売れないミュージシャンなんだけど、追っかけのロリが「昔の曲の方が好きだった」とか言ってプロデューサー気取ってくる

平山安芸

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Outroduction

29. 暗闇の奥であなたに出会ったよ

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 登坂スターダムから約一週間が経った。

 結論から言うと、ライブをキッカケにこれまで過ごして来た三年間の貧相な生活が一変するようなことは無かった。
 週四ないしは五日のアルバイトは変わらず続けているし、入った給料の大半は家賃と光熱費、偶の飲み代でアッサリ消えていく。


 印象的な出来事と言えば、これまで誰からも陽の目を見なかったオリジナルソングの再生数が激増し、同時にYourTubeで公開された先のライブの映像が多くのコメントと高評価で溢れていること。

 まったく聴かれて来なかった「本命」たちが多くの人の目と耳に留まり、少しずつ。だが確実に数字を回し始めている。
 比例してスタバの再生数もグンと伸びているが、中には「この曲は外れだな」なんてコメントを残す者まで現れた。いったい今までどこに隠れていたのやら。

 あとは、なんだろう。SNSのフォロワーが倍増したくらいだろうか。ライブ後に呟く元気も無かったから、1000人を超えた辺りで確認するのは辞めてしまった。気休めにもならない、どうでも良いことだ。


 前述の通り、いくら数字が回ったからと言って俺の生活に何か影響を及ぼしたかと言えばそうではない。

 ライブの評判を聞き付けた音楽関係者から幾つかオファーも受け取ったが、そのほとんどは来月のブッキングだ。昨日の今日で出演が決まった登坂スターダムのようにはいかないのである。

 月末に予定された八宮waveでの定例イベントと、無駄に多いSNSのフォロワー数。これを除けば、どこにでもいる小汚い見た目をした普通の若者、篠崎佑磨。変わり映えしない現実。


「あっ……」

 片付けていた小皿を落としてしまい、不快な破裂音と共にその破片が地面へと飛び散る。思わず我に返り、慌てて片手に持ったトレーをテーブルに置いて残骸の回収。

 幸いゴールデンウィークが明けたこともあり昼過ぎの客足は鈍いもので、今日何度目かという凡ミスを大声で糾弾するような質の悪い客は見当たらなかった。
 が、すっかり気の抜けてしまった俺を店長の石井さんが見逃す筈もない。音を聞きつけスタッフルームから出て来た石井さん。両手に箒とちりとり。


「いいよいいよ。片付けておくから」
「す、すみませんっ」
「篠崎くん、どうしちゃったの最近。例のライブが終わってから魂抜けちゃった? 駄目だよ~仕事は仕事でちゃんとやってくれないと」

 もっともな言い分に首を垂れるほかない情けない自分。怒られているとは思えないナヨナヨとした態度に石井さんも声を荒げるかと踏んでいたが、次に出て来た言葉は存外に穏やかなもので。


「ごめん、今の撤回。休憩挟もっか。お客さん全然いないし。煙草取ってきなよ」
「え……でも、昼休憩ならもう」
「店長の暇潰しに付き合うのも立派な仕事のうちさ。ほらほら、一応この時間も時給は出てるんだから。駆け足駆け足」

 ホールへ出ていたカエデちゃんへ「暫く一人で回しといて~」と責任感の欠片も無い指示を飛ばす。一人は無理ですよ~! と泣きそうな顔をする彼女に心の中で謝罪を述べ、控室へ赴き煙草を取って戻って来る。


「スタッフのメンタルにも気を遣えなきゃ、一流のオーナーとは言えないからね。で、今度はどうしたの? 次こそ恋の悩み?」
「だから違いますって……」
「ならここまで落ち込む理由が分からないなあ。例のライブ、すっごい盛り上がったんでしょ? 僕もいよいよ気になってライブの映像見ちゃったよ。ホント別人だよね。カッコよかった。あれくらい仕事中も元気に……って、まぁそれは冗談として」

 嫌味でもなくニコニコと笑う石井さん。この人に口八丁で勝負を挑む気にはなれない。大人しく打ち明けた方が身のため、今後のためか。


「流石に一週間も死んだ顔で仕事されちゃ気になるって。ちゃんと話してみな。これでも一回り大人なんだから。バツ2だけど」
「信用足りねえなあ」
「まあまあ。それで、本当に恋バナ?」
「…………まぁ、遠距離みたいなモンすよ。俺はもっと近くにいて欲しいんですけど、向こうはそう思っていないみたいで」

 長ったらしい前置きになったが、要するに俺はすばるんのことが忘れられず、この一週間ずっと腑抜けたままだった。


 彼女と過ごした時間はゴールデンウィークのほんの短い期間。これまで一人で生活して来た三年間とはまったく比較にならない。
 だが同時に、彼女から与えられたもの。教えられたもの。そして失ったものの大きさに、嫌でも気付かないわけにはいかなかった。

 朝起きるたびに。バイトから帰るたびに。ナオヤ、玲奈との飲みから酔い潰れて戻って来るたびに。彼女がひょっこり帰って来てやいないかと期待して、勝手に裏切られてはため息を重ねる日々。

 恋煩いなどという単純な言葉で片付けられれば、こんな思いは抱かなかった。詩人を気取る癖に適切な表現が見つからないけれど。

 当たり前のモノが無くなってしまった。
 そんな感覚だった。

 あのステージを境に俺が俺となったのであれば。何者かになり得たのであれば。それはまるで意味もないもので、極めて不完全な何かに等しい。


「一緒に暮らすっていう選択肢は無いの? 確かに篠崎くん生活苦しそうだけど、これからドンドン売れていくんだし、彼女さんにも稼いで貰えればさ」
「そんなことさせられませんよ」
「もしかしてまだ学生さんとか? まったく、こんなとこばっかり一流のバンドマンだなあ…………うん、じゃあ篠崎くん。手伝ってあげるよ。佐々木さーん、ちょっとおいでー!」

 ホールを駆け回っていたカエデちゃんを呼び寄せる。何事かと不思議そうな顔をして、彼女は俺たちの座るテーブルへトコトコと歩いて来た。


「どうしたんですか?」
「カエデちゃん。篠崎くんが甲斐性の無さで悩んでいるみたいだから、ガツンと彼女らしく気合入れてあげて」
「ふぁい!? かっ、彼女!?」
「あれ? 相手佐々木さんじゃないの?」
「なっ、なに言ってるんですか店長ぉっ!? わたしと篠崎さんはこ、こここ、恋人とかっ、そっ、そう、そういうのじゃッ!?」

 顔を真っ赤にしてあわあわと手を振るカエデちゃん。そこまで全力で否定されても悲しいところだが、石井さんも石井さんで勘違いしていたらしい。ここはちゃんと訂正しないと。余計な火種が立ちかねん。


「石井さん、彼女じゃないんですよ。その……カエデちゃんなら分かるよね?」
「ふぇっ!? あっ、わ、わたしですか!? ごめんなさいっ、篠崎さんからそう言って頂けるのは凄く嬉しいんですけどっ、わたしまだ心の準備がぁッ!?」
「落ち着けって」

 パニック状態から中々抜け出せないようだったので、一度深呼吸させて改めてテーブルへ座らせる。
 店長とホール二人がサボっているこの状況。客にバレたらどうなることか。俺の責任じゃないし、別にいっか。

 これも良い機会と、カエデちゃんにもすばるんがゴールデンウィークで家へ帰ってしまったこと。それが原因で割かし落ち込んでいることをそれとなく伝えてみる。


「あ~、スバルちゃんが……だから篠崎さんあんなに落ち込んでたんですねっ」
「親戚の子かあ。いやあ篠崎くん、いくらなんでも中学生と恋愛はヤバいよ」
「だからそうじゃないですって」

 すばるんがゴールデンウィークの間に貢献してくれたおおよその内容を、結局ほとんど話してしまった。
 中学生の女の子に依存し掛けているという奇怪極まりない悩みにも、石井さんとカエデちゃんは真剣に耳を傾けてくれる。


「難しいねえ。その子にも自分の生活があるわけだし、篠崎くんのお世話ばっかりしている場合じゃないからなあ」
「お世話って……」
「似たようなものでしょ? そうだなぁ、土日の間だけこっちに来て貰うっていう妥協案もあるっちゃあるけど……」

 煙草をふかし天井を見上げる石井さん。厳密に言えば、それだけのことで解決するような問題ではない。
 すばるんが「本来の立ち位置を逸脱してしまった」と考えている以上、土日だけ顔を出してプロデューサーを気取るなんて考える筈もないからだ。


「つまり、その……篠崎さんには、スバルちゃんの存在がこれからの活動でも必要だって、そういうことなんですよねっ?」
「まぁ、そうだね」
「じゃあやっぱり、その気持ちをちゃんと伝えなきゃダメだと思いますっ。わたしもスバルちゃんのこと、ほんのちょっとしか知りませんけど……でも、知ってることも沢山ありますよ?」

 飛んで来た煙草の煙を手で払い除け、出処の石井さんは忍びなさそうに苦笑い。カエデちゃんは毅然とした態度を崩さず、このように話を続けた。


「スバルちゃん、本当に篠崎さんの音楽が大好きなんです。ライブが始まるまで一緒にいたんですけど、ずーっと篠崎さんの楽曲のここが良くて、ここが凄いんだって、キラキラした目で楽しそうにお話してましたっ」
「…………そう、なんだ」
「はいっ。きっとスバルちゃん、篠崎さんに迷惑を掛けちゃったんじゃないかなって、そう思ってるんだと思いますっ。そっか、だからライブが終わったときなにも言わずに……っ」

 そういえば二人とも一緒に会場まで来てライブを観ていたんだったな。カエデちゃんにも告げずに後にしてしまったのか。

 迷惑を掛けた……か。確かに否定し切るのもまた思うところがあるが、それを覆い隠すくらい彼女には沢山のモノを貰っているし、言い様によっちゃ深く考えすぎな気がしなくもない。


「とっ、とにかくですっ! ちゃんとスバルちゃんに感謝の言葉を伝える機会を作らないと、ダメだと思います! あのあと一度も連絡を取っていないんですよね?」
「まぁ、向こうも暫く連絡しないって言ってたし、なんか気後れしちゃって……」
「それじゃ「本当に自分は迷惑だったんだ」って逆に塞ぎ込んじゃいますっ! ゴールデンウィークの頃みたいに、一緒に生活するかどうかは置いておいて……ちゃんと伝えないとダメです! 少し強引な手を使ってでも!」

 興奮気味に語るカエデちゃん。背中に「ドンッ!」という効果音が透けて見えるようだ。こういうところは押しが強いんだよな……この子もこの子でよく分からんわ。


「もうっ、ステージではあんなにカッコ良かったのに、普段は女の子の気持ちも分からないなんて、ダメダメですよっ!」
「反論の余地もございませぬ……」
「まあまあ佐々木さん。ミュージシャンはステージでさえカッコよければそれで十分なのさ。あんまり追い詰めるようなこと言っちゃダメだよ」
「あっ……は、はいっ。すみません篠崎さん、ちょっと調子乗っちゃいました……」
「いや、別に気にしなくても……」

 ついつい言い過ぎたと落ち込むカエデちゃんを尻目に、石井さんはタバコの火を消し穏やかな瞳でこう結論付けるのであった。


「まっ、つまりそういうことだね。篠崎くんが本当にその子のことを必要としているのなら……面と向かってしっかり伝えてみることだ」
「……ですね」
「甘えていると捉えられてしまうのなら、もっと強くアピールするまでさ。バンドマンなんて女に甘えてナンボみたいな生物だろ?」
「それは肯定しかねますが」

 ほとんどカエデちゃんの受け売りじゃねえか、と毒を吐く気にもなれなかった。実際のところとっくに分かっている答えを突き付けられてはどうしようもない。

 となると、どうやってすばるんと再会するキッカケを作るか……現状ツブヤイターのDMでしかやり取りできないからなあ。どうしたものか……。


「すみませーん! さっきからピンポン押してるんですけどー!!」
「おっと、いけないいけない。二人とも、休憩はここまでね。篠崎くん、煙草片付けとくからオーダー取って来て」
「流石にリセッシュくらいさせてくださいよ」
「んなもん誰も気にしないから! 行った行った! あんまりサボると給料減らしちゃうよ!」
「アンタが付き合え言ったんだろ!」

 ヘラヘラと笑う石井さんであった。慌てて制服を着直し騒がしい大学生グループのテーブル席へ駆け付ける……。





「佐々木さん、本当に良いの?」
「へっ? なにがですかっ?」
「うかうかしてたらその中学生の子に取られちゃうんじゃない? 三、四年経ったら結婚出来ちゃう程度の年齢差だよ?」
「…………そ、それはっ……」
「怒りっぽく説教するくらいなら、自分が貴方を支えてみせますくらいのことは言ってやるんだね。これ、バツ2おじさんからのアドバイス」
「あ、あはははっ……」



*****



「……で、連れ出す口実を考えろと?」
「これ玲奈に対する挑戦っスかね?」
「ごめんて」

 バイト後はナオヤ、玲奈の三人で飲み会。ちなみにこの集まりには「定例会議」という謎の名称が付けられている。命名は玲奈。理由は知らん。興味も無い。

 バイト先から5分ほど離れたいつもの居酒屋が、俺たち三人の八宮waveに続く第二のホームグラウンドだ。ゴールデンウィークを過ぎても受動喫煙防止例を守る気は更々無い様子であった。


「随分アッサリとスランプから抜け出したもんだなと不思議に思っていたんスよ。はっはーん……JCに下の世話して貰ってりゃあしょうもない悩みも一発で消えるってもんっスよねえ……」
「だからちげえっつってんだろ」
「玲奈に手を出すような奴だしな……」
「なんでこの期に及んで掘り返すの? ねえ? 親友に下半身事情把握されてる俺の気持ちにもなって?」

 俺と玲奈が関係を持っていた時期もナオヤ含めて三人で連んでいたわけだから、当然俺たちの裏事情にもナオヤは精通しているわけである。

 今更ながらこの関係よくここまで続いてるよな。普通もっと拗れる筈なんだけどな。仮にも20代そこそこの若者なのにな。何かが達観し過ぎている。この集団。


「まあ、ユーマくんが生粋のロリコンであるということは一先ず置いておいて」
「自分がロリって自覚はあるんだな……」
「むしろ誇りに思っています。ロリ巨乳はステータスです。国宝です。むしろナオヤくんが一度たりとも玲奈の身体に関心を示さないのが不思議で仕方ないっス」
「興奮した日には腹を切る覚悟だよ」
「ホモなんスか?」
「言ってなかったっけ?」
「……………………え?」
「冗談だよ、冗談」
「あーービビったァー……」

 連携抜群のチームReNAであった。
 俺とコイツらの関係がそうなら、玲奈とナオヤが喧嘩の一つも無く仲良くしている理由がサッパリ分からん。水と油どころの話じゃないだろ。

 いや、メチャクチャ蚊帳の外だな。俺が相談持ち掛けてるんだからもっと真剣に聞け。期待してないけど。一応聞け。


「つまるところユーマくんは、すばるんちゃんにお熱で依存しまくりでもうどうしようもないってわけっスね」
「不愉快極まりない物言いであることは棚に上げるとして、まぁそうなるかもな」
「だったらやるこた一つじゃないスか。土日限定のプロデューサーでもなんでも良いんスから、関係をはっきりさせるところからっスよ」

 唐突なもっとも過ぎる提案に言い返す言葉も無い。普段はおちゃらけてばかりだが、こういう場面で急に真面目になるから嫌いだ。お前という奴は。


「……簡単だろ。ユーマ。前と一緒だ。お前がどうしたいか。何を必要としているか。それだけが重要なんだよ」
「……ごもっともなお言葉で」
「ったく、これからが大事だって時に腑抜けやがって……言っとくけど、自分のことだけ考えてる場合じゃねえぞ。New Portland忘れてんじゃねえだろうな」
「わ、分かってる……」

 妙に熱っぽい物言いに思わず尻込みする。偶にこういうこと言うからちょっと怖いんだよなナオヤ……ホモ疑惑出てもおかしくないヤンデレ臭醸し出してるぞ。気を付けろって。


「俺から言わせれば、まだまだ入り口に過ぎないね……これから先、お前はまた似たようなことで壁にブチ当たる。間違いなくな」
「……ナオヤ?」
「自分のやりたいことと、求められていることの乖離……今度は立場が逆転するかもしれねえぜ。お前の音楽が受け入れられ続ける保証はどこにもねえ……より深いところを求められて、また自分を見失うかもしれねえだろ」

 煙草の灰を落とし日本酒を煽るナオヤ。
 
 言わんとすることも分かる……俺が信条としているブルース、ロックンロールにしたって、まだまだ未完成。俺よりその手の類に精通しているリスナーは大勢居る。

 自分は「この辺り」で満足しているのに、もっと重くてコアな音楽を求められたら、今の俺では対処し切れないだろう。言うところの立場の逆転ってわけか。


「だから、一緒なんだよ。お前が大事にしているモノをちゃんと手に掴んで、離さないでいるのが重要だ。音楽も、例の子のこともな」
「…………そう、だな」
「明日土曜日だろ。無理にでも会いに行けよ。連絡付かねえわけじゃねえんだろ」
「それはそうなんだけど……」

 これに関しては石井さんとカエデちゃんに相談したときから進展が無かった。何が問題って、すばるんがこちらとコンタクトを取るつもりが無いんだよな。

 直接会って想いを伝えるだけならなんの苦労も無いが、そこへ至るまでの手段があまりにも少ない。ゴールデンウィークまではSNSを除いて面識さえ無かったのに。


「えっ、そんなの簡単じゃないスか」
「アイデアがあるのか?」
「アイデアもなんも、メチャクチャ単純な話っスよ。元々どういう関係だったんですか? アーティストとファン、それだけの関係っスよね? ならやることなんて一つしかないじゃないですか」

 こちらは焼酎を煽り早くも頬を赤く染めている玲奈。考えるまでもないと言わんばかりの口振りに、俺は思わず首を傾げた。


「ライブっスよ。ライブ。いつどのライブも必ず顔出してるんでしょ? 玲奈も見たことありますよ。後列右端でいっつもフード被ってるあの子っスよね」
「そうだけど……ライブっつったって、早くても次は月末だぞ? それまでタイミング窺えってか? そもそも終わったら普段はすぐに帰るような奴なのに……」
「ハァーっ、頭固いっスねーッ! なーんでブッキングされるの待ってるんスか! ライブの枠なんて自分で取りに行ってナンボっスよ!」

 自分で取りに行くと言っても……八宮waveの神田さんを除いてライブハウスの支配人に知り合いなんて居ないし、二階堂は以ての外だし。

 前述の通り、いくら逆オファーを出したところで急に出演が決まるほど世のライブハウスはアーティストに飢えているわけではない。どれだけ早く見積もっても月末の定例イベントが最速なんじゃ?


「……優しくないっスねえ。そこまで大事に想っているなら、なんで一人のためにライブしようとか考えないんスか?」
「…………一人のために?」
「場所や時間なんてどこでも良いじゃないスか。どのライブも必ず顔を出すんでしょ? だったらこっちの都合で幾らでもやり様ありますよ。路上ライブでも、ネット配信でも良いじゃないスか」
「そうは言っても……八宮じゃ路上は出来ないし、ネットじゃ直接話は出来ないだろ」
「だーかーらー! 頭が固いって言ってんスよ! アンタ、どこの誰に世話になってるんですか! あの神田さんの秘蔵っ子なんスよユーマくんは! ったく、手間掛けさせないでくださいよッ!」

 玲奈はスマホを取り出して電話を掛け始める。なんだなんだ、神田さんか? 何をするつもりだ?


「もしもーし愛しの肉便器こと相原玲奈でーす! えっ、相手した覚えない? おっとこれはうっかり。自分ロン毛の人は無理なんスよ。そもそも一人しか相手したことな……ああちょっと、冷やかしじゃないっスから! 真面目な話ですって!?」

「明日って定休っスよね? ちょっとハコ貸してくれません? 別に大した用じゃないんですけど……ああ、照明と音響? んなモン弄らなくて良いですよ。バイトさんもいらないっス。軽く遊ぶだけみたいな感じっスから」

「場所だけ貸してくれれば良いんスよ。え、何するつもりだって? それはユーマくんに聞いてください。取りあえずオッケーで良いんですよね? 良いんスね? はいっ、言質取った! じゃっ、詳しくはユーマくんへ! おつぽーんっス!!」


「……なに? どういうつもり?」
「これで場所はオーケーですね。あとは告知とか? DMで良いんじゃないスかね。ちょこっとフックの利いた感じで」

 自信たっぷりに鼻を鳴らす。よく分からないが、土曜日に八宮waveを貸し切ることに成功したようだ。
 もっと褒めろと言わんばかりに豪快に焼酎を傾ける。が、未だに自体を呑み込めていない俺を見て、玲奈は怪訝な表情で首をカクンと横に倒す。


「え、まだ気付かないんスか? 流石に馬鹿過ぎません? ワンマンライブ。観客は一人。一対一のスペシャルライブっスよ」
「…………それって……」
「これ以上、敵に塩を送るようなことをさせないでください。今の玲奈、酔っぱらってだいぶ馬鹿なことしてますから」

 自棄クソ染みた態度と共に煙草を取り出し火を付ける。女性が愛飲するには重たいセブンスター独特の香りが充満し、ため息と共に宙を舞った。


「……シャキッとしてください。今どきのロックンローラーはコンプライアンスにも気を遣わなきゃいけないんですよ」
「玲奈……っ」
「あー、ムリ。ヤバイヤバイ、飲み過ぎた……ナオヤくーんトイレぇー……」
「俺はトイレじゃねえ」
「じゃあ肉便器ぃー……」
「適当扱いてると帰るぞ」
「ごめんってばぁぁー……ッ!」
「ったく、吸い始めといて勿体ねえ……」

 一瞬でダウンしてしまった玲奈の肩を引っ張り、手洗いへと連れていく。一瞬だけ視線をこちらへ寄越し、意味ありげに眉を吊り上げるナオヤであった。


(すばるんのために……)


 初めてのワンマンライブ。
 観客は、彼女一人。

 いや、違うな。ワンマンライブならとっくに何度もやっている。あの時だってそうだ。観客はすばるんただ一人で。

 そうだ。あの時も。
 俺は同じことを思ったんだ。


 俺の歌を。ギターを。音楽を。
 彼女だけに届けるこの時間が。
 あまりにも楽しくて、愛おしくて。

 最高に心地良いって。
 そう、思ったんだ。


「…………すばるん……っ」

 そしてあのステージ。あの曲。
 俺は何のために、あの曲を歌ったのか。
 覚えている。忘れるはずがない。
 
 ただ俺のために。
 俺だけのために。

 そして、もはや俺自身も同然となった、他の何よりも大切な、お前のために。あの曲を歌おうって。捧げようって。そう思ったんだ。


 ツブヤイターを開いてDMを確認する。新たにフォローを許可したアカウントから、何件かライブの誘いが来ていた。
 それには一切目もくれずスクロールし辿り着いたのは、この一週間一度も動いていない彼女とのやり取り。

 もし、この想いが本物なら。
 このライブが、俺を。彼女を。
 俺たちの関係を、より明確に定義するのであれば。

 必要なことだ。
 少なくとも俺には。

 すばるん。お前はどうだ。

 俺も聴かせてやるから。本当の想い。
 だからさ。すばるん。
 ほんのちょっとで良いから、教えてくれよ。





『すばるん 様

 おめでとうございます。この度すばるん 様が明日土曜日、八宮waveにて開催される『シノザキユーマ Special One-Man Live』への抽選にご当選いたしましたので、ご連絡させていただきます。

 開演は夜18時となっております。チケット代、ドリンク代などは必要ございませんので、お時間だけは気を付けて足をお運びくださいませ。

 ご来場、心よりお待ちしております。
 シノザキユーマ』

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