俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第107話 女の子の年齢

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「ひ、酷いです! これでも私、生産年齢で言ったらまだ九歳なんですよ! それなのに二十一歳のシャーロットさんに負けるなんて、そこだけは納得いきません!」

 ヒステリックに喚くスクルドの口調はとても早口で、聞き流してしまいたくなるぐらい俺の精神へと甲高く響いていた。しかし、彼女の発言の中には耳を疑いたくなるような言葉が含まれており、自然と俺は両の目を瞬かせてしまう。

(……スクルド、今なんて言った?)

「え、納得いきません」

(いや、もうちょっと前)

「負けるなんて」

(それよりも前)

「二十一歳のシャーロットさんに」

 正直な所、聞き間違いとも考えたのだが俺の耳は正常だったようだ。

(……それ、マジか?)

「はい」

 念のためにと改めて尋ねてみたが、スクルドの口からはやはり肯定の返事が帰って来る。ここに来て明かされた更なるシャーリーの真実に、俺の鼓動は高ぶり始めていた。

(……シャーリー?)

「……女の子に……年齢……聞かない」

 それでも半信半疑だった俺は本人にも直接尋ねてみる。俺の質問にほんのりと頬を上気させそっぽを向く幼女の反応を見るに、どうやら本当のことらしい。うん、そういうわかりやすくて可愛いところ、俺は大好きだぞ。

 そんな彼女が落ち込んでいるように見えるのはきっと、この見た目で二十一なんて幻滅された! とか、男の人って年上嫌いだよねなんて心配してのことなのだろうが、俺の場合はむしろ逆だ。

(スクルド、良いことを教えてくれた。ありがとう)

 今まで俺はシャーリーのことを同年代、もしくは年下だとずっと思い込んでいた。そのせいで、彼女から度々感じる大人の色香にいちいち戸惑いを覚えていたのだが、これはもう迷わなくて良いってことだよな。だって年上なんだぞ! 年頃の男子が年上のお姉さんの色香に翻弄されるのは当たり前で、俺が彼女へと抱いていた感情はバブみなんかではなく、年上に甘えたいという純粋な欲望だったんだから! ……こう言うと、それはそれで問題しか無い気もするが。

 とは言え、これで俺はロリコン大佐や首の折れる音の人のように、年下に母を投影するような変態とは違うことが証明された。年上最高! ……って、この発言もだいぶ問題か。なんか年上にしか興味無いように聞こえるし。

 大丈夫ですよ、僕はKENZENな男子なんで下から上まで守備範囲はとても広いんです。……なんか、ドツボにはまってる気がしてきた……いったん仕切り直し! それに、心の中で喜んでる場合でもない。シャーリーにこの気持ちをしっかりと伝えて安心してもらわないと。

(シャーリー……)

 彼女の名前を呼んだ瞬間、何故かそこで俺の言葉はピタリと止まってしまう。こういう時に何と言ったら良いのか気の利いた言葉が思い浮かばなかったのだ。

 好きになった女の子が見た目と違って年上だった! という流れはともかくとして、付き合い始めた彼女が年下だと思っていたら実は年上だったでござる。なんてパターンはそう多くはないし、こういう時って自然と受け入れるイメージが強いせいか、言葉として伝えるにはどうしたら良いのか俺にはさっぱりわからない。

 人間の体さえあれば今すぐ彼女の体を抱きしめ耳元で、関係ない、俺はシャーリーが大好きなんだ。愛してる。なんて囁やく事もできるけど、そういう小手先を踏まえた必殺技は今の俺には不可能だからなー。

 ならどうする? どうしたらいい? ……そうだ、思ったとおりの言葉を伝えよう。人間、誠心誠意伝えればきっとわかってくれるはずだ。よし、レッツトライだ!

(シャーリー。俺、年上大好きだから)

「……う、うん……ありが……とう」

 誠心誠意真面目にとは言え、どうやらストレートに伝えすぎたようである。言葉を濁すようなこの対応は若干引かれている気がする。自業自得ではあるのだが、なんだか自分を否定されたようで今までで一番心が痛い。

 彼女の仕草一つでこんなにも胸が苦しくなる。シャーリーという存在が俺の中でどれほど大きくなっているのかを感じた瞬間だった。

「先輩!」

 そんな心の変化に俺が打ち震えていると、まるでシャーリーを守るように俺との間に割り込んだ天道が、怒りをあらわにしながらこちらへと近づいて来る。

「あのね、女の子はナイーブなの。だからね、無闇に年齢に触れちゃだめなんだよ」

 彼女の表情は珍しく真剣で思わず尻込みをしてしまう。

「先輩は優しいけど、変にデリカシーにかけてるんだから。そういう所、もっと気をつけてよね!」

「あ……アサミ……大丈夫……だから」

 その、あまりに真摯な態度で俺を叱りつけてくる天道の姿に守られているはずのシャーリーがおどおどしながら止めに入ってくるという、なんとも不思議な光景が俺の目の前では繰り広げられていた。

 天道の心境としては、シャーリーはライバルだし俺のことは好きだけど私は女の子の味方、というスタンスなのだろうか。うーむ……女の子って難しい。

 それに、なんだか凄く怒られてるけど話を持ち出したのは俺じゃないし、二十一なんて全然若いと思うんだけどな。俺から言わせたらこれからどんどん良い女になっていくんだし、この状況で自分の彼女が年上っていうのはぶっちゃけ安心できる……すまん、ちょっと甘えが入った。

(とにかく、この話は終わりだ終わり!)

 だだ、このまま泥沼化されても困るので、この話はここで切り上げることにした。出だしが一体何だったのか完全に忘れてしまった感はあるが、まあよしとしよう。

「あの……トオル様?」

(ん? どうしたスクルド、まだ何かあるのか?)

「えと、えっとですね……」

 今までの状況を考慮してなのか、ビクビクと慎重に声をかけてくるスクルドに対し度重なる心労に疲れ果てていた俺は、その程度のことにも配慮することができず物凄くけだるげな声を上げてしまう。そんな俺の声を聞いたスクルドは、怒られたと勘違いしたのか泣きべそをかき始めた。

 泣くのを我慢する彼女の姿を見て今日はとことんやらかしちまってるなー、なんて思ってしまった俺は、自分の顔……は叩け無いので心の中で一度よしっ! と気合を入れ直し彼女に優しく声を掛ける。

(あー、すまない。ちゃんと聞くからそんな顔するな)

「わ、私、私……私、トオル様のために持ってきたものがいくつかあるんです! ちょ、ちょっと待っててくださいね」

 だが、それはそれで彼女に気を使わせてしまったらしく、スクルドは泣くのを我慢すると胸ポケットからスマホのような見た目の小型電子端末を取り出し、急ぎ取り繕うかのように必死でパネルを叩き始める。その眼力だけで人を殺せそうな彼女の鬼の形相に対して、俺は怖さよりも申し訳無さがこみ上げて来ていた。

 シャーリーと過ごし、天道にいじられ、少しは女の子に慣れたつもりだったけれど、やっぱりリアル女子ってどう扱ったらいいのか本当にわからぬ。例えそれが異世界の少女だとしてもだ。

「あ、それヘルヴォルさんも使ってたけど、タブレットみたいなもん? 世界観的には全くもって似つかわしくないけど」

「これはですね、トオル様達の世界に存在する……えーっと、でんしきき、でしたか? 言いなれない言葉は難しいです……あっ、ごめんなさい。それとは違いまして、魔導具の一種なんです。形は似ていますが、主な使用目的はアイテムの保管や取り出しであって、わかりやすい例えとしては、四次元から道具を取り出す青い――」

(よくわかった。スクルド、そこまででいい)

「あ、はい」

 途中で言葉を遮られ何をそんなに慌てているのかわからない、という表情を見せるスクルドなのだが、机でタイムワープするあれと、新しい顔の人と、ネズミの王様の話題は色々と厄介事になるので止めていただきたい。それに、電子機器がスラスラ出てこなくて、なんで猫型は大丈夫やねんと。

「下界だとやはり魔力の量が不安定ですね……すみません、少々お待ちいただけますでしょうか」

(おう)

 どうやら、彼女のやろうとしていることは少しばかり時間がかかるようだ。それならばと、その間に俺は天道が言っていた気になる名前の人物について尋ねてみることにした。

(そう言えば天道、そのヘルヴォルさんってのは誰だ?)

 戦乙女の中にそんな名前のお方が居たような気がするが、創作物に登場する機会が少なくどうにも印象が薄い。ぶっちゃけ、あっているかの自身もないぐらいだ。

「えーっとヘルヴォルさんはね、私を……殺してくれた人だよ! ってのは冗談で、こっちの世界に私を転生させてくれたヴァルキリー様だね」

 ヘルヴォルという人が戦乙女であるという認識は間違っていなかったようだが、それよりも殺されたなんて言葉を嬉しそうに言わないで欲しい。それが例え冗談であってもである。彼女にとってその行為は、俺と自分を引き合わせてくれたとても慈悲深い物だったのかも知れないが、俺にとっては彼女を殺してしまったというただの負い目でしか無いのだから。

「そうでした、ヘルヴォルから伝言を預かっていたのを忘れてました。私が未熟なばかりに正しく転生させてやれず本当にすまない。機会があれば何かお詫びをしたい。と、謝ってましたよ」

「もう、ヘルヴォルさんといい先輩といい、無駄に律儀なんだから。サキュバスっていう体質のおかげで合法的に先輩に迫れるんだから、むしろ大満足だよ!」

(あんまり調子に乗りすぎると置いてくぞ。なっ、シャーリー)

 そんな俺の心境も知らず笑顔で図に乗り始める天道に対し、俺はしっかりと言葉で釘を刺す。その雰囲気が彼女にも伝わったのか、俺の隣へと回り込んでいたシャーリーも天道へ向けて深く頷いた。

「それだけは、それだけはご勘弁くだせぇ」

 そんな俺達の態度に、天道はむせび泣きながら俺の刀身へとがっちりと抱きついてくる。なんだかこれすらも彼女の計画の内なのでは? と勘ぐってしまうが……はぁ、女の子の涙ぐらいは信じてやるか。こいつのだけは一番信じちゃいけない気もするけど。

「これでよしっと。おまたせしましたトオル様。まずはこちらをどうぞ」

 どうやら天道と遊んでいる間にスクルドの準備が整ったようである。
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