俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第169話 前哨戦 ~口撃・後編~

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「それで、魔導砲を使って何をしようっていうの? あいつとは何か関係あるわけ?」

 これ以上話すことなんて何も無い。そう考える俺とは対照的に、彼女は会話を続けようとする。怒りの感情が大きいせいか、彼女が何を考えているのか理解できない。もしかして、暴走している? 

 頭に血が上りすぎて、言葉が止まらないのでは? と不安になる一方、彼女の目は真剣に奴を捉えていた。だから大丈夫。

 俺は彼女を信じているから、任せることに決めた。

「やれやれ、質問の多いお嬢様だ」

「なんなら、聞く前にぶった斬ってあげてもいいのよ? でも、言いたいんでしょあなた? そういう顔、してるものね」

「なるほど、貴方なりのサービスと言った所でしょうか。では、お言葉に甘えまして――」

「待って。それだけでいいの? どうせならもう一甘えして、口調も変えてみてはどうかしらね? 魔神さん?」

「……ふむ、見抜かれている、と」

 魔神。挑発にも似た彼女の言葉に、男の表情が引き締まる。本日二度目となるイケメンの険しい表情。いや、ここまでギラついた目をしたのは、これが初めてだ。

「当たり前でしょ? ベリオル……いえ、ベオウルフが歯の立たない相手なんて、魔神ぐらいのものですもの」

「なるほど、それだけ信頼なされていたと言うわけですね。かしこまりました……じゃあ、こんなもんでいいか? 姫さんよ」

 男の口調と共に空気が変わる。ナベリウスやゴモリーの時と同じ、もしくはそれ以上の威圧感。魔神独特の気配が辺り一帯を包み込む。

 目の前の男は魔神。やはり、シャーリーの感覚は正しかった。まてよ、もしかして彼女は、これを引き出す機会を伺っていたんじゃ……

 こういう男には、素直に聞いてもはぐらかされるだけ。それを見越して彼女は挑発を繰り返し、隙を探っていたと考えれば今までの行動に辻褄が合う。流石シャーリーだ! 俺なんかじゃ思いつかないことを平然とやってのける。

 機転溢れた彼女の行動に、俺の心は高鳴りを感じていた。

「まっ、オレの方も飽き始めてた頃だからな。こっちとしても丁度いい。で? あいつってのは誰の事だい?」

「とぼけないで! お父様を殺した、あいつのことを言ってるのよ!」

 だが、のんきに喜んでもいられない。相手が魔神である以上、これは彼女の復讐、国一つを賭けた仇討ちでも在るのだ。俺も気合を入れ直さないと。

「ああ、あいつとこれは関係ない。オレがただ、恩を売りたいだけだ」

「恩?」

「なんでも、王都を奪還した際に何か失敗したらしくてな、上手く事が運んでないらしい。そこで考えたわけだ、街の一つも吹き飛ばせば、あれに恩を売れるんじゃないかってな」

「街……って、まさか!?」

「そこにある港町をなぁ、吹き飛ばしてやろうと思ってよ!」

(港町って……!? スルスカンティーヌをか!!)

 魔神の言葉に俺達は戦慄する。楽しげに歪む笑みに、冷や汗が止まらない。ベオウルフさんだけでなく、セリーヌさんやクロエちゃんまで、この男は殺そうとしているんだ。

「そんな、そんなことのためにこんなものを……あなた達は、この国を滅ぼしたいわけ?」

 あまりの衝撃に、シャーリーの声が一際荒く激しいものへと変化していく。怒りの念が抑えきれず、今すぐにも爆発しそうだ。

 もし俺が人間だったら、我慢を続ける彼女の背中を力一杯抱きしめる。そうする事で、怒りや痛みを分かち合いたい。でも、今の俺にはできなくて……それだけがもどかしい。

「待て待て、そんな事とは心外だな。オレはオレなりに、この国の利益について考えてるつもりなんだぜ?」

「りえ……き?」

「あぁ、話によるとスルスカンティーヌは試験的に自由貿易に取り組んでいるらしいじゃないか、そういった場所には他国からの膿や癌なんかが、自然と流れ込んでくる。だが、そんなもんに対応してる余裕はこの国にはない。まっ、あってもやらねえだろうけどな」

「そんなこと――」

「そんなことあるのさ。人間ってのはな、自分に利益のある事しかやらねぇ。金持ちってのもそうだ。自分の地位を守るのに必死で、他人を平然と蹴り落とす。その小さな歪みがどれだけの人間を不幸にするか、脳みそお花畑なあんたみたいのにはわからないんだよ」

 シャーリーが戸惑いを見せる中、論理を展開していく魔神。奴から感じる威圧感は、ナベリウスのような物理的な凄みじゃない。こいつには何かがある、そう思わせる言葉の羅列。どちらかと言えば、シャーリーと同じ怒りの念に近い。

「ち、違う! 確かにあなたの言う通り、自分の利益だけを追求する人もいる。でも、そんな人ばかりじゃない! 誰かのために何かができる人だって沢山――」

「現実はそうじゃない。戦いだけが取り柄の脳筋姫様にはわからないんだろうな、この国も十分腐ってるって事がよ。あんた、政治のせの字も知らないだろ?」

 奴が話した内容、その全てを否定することはできない。金や物の集まる所には、ずる賢いやつも必ずやってくる。それは事実だろう。だが、話の通じなさではお前も一緒だ。奴の目は完全に逝ってる。それだけ怨みつらみが有るのだろう。そして、どれだけクソな理由であろうと、信念を持ったやつは強い。油断はできないな。

「少し熱くなりすぎたか。まっ、そんな事はどうでも良いとして、だ。ワールドワイドなあの街を、突然薙ぎ払ってやったらどうなると思う? 他国を土足で踏み荒す小悪党共が、皆まとめて綺麗に蒸発。この国は平和になるってすんぽうさ。そして、蒸発する様を見たオレもハッピー。言わばギブアンドテイクって事で、何も問題は無いだろ?」

「……貴方、ふざけてるの? 関係の無い人間まで巻き込んで、何が平和だって言うのよ。何が問題無いって言うのよ!」

 悪を制するためなら、何をやっても問題ない。めちゃくちゃな男の言い分に、シャーリーが吼える。

「国の粛清において、小さな犠牲はつきもの。数万人の命で数百万人が救われるんだ、感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないと思うが?」

 そんな彼女の発言に、男は挑発的な笑みを返す。

「私は認めない。小さな命を犠牲にして、得られる平和なんてあるわけない」

「やれやれ。王女たるもの、少しは考えて発言して欲しいね。その小さな命を、既に犠牲にしてんだよ。あんた達はな!」

 そして流れる静寂……二人の議論が終わったことを意味しているのだろう。話を最後まで聞いて、正直俺は何も言えなかった。たぶん、両者の主張はどちらも正しい。

 小さな国を急速に発展させるためには、他国の力が必要だ。しかし、小さく純粋な故、漬け込まれることも度々ある。外来種が在来種を食い尽くすように、上手く間引かなければ国の生態系そのものが崩壊するってわけだ。そのために手を打つ……極論だが間違いじゃない。

 そして、奴にとって金持ちや貴族と言うのは、嫌いな人種なのだろう。俺達オタクが毛嫌いされるように。それら全てを焼き払いたい、その気持もわかる。俺だって、リア充爆発しろとか、妬みに狂ってみんな氏ねばいいのに、ぐらいの事は考えたからな。綺麗事は言わない。

 でも、今回の場合、俺の意見はシャーリーと一緒だ。関係のない者を巻き込む戦いに、正義なんてものは無い。勿論、クロエちゃん達がいるから、あの街を守りたいと言うのもある。

 けど、それだけじゃない。力有るものの身勝手な理屈を、力無きものに押し付けちゃいけないって、俺は思うんだ。だから、今俺に力が有るのなら、俺は守る。出来ることは全部やりたいから。

「さて、そろそろ本題に入ろうか。これ以上の議論なんてオレ達には無意味、そうだろ?」

「そうね、話し合いでけりが付けばと思ったけど、やっぱり無駄だったわね」

 最後に軽く挑発をかまし、二人が一斉に前へと歩み出る。場の空気は一触即発、戦いの火蓋は今にも切って落とされようとしていた。

「トオル、力を貸して」

 俺だけに聞こえるよう呟いた彼女の言葉に、俺は一つ小さく頷く。どちらにせよ、俺が取るべき行動は変わらない。彼女の道を切り開く、それだけだ。

「それじゃまぁ、最後の死合ラストゲームを始めようか。ルールは単純……」

 そこで言葉を区切った男が、大きな音で指を鳴らす。すると、天上から巨大な壁が降り注ぎ、俺達と後ろの二人を轟音とともに寸断した。

「オレとの一対一だ」

 最初からこれが狙いだった訳か。そのためにシャーリーを挑発し、誘い込み、前に出させた。強引だが頭はきれる……やっぱり、油断はできない。

「それと、助けを求めても無駄だ。その壁は対魔力シェルターも兼ねていて、並の力ではびくともしない。そして、これらの武器は収容させてもらう。戦いの合間に狙われたら、困るからな」

 男が砲塔に指を這わすと、部屋にある全ての武器が一斉に地面へと吸い込まれて行く。その中には砲塔も含まれ、ついでのように天上も閉じた。

「あと、もう一つだけ。外からの音は聞こえないが、こちらの音は筒抜けだ。せいぜい泣き叫ばないよう、気をつけてくれよ。お仲間が心配するからな」

 なるほど、内側で敵を痛めつけ、その声を外の仲間に聞かせる。精神的にも苦しめようとか、悪趣味なやつだ。でも、そういう話なら早くていい。

(天童! スクルド! こっちは大丈夫だ! そっちがどうなってるかわからないけど、自分たちのことに集中してくれ!)

 と、これで向こうは問題ないだろう。後は、目の前の男に集中するだけだ。

「って事で、殺り合う前に改めて自己紹介だ」

 張り詰めた声と共に魔神がコートを投げ捨てると、体の表面に電流が走る。電気と共に集まった魔素は、激しく明滅を繰り返し、赤い鎧へと変貌した。

「オレの名前はベリト、序列二十八番の地獄の公爵ってやつだ。よろしく頼むぜ姫さんよ」
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