俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第三章 恋する駄女神

第176話 女神 対 魔神

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 ベリトを相手取るスクルドの事が心配で、仕方のない俺だったが、状況は想像以上に一方的だった。

 もちろん、劣勢なのはベリトの方。女神の放つ炎の魔弾が、魔神の動きを完全に封じ込めている。軌道やタイミング、その全てが変則的に行われ、ただでさえ追えない弾丸を更なる脅威へと昇華させていた。

 スクルドに翻弄されるその姿は、まるで籠の中の鳥。従順なる操り人形のように、ベリトはタップダンスを踊り続ける。

(なんつーか……すげぇな)

「うん。私もその、凄すぎて言葉にならない」

 しかもそれを詠唱無し、左手一本で行うのだから女神という存在の底が見えない。だがこれは、あまりにも戯れがすぎるのではないだろうか? 

 彼女が行っているのは、スクルドなりの懺悔であり、俺に対する答え。本気で戦えば一瞬でケリがつくものを、あえて引き伸ばしている。同じ痛みを分かち合いたいと、彼女は考えているかもしれないけど、危険を享受する事を俺は良しとしたくない。

 それに、仮にも奴は魔神だ。黙ってやられるとも思えない。もし逆転の秘策があれば、彼女もシャーリーのように……

「この、しゃらくせえんだよ!!」

 そんな不安を抱くと同時に、ベリトは魔弾を縫うように女神へと飛び込んでいく。咆哮と共に突き進む魔神は、体に炎をかすらせようと、その速度を落とす事はない。二人の距離は瞬く間に近づくが、女神は無心で炎の弾を放ち続けた。

 そして、懐に飛び込んだベリトの槍は、スクルドの体を一息に……貫かなかった。それどころか、槍を右手に掴まれ、体ごと遠方へ投げ飛ばされる。

 空中で体を捻り、無理やり受け身をとるベリトだったが、彼女の力があまりにも強いせいで体勢を崩してしまう。

「なかなかに良い踏み込みでした……が、私には通用しません」

「くっ、調子こいてんじゃねぇぞ」

 強い。あのベリトが、まるで赤子のように捻られている。これが、女神の力。桁違いの戦闘力に、思考が追いつかない。むしろ、人間が判別していい次元を、彼女は優に超えているのかも。

 魔神の動きでさえ、全てが彼女の計算の内。そんな彼女が、俺を主と認めている。偶然とはいえ、なんて女性を俺は口説いてしまったのだろう。なんて冗談、なんてプレッシャーだよ。彼女を使役、もとい、彼女を支える事が俺なんかにできるのだろうか? 

 不安ばかりが募っていくが、それでも俺は決めたんだ。彼女たちから目をそらさないって。これもまた、戦いだ! 

「いえ、これでも十分、手加減をしているのですが……このままでは、贖罪にもなりませんね。いいでしょう、貴方が望む最高の形で、私を屈服させて見せてください」

 けれど、彼女の行動や感覚は明らかに異常で、何が彼女をそうさせるのだろう。俺のため? 苦しみとか謝罪とか、そんなものを強要して何になる? 大切なものを歪めて楽しむなんてこと、俺にはやっぱり、できないんだ。

「そうかい。なら、死んでも後悔するんじゃねーぞ、女神様!」

 無防備に体を晒すスクルドへ、再びベリトは正面切って立ち向かう。体勢を低くしながらの無駄のない加速、そこから渾身の一撃を彼女の胸に叩き込むと思いきや、空いた手にもう一本真紅の槍を顕現させ、怒涛のラッシュをかけ始める。

 しかし、当たらない。小手先のフェイントをどれだけ聞かせようと、スクルドはささいな動きで全てをいなしていく。

「……止まって見えますが、それで本気ですか?」

 絶対的強者の風格。ベリトを痛烈に批判すると共に、スクルドは蔑みの表情を浮かべた。正確には、浮かべたような気がした、なのだが。

 それも、全身を覆う鎧のおかげで、スクルドの正直な言葉は正確に奴の心を抉り取る。魔神としても男としても、プライドをズタボロにされたであろうベリト。追い込まれた狐は、ジャッカルよりも凶暴だ。奴はきっと、何かを仕掛けてくる。

「あぁ、オレは弱いよ。だからさ――」

 そんなベリトが、スクルド相手に突然弱音を吐き出すと、言葉同様あっさり後方へと飛び退る。まさか、諦めた?

「慈悲をくれよ、女神様!」

 なんて事はあり得ず、両手に持った真紅の槍を、スクルドめがけ投げつけた。しかし、その程度の攻撃に彼女が被弾する訳もなく、易易と回避するのだが、奴はそれを見越したように続けて次のカードを切った。

 それはなんと、下からの奇襲。もちろん、地面に穴を掘り、地下から飛び出してくる訳じゃない。連撃の最中、足元に仕込んでいた魔法陣から、一本の槍がその姿を表したのだ。

 だが、彼女は上体を反らす事で、その一撃をギリギリで回避する。しかし、奴の攻撃は、それで終わりじゃない。

(スクルド! 上だ!!)

 体制を崩した彼女の上空から、仕掛けられる奇襲攻撃。それが奴の本命だった。

「その首、もらったぁ!」

 並の人間が相手なら、首を貫かれ絶命していた事だろう。そうならないのは、やはり彼女が女神だから。

「そうですね……筋は悪くありません。ですが、私と戦うには不十分と申し上げさせていただきます」

 ベリトの仕掛けた完全な不意打ち、それを小さな足運びで回避すると、スクルドは左後方から突き出された柄を掴み、今度は勢いよく地面へと叩きつける。強く背中を打ち付けられたベリトは、一瞬その動きを止めるが、直ぐに体を起き上がらせ、彼女から距離を取った。

 彼女の力を疑うわけじゃないけど、胸の奥がチリチリする。本気を出せば余裕の戦い、それなのに彼女は、俺への清算と銘打ってギリギリを続けている。足元からの一撃だって、胸を使って受け流さなくてもいいじゃないか。あんなグレイズまがいの回避、もう二度と見たくない。見ていてこんなに辛いなら、贖罪なんてしてほしく……!? 

 そこで俺は気づいてしまった。これは、彼女の贖罪だけでなく、俺の贖罪でもあるという事に。

「くっ、なんで反応できるんだよ」

「すべからく、貴方様の行動を観察させていただきましたが、その結果、貴方様の特性が二枚舌、嘘つきであることは認識済みです。故に、この程度の不意打ちは想定内の出来事であると、通達させていただきます」

 それならやはりこの戦いを、俺は最後まで見届けなければならない。例えどんな結果になろうと、俺を慕う彼女を信じ、目の前で起こる全てを見守るんだ。

 にしても、貴方様とはスクルドらしい。俺の国の言語として間違っていない表現の一つなのだが、あまりにもへりくだりすぎで、相手を煽っているようにしか聞こえない。

「ふざけてんじゃねぇぞ、この、クソ女神」

 当然、ベリトもそれをバカにしていると認識したらしく、クソ女神と言う言葉を彼女に返す。

「いえ、今の私は至極真っ当です。貴方様こそ、潔く負けを認めるのがよろしいかと存じます」

 しかし、スクルド自身は何も間違っていないと考えているので、特に治す素振りはないと。後、クソとか言われても全然堪えないのな。聞き慣れているのか、意味を理解してないのか。全く、天然というかなんと言うか、お前は最高の魔族キラーだよ。

「そうかいそうかい。なら、その慢心で、無様な死に様を晒しな!」

 そんな焚き付けの天才に怒り狂った魔神の男は、無謀なまでの前進を始める。だが、ベリトもバカじゃない。新たな攻撃を仕込みつつ、女神へと襲いかかったのだ。
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