【R-18】17歳の寄り道

六楓(Clarice)

文字の大きさ
109 / 128
第17章、千晴編

【5】スタートライン

しおりを挟む
「うちの子が高校生の時にね、哲先生には本当にお世話になったの。人様に顔向けできないようなことばかりしてね。…結局高校は中退したんだけど、先生はその後も様子を見に来てくれたりして。うちの店と哲先生のご実家が近かったから、よく食べに来てくれたの。あの子の様子も気に掛けてくれてね」

私の知らない、先生の話。
女将さんは尚も話を続ける。

「うちに来られる時はいつも一人よ。先生があのマンションに越してきてからは、ほとんど毎日通ってくれてて。まあ、あのとおり自炊しない人だし、うちでお夕飯済ます感覚だったんだろうけどね……」

少し沈黙になり、女将さんは私に向き合った。

「――だからね。誰か支えてあげてほしいなって思ってたの。いろいろあると思うけど、あたしは応援してる」

女将さんの想いが痛いほど伝わってきて、喉の奥が熱い。

「おばさんの願いが重荷になったらごめんね」と謝られ、横に首を振ったら、安堵した表情で笑い返してくれた。

「それにしても哲先生ってば、こんな可愛い子泣かして、何やってるんだろうね~!お説教したい気分だわ!」
「ふふっ…」

誰かに、先生といることを認められて、こうやって励まされるなんて、思いもしなかった。
女将さんの励ましが不安を取り去っていく。

「また煮詰まったらおいで。二人で来てもいいし、一人で来てもいいし。でもその前に、ちゃんと話しなさいね。哲先生にも。わかってほしい人たちにも。泣くのは、それからでいいのよ」

ポン、と背中を押されて、心に新しい希望が灯る。

「ありがとうございました。また、来ます」

女将さんにお礼を言って、のれんをくぐり外へ出た。
軒下から、星が広がる夜空を見上げていたら、惣菜屋のシャッターを閉めている男の人がいた。
私が小料理屋から出てきたと気づいたその人は「ありがとうございます」と言う。

「ごちそうさまでした…」
というと、男の人は止めてあるバイクからメットを出し私に頭を下げた。

この人が、女将さんの息子さんかな?
フルフェイスのメットで、完全に顔がわからない。

その人はバイクに跨りエンジンをかけると、また私にぺこりと頭を下げ、バス停方面の道を下っていった。
私も、バス停方面に歩き出そうとして………立ち止まった。

やっぱり、帰れない。
一回顔を見てから、帰ろう。


バッグからスマホを出してみたら、先生からのメールが1件入っていた。

『もう家に着いたのか?』という一文。

いろんなものを背負って、追いかけられない代わりに、こうしてメールをくれているのかな。
……私のこと、逃したくないと思ってる?


私は、先生のマンション方面に歩き出しながら、スマホを耳に当てた。
先生はすぐに電話に出てくれた。

「まだ、バスには乗ってません。先生の家に戻ってもいいですか?」

そう言うと、先生の声色が変わった。

『どこにいたんだ、こんな夜中に』
「夜中ってまだ10時ですよ」
『夜は夜だろうが!』

ヤバい、さらに怒らせちゃった…!!
ヒールが折れそうなほどカツカツ走ってエントランスに着いたら、エレベーターから先生が下りてくるのが見えた。
私を見つけると、駆け寄ってきて自動ドアが開く。

「……心配させるな……!」

先生は焦ったように顔を歪ませ、私の腕を引っ張り、そこに留まるエレベーターへと進んだ。

「哲さん、ごめんなさい」
「……無事ならいい」

エレベーターに乗っても、先生はこっちを向いてくれない。

「哲さん…」

最上階のフロアに着き、手を引かれながら、廊下を歩く。
先生は何も答えてくれない。
ドアを開けて引き入れられ、そこでようやく先生が振り向いた。

「……すまない」

掴まれていた腕がゆっくりと離された。

「私こそすみません…めんどくさい奴で…」

立ち止まって項垂れていると、先生はスニーカーを脱いで部屋に上がる。

「めんどくさいのは知ってるよ。それでもいいんだ。俺も言葉が足りないから……ためずに思ってる事を言ってくれると助かる。……それと、夜はうろうろするんじゃない。襲われたらどうする」

「ここ、治安いいじゃないですか」
「俺が心配なんだよ」

ぐしゃぐしゃと頭を掻く先生に、少しときめきながらサンダルを脱いで、家に上がった。
怒らせちゃったけど、心配してもらえるのは嬉しい。

先生はまだお風呂に入っていなかった。
一緒に入りながら、おしゃべりをすることにした。

バス停に下る途中、女将さんが声をかけてくれて、お店でお茶をいただいたと伝えたら、先生は「女ふたりに何を言われてるかわかったもんじゃないな」と首を竦めていた。

「いい先生だっておっしゃってましたよ」

女将さんが先生に感じている恩が伝わってきて、心から幸せを願っているのがわかって。
先生は、照れているのか、何も言わなかった。

「……今日はずっと考え事してただろう。何か言いたいことがあるなら、今ここで言え」

ちゃぷ、と水面を揺らして、先生が私の前髪をすくった。
指越しに見える先生の黒い瞳が真っ直ぐに私を捕らえる。

「合鍵がほしいです……」
「…………そんな事か。」

平然と答える先生。

「そんなことー!?全然そんなことじゃないですよ!私にとっては!」
「ああ、すまない。……やっぱり、俺と付き合うのはやめるって言うのかなと思ってたから。キスしても嫌がるし」
「そんなこと言うわけ……」

反論しようと思ったけど、やめた。
私と同じように、先生も不安だったの?
そう思うと、きゅーっと胸が苦しい。
思いっきり抱きつくと、二人の顔にざぶんとお湯が掛かった。

「おい…」
「ごめんなさい…濡れちゃいましたね」

髪にお湯を滴らせながら笑い合い、吸い寄せられるように唇を重ねた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

放課後の保健室

一条凛子
恋愛
はじめまして。 数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。 わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。 ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。 あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。

兄の親友が彼氏になって、ただいちゃいちゃするだけの話

狭山雪菜
恋愛
篠田青葉はひょんなきっかけで、1コ上の兄の親友と付き合う事となった。 そんな2人のただただいちゃいちゃしているだけのお話です。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...