40 / 54
40 覚悟
エントランスの大きな扉は開け放たれていて、仁王立ちしているクライドの姿があった。
扉を守っている騎士たちはとても困り果てた顔をしていたけれど、そんな彼らもクライドのその姿に文句も言えずに萎縮している様子だ。
なんせ彼は、血にまみれていて、美しい華やかな金髪も真っ赤な血液で彩られ、いつもより格段に眼光が鋭い。
まるで野生の獣のように空気が張りつめていて、彼を見た途端にルーファスは立ち止まって言った。
「それでは、ウィルトン伯爵、今日はありがとう。先ほど話をしたように急になるけれど、緊急の上級貴族を交えた会議は二日後に予定されているからそれまでに準備を整えてね、じゃあ、私はほかにもやるべきことがあるから」
そう言って、くるりと身を翻し、立ち去ろうとする。
しかしハリエットは違った。少しでもシェリルと話をする機会をうかがっているようで、ルーファスとともに立ち去らずに彼が去るのを横目で見つめた。
「ハリエットも、君とも今後の予定を詰めてきたいから早く来るように、もうこれ以上ウィルトン伯爵を引き留めるようなことはしないでね」
「……はい、ルーファスお兄さま、では、シェリル。わたくしは…………あなたを信じていますわ。ケアリーの支配から救ってくれたあなたの、生き方を」
「ありがとうございます。ハリエット王女殿下」
彼女の言葉を心強く思いながらもシェリルは、急いでクライドの方へと駆けた。
その金の瞳は見るだけで人を射殺すことができそうなほどで、でも恐ろしいとシェリルは思わなかった。
きっとシェリルが丁度いなくなった時にやっと一度帰宅できたのだろう。そのタイミングでいないことを酷く心配したに違いない。
しかし彼もシェリルが魔獣に襲われないことなど知っているはずなので元気な姿を見せれば、王城にいてもなにもなかったと示せると思った。
「帰ろう」
けれども短く言う彼はシェリルの手を取って、止めていた馬車に急いで乗せる。
「ええ、それはもちろん」
すぐに走り出した馬車の中で、二人きりになり、馬車の屋根を打つぽつぽつとした雨の音と馬車が走行するガタゴトという音だけが響いていた。
「……」
「……」
シェリルは彼の方こそ無事なのか、その血の中に彼自身の血は混じっていないのかと疑問に思うし、実際にどんな戦いだったのか、帰ってきても大丈夫だったのかとたくさんのことを聞きたい。
しかし、切り出せるような雰囲気ではなくてクライドの言葉を待った。
ふわりと血の匂いがして、雨のじめじめとした空気に気分は重たい。
クライドはたっぷりと時間を空けて、それからやっと口を開いた。
「……それで? なんだ今更、あの像がどうにかなったから、シェリルに役回りが回ってきたとかそういう話か」
苛立ちを必死に抑えているような声で、どうやらクライドはそういう方向性の話になることを、予測していたらしい。
シェリルはああしてルーファスと話をするまで、その可能性はハリエットがいる限り些末なものだと思っていたが、この可能性は大いにあったことだ。
そういう血筋であり、長年の歴史がある。
アルバートに変わったところで、王族がその役目を背負うわけじゃない。なにかあってシェリルの名前が一番にあがることをクライドが懸念していてもなんの不思議もない。
「おおむね、そういう解釈で間違っていないと思うわ。ルーファス王子殿下の言い分からすると」
「それであの様子なら、もちろん君は、順当なことだと納得して手を取り合ったわけだな。君は納得できることならやれるのだから。俺だってそれは知ってる。端からわかってた」
「ええ、覚悟は決まっているの。このセルレアン王国のこの血筋に生まれた以上、生まれた時から背負っているものがあると思うもの、それで受けた恩恵だってあるわ」
「ははっ、そうか。君はどこまで行っても君だな。俺は……」
そうしてクライドは言い淀んで、やっとシェリルの方を見た。その表情がどんな感情を表しているのかわからない。
「俺は……な」
しかし、ここはシェリルから言うべき場面だろうと思い立って、その落としきれていない血が残っている彼の手を向かいから伸ばして取った。
「でも覚悟をして望むぐらい、勝算のある賭けなのよ。クライド。私は、あなたとの未来を一番いい形で、誰にでも誇れるような形で迎えたい。それが私があなたを愛していることの証明だから」
強くその手を握る。
彼が多くの人を守りたいと願って、その中でシェリルを一番に置いてくれて、きっと幸せにしたいと願ってくれていることを誰よりも理解している。
そしてシェリルも、そんな彼が誇らしくて、大切でそしてなんの負い目もなく彼のそばにいたい。
シェリルの言葉にクライドは、目を見開いて、そんな彼を安心させるように言葉を続ける。
「私の生まれは、とても大きなものを背負っている。それにこうだったからあなたに出会えてあなたに大切に思ってもらえて、私は今こうしている。だからそのすべてを否定して無視することはできない」
「……」
「けれどこれからを変えることならできるはず。それがきっと平等な形で偏りのない正しい形だと思うから。でも今は、昔の歪んでいてもよかった形に執着して、今まで通りの恩恵を受けるためにあたかも私と同じような立場の顔をして今までの契約を続けようとする人がいる」
それがルーファスの話を聞いてとても強く思ったことだった。
彼が次期国王として権力を握って暴論を振りかざしている間は、きっとその背負ったものから逃げることができない。
「だからこそ、賭けになっても変えたい。私はあなたが安心してそばにいてくれる未来が欲しい。いつも心配をかけてごめんなさい。でもけじめをつけないことには新しい道を切り開くことはできないと思うから」
「……それでも、心配だと言ったら? 俺は君のそんな強いところも好きだ。でも同時に苦しくてたまらなくなる。シェリル」
引き寄せられて、彼の膝の上に乗り上げるようにして抱きしめられた。
こんなに健康になったって、彼に抱かれるとすっぽり覆い隠されてしまいそうなことだけは変わることはない。
「なら、二日後、一緒に来てほしいのよ。クライド、そうしたらもしかすると彼には効果があるかもしれないから」
「君は本当にブレないな。悲観的になって涙を流すことも怖いと言って泣きつくこともしてくれないし。その逞しさが本当に俺は恨めしく思う」
「ふふっ、そんなことをしても呆れないでくれるなんて嬉しいわ」
「呆れることなんて、ないからそうなってくれ」
「善処するわね」
クライドはシェリルのことをきつく抱きしめて離すことはなく、ウィルトン伯爵邸に到着したあとも、そのまま抱き上げて屋敷の中に入ったのだった。
あなたにおすすめの小説
お言葉ですが今さらです
MIRICO
ファンタジー
アンリエットは祖父であるスファルツ国王に呼び出されると、いきなり用無しになったから出て行けと言われた。
次の王となるはずだった伯父が行方不明となり後継者がいなくなってしまったため、隣国に嫁いだ母親の反対を押し切りアンリエットに後継者となるべく多くを押し付けてきたのに、今更用無しだとは。
しかも、幼い頃に婚約者となったエダンとの婚約破棄も決まっていた。呆然としたアンリエットの後ろで、エダンが女性をエスコートしてやってきた。
アンリエットに継承権がなくなり用無しになれば、エダンに利などない。あれだけ早く結婚したいと言っていたのに、本物の王女が見つかれば、アンリエットとの婚約など簡単に解消してしまうのだ。
失意の中、アンリエットは一人両親のいる国に戻り、アンリエットは新しい生活を過ごすことになる。
そんな中、悪漢に襲われそうになったアンリエットを助ける男がいた。その男がこの国の王子だとは。その上、王子のもとで働くことになり。
お気に入り、ご感想等ありがとうございます。ネタバレ等ありますので、返信控えさせていただく場合があります。
内容が恋愛よりファンタジー多めになったので、ファンタジーに変更しました。
他社サイト様投稿済み。
辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。
コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。
だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。
それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。
ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。
これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~
スカッと文庫
ファンタジー
聖女アリシアは、百年に一度の大氾濫から国を守るため、禁忌の魔力全解放を行い、単身で数万の魔物を殲滅した。その代償として、彼女の美しい金髪は真っ白な「白雪色」に染まり、魔力は一時的に枯渇してしまう。
しかし、その功績はすべて現場にいなかった「偽聖女セシリア」に奪われ、アリシアは「結界を一部損壊させた戦犯」「魔力を失った役立たず」として、婚約者の王太子ギルバートから国外追放を言い渡される。
「失敗したゴミに、この国の空気は吸わせない」
泥の中に捨てられたアリシア。しかし、彼女を拾ったのは、敵対国として恐れられていた帝国の「武徳皇帝」ラグナールだった。彼はアリシアの白髪が「高純度の神聖魔力による変質」であることを瞬時に見抜き、彼女を帝国の宝として迎える。
数ヶ月後。アリシアが帝国の守護聖女として輝きを取り戻した頃、王国では「一度きりの奇跡」だったセシリアの魔力が尽き、本当の滅亡が始まっていた。
「今さら結界が解けたと泣きつかれても、もう私の魔力は一滴も残っていません」
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
偽りの家族を辞めます!私は本当に愛する人と生きて行く!
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のオリヴィアは平凡な令嬢だった。
社交界の華及ばれる姉と、国内でも随一の魔力を持つ妹を持つ。
対するオリヴィアは魔力は低く、容姿も平々凡々だった。
それでも家族を心から愛する優しい少女だったが、家族は常に姉を最優先にして、蔑ろにされ続けていた。
けれど、長女であり、第一王子殿下の婚約者である姉が特別視されるのは当然だと思っていた。
…ある大事件が起きるまで。
姉がある日突然婚約者に婚約破棄を告げられてしまったことにより、姉のマリアナを守るようになり、婚約者までもマリアナを優先するようになる。
両親や婚約者は傷心の姉の為ならば当然だと言う様に、蔑ろにするも耐え続けるが最中。
姉の婚約者を奪った噂の悪女と出会ってしまう。
しかしその少女は噂のような悪女ではなく…
***
タイトルを変更しました。
指摘を下さった皆さん、ありがとうございます。
【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~
ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。
長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。
心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。
そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。
そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。
レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。
毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。
レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく――
これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。
※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!