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その17 終
しおりを挟む「俺は再三言っていたはずだ。いつまでも君の兄であるだけではいられないと、それを無視し挙句ローズにまで手を出すのなら、俺はローズを選ぶ」
「っ、」
……言ってたんだ。全然知らなかった。
そうきっぱりと言い切るクライヴに、意外ときちんとしている面もあるのだと、少しばかり見直してしまった。
「で、でも!!お兄さまだって、この女が気にくわないから、不倫してるんでしょう!!??」
カーラは最後の切り札とばかりにそういい放つ、そうだ、結局根本の問題である不倫騒動については何も解決していない。
「……」
そのカーラの発言にクライヴは数秒押し黙り、顔を険しくした。
後ろめたいことがあるときのような反応にローズも伺うようにして彼を見ると、カーラが鬼の首を取ったとばかりにわめきだす。
「ほら!!そんな風に嫁だからって庇わなくたっていいのよ!それでもこの下品な女は卑しくうちに居座るのよ!!」
勝ち誇ったように言うカーラに、やっと出番が来たとばかりにトリスタンが動いて彼女に向けて杖を振った。彼の持つ魔術は風の魔術であり、突然浮き上がったカーラは悲鳴を上げて、ぐるんぐると回転しだし、数秒後には大人しくなった。
彼はたまにああして、他人を黙らせたりするが、気持ちが悪くなるだけで体に害はないらしい。
「……その件ね。クライヴの自作自演。本当は、ローズと私で二人で話をして、どう思っているか聞くつもりだったけど、なんだかそのせいで面倒事を起したみたいだし、君はちゃんと、ローズと向き合った方がいいよ」
言いながらトリスタンは、顔を真っ青にさせて口元を押さえるカーラを風船のようにポンと押して歩きながら扉の方へと連れていく。
「あ、ローズもクライヴのやり方も悪いと思うけど、君もちゃんとクライヴに自分の気持ちを教えてあげないとね。それじゃ、邪魔者は退散しようかな」
軽く言い放ちトリスタンは、いつもの調子を取り戻して、薄っぺらく笑いながらカーラをくるくる回した。
「……じゃ、私は帰るけど、ローズまた呼んでね。でないとそいつが君に会わせてくれないから」
……会わせてくれない? 今までこの屋敷に連れてこなかったのってもしかしてわざとって事?
次々と衝撃の発言をしてそれからトリスタンはすたすたと去っていく、そしてローズとクライヴは扉のなくなった客室に二人ボッチで取り残された。
「……」
「……」
客室はしんと静まり返ってローズとクライヴは二人とも無言になった。ローズはクライヴへと視線を送っているけれども、クライヴは明後日の方向を見て、ただかたまりだくだくと汗をかいているのだった。
「……ねえ」
ローズはトリスタンの言った自作自演の意味を彼女が知っているもので正しいのかと問いただすために口を開いた。しかし、それに反射するように、クライヴは噛みつくみたいにローズにキスをした。
「っ、」
「ん」
急に口をふさがれ、さらには大の男の体重をかけられて、素直に従うようにしてローズは体の力を抜いて、ずるずると床に座りこむようにして膝をついた。
それから、クライヴは離れていったが、ものすごく焦ったような顔をしているのは変わらない。
……さっきまでは、あんなに毅然としていたのに。
カーラに対して、ローズの事を愛していると宣言し、やっぱり人としてとても好感が持てると思ったところだったが、焦りまくって視線を迷わせる彼も、彼自身だと思うと、どうにもローズにとっては愛おしい。
ぐっと女性に向けるには強すぎる力で腕を掴まれていても彼を可愛いと思って、続きを聞いた。
「自作自演て……本当?」
そういうと、クライヴは、目を見開いてローズを見てそれから、ぐっと眉間にしわを寄せて、険しい顔をしながら赤くなるのを見て、本当なのだと確信した。
けれどもなんと声をかければいいのかわからずにローズは、じっと彼を見ている。するとその赤くなったまま、クライヴは「ト、トリスタンめ。いうなって、言っただろ」と恨み言のようにつぶやいた。
それから彼は、その紺碧の瞳をローズに向けて、呆れられないか心配する子供のように不安そうな瞳でローズを見るのだった。
「……悪かった。もう、二度としない」
彼が俯くと藍色の髪が目にかかって、さらりと揺れる。震えるクライヴの声を聞いて、魔法学園でのあの日の事を思い出してローズは、少し笑ってしまいそうになったけれど、首を振って、彼の言葉を否定する。
聞きたいのは謝罪の言葉ではない。理由を、聞かなければならないだろう。こうして謝ったということはやったのは事実であり、それにローズは長らく気をもんだ。しかしながら、トリスタンの別れ際のアドバイスを忘れたわけじゃない。
それにここまで、この騒動をずっと追って来て、ローズも自分の気持ちに気がついた。本当はずっと前からわかっていたのかもしれなかったけれど言う機会がなかった。
ローズたちはそれだけ、口にも行動にも出すことが苦手な夫婦なのだ。
「クライヴ、どうしてか教えて、不倫相手がいないのなら、理由を聞かせてほしい」
だから珍しくローズから聞いた。こんな状況だけで察することは出来ない。ローズはあまり聡い方ではないのだ。
そんな彼女の問いかけに、クライヴは一度視線を逸らす、しかしながら、この状況で言い逃れが出来るほど自分は口のうまい人間ではないし、それにクライヴの方もこんなことになってしまったという事をトリスタンに相談した時に、話し合いをしろと、きつく言われていたのだった。
「……き、君が……ローズが、少しでも俺をつなぎとめようとしてくれる、はずだと、思いたかっただけだ」
ぎこちなく口にされた言葉にローズは耳を傾けた。黙っていればクライヴは次から次に口にした。
「ローズはなんでもそつなくこなすし、俺の妻になったところでいつまでも衰えない、母とも上手くやり、家を支える側に回ることだってできる」
「……」
「ただ、それは君にとって夫は俺である必要はあったか?君にとって俺は唯一であったか?」
伏せられていた視線が合う。ローズにははっきりと彼の視線に熱がこもっているのが読み取れた。クライヴはローズをいつだってこんな目で見ていたが、それにこうしてまともに言われなければローズは気がつくことが出来なかった。
「俺が望んで君を娶ったというのに、ローズはいつまでも、俺だけを見ているとは思えない、そんな愛情を君に望むのなど傲慢だとわかってても、ただ、苦しく……後先も考えていなかった」
泣いてなんかいないのに、泣き出してしまいそうな悲しい声でそういわれて、クライヴの手が頬に触れる。それからローズの頬をゆっくりと包み込む。
「しかし同時に君に失望されるのではないかと思うと言い出せもしなかった。ローズ……俺はずっと……君を家庭という檻に閉じ込めておいてもいいものかと思ってしまう。どこかで自由にくらしたいんじゃないかと、疑問が消えない」
こんなことを考えていたなんて微塵も知らなかったとローズは思った。それと同時に、知ろうとしていなかっただけかとも思う。
確かに実際、何のしがらみもなく傭兵なんかの仕事と狩りをして一日をおえられる生活を手に入れたらどんなにだろうと夢想することはある。
「ローズにとっては俺は、なんだ? ただの政略結婚の相手では、ないと思っているのは、俺だけなのか?」
しかしながらそんな自分は自分ではない、貴族として生を受けてこうして生きてきたからこそ今のローズがあるのだ。それをすっ飛ばしてみる空想など現実に遠く及ばない。
「君も俺の、そばにいることを望んでくれたから、こうして俺のものになってくれたのだと、そう、思いたかった」
現実は今ここにある、ローズにとって今、目の前にいる彼こそ、人生を掛けてついていこうと決めた相手だ。そんなことは結婚する前から決めている。そして、自分のやるべきことの優先順位も。
「不快な思いをさせてすまない、ローズ。君の真意が知りたかっただけなんだ」
悲し気にそういうクライヴにローズは、その頬に触れる手を取って、ぎゅっと握り返した。彼にそんな風に悲しい思いをしてほしいなんて思っていない。ローズは自分で側にいることを選んだし、ローズの為にあの時の猶予を手に入れてきてくれたことは感謝してもしきれない。
「……何も、君に伝えなくてごめんね。……私……」
今更過ぎてローズは恥ずかしくなりながら、言葉を探す。やっと聞けそうなローズの言葉をクライヴはけなげな子犬のような目をして待つ。
「クライヴが不倫してるかもって思って、おかしいとか変だって思った。でもたしかに君がそういう人じゃないって思ってたのもあったけど、私自身が嫌だって気持ちもちゃんとあったんだって今だから思える」
「……ローズ」
「クライヴ、君はずっと私を想ってくれていたのに上手く答えてあげられていなくてごめん。言わなくても私たちは全部同じようにつながってるって思ってたけどそうじゃないんだね」
そしてお互いにとても不器用なのだ。とローズは思った。自分の気持ちを自覚することすら半年以上たってもできないローズと、妙な手段に走ったクライヴ、学生時代からもいさかいが多かったが今でもややこしい事になりがちなその性分はお互いに変わっていない。
「……不倫なんか、嫌だ。クライヴ、私の事を一番に想っていて」
ローズはそう、羞恥心に負けずに口にした。途端にクライヴの瞳がキラキラと輝いて「ああ、絶対しない」と力強く口にする。
それからがばっと抱きしめられて、ローズも力いっぱい抱きしめ返した。
きつく抱きしめあった耳元でローズは小さく消え入りそうな声で、今までに一度だって言ったことのない愛の言葉を囁いた。
「好き、愛してる」
すると抱きしめたままのクライヴがびくっと反応してそれから、がばっと勢いよく、ローズと距離を置き、真っ赤になったままの顔で、ものすごく険しい顔をするのだった。
それをローズは、くすくす笑って、やっとカルヴァート公爵家息子夫婦の不倫騒動は幕を閉じたのだった。
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