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第四章 地底に眠りし幼竜姫
第191話 峡谷の鉱山都市
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峡谷の狭間に作られし、広大な地下都市。灰色のレンガで作られた、大量の家が立ち並ぶ光景は、砂漠の都市を彷彿とさせる。
スルスカンティーヌを出て五日、小さな町を二つほど経由した俺達は、ヘキサリィムと呼ばれる鉱山都市にたどり着いた。周囲には、湯気の立ち昇る山が幾つかあり、活火山がいたるところに点在している。
そんな、危険と隣り合わせの場所とあってか、人の姿はかなり少なく、活気に溢れているとは言い難い。この街が秘境と呼ばれるのも頷ける。
とは言え、なかなかに面白い町だとは思う。いたるところに設置された、地下へと続く迷路のような階段に、人を寄せ付けないこの暑さ。まるで天然の要塞のようで、冒険心を強く揺り動かされる。地下へと降りたその先は、火口へ続く広大なダンジョンとなっている事だろう。
想像をするだけで楽しめる、それが、異世界の良い所だ。と言っても、実際に炎の洞窟なんて入ろうものなら、三人の肌が焼け焦げないか心配で、気が気で無くなりそうだけど。
さて、確証のない妄想はこれぐらいにしておくとして、まずは情報収集だ。職人の街と噂されるだけあって、店の数が尋常じゃない。ほぼ全ての家に看板が立て掛けられており、これを一つずつ訪ねると考えるだけで、もうクタクタになりそうである。
ただ、オススメの鍛冶屋を調べようにも、目につく人は五人やそこら。それ以外に、沢山のちっこいおじさんが走り回る姿が見えるけど、暑さで疲れてるのかな、これじゃまるで妖精さんを見ているようだ。
しかも、普通サイズの人間は、皆屈強な鎧をまとってるし……一体全体、どういうことだってばよ。
「……ここは……鍛冶師の町」
いや、それはわかってる。暑さに思考がやられているのか、制御できない俺の言葉に、シャーリーは必死に答えようとしてくれている。
しかし、もう少し細かな理由とか、色々な説明がほしいもの。無論、シャーリーに求めるのは酷だと言う事もわかってはいるのだが、それだけでは、想像の翼すら広がっていかない。
「この街にはですね、凄腕の職人が幾人もおりまして、彼らの武器や防具目当てに訪れる冒険者が、それなりに多く存在するんです。重鎧を纏った皆様は、防具を新調するために訪れた冒険者の方々ですね」
そんなシャーリーの説明不足に、すかさずスクルドがフォローを入れる。と言う事は、今目の前に映っている人間は全員、鍛冶師では無いと言うことになる。妖精さんは……とりあえず考えない事にしよう。
(なるほど。でも、数多くいるって割に、人間の姿は少ないし、知ってる人が多いなら、それなりに有名なんじゃないのか? この場所)
スクルドの説明の半分は理解できたが、彼女の言う知名度の割に、この町には人が少ない。しかも、王女様であるシャーリーが何故直ぐに思いつかなかったのか、改めて疑問を持った俺は、スクルドにそれを問いかける。
「……入れる人……少ない……独自領……だから……」
「ここはリィンバースであってリィンバースでない土地、ある目的のために作られた一つの国家と言っても過言ではありません。故に、人の出入りは制限されており、シャーロットさんが忘れていても、何らおかしくはないのです」
すると、彼女と一緒にシャーリーも、俺の質問に答えてくれる。だが、二人分の説明を聞いても、今ひとつ要領を得ない。二人共なんとなく、内容が漠然としてるんだよな。
ただ、二人の答えを聞いて思った事が、一つある。この場所は、特区ってやつなのかもしれない。
王族すら忘れてしまう不可侵の場所。しかし、最低限の出入りを認めることで、怪しさを緩和しつつ秘密を守る。そう考えると、この異常な暑ささえも、一種の人除けなのでは? と思えてくる。
理由を聞けば、スクルドが事細かに教えてくれるんだろうけど、暑さで頭に入らなそうだし、今は放って置こう。
「でも、それだけ腕利きが集まる場所なら、腕試し感覚で衝突なんかも起きそうなもんだけど。なんか、凄く平和そうだよねこの街」
「……戦闘……禁じられてる……それも……条件」
天道の指摘どおり、凄腕の職人を目当てにやってくる冒険者達なら、すぐにでも新しい装備を試したいと思うのが当たり前のように思える。町中でそれが起きないのは、しっかりと管理されている証拠なのだろう。
もしかすると、俺が気づかなかっただけで、入り口には結界が貼られていたのかもしれない。そうであったなら、ありがたい事に俺達は、この町に認められた事になる。それなら尚の事、俺はここで鍛えてもらい、今まで以上に強く硬くならないと。そうすることが、この町より与えられた俺の責務のように感じられたのだ。
「先輩先輩。強く硬くって表現、なんかちょっとエッチィよね」
盛り上がりに水を差すエロサキュバスの戯言は聞き流すとして、何処の店なら、俺のような聖剣を扱ってくれるだろう?
「まー、ここで迷ってても仕方ないし、とりあえずどっか入ってみよっか?」
(そうだな、動かないことには何も始まらないし、適当に覗いて――)
「ほっほっほっ、そこの小さなお嬢さん。良い剣をお持ちのようじゃな」
生憎、職人の良し悪しを見極めるような能力を、俺達は持ち合わせていない。効率の悪い方法ではあるが、ネットも口コミも無い以上、情報は足で稼ぐのが基本。そう考え、ここから動き出そうとした直前、何処からともなく老人の声が、俺達の耳に飛び込んできたのである。
声のした方向に振り向くものの、そこには、人一人の影すら見えない。足音もせず、聞こえてくるのは、しゃがれた爺さんのゆっくりとした声だけ。まるで、狐につままれているかのようなこの感覚は……まさか、魔神!?
「ほっほっ、ここじゃここ。下じゃ」
新たな強敵の予感に、身を固くする俺とシャーリーに天道。そんな俺達をあざ笑うかのような、呑気な老人の笑い声。相手の余裕に悔しさを覚えながらも、その声に従い視線を落としていくと……そこには、シャーリーよりも小さなヒゲモジャの御老体が、威風堂々立っていたのである。
「遠路はるばるよく来たのう。かわいらしいお嬢さん三人組とは、珍しい事もあるものじゃて」
服装は長袖のシャツに短パン、その上にブレストプレートを着けており、籠手や脛当の他、頭には緑色の三角帽子を被っている。雰囲気としては、大地の精霊ノームとドワーフの中間と言った感じだ。
何故俺が、そう感じるのかと言うと、目の前の御老体以外の小さな生物は、皆鎧を纏っていないのである。そのおかげか、周りでチョロチョロしてるのがノーム、御老体がドワーフに見えて仕方がなく、どちらが正しいのか、俺の中で確証が持てないのだ。
「観光と呼ぶにはあまりにも何もないところじゃが、目的は何かの? 装備調達と見るにはあまりにも軽装じゃし……その剣、かの?」
声の一つも出していないのに、俺の存在に気づいた爺さんの観察眼を見て、シャーリーと天道は、やはり同時に構えを取る。
「ほっほっ、そう警戒なさるな。わしはお前さん方の味方じゃよ、リィンバースの姫君」
更に驚かされたのは、シャーリーの正体にまで気づいていると言うこと。この爺さん、本当に何者だ?
「して、そこの剣は何という名なのかの?」
怪しい、怪しすぎるが、拒んだ所で埒が明かない。そう考えた俺は、正面から爺さんの問に答える。
(明石、明石徹です)
「ふむ、その名は東洋、いや、転生者と言った所かの。なんとも奇妙な姿じゃがな」
まるで全てを見透かしているかのような老人の物言いに、喉の奥が焼けるような錯覚に見舞われる。
余りにも荒唐無稽な存在。彼の言葉通り、味方だと思っていなければやってられないと言うのが、今の俺の心情だ。もし彼が敵だった場合、俺達は、この御老体を退けることが出来るだろうか……
「あの、トオル様は、ドワブンを見るのは初めてでいらっしゃいますか?」
奇妙な御老体の圧力に一触即発な俺達とは違い、一人緊張感の無いスクルドが、鞘に収まった俺を後ろから覗いてくる。ったく、なんでお前だけそんなにも冷静なんだ……って、ドワブン? そう言えば、セリーヌさんがここの事を、ドワブンの町とか言ってたっけ。って事は、この人がその、ドワブンって種族なのか?
(あ、ああ、こんな小さなご老体を見るのは、生まれて初めてだ)
スクルドに聞かされた言葉の内容、正直思考はあまり追いついていない。ただ、彼女の余裕を見る限り、警戒はしなくても良さそうだ。とりあえず、ここは流れに身を任せてみよう。
「彼らはドワブン族といいまして、トオル様の世界では、ドワーフと呼ばれる種に近い感じですね」
(ドワーフ……体は小さいが力が強く、主に鉱物を使ったものづくりの才に秀でている。こんな感じか?)
「はい! 流石トオル様、博識でいらっしゃいますね。向こうの世界と差異があるとすれば、エンチャントの魔術を得意とすることぐらいでしょうか。トオル様の世界の彼らは、魔法を使えないものが多いと聞きましたので」
確かに、俺達の世界の物語に出てくるドワーフは、基本魔術が使えず、超人的な筋力で身の丈二倍以上の得物をぶん回す。そう言った感じの味付けが多い。
最近では、怪力幼女であるパターンも多く、決して見ないわけではないが、昔に比べるとヒゲモジャなドワーフは少なくなったと言える。
(と言うか、この辺歩いてる小さいのって、皆ドワーフなのな。てっきり、精霊に近い妖精さんだと思ってた)
先程の説明通り、目の前の御老体以外は俺の中ではノームのイメージに近く、精霊の一種と思い込んでいた。そして、この人がボス、精霊の元締めとなる何らかの魔神ではないかと、勘ぐっていたのである。
「ほっほっほっ、なかなか感のいい若人のようじゃな。如何にも、わしらは精霊じゃて。と言っても、ノーム様とはまた違う小さな精霊での、少しでも魔力の才があれば、こうして見ることができるのじゃ」
しかし、俺の予想は思いの外当たっていたらしく、ドワブンの老人に満面の笑みで褒められてしまう。
嬉しい。その感情は確かにある。けど、屈託の無い笑顔を見て、それで尚彼を信じきれないのは、俺の性格が屈折している証拠なのだろう。
でも、今の俺には考える事しか出来ない。だから、このぐらい慎重になっても罰は当たらないはず。大切な人を守りたい気持ちに、過剰なんて言葉は無いはずだ。
「さて、立ち話もなんじゃ、そろそろ家に案内しようかの。ついて参れ」
自由気ままなドワブンの爺さんは、突然後ろを振り向くと、ゆっくりとした足取りで歩き始める。孫のように付き従うスクルドを除き、二人はまだ彼を信用しきれてないのか、ほんの少し距離を取る。そんな空気を察したのか、爺さんは再びこちらへ向き直ると、自らの素性を明かしていく。
「おっと、そうじゃった。わしの名前はデオルド、この町の長老のような存在じゃて。よろしく頼むぞ、皆の衆」
それだけ言うとデオルドさんは、街の奥へと進んでいく。彼の言葉を聞いた二人は、視線を合わせ頷き合い、デオルドさんとの距離を詰める。
小さな不安を抱きながらも、俺達は彼の案内に従い、町の奥の階段を地下へ地下へと下って行くのだった。
スルスカンティーヌを出て五日、小さな町を二つほど経由した俺達は、ヘキサリィムと呼ばれる鉱山都市にたどり着いた。周囲には、湯気の立ち昇る山が幾つかあり、活火山がいたるところに点在している。
そんな、危険と隣り合わせの場所とあってか、人の姿はかなり少なく、活気に溢れているとは言い難い。この街が秘境と呼ばれるのも頷ける。
とは言え、なかなかに面白い町だとは思う。いたるところに設置された、地下へと続く迷路のような階段に、人を寄せ付けないこの暑さ。まるで天然の要塞のようで、冒険心を強く揺り動かされる。地下へと降りたその先は、火口へ続く広大なダンジョンとなっている事だろう。
想像をするだけで楽しめる、それが、異世界の良い所だ。と言っても、実際に炎の洞窟なんて入ろうものなら、三人の肌が焼け焦げないか心配で、気が気で無くなりそうだけど。
さて、確証のない妄想はこれぐらいにしておくとして、まずは情報収集だ。職人の街と噂されるだけあって、店の数が尋常じゃない。ほぼ全ての家に看板が立て掛けられており、これを一つずつ訪ねると考えるだけで、もうクタクタになりそうである。
ただ、オススメの鍛冶屋を調べようにも、目につく人は五人やそこら。それ以外に、沢山のちっこいおじさんが走り回る姿が見えるけど、暑さで疲れてるのかな、これじゃまるで妖精さんを見ているようだ。
しかも、普通サイズの人間は、皆屈強な鎧をまとってるし……一体全体、どういうことだってばよ。
「……ここは……鍛冶師の町」
いや、それはわかってる。暑さに思考がやられているのか、制御できない俺の言葉に、シャーリーは必死に答えようとしてくれている。
しかし、もう少し細かな理由とか、色々な説明がほしいもの。無論、シャーリーに求めるのは酷だと言う事もわかってはいるのだが、それだけでは、想像の翼すら広がっていかない。
「この街にはですね、凄腕の職人が幾人もおりまして、彼らの武器や防具目当てに訪れる冒険者が、それなりに多く存在するんです。重鎧を纏った皆様は、防具を新調するために訪れた冒険者の方々ですね」
そんなシャーリーの説明不足に、すかさずスクルドがフォローを入れる。と言う事は、今目の前に映っている人間は全員、鍛冶師では無いと言うことになる。妖精さんは……とりあえず考えない事にしよう。
(なるほど。でも、数多くいるって割に、人間の姿は少ないし、知ってる人が多いなら、それなりに有名なんじゃないのか? この場所)
スクルドの説明の半分は理解できたが、彼女の言う知名度の割に、この町には人が少ない。しかも、王女様であるシャーリーが何故直ぐに思いつかなかったのか、改めて疑問を持った俺は、スクルドにそれを問いかける。
「……入れる人……少ない……独自領……だから……」
「ここはリィンバースであってリィンバースでない土地、ある目的のために作られた一つの国家と言っても過言ではありません。故に、人の出入りは制限されており、シャーロットさんが忘れていても、何らおかしくはないのです」
すると、彼女と一緒にシャーリーも、俺の質問に答えてくれる。だが、二人分の説明を聞いても、今ひとつ要領を得ない。二人共なんとなく、内容が漠然としてるんだよな。
ただ、二人の答えを聞いて思った事が、一つある。この場所は、特区ってやつなのかもしれない。
王族すら忘れてしまう不可侵の場所。しかし、最低限の出入りを認めることで、怪しさを緩和しつつ秘密を守る。そう考えると、この異常な暑ささえも、一種の人除けなのでは? と思えてくる。
理由を聞けば、スクルドが事細かに教えてくれるんだろうけど、暑さで頭に入らなそうだし、今は放って置こう。
「でも、それだけ腕利きが集まる場所なら、腕試し感覚で衝突なんかも起きそうなもんだけど。なんか、凄く平和そうだよねこの街」
「……戦闘……禁じられてる……それも……条件」
天道の指摘どおり、凄腕の職人を目当てにやってくる冒険者達なら、すぐにでも新しい装備を試したいと思うのが当たり前のように思える。町中でそれが起きないのは、しっかりと管理されている証拠なのだろう。
もしかすると、俺が気づかなかっただけで、入り口には結界が貼られていたのかもしれない。そうであったなら、ありがたい事に俺達は、この町に認められた事になる。それなら尚の事、俺はここで鍛えてもらい、今まで以上に強く硬くならないと。そうすることが、この町より与えられた俺の責務のように感じられたのだ。
「先輩先輩。強く硬くって表現、なんかちょっとエッチィよね」
盛り上がりに水を差すエロサキュバスの戯言は聞き流すとして、何処の店なら、俺のような聖剣を扱ってくれるだろう?
「まー、ここで迷ってても仕方ないし、とりあえずどっか入ってみよっか?」
(そうだな、動かないことには何も始まらないし、適当に覗いて――)
「ほっほっほっ、そこの小さなお嬢さん。良い剣をお持ちのようじゃな」
生憎、職人の良し悪しを見極めるような能力を、俺達は持ち合わせていない。効率の悪い方法ではあるが、ネットも口コミも無い以上、情報は足で稼ぐのが基本。そう考え、ここから動き出そうとした直前、何処からともなく老人の声が、俺達の耳に飛び込んできたのである。
声のした方向に振り向くものの、そこには、人一人の影すら見えない。足音もせず、聞こえてくるのは、しゃがれた爺さんのゆっくりとした声だけ。まるで、狐につままれているかのようなこの感覚は……まさか、魔神!?
「ほっほっ、ここじゃここ。下じゃ」
新たな強敵の予感に、身を固くする俺とシャーリーに天道。そんな俺達をあざ笑うかのような、呑気な老人の笑い声。相手の余裕に悔しさを覚えながらも、その声に従い視線を落としていくと……そこには、シャーリーよりも小さなヒゲモジャの御老体が、威風堂々立っていたのである。
「遠路はるばるよく来たのう。かわいらしいお嬢さん三人組とは、珍しい事もあるものじゃて」
服装は長袖のシャツに短パン、その上にブレストプレートを着けており、籠手や脛当の他、頭には緑色の三角帽子を被っている。雰囲気としては、大地の精霊ノームとドワーフの中間と言った感じだ。
何故俺が、そう感じるのかと言うと、目の前の御老体以外の小さな生物は、皆鎧を纏っていないのである。そのおかげか、周りでチョロチョロしてるのがノーム、御老体がドワーフに見えて仕方がなく、どちらが正しいのか、俺の中で確証が持てないのだ。
「観光と呼ぶにはあまりにも何もないところじゃが、目的は何かの? 装備調達と見るにはあまりにも軽装じゃし……その剣、かの?」
声の一つも出していないのに、俺の存在に気づいた爺さんの観察眼を見て、シャーリーと天道は、やはり同時に構えを取る。
「ほっほっ、そう警戒なさるな。わしはお前さん方の味方じゃよ、リィンバースの姫君」
更に驚かされたのは、シャーリーの正体にまで気づいていると言うこと。この爺さん、本当に何者だ?
「して、そこの剣は何という名なのかの?」
怪しい、怪しすぎるが、拒んだ所で埒が明かない。そう考えた俺は、正面から爺さんの問に答える。
(明石、明石徹です)
「ふむ、その名は東洋、いや、転生者と言った所かの。なんとも奇妙な姿じゃがな」
まるで全てを見透かしているかのような老人の物言いに、喉の奥が焼けるような錯覚に見舞われる。
余りにも荒唐無稽な存在。彼の言葉通り、味方だと思っていなければやってられないと言うのが、今の俺の心情だ。もし彼が敵だった場合、俺達は、この御老体を退けることが出来るだろうか……
「あの、トオル様は、ドワブンを見るのは初めてでいらっしゃいますか?」
奇妙な御老体の圧力に一触即発な俺達とは違い、一人緊張感の無いスクルドが、鞘に収まった俺を後ろから覗いてくる。ったく、なんでお前だけそんなにも冷静なんだ……って、ドワブン? そう言えば、セリーヌさんがここの事を、ドワブンの町とか言ってたっけ。って事は、この人がその、ドワブンって種族なのか?
(あ、ああ、こんな小さなご老体を見るのは、生まれて初めてだ)
スクルドに聞かされた言葉の内容、正直思考はあまり追いついていない。ただ、彼女の余裕を見る限り、警戒はしなくても良さそうだ。とりあえず、ここは流れに身を任せてみよう。
「彼らはドワブン族といいまして、トオル様の世界では、ドワーフと呼ばれる種に近い感じですね」
(ドワーフ……体は小さいが力が強く、主に鉱物を使ったものづくりの才に秀でている。こんな感じか?)
「はい! 流石トオル様、博識でいらっしゃいますね。向こうの世界と差異があるとすれば、エンチャントの魔術を得意とすることぐらいでしょうか。トオル様の世界の彼らは、魔法を使えないものが多いと聞きましたので」
確かに、俺達の世界の物語に出てくるドワーフは、基本魔術が使えず、超人的な筋力で身の丈二倍以上の得物をぶん回す。そう言った感じの味付けが多い。
最近では、怪力幼女であるパターンも多く、決して見ないわけではないが、昔に比べるとヒゲモジャなドワーフは少なくなったと言える。
(と言うか、この辺歩いてる小さいのって、皆ドワーフなのな。てっきり、精霊に近い妖精さんだと思ってた)
先程の説明通り、目の前の御老体以外は俺の中ではノームのイメージに近く、精霊の一種と思い込んでいた。そして、この人がボス、精霊の元締めとなる何らかの魔神ではないかと、勘ぐっていたのである。
「ほっほっほっ、なかなか感のいい若人のようじゃな。如何にも、わしらは精霊じゃて。と言っても、ノーム様とはまた違う小さな精霊での、少しでも魔力の才があれば、こうして見ることができるのじゃ」
しかし、俺の予想は思いの外当たっていたらしく、ドワブンの老人に満面の笑みで褒められてしまう。
嬉しい。その感情は確かにある。けど、屈託の無い笑顔を見て、それで尚彼を信じきれないのは、俺の性格が屈折している証拠なのだろう。
でも、今の俺には考える事しか出来ない。だから、このぐらい慎重になっても罰は当たらないはず。大切な人を守りたい気持ちに、過剰なんて言葉は無いはずだ。
「さて、立ち話もなんじゃ、そろそろ家に案内しようかの。ついて参れ」
自由気ままなドワブンの爺さんは、突然後ろを振り向くと、ゆっくりとした足取りで歩き始める。孫のように付き従うスクルドを除き、二人はまだ彼を信用しきれてないのか、ほんの少し距離を取る。そんな空気を察したのか、爺さんは再びこちらへ向き直ると、自らの素性を明かしていく。
「おっと、そうじゃった。わしの名前はデオルド、この町の長老のような存在じゃて。よろしく頼むぞ、皆の衆」
それだけ言うとデオルドさんは、街の奥へと進んでいく。彼の言葉を聞いた二人は、視線を合わせ頷き合い、デオルドさんとの距離を詰める。
小さな不安を抱きながらも、俺達は彼の案内に従い、町の奥の階段を地下へ地下へと下って行くのだった。
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