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40 本物の悪党 その一
しおりを挟む今日、ナタリアに会うことができたら、まずは事の顛末を教えて、協力体制を取ろうという話を持ち掛ける。
森の状態はアイリスがしばらく通えば改善するはずだし、レナルドも協力をしてくれると思う。
それから、魔法を使って、自分たちのような貴族の本当の存在意義をきちんと貴族社会に認識してもらう。
そのうえでレナルドの望む事の方向性を聞いて、それに沿った形で問題を終結させたい。
アイリスの目的はこうだった。
そのために今日はこの舞踏会にやってきた。
すこし惜しいけれどレナルドと別れ、アイリスはさっきほど見かけたアルフィーとディラック侯爵家の人たちの方へと向かった。
「気をつけてね、アイリス……俺は君をここで待ってるから」
最後にそういったレナルドは、何故かとても悲しそうに見えて、まるで置いていかれる幼子のようだった。
いつもの優しい笑みは悲し気な笑みに代わっていて、場所を憚らず抱きしめたくなったけれどそういうわけにはいかないので、アイリスは気持ちを切り替えてディラック侯爵とアルフィーを追った。
彼らは、廊下を人気のない場所まで進み、それから休憩できるように開けられている部屋の中へと入っていく。外に一人、使用中であることを示すための侍女が待機していた。
……あの中にナタリアが? ホールの方にはいない様子でしたし何かトラブルでもあって、対応中なんでしょうか。
夫婦である彼らが別々というのは考えられない。しかしトラブルがあってというのであれば納得ができる。
それでも、何かすこし嫌なものを感じて中に入ることはせずに、ナタリアたちが出てくるのを待つことにした。
しかし、数十分待っても彼らは出てくることはなく、仕方なくアイリスはそばにいたティナに、視線を送って部屋の前にいる侍女にばれないように声を潜めていった。
「ティナ、私は少し中にいる彼らに用事がありますので、あなたはここにいてください。そしてもし、私が一時間以上戻らない場合はレナルド様の元に、いって事情を説明してください」
「え、は、はいっ……わ、私はお供しなくてもいいんですか?!」
ティナは困惑した様子でアイリスに言う。たしかに一人以上は大体侍女を連れているものだし、どこに行くとしてもついてくるものだ。
しかしそれは安全の為ではなく貴族が不自由なく過ごすためだ。もし部屋の中で何か危険があった場合、ティナでは対応できない。
「大丈夫です、むしろ貴族同士の問題にあなたが巻き込まれると大変なことになります。
それに私も強い方ではありませんので、トラブルになったらレナルド様がいてくれると大変心強いんです。だからティナにはいざとなったら動くとても重要な役割をになってほしい。
やってくれますね」
「……はいっ」
「よろしくおねがいします。ティナ」
アイリスはティナにそうお願いをして、自分で部屋の中に入っていく。
侍女はアイリスの事を一瞥するだけで特に制止するでもなく、澄ました表情でただそこにたたずんでいた。
扉の向こうにはディラック侯爵と向かい合って座っているアルフィーの姿があり、彼はアイリスが入ってきたことによりふいに視線を向けて、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
ディラック侯爵は随分前に父と母の葬儀で会った時以来だ。彼らとは久しぶりの再会になったがまったく変わっていないように見える。
「……お久しぶりです。ディラック侯爵、アルフィー……急に部屋に入ってきて申し訳ありません。しかし、ナタリアを探していまして……彼女はクランプトン伯爵の地位を継いでいます。この舞踏会には参加していますよね?」
突然使用中の部屋に入室したのはアイリスだ。一応形式上だけで頭を下げて彼らに用件を伝える。
この中にナタリアがいるかと思ったが、そういう様子でもなさそうだし、そうでなければ何か事情がなければおかしい。
この舞踏会は建国を祝う儀式に近いものだ。よっぽどの理由がなければ立場のあるものは参加する義務がある。
「どうして、共にいないのでしょうか。とても大切な話があるんです」
そして普通は夫婦そろって参加してあまりそばを離れないものだ。
アイリスのようにすこし身内に会いに行く時だって共に行く場合が多い。
今回はレナルドとの話はとてもデリケートなので別行動だがこういう事態でもなければ安全のためにも離れるべきではない。
例えば何かにはめられたりする可能性が貴族にはついて回るから。
「……ふんっ、相変わらず可愛げの無い娘だ」
アイリスの問いかけに対して、ディラック侯爵はとてもじっとりとした嫌な声で言った。
……やはりあまりお変わりないようですね。
そんなディラック侯爵にアイリスはすんなりとそう思った。
こうしてアイリスがよその家に嫁に行ったとしても確実に下に見ているその瞳は簡単には変わったりしないようで、彼らディラック侯爵家の人間特有の嫌な雰囲気をアイリスは久しぶりに思いだした。
「わしらの助けが無ければとうの昔に破産していた脳無しの一族のくせにいっちょ前にわしらと同等に話をするなど百年早いわい」
「……アルフィー、あなたはナタリアの夫となったのでしょう。教えてくださいナタリアは今どこにいるのですか?」
ディラック侯爵はアイリスの方など見ずに一人で呟くようにそんな言葉を言い、苛立った様子で眉間にしわを寄せていた。
昔から、この人はいつもこんな様子で父と母はそれにどうにか媚びを売るためにへこへことしていたが、今のアイリスにはそうしなければならない事情もない。
両親よりも年上の幼いころから怖かった老人にアイリスも気後れする部分はある。
しかし、今のアイリスは立派な大人だ。そんなことでは公爵夫人など務まらない。
ディラック侯爵の言葉を無視してアイリスはアルフィーに目線を向けた。
すると彼は、待ってましたとばかりに立ち上がって、アイリスににんまりとした笑みを向けた。
そうすると、部屋の中にいた男性使用人たちが、アイリスの背後へといどうして、唯一の出入口である扉の方へと向かう。
大方アイリスが逃げ出せないようにだろう。
つまりは、誘いこまれたのだ。
……ティナを置いてきて正解でした。いざとなれば部屋の外に聞こえる大声でティナにすぐに合図を送ることができる。
そんな風に冷静にアイリスは、この状況を分析した。
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