売れないミュージシャンなんだけど、追っかけのロリが「昔の曲の方が好きだった」とか言ってプロデューサー気取ってくる

平山安芸

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帰ってくれ、ロリっ子JCプロデューサー

21. 欲しいのはお互い様だね

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 お風呂から出て来た後、すばるんは「今日はもう眠いので」と俺からの謝罪を避けるようにベッドへ潜り込んでしまった。

 言葉以上にモノを言う態度が拒絶の二文字で事足りることは明らかで、俺もそれ以上は何も言えなくなってしまった。わだかまりを残したまま、隣の部屋の乱痴気騒ぎを背に長い夜が更けていく。


 翌日は早番だったので、まだ眠りこけている彼女に声も掛けず足早に家を出ることとなった。急遽出演が決まったとはいえ、大事な登坂スターダムのステージまでたった二日しかない状況でバイトに精を出す現状。

 幸い客足も少なく、分かりやすい怠慢が表に出ることは無かったが。仕事中も絶望に暮れる彼女の顔が脳裏を離れなくて、まるで集中出来ない。

 どこか心配した様子で「ホールの人数調整ミスっちゃったから、疲れてるならもう上がっていいよ」と声を掛けてくれた石井さんも、俺の変容ぶりをきっと見抜いていたのだろう。


「悪いな。急に押し掛けて」
「……別に。暇してたし」

 自宅へ戻るのも気が引けて。というより、彼女と顔を合わせる勇気が無くて。そのままバイト先からナオヤの自宅へ足を運ぶことにした。

 八宮駅から徒歩五分、七階建てのマンションにナオヤは暮らしている。自ら防音加工を施したというリビングは一人暮らしの彼にはあまりに広すぎる空間だ。


「……すぐ明後日でしょ。Club Doのライブ。こんなところで油売ってて良いの」
「スタジオ借りる金もねえし、家じゃあんまり大声は出せないからな。練習場所にはうってつけなんだよ」
「アレルギー、大丈夫かよ」
「近付かなきゃ問題ねえって。ギター借りるぞ」
「……ご自由に」

 ナオヤの飼い猫である黒猫の「カート」は散歩に出掛けているようだ。猫アレルギーの玲奈同様、俺たちがあまりナオヤ宅に近付かない理由の一つでもある。

 中古でも20万は下らない赤いボディーのジャガーを手に取り、昨日作ったばかりの新曲を練習。ナオヤもパソコンに向かいDTM用のキーボードをカタカタ。
 こちらも曲作りの真っ最中だったみたいだ。外に出る予定は無かったようで、見慣れない黒縁メガネを長い前髪が覆い隠している。


(そんなに悪い曲かね)

 すばるんには半ば言い訳のように話してしまったが、メロディーとアレンジ自体は決して悪くない。というより、結構気に入っていた。

 うろ覚えの歌詞を念仏のように唱えコードを鳴らしていると、ナオヤは椅子に座ったままクルリと回転しコーヒーの入ったカップを啜る。


「玲奈に楽曲提供でもするのか?」
「……いや、自分の曲だけど」
「なら辞めとけ。今どき珍しくもねえよ、そういう曲。没個性になるだけだ」
「んだよ、ナオヤまで」
「ハッ……同じこと言われたか」

 小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。すばるんに続き、ナオヤもこの曲はお気に召さなかったらしい……そこまで言われるほどの駄作なのか。


「二階堂。中々の評判だな」
「……えっ?」
「少し気になってな。色々情報探してみた…………新人潰しで有名らしいぜ」
「新人潰し?」

 スマホを雑に放り投げられ、慌ててキャッチ。巨大ネット掲示板のスレッドが開かれている。へえ、登坂Club Do専用のスレッドがあるんだな。


「『呼ばれたから出てやったのに態度が悪すぎる』『セットリストに口出しされる。指定した曲だけでライブをやれと脅された』『次の出演を断ったらあること無いこと風潮されて近場のライブハウス全部出禁になった』…………これマジ?」
「さあ」

 本当ならこの類のスレッドは会場の評判や出演するアーティストで盛り上がる筈なのに、頭からつま先まで二階堂への悪口ばかりだ。

 登坂スターダムの出演者と思われる者のタレコミが掲載されるたびに、スレッドは異様なまでの盛り上がりを見せている。ツブヤイターのリンクもあるな……あぁ、このアーティストなら知っている。俺の三つ上の先輩バンドだ。

 こっちも二階堂の名前こそ出していないが、明らかに彼への怒りを露わにした呟きを残している。ライブハウスの支配人としては致命的な評判の悪さだな……。


「これが本当の話だとしたら……」
「アーティストのことなんてちっとも考えてねえ、プロデューサー気取りのなんちゃってビジネスマンってところだな…………ヤル気無くなったか?」

 昨日本人から直接聞かされた話と、ネット上の評判から推測するに……軽薄でとっつき易い態度とは裏腹に、自分と登坂Club Doの名前を売るためならアーティストの心情など一切気を遣わない非情な男、ということになる。

 事実、二階堂は俺個人ではなく『Stand By You』という楽曲と、その凡庸性だけを高く評価している。それくらいは馬鹿な俺でも察しが付く範疇だ。

 恐らくスレッド内の告発でもあるように、Stand By You以外の持ち曲はやらせるつもりが無いのだろう。
 まぁこれでもギターの腕前は中の上を自負しているから、指定された有名曲のカバーくらい即興でこなせるとは思うが……。


「……ユーマ。お前、分かってんのか?」
「えっ……なにが?」
「二階堂に気に入られたら、間違いなく仕事もライブも増えるだろうよ。何だかんだ業界での顔は広いみたいだからな……でも、それだけだぜ」
「…………まぁ、な」
「篠崎佑磨じゃない何者にかはなれるかもしれねえ。けど、シノザキユーマっつうオンリーワンのミュージシャンはその瞬間死んだ同然……違うか?」

 二階堂の求めるアーティストとは、誰にでも受け入れられる凡庸かつ大衆然とした、まさに蒼樹涼のようなポップアイコンだ。俺とは正反対の存在。


 馬鹿みてえだな。本当に。こんな身も蓋も無い話、少し前までなら鼻で笑い飛ばしていただろうに。

 ナオヤもこう言いたいのだろう。こんな見え見えの罠に引っ掛かるな。そこは天国のように見えて、終わりの無い蟻地獄。そうだ。俺だって分かっている。

 分かってるけど。
 分かりたくねえんだよ。分かれよ。


「…………出るには出るよ。今からドタキャンする方が悪評に繋がるからな」
「……あっそ」
「観に来るか?」
「……最初で最後の晴れ舞台ってんなら、まぁ顔出してやっても良いけど」

 表情の変化こそ乏しいが、その姿には明らかな落胆の色が窺えた。けれど、彼も理解はしている筈だ。俺の音楽を認めてくれている一方で、それだけでは生活出来ない。未来は見えて来ないということを。

 余計なことは口にしないし、俺の悩み抜いて出した決断を尊重してくれる。すばるんと比較するわけではないが、しっかりと現実の見えている男だ。

 だからこそ、なんだけどな。

 お前のそんな顔、見たくなかった。
 させたくなかったのに、な。


「……暫くNew Portlandは活動休止だ。ギターもドラムも、今は必要ねえ。でも、曲は作ってる。飛び切り難しいリフ用意してやったからよ。ボーカルも、俺が歌うよりお前の方がずっと映える曲だ」
「…………ナオヤ……」
「……帰って来る場所は残しておいてやる。一応な。ただし条件付きだ。こないだも言っただろ……やれることだけやれよ。お前にしか、ユーマにしか出来ないことを」

 立ち上がりキッチンへと向かうナオヤ。思わずパソコンの中身が気になって、ふらつく足取りでテーブルへと向かう。

 新曲(仮)。ユーマ(保険)。
 そんなタイトルが付けられていた。

 お前、本気で俺とバンドを?
 それもボーカルは任せるって?


「…………勝手に見んなよ」
「でっ、でもナオヤ……!」
「同じこと何回も言わせんな…………明後日のステージ次第だよ。腑抜けたライブしやがったら、全部取り消しだ」

 眉を吊り上げ飼い猫カート用の飲み皿を用意する。すぐにカートが寄って来てナオヤの肩に乗り掛かった。
 厭味ったらしいほど絵になる光景だ。この部屋も、お前の生き方も。音楽も。俺には無いもの。俺みたいな人間じゃ、どう足掻いても手に届かないモノ。


 なんなんだよ。お前。お前なら、俺なんか居なくたってどうにでもなるだろ。自分一人で曲も作れて、技術もあって、他の誰よりも度胸があって。

 俺なんかに期待してる場合じゃないだろ。俺のことなんか、気にしてたって仕方ないだろ。俺の何が、そんなに気に入ってるってんだよ。教えてくれよナオヤ。


「これ以上俺を失望させるなよ。令和最強のロックンローラー、シノザキユーマ」

 さながらキメ台詞のように言い放つと、肩に乗ったカートも息を合わせるように撫で声を鳴らす。

 だから、玲奈にも言ったって。そんな奴どこにもいねえよ。仮にいたとしても、それは俺じゃねえよ。それだけは確かなんだよ。


 クッソ、くしゃみが出そうで出ねえ。
 猫アレルギーはこれだから困る。

 ついでに涙まで出てきそうだよ。
 ホントに困るよな、アレルギーって。

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