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33 差別
しおりを挟む用意されている屋敷が小さめなので、使用人たちが荷物を搬入する出入り口の方にすぐに出られる。井戸があって昼頃には使用人たちが洗濯場として使っているのだろう。
薄暗い闇の中、数人の獣人たちのほうにアルフは向かっていった。興奮している状態だったのでエリアナはきつくリードを握る。
「あれ、あの方はもしかして」
「貴族様だ、こんな時間に何をしに……」
彼女たちは戸惑っている様子ですぐに、アルフが言った家族の女の子以外は下がっていき距離を置く、彼女だけがとても厳しい視線でこちらを見ていた。
……いつだか会ったのはご両親の方だったと思うけど、外見的にこの子は妹……かな……。
そんなことを考えているとアルフは尻尾を振ってぴょんぴょんと彼女にアピールした。
「やっぱり、においが同じだと思ったんだ! こっちだ家族、俺の家族、こんばんは」
「……」
「俺、俺には家族ってやつはいないんじゃないかって思ってたけど、やっぱりいたんだ、一緒には住んでないけど、いるもんなんだな」
「……」
「こっちに来て俺の匂いも嗅いでくれ、そしたら俺たち家族だってわかるだろー!」
くるくる回ってみたり、前足をあげて友好そうにするその仕草に、彼女だけではなくほかの獣人たちもざわついて、顔を伏せている子もいる。
やはり、差別意識のある人間たちが獣人に向けるのと同じような目線を、このコベット村の住人たちはアルフに向ける。
直に触れ合うことはないので、あまり感じることは多くないが、亜人という事で差別されている人たちの中にも、そんな自分たちと違うアルフの存在を認められずに存在すら否定的に考えている人がいる。
差別を受けている側だとしても、自分たちと違う人間を差別するのだ。
家族だ、こっちへ来てと言われている彼女もそれは変わらない様子で、はじめは厳しい表情をして無視する。しかしめげずに、そう言ってくるアルフに一歩近づいて、ぐっと拳を握った。
一瞬目が合ったような気がしたが、エリアナの事を気にしていられる余裕がなかったのか、大きく息を吸って彼女は口火を切った。
「っ、まさかアンタみたいなのがやっぱり、兄だっていうの? 父さんたちが言っていた、呪われた獣ってアンタの事?」
だんっと地面を踏みしめて彼女は言う。アルフは想像と違っていた反応だったのか驚いた様子で固まった。
「なにそれ、なにそれ……さいっあく、生かされてるって聞いてたけど、まさか、本当に獣みたいに貴族につながれて生きてるとか、気持ち悪い」
彼女の耳と尻尾はひどく逆立っていて、エリアナが持ってきていたランプの明かりに照らされて牙をむき出しにして怒っている様子だった。
「言動も、本当にアンタ獣人なの? 私より年上なはずなのに、やだ、やだ、やだっ、いやっ気持ち悪い!」
「カーヤ、ちょっと、大丈夫?」
「殺しとけばよかったって、父さんたちずっと言ってた。こんな、こんなじゃ本当に獣みたい。私たち、そんなんじゃない、アンタと同じなんかじゃない、家族なんかじゃない」
ふらついて取り乱す彼女に、近くにいた獣人の少女が支えるようにしてそばによる。
「アンタみたいなの、呪われてるってわかった時点で天に昇るのが”運命”だったのに、そんなのもわからずに私に会いに来たの? 同じ匂いだからって? 死んでてくれればよかったのに、それが運命ってもんでしょ、受け入れて死んでくれればよかったのに!」
……運命……。
エリアナは、ついに取り乱して泣いてしまった彼女の言葉にこんな形で主張される運命という言葉もあるのだと思った。
エリアナだって、自分で勝手に運命だと思ったり、運命を疑ったり、思う所がある。
けれど、違うだろう。
「…………」
「いや、違うわ。私の中で兄は死んだ、死んでるのよ。もういない、そういう定めだったそう思おうって約束してる、だからアンタはどこぞの知らない獣よ、醜い……獣」
「…………」
彼女の言葉にアルフは黙って、ただ尻尾を下げて、首をかしげる。
彼は何を言われているか理解できているだろうか、本来ならばエリアナはこういう身分違いの相手のいざこざに入り込んで、グダグダと持論を垂れ流してはいけない。
彼女はエリアナに言われたら反論などできないのだから。
けれども、わかっていなさそうな様子のアルフに、エリアナはどうしようもない気持ちになって、ぐっと引き結んでいた口を開いた。
「……運命なんて、人それぞれだよ。定められていたとしても抗ってもいいでしょ。あなたとは違う運命を信じて生きることを望んでいる人がいたっていいでしょ」
「っ」
「抗っても抗いきれないものが運命で、望んで手にすることだって運命で、あなたの主張も、アルフが生きてることもまったく反している事実じゃない」
運命はただ、人が望んで手に入れようとしたものだったり、どうしようもなく抗えないものだったりする。
けれども結局は事象に過ぎない。ただの出来事だ、それに意味を求めようとするのは人間が、沢山の事につながりを持っているように感じて生きているからだ。
自分が何かをしたら、何かを成せるとか。
起った悪い出来事が何かのせいでこうなったとか。
そういうふうに思って理解すると、それなら自分の行動で何かを変えられると信じ込むからだ。
「自分にとっての運命を信じているってだけで、間違ってない。でも、アルフにだってアルフの望む運命があっていいでしょ」
そして信じて行動しなければ、脈絡があって望めば手に入ると思わなければ人間は一歩だって動けやしない。
前世のエリアナだって、そうだった。”彼”を幸せにできると信じてやまなかった。
だからきっとエリアナは運命という言葉を、事象を、原動力にしてどこかに進もうともがいている。
それは、簡単に他人の運命に邪魔されて立ち消える意志ではない。
「私だって運命を信じてる、アルフは私を守ってくれるためにいる。それが私が思う彼の運命で、今はそうなってる。
これからもそれをかえるつもりはない……でもごめんね、あなたの望む運命があることはアルフにはあまり理解できないみたいだから、よく言い聞かせておくよ」
「…………」
自分で考えていて、ふとこれが自分の答えかと、心の中で腑に落ちた。
エリアナの信じる運命なんて間違っているかもしれない、けれど信じたいと思っている。
それはエリアナが望む、ただの未来で、願望だから。
運命なんて言う名前をつけて、抗おうなんて思ったのは自分なのにその名前に自分自身が惑わされていた。
……神様がいたとしても、いなかったとしても、運命が定められたものであってもなくても、私は”彼”追いかけた。それだけだ。
カイルに運命を感じたと思ったのは、エリアナが望んだからだ。
”彼”の魂が宿っていたらいい、宿っていてほしいと望んだから。
彼が転生するその最中、手を掴めていたらいいと掴んでいたいと望んだから。
カイルは、間違いなくエリアナの運命だ。エリアナの望みだ。それは何も間違いじゃなかった。
「行こう、アルフ。あなたの家族はもういない、血がどれほど濃く繋がっていても、家族じゃない時もあるんだよ」
「……そうなんだ。俺、なんにもしらない。でも、俺もごめんね。死んだ方がいいなんて言われるようなことしたんだな」
「あなたはしてない。アルフはいい獣人だよ」
しょんぼりとしてとぼとぼと引き返す彼に、続いてエリアナも身を翻す。
彼女は何も言うことはなく、立場上そういうものだし、分かり合うことはできないだろう。
ただ、人には理解できないものを怖がる特性がある。これもまた事実で、アルフは同族の中でもこういう扱いなのだとキチンとエリアナは覚えておかなければならないなと思ったのだった。
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