俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第121話 命の重さと抱えるリスク

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「そもそも、女の子って十六で結婚できるのに、十八歳までそういう行為が駄目ってのもおかしな話だよね」

 また話が脱線して……って、あれ? 俺たちは今子作りの話をしてて、年齢に関係のある話題もしてたから……まともに会話が進んでいると解釈して良いのか? ……うおぉぉぉぉぉ! こいつと会話してると色んな意味でおかしくなりそうだ!

(ああ、それに関しては結婚してれば問題ないらしいぞ)

 そして悲しいかな、それに真面目に付き合ってしまう自分が憎い。

「ふえ? そうなの?」

(うむ、欲望を満たすためだけの行為がまずいらしい。それに、女子の結婚年齢だってもうじき十八に引き上げられるらしいしな。あと、妊娠適齢期は二十前後からで、十代の出産は体への負担がかなり大きいらしく、そのせいか元服……今で言う成人式みたいなものが十二から十六の間で行われていた時代ってのは、命を落とす母親や胎児がかなり多かったんだってよ。まぁ、医療設備の問題もあったらしいが)

 俺のわかる範囲で結婚や妊娠、出産なんかについて説明してやると、天道は驚きながらも口元をニヤつかせ、鍔にはめ込まれている宝玉部分をまるでいじめるかのように激しくつついてくる。

「へえ、無駄に詳しい。さっきのうさぎ系男子の話題といい、先輩って地味にものしりだよね」
 
(悪かったな地味で)

 そんな彼女の行動がなんだかとても気に食わなくて、俺はつい拗ねた態度をとってしまう。

「もう、褒めてるんだから、拗ねない拗ねない」

(そう聞こえないから拗ねてんだよ)

 こいつの場合悪気がないのはわかるんだが、言い方に含みがあることが多いんだよな。今のだって普通に驚いてくれれば良いものを、からかうような態度をとるから素直に喜べないわけで。

 そもそも、同い年とは言え後輩を自負するんだったら、もっと俺を敬うような献身的な態度で接していただきたい。今の関係だと、まるで彼女の方が年上のように感じてしまう。

 ただ、俺は女の子じゃないから、そういう体への負担とか痛みってのは想像でしかわからないし、その他の事だって知識としてのらしいでしか語れない。経験則でない以上、地味って言われるのも当然なのかも。

 それに、この辺の知識だって二次エロへの探究心というか、二次で可愛らしく喘ぐ女の子達を見てる間にふと疑問に思って調べたわけで……ほんと、ろくなとこから知識吸収してないよな俺。声を大にしてだけは絶対に言えん……

 なんていう、はたから見なくともわかる変態丸出しな思いを抱いていると、先程まで俺をツンツンしていたはずの天道さんがおもむろに両目を輝かせつつ、猛烈な勢いで自分の体を擦り寄せてきた。

「でもでも、先輩の話を要約すると、欲でなく結婚を前提とする愛があれば問題ないってことだよね」

(ま、まあ、その。細かい事を含むと色々と面倒なんだが、少なくとも俺達ぐらいの年齢ならそういうことになるんじゃないか)

 彼女の圧に気圧されながらもなんとか俺はそう答える。そして、法律ってのは中々厄介で、細かな矛盾が存在するから一概に大丈夫と言えないのが怖い所。他国での常識まで考えるとキリがないぐらい多種多様だし……ってか、刀身に肩を擦り付けるな。目の前に腕が広がる光景とか、顔面グリグリされてるみたいで怖いんだよ。

「そうだよね。それに、私達は十八だから愛さえあれば何の問題も無しと。それじゃあ先輩……私と、しよ?」

 そしてコノザマ、もとい、爽やかな笑顔である。一点の曇もないその笑みは彼女の決意を感じさせ……させたからと言って、イイハナシダナーみたいなノリで承諾するわけにはいかない。今の俺はシャーロットの彼氏なのだから。

(しません)

「えー! 先輩が望むこと何でもしてあげるよ! 口でもいいし、パフパフでもいいし、座るのだって。なんなら、心を鬼にして足でぐりぐりするよ! あ、でも、いきなり直はちょっと……私も初めてだから、心の準備というか、体の方の準備もあるし」

 天道からの嬉しい誘惑をきっぱりと断れた自分を褒めてやりながらも、続けて行われる彼女の怒涛のアピールに俺は呆れることしか出来ない。

 こんな彼女を見ていると、言いたい放題好き放題で人生楽しく生きてます! ってのが伝わってきて、もっと素直になれたら俺もずっと笑顔でいられるのかな、なんて思ってしまう。正直羨ましい。

 でも……これはもし、本当にもしもの話だけど、彼女が望むように俺とこいつが繋がって、子供なんてものが出来てしまったら、彼女はいったいどうするつもりなのだろうか。

 これは別にやましい気持ちから出てきた疑問ってわけじゃなくて、戦うことを強いられている今だからこそ思ったんだ。その行為と代償が俺たちにとってどれほど重くのしかかって来るのかという事を。

(なあ天道。お前がサキュバスなのも含めて隙あらば既成事実を作りたい気持ちもわかるが――)

「え! やっぱり気が変わったって!?」

(……人の話は最後まで聞け)

「はーい」

 くっ、まさか前置きで飛びつかれるとは。話の腰をこうも簡単に折られると、キラキラ輝く彼女の笑顔が忌々しいとすら思えてくる。それにこいつ、興奮と喜びのあまり周りが全然見えて無くて、俺の気持ちとか一ミリも考えてねぇのがよくわかった。まぁ、俺としては心を読まれないほうが動きやすい……いや、これはこれで対処が面倒か。忌々しいって言ったばっかりだしな。

 結局の所、いじられてウザいか、騒がれてウザいかの二択しか俺にはないってわけだ……諦めて話を戻そう。

(気持ちはわかるが、仮にそういう行為に及んだとして、もし本当に子供なんかできたらどうすんだよ?)

「最高じゃないか!」

 子供ができるという言葉に反応を示したであろう天道は、意味不明な踊りを披露し俺を困惑させる。彼女の神速の反応に軽く恐怖を覚える中、寝ている二人は……大丈夫、起きる気配は無さそうだ。シャーリーが疲労でぐっすり眠っている事と、スクルドの寝付きが良い事に俺は今晩感謝するよ。そして、こいつが子供を宿す事に対し深く考えてないのもよくわかった。

 だけど、裏を返してみれば、とっさに言葉が出るぐらい無条件で俺の子供が欲しい、そう思ってくれてるってことでもあるんだよな。それはそれでやっぱり嬉し……はい! 流されない! 当の本人は先輩の子供、えへへ。なんて言いながらトリップしっぱなしだし。ここはガツンと現実の厳しさを教えてやらないと。

(だけどな、よく考えてみろ。その場合、これからの旅には付いてこれなくなるんだぞ?)

「え!? なんで!!」

 ほんとにこいつ幸せなことしか考えてない。目の前で両目を見開く彼女を眺めながら俺はそう思った。そりゃ女の子には笑顔でいてほしいけどさ、ここまで能天気だと複雑過ぎて泣けてくる。

(おまえなぁ、子供が心配だからに決まってるだろうが。俺達は自由気ままに海外旅行してるわけじゃないんだぞ!)

「そりゃそうだけどさ。別に、子供がいたって戦いぐらい……」

 そんな彼女へ真剣に怒りをぶつけると、俺がいったい何を考えていたのかやっとの事で気づいたらしく、天道の表情に焦りの色が浮かび始る。

「だ、大丈夫。ほら、私が攻撃受けなきゃいいだけの話で何の問題も――」

(これからの戦いが、そんなに甘いもんだって思ってるのかよ)

 それでも、頑なに大丈夫と主張してくる彼女の姿に、言いようのない憤りの感情が湧き上がった。

 安全を語るだけなら簡単だ、誰にだってできる。けれども、俺達に敷かれたレールは決して楽な道のりなんかじゃない。だってそうだろ? 痛快最強俺ツエーな何でもできる主人公みたいに、目の前の状況をあっさり覆すような力、俺には与えられていないんだから。

(別に、お前の力を信用してないわけじゃない。もちろんシャーリーも強いし、スクルドも……戦ってるとこ見てないからあれだが、たぶん強いと思う。でも、相手は俺達と同等、もしくはそれ以上の奴らで、何が起こってもおかしくないって俺は考えてる。最初から負けを見据えるダメな男と笑ってくれて構わない。それでも俺はお前の事が、お前達の事が心配なんだよ。だって俺は、今の俺は、どうあがいても皆を頼ることしか出来ないんだから。もちろん、全力は尽くす。全力で皆の力になる。けどさ、俺一人の意志じゃ守ってやれないんだ。数メートル先でお前が豪腕に襲われようとも、鋭い切っ先がお前の腹部を狙ってても、俺はただ指を加えて見てることしか出来ない。だから……)

「先輩……」

 それはまるで、何も出来ない自分への言い訳のように聞こえて、本当に情けなくなる。

 少し前の俺は、力さえあれば何でもできると思っていた。無力じゃ誰も助けられない、だから力が欲しいって。だけど、力を手にした所で何も変わってない。むしろ、見方によっては酷くなったまである。力があろうとそれを有効に使えない事がこんなに苦しいなんて、考えたこともなかった。

 でも、冷静になれば当然なんだよな。無力だった自分が力を得て、三人の美少女に囲まれている現状への代価と考えれば自分の身一つ差し出すぐらい……むしろ、少なすぎるとも言える。そうか、そのための命か。そこまで見積もれば合点がいく。俺は、彼女達と出会うために人間であることを辞めたんだって。

 募る思い、やりきれない気持ち。でも、それが決して嫌なわけじゃなくて……それでも、整理のつかない感覚が心の奥から溢れそうで、温もりが欲しくてたまらなくなる。

 剣と人との狭間を生きる今の自分が壊れてしまいそうで、繋ぎ止めて欲しい。誰かに抱きしめてもらいたい。言葉には出来ないけれど、そんな想いが胸中に渦巻いたその瞬間だった。まるで全てを理解しているかのように、天道の腕が、体が、俺の全身を包み込む。

「ごめんね先輩。本当にごめんなさい。でも、そこまで私のこと考えてくれてて、嬉しくてちょっと涙出てきた」

 すぐ悩んでしまう俺みたいな男には、感情的で止まることを知らない、こいつみたいな女の子が側に居てくれると凄く助かるのかも。なんて、シャーリーに聞かれたらこれ、半殺しじゃ済まないやつだけどな。

(俺はさ、そういう行為を悪だとは思ってない。それがなきゃ俺達だって産まれてきてないんだから。ただ、リスクを考えて計画的に行うべきだって思うんだ。だから、今すぐお前の気持ちには答えられない。もちろん、シャーリーに頼まれても同じことを言うと思う。そのぐらい真剣に、俺は彼女シャーロットの力になりたいんだよ。そりゃ俺も男だし、邪な気持ちはあるけどさ……わかって、くれないか?)

「……うん。先輩の真っ直ぐな気持ち受け止めたよ」

 そんな想いを抱えた言葉は彼女の心に響いたらしく、更に強く俺の体は抱きしめられ、その優しさが痛いとすら感じられた。

 それから一分ほど彼女の口から声は聞こえず、抱きしめている腕の力も一向に弱まる気配がない。こんなに長い時間無言で抱きしめられるなんて体験シャーリーにすらされたことがなかったから、正直恥ずかしく早く終わって欲しいと思ってしまう。だって俺は、死ぬほど女の子が大好きで、死ぬほど女の子が苦手なんだから。

 そして、天道の口が開いたのは、この状態がいつまで続くのだろうと考えはじめたそんな頃だった。
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