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46 リオン
しおりを挟む彼らとの話し合いが終わり、私は了承してもらえてよかったという気持ちでいっぱいになってすっかり忘れていたが、本来の目的であるリオンにその後、会いに行くことになった。
彼の部屋へ向かうためにドローレス王妃殿下が直々に案内をしてくれて、彼女はその途中で私に言った。
「今回は時間がなく軽く触れるだけになってしまいましたが、リオンを助けるために手を尽くしてくれた事、その件についてはいくらお礼を言っても足りるものではありません」
「その件は、私は見返りなど考えず、あくまでほんの少し彼の心の支えになればと思っただけで……救い出したのは私ではありません」
お礼を言われてお門違いだと思う。なんせリオンが解放されたのはリオノーラがロットフォード公爵家の嫁に入ったからだ。
彼らの作戦がうまくいっただけで私がやった事の意味があったかどうかはわからない。
「いいえ、リオンの本当の力が知られていればロットフォード公爵はそれに利用価値を感じて渋っていたでしょう。私はそう確信しています。だからこそこの件がきちんと片付き次第、個人的にもお礼をさせてください」
きっぱりと宣言されて、そう思ってくれているのをわざわざ否定するのも角が立つかと思い私は、続きを聞いた。
「聞くところによるとベルガー辺境伯家子息とは、ただの協力関係というわけではないようですね……ウィンディが望むのであれば彼の手を借りずに君の生活を保証することも出来ます。あって困る選択肢ではないはずです、ぜひ、褒賞を考えておいてください」
「……はい、ありがとうございます。ドローレス王妃殿下」
そう言って彼女は王族特有の綺麗な銀髪をなびかせて振り向き、その言葉に私は、たしかに物事を解決するのと同時に、そういう選択肢を取れるという事実もあった方がいいのかと納得する。
もちろん選び取るためではなく、ヴィンセントに好きだと伝える時に彼にしか頼るあてがないのと、それ以外も選択肢があるのとでは彼から見た時の気持ちが随分違うだろう。
それに気がつかせてくれた彼女にありがたく思うことにする。
するとすでにリオンの部屋の前に到着しており、私はドローレス王妃殿下と別れてリオンの私室へと入ったのだった。
中へ入ると緊張したようで窓辺にあるテーブルに腰かけているリオンの姿がある。
同席するのは人質に取られている状況でもずっと彼を守ってくれた騎士のカーティスだけだ。
それ以外にはグレゴリー国王陛下もドローレス王妃殿下も、そのほかの使用人もいない。
窓辺から差し込む日の光に彼の少し癖のある銀髪が照らされて、こちらをくるっと向いて笑みを浮かべる彼は、冬灯の宴の時のような気弱な雰囲気はまったく無い。
リオンは口元に手を当てて、女の子みたいにくすくす笑いながら言った。
「ウィンディ様が歩いてる! 見てくださいカーティス珍しいです!」
「……本当ですね、王太子殿下。お久しぶりです、ウィンディ様……随分と体調が回復されたようで……感無量です」
「僕も、感無量ですっ」
感動してそういうカーティスは、私の姿を見て少し涙ぐんでいるように見えた。
その言葉に大袈裟だと言おうとしてから、心配性で大袈裟なヴィンセントの顔を思い出して、苦笑しつつカーティスに言う。
「ええ、ありがとうございます。カーティスもあの時は名演技でした。あなたにあんな才能があったなんて私は驚きました」
「……才能なんかではありませんよ。あの日の為に人気のない森で何度も練習をしていたのですから」
カーティスも私と同じように苦笑いを浮かべてそれから自分の苦労を口にした。
リオンにつけられた唯一の護衛騎士としてずっと彼を守ってきた存在であるカーティスがまさかあの時の為にそんなことをしていたとは驚きだ。
私よりも十以上年上で、一見しただけでは恐ろしく堅物なこわもて騎士であるのに、主の為となればなれない演技もこなすなんて忠義のたまものだろう。
「そうですか、その努力、実ってよかったです。無事にグレゴリー国王陛下とドローレス王妃殿下に抱かれたリオンを見て私もつい泣いてしまいそうでしたから」
「ええ、まったく、五体満足で王城に帰還された王子を見て多くの従者が泣いて喜んだのです。すでにお礼を言われたとは思いますが、俺からも……ウィンディ様には本当に頭が上がりません」
「いいえ、ドローレス王妃殿下にも言いましたが、すべてはお二人の覚悟があってこそです。私はそこに、ただほんの少しのきっかけをもうけたにすぎません」
リオンの前に腰かけてカーティスと言葉を交わす。
皆、私が何もかもうまくやった張本人だというが、そんなわけがないのだ。
ヴィンセントが私のまわりのひどい人たちの行動を誘発しただけで彼本人は悪くないように、私の行動だってリオンの周りの人間が頑張ったからこそ良い結末を迎えたのだ。
それは私だけの力であるはずがない。
「ご謙遜を、ウィンディ様の腕は素晴らしいです。体調が悪く自身も大変な中で私たちに手を差し伸べて下しました、その事実は何を置いても重要な事です」
「誰しもそうしたと思いますよ、それに……」
続けてカーティスの奮闘にはかなわないと言おうとしたところ、不服そうにこちらを見つめているリオンが視界に入って、先ほどまでニコニコだったのに、すぐにこんな表情になってしまって子供らしく可愛らしい彼に話を戻す。
「話したいことはたくさんありますが、今日はリオンに会いに来たので……置き去りにしてしまって申し訳ありません。リオン」
話の方向を変えて私はリオンに視線を向ける。すると彼は、拗ねたように唇を尖らせて言った。
「いいえ、僕ば別に、大人の二人だけで話をしていて寂しいだなんて子供みたいなこと思っていません」
「そうですね。リオン、あなたは立派なお兄さんですよ。私は今日あなたを称えに来たのですから」
つんとした態度をとる彼は彼自身の言葉とは裏腹に子供っぽい表情をしている。しかしさらに笑みを深めて彼に言うと、まんざらでもない表情をして「本当ですか?」と聞いてくる。
それに真剣な顔をして深く頷くと、彼はキラキラッと表情を輝かせて、口元に手を当てて嬉しそうにほほ笑んだ。
それから私に満を持して聞いてきた。
「ねぇ、ウィンディ様」
「はい」
「ゲームは僕の勝ちかな?」
「ええ、あなたはすごかったですよ」
「! ……ふふふっ、あなたにそう言ってもらうために頑張ったんです。っ、また、また会えてよかったですっ」
褒めると彼は、とたんに瞼いっぱいに涙を貯めて瞳が水滴の煌めきを孕む。
それから幼い彼の丸い頬を伝って小さな水滴が落ちていく。
その様子をみて、私は身を乗り出して頭を撫でてあげる。
それから彼に持ち掛けたゲームの事を思い出したのだった。
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