牽制してくる不倫女は、本当に存在しますか?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
17 / 17

その17 終

しおりを挟む


「俺は再三言っていたはずだ。いつまでも君の兄であるだけではいられないと、それを無視し挙句ローズにまで手を出すのなら、俺はローズを選ぶ」
「っ、」

 ……言ってたんだ。全然知らなかった。

 そうきっぱりと言い切るクライヴに、意外ときちんとしている面もあるのだと、少しばかり見直してしまった。

「で、でも!!お兄さまだって、この女が気にくわないから、不倫してるんでしょう!!??」

 カーラは最後の切り札とばかりにそういい放つ、そうだ、結局根本の問題である不倫騒動については何も解決していない。

「……」

 そのカーラの発言にクライヴは数秒押し黙り、顔を険しくした。

 後ろめたいことがあるときのような反応にローズも伺うようにして彼を見ると、カーラが鬼の首を取ったとばかりにわめきだす。

「ほら!!そんな風に嫁だからって庇わなくたっていいのよ!それでもこの下品な女は卑しくうちに居座るのよ!!」

 勝ち誇ったように言うカーラに、やっと出番が来たとばかりにトリスタンが動いて彼女に向けて杖を振った。彼の持つ魔術は風の魔術であり、突然浮き上がったカーラは悲鳴を上げて、ぐるんぐると回転しだし、数秒後には大人しくなった。
 
 彼はたまにああして、他人を黙らせたりするが、気持ちが悪くなるだけで体に害はないらしい。

「……その件ね。クライヴの自作自演。本当は、ローズと私で二人で話をして、どう思っているか聞くつもりだったけど、なんだかそのせいで面倒事を起したみたいだし、君はちゃんと、ローズと向き合った方がいいよ」

 言いながらトリスタンは、顔を真っ青にさせて口元を押さえるカーラを風船のようにポンと押して歩きながら扉の方へと連れていく。

「あ、ローズもクライヴのやり方も悪いと思うけど、君もちゃんとクライヴに自分の気持ちを教えてあげないとね。それじゃ、邪魔者は退散しようかな」

 軽く言い放ちトリスタンは、いつもの調子を取り戻して、薄っぺらく笑いながらカーラをくるくる回した。

「……じゃ、私は帰るけど、ローズまた呼んでね。でないとそいつが君に会わせてくれないから」
 
 ……会わせてくれない? 今までこの屋敷に連れてこなかったのってもしかしてわざとって事?

 次々と衝撃の発言をしてそれからトリスタンはすたすたと去っていく、そしてローズとクライヴは扉のなくなった客室に二人ボッチで取り残された。

「……」
「……」

 客室はしんと静まり返ってローズとクライヴは二人とも無言になった。ローズはクライヴへと視線を送っているけれども、クライヴは明後日の方向を見て、ただかたまりだくだくと汗をかいているのだった。

「……ねえ」

 ローズはトリスタンの言った自作自演の意味を彼女が知っているもので正しいのかと問いただすために口を開いた。しかし、それに反射するように、クライヴは噛みつくみたいにローズにキスをした。

「っ、」
「ん」

 急に口をふさがれ、さらには大の男の体重をかけられて、素直に従うようにしてローズは体の力を抜いて、ずるずると床に座りこむようにして膝をついた。

 それから、クライヴは離れていったが、ものすごく焦ったような顔をしているのは変わらない。

 ……さっきまでは、あんなに毅然としていたのに。

 カーラに対して、ローズの事を愛していると宣言し、やっぱり人としてとても好感が持てると思ったところだったが、焦りまくって視線を迷わせる彼も、彼自身だと思うと、どうにもローズにとっては愛おしい。

 ぐっと女性に向けるには強すぎる力で腕を掴まれていても彼を可愛いと思って、続きを聞いた。

「自作自演て……本当?」

 そういうと、クライヴは、目を見開いてローズを見てそれから、ぐっと眉間にしわを寄せて、険しい顔をしながら赤くなるのを見て、本当なのだと確信した。

 けれどもなんと声をかければいいのかわからずにローズは、じっと彼を見ている。するとその赤くなったまま、クライヴは「ト、トリスタンめ。いうなって、言っただろ」と恨み言のようにつぶやいた。

 それから彼は、その紺碧の瞳をローズに向けて、呆れられないか心配する子供のように不安そうな瞳でローズを見るのだった。

「……悪かった。もう、二度としない」

 彼が俯くと藍色の髪が目にかかって、さらりと揺れる。震えるクライヴの声を聞いて、魔法学園でのあの日の事を思い出してローズは、少し笑ってしまいそうになったけれど、首を振って、彼の言葉を否定する。

 聞きたいのは謝罪の言葉ではない。理由を、聞かなければならないだろう。こうして謝ったということはやったのは事実であり、それにローズは長らく気をもんだ。しかしながら、トリスタンの別れ際のアドバイスを忘れたわけじゃない。

 それにここまで、この騒動をずっと追って来て、ローズも自分の気持ちに気がついた。本当はずっと前からわかっていたのかもしれなかったけれど言う機会がなかった。

 ローズたちはそれだけ、口にも行動にも出すことが苦手な夫婦なのだ。

「クライヴ、どうしてか教えて、不倫相手がいないのなら、理由を聞かせてほしい」

 だから珍しくローズから聞いた。こんな状況だけで察することは出来ない。ローズはあまり聡い方ではないのだ。

 そんな彼女の問いかけに、クライヴは一度視線を逸らす、しかしながら、この状況で言い逃れが出来るほど自分は口のうまい人間ではないし、それにクライヴの方もこんなことになってしまったという事をトリスタンに相談した時に、話し合いをしろと、きつく言われていたのだった。

「……き、君が……ローズが、少しでも俺をつなぎとめようとしてくれる、はずだと、思いたかっただけだ」

 ぎこちなく口にされた言葉にローズは耳を傾けた。黙っていればクライヴは次から次に口にした。

「ローズはなんでもそつなくこなすし、俺の妻になったところでいつまでも衰えない、母とも上手くやり、家を支える側に回ることだってできる」
「……」
「ただ、それは君にとって夫は俺である必要はあったか?君にとって俺は唯一であったか?」

 伏せられていた視線が合う。ローズにははっきりと彼の視線に熱がこもっているのが読み取れた。クライヴはローズをいつだってこんな目で見ていたが、それにこうしてまともに言われなければローズは気がつくことが出来なかった。

「俺が望んで君を娶ったというのに、ローズはいつまでも、俺だけを見ているとは思えない、そんな愛情を君に望むのなど傲慢だとわかってても、ただ、苦しく……後先も考えていなかった」

 泣いてなんかいないのに、泣き出してしまいそうな悲しい声でそういわれて、クライヴの手が頬に触れる。それからローズの頬をゆっくりと包み込む。

「しかし同時に君に失望されるのではないかと思うと言い出せもしなかった。ローズ……俺はずっと……君を家庭という檻に閉じ込めておいてもいいものかと思ってしまう。どこかで自由にくらしたいんじゃないかと、疑問が消えない」

 こんなことを考えていたなんて微塵も知らなかったとローズは思った。それと同時に、知ろうとしていなかっただけかとも思う。

 確かに実際、何のしがらみもなく傭兵なんかの仕事と狩りをして一日をおえられる生活を手に入れたらどんなにだろうと夢想することはある。

「ローズにとっては俺は、なんだ? ただの政略結婚の相手では、ないと思っているのは、俺だけなのか?」

 しかしながらそんな自分は自分ではない、貴族として生を受けてこうして生きてきたからこそ今のローズがあるのだ。それをすっ飛ばしてみる空想など現実に遠く及ばない。

「君も俺の、そばにいることを望んでくれたから、こうして俺のものになってくれたのだと、そう、思いたかった」

 現実は今ここにある、ローズにとって今、目の前にいる彼こそ、人生を掛けてついていこうと決めた相手だ。そんなことは結婚する前から決めている。そして、自分のやるべきことの優先順位も。

「不快な思いをさせてすまない、ローズ。君の真意が知りたかっただけなんだ」

 悲し気にそういうクライヴにローズは、その頬に触れる手を取って、ぎゅっと握り返した。彼にそんな風に悲しい思いをしてほしいなんて思っていない。ローズは自分で側にいることを選んだし、ローズの為にあの時の猶予を手に入れてきてくれたことは感謝してもしきれない。

「……何も、君に伝えなくてごめんね。……私……」

 今更過ぎてローズは恥ずかしくなりながら、言葉を探す。やっと聞けそうなローズの言葉をクライヴはけなげな子犬のような目をして待つ。

「クライヴが不倫してるかもって思って、おかしいとか変だって思った。でもたしかに君がそういう人じゃないって思ってたのもあったけど、私自身が嫌だって気持ちもちゃんとあったんだって今だから思える」
「……ローズ」
「クライヴ、君はずっと私を想ってくれていたのに上手く答えてあげられていなくてごめん。言わなくても私たちは全部同じようにつながってるって思ってたけどそうじゃないんだね」

 そしてお互いにとても不器用なのだ。とローズは思った。自分の気持ちを自覚することすら半年以上たってもできないローズと、妙な手段に走ったクライヴ、学生時代からもいさかいが多かったが今でもややこしい事になりがちなその性分はお互いに変わっていない。

「……不倫なんか、嫌だ。クライヴ、私の事を一番に想っていて」

 ローズはそう、羞恥心に負けずに口にした。途端にクライヴの瞳がキラキラと輝いて「ああ、絶対しない」と力強く口にする。

 それからがばっと抱きしめられて、ローズも力いっぱい抱きしめ返した。

 きつく抱きしめあった耳元でローズは小さく消え入りそうな声で、今までに一度だって言ったことのない愛の言葉を囁いた。

「好き、愛してる」

 すると抱きしめたままのクライヴがびくっと反応してそれから、がばっと勢いよく、ローズと距離を置き、真っ赤になったままの顔で、ものすごく険しい顔をするのだった。

 それをローズは、くすくす笑って、やっとカルヴァート公爵家息子夫婦の不倫騒動は幕を閉じたのだった。







しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

アルリ
2024.01.15 アルリ

面白かったです!

2024.01.15 ぽんぽこ狸

ありがとうございます。

解除

あなたにおすすめの小説

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

ワイちゃん
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

愛人のいる夫を捨てました。せいぜい性悪女と破滅してください。私は王太子妃になります。

Hibah
恋愛
カリーナは夫フィリップを支え、名ばかり貴族から大貴族へ押し上げた。苦難を乗り越えてきた夫婦だったが、フィリップはある日愛人リーゼを連れてくる。リーゼは平民出身の性悪女で、カリーナのことを”おばさん”と呼んだ。一緒に住むのは無理だと感じたカリーナは、家を出ていく。フィリップはカリーナの支えを失い、再び没落への道を歩む。一方でカリーナには、王太子妃になる話が舞い降りるのだった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。