、いや、そのようなことを言われましても、では実際にわが領地に足を運びたかが金貨数百枚の為に視察にいらっしゃると?」
「はい。もちろんです」
アイリスは落ち着いた表情で言った。
確かに、そんなことをしていたら、大貴族はあっちへこっちで大忙しになって優雅に生活を送ることができない。精々使者を送って状況を把握することができる範疇だ。
そしてその使者は、もちろん平民が働く採掘場を見学するので平民であることが多い、しかしそれでは、見抜くことはできないだろう。
「ボルジャー侯爵が仰ったように、これからダンヴァーズ公爵家とボルジャー侯爵家は長くそして深い付き合いになることは必至です。
だからこそこうして今から良き関係を作るために、お互いに深く知りあえたらうれしいと思います」
「しかし、とてもとても貴族の目に入れるには見苦しい採掘場でございますし、なによりほら、見てください、これを見れば我が採掘場の成果は一目瞭然ですぞ!」
そういって彼は指やブローチにつけている美しい魔石を見せる。
その中に含まれる魔力のきらめきをアイリスはじっと見つめた。たしかに採掘場がきちんと機能してなければ、こんなに魔石を身に着けることはできないだろう、とそう思わせることができる力がある。
けれども空気がまったく読めないわがままなふりをしてアイリスは続けていった。
「とっても素晴らしい魔石です。やっぱり原石をこの目で見ない事には私、納得がいきません。どんなに見苦しくても構わないのですこんなに美しいものの原型が見られるのですから」
「そうは仰られましても、領地は隣ですが採掘場まで酷く距離がありますぞ! 最近は魔獣の出現が増加しているせいで、危険も伴います。とてもとても、奥様にお越しいただけるような場所ではありません」
アイリスがどうしてもと意見を通すが、ボルジャー侯爵もまったく引く気配はなくあれこれと駄目な理由を並べてくる。
彼の言い分はもっともだと思うし、今の状況は普通にアイリスがわがままを言っているように他人からは見えるだろう。
そんなアイリスを止めてくれとばかりに、ボルジャー侯爵はレナルドに視線を向けた。
「ダンヴァーズ公爵閣下も魔獣の恐ろしさを理解されているでしょう? どうか無茶なことは仰られないように奥方様を宥めていただきたい!」
少し強めの口調でボルジャー侯爵はレナルドにいったがレナルドは、考えつつもアイリスに視線を向けて、アイリスと目が合うと窘めるでも、止めるでもなくただ肯定した。
「俺は別に、アイリスが行きたいなら付き合うけど」
そういうと、まるで彼もついてこようとしているみたいに聞こえて、ボルジャー侯爵はさらに、目を見開いて手をぶんぶんと振った。
「そんな、公爵閣下ともあろうお方が、下賤のものの働く場に出向くなど言語道断! 品格を疑われますぞ!」
「え? いえ、自分はほら、ぽっとでで成りあがった品格も何もない公爵だから気にしないけどね」
「っ……そ、そのようなことはございませんぞ」
慌てるボルジャー公爵に、レナルドはいつも通りの笑みを浮かべて、彼に言われた言葉を返した。
……言われたこと、気にしてはいたんですね。
では、反応はしないだけで、きちんと見下されていることも覚えていて必要な時に引き合いに出すタイプなのだなとアイリスは思った。
それと同時に、そろそろ、この意味のない問答に終止符をうとうと考えた。
アイリスはただ単に社会科見学に行きたいだけではないのだ。
問題はそこではなく、おもむろにあわただしく身振り手振りを交えて何とか止めようとするボルジャー侯爵の手を、身を乗り出して優しく取った。
「それに、ボルジャー侯爵、私このお屋敷がベックフォードと呼ばれていた時代の方の手記を拝見しました。
このあたりの地域でとれる魔石は、中に宿っている魔力が、金の光ではなく水の属性を含んでいるそうではありませんか。
あら、これもとてもきれいな色味。
平民の使者では魔石の中に秘められた魔力の色まではわかりません。それでは綺麗な原石を見ても楽しめないですから、私は直に、お見せいただきたいんです。
取れたての、美しい、水の属性を含んだ魔石を」
彼の手についている指輪の中には青いきらめきをはらんでいてとても美しい。
しかしこれも加工の仕方によっては属性を変えることもある。だからこそその場でとれた魔石を見ることでしか、その土地の魔石の特徴を判別することができない。
「…………」
けれども彼はこれみよがしに水の属性の魔石ばかりを身に着けている。まるで、本当にそれが自分の土地でとれたかのように。
「私の目で見たいんです。ボルジャー侯爵」
彼はアイリスの言葉にすっかり固まって、指輪を撫でるアイリスの指先に驚いてばっと自分の手を引いて、隠すように指輪を覆った。
それから視線を外してしばらく瞳を泳がせた後で、冷や汗をかきながら、「いやぁ~、参りました」と変な声で言った。
「わたくしとしたことが、この後予定を入れていたことを失念しておりました。これはっ、契約をしている時間がありませんな! まったく、其方らもきちんと時間管理を怠らずにわたくしに声をかけなければいけないぞ!」
言いながらも猛烈なスピードで書類をかたづけ広げた資料をすべて回収する。
そばにいる侍女のせいにしながら、予定があたかも初めからあったかのようにふるまって、彼は忙しなく応接室を出ていく準備をした。
その間もだくだくと汗をかいて、何度か何もない所で蹴躓いた。
「随分と急いで、それほどの急用かな」
「ええ、ええ! それはもう今を逃したらもう二度と取り返しがつきません!」
「そうか、じゃあこの話はまたいつか」
「はい、そうしましょう。またと言わず、きっといつかということで問題ないですぞ!」
そう言って、ボルジャー侯爵一向は、どたばたと去っていくその様子をレナルドとアイリスは眺めていたが、あまりの慌てようにアイリスは面白くなってすこし笑ってしまった。
そのまま屋敷の外までお見送りして、アイリスは頭に疑問符を浮かべているレナルドと屋敷に戻ったのだった。
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