俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第四章 地底に眠りし幼竜姫

第195話 もっと、甘えて

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「そういう先輩は、私達をもっと頼ることから始めようか?」

(そうだな……ん? んん!? いやいや、ちょっと待て! これでも俺、結構皆に頼ってるだろ?)

 強張るスクルドの小さな顔を、優しい笑顔で見つめていると、後ろからよくわからない質問を投げかけられる。

 突然の天道の言葉に一度は軽く頷いてみたものの、内容を理解した瞬間、慌てて俺は全力で首を横に振る。当然、その動きに意味など無いが、剣である事を忘れるぐらい、俺の心は慌てていた。

「えぇ……そんな風には全然見えないんだけど」

 しかも、全力の否定すら彼女に否定され、焦りに焦った俺は、素直に感じている事を洗いざらいぶちまける。

(じゅ、十分甘えてるって! だってさ、誰かと一緒に居て、こんなに楽しいとか安心できるのって、皆が始めてなんだよ。特に、女の子となると余計にさ)

 俺の中の愛情がまるで皆に届いていないような気がして、とにかく言葉にしなければと口を開いたまでは良かったものの、天道からは、より一層怪訝な表情を向けられてしまう。

「ごめん、私が言うのもなんだけど、先輩寂しすぎ」

 言いしれない恐怖、自分だけが置いていかれそうな不安。その一言は、俺を困惑させるには十分すぎた。

(ほ、ほら、緊張とか心配のしすぎで、気持ち悪くなったり、動けなくなることってあるだろ? そういうの皆の前では全然無くて、凄く落ち着いてて、あっても献身的に看病してもらえるかなー、なんて考えたりして。こんなに都合よく考えれるのって、家族除いたら皆しかいないんだよ。だから、さぁ)

 俺がどれだけ依存しているか家族すらも引き合いに出して伝えるも、彼女の表情は依然として変わらない。そして、何故か皆の総攻撃が、俺の心に叩きつけられる。

「うーん、私もそれなりに緊張しぃだけど、流石にそこまでは無いかなー」

「……私も……無い」

「私はその……言わずもがなです!」

 圧倒的敗北感。わかってはいたものの、真っ向から否定されると心に来るものがある。自分の精神が他の皆と比べて特殊なのはわかっていたけど、ここまで素直に反論されると、完全に自信を失くしてしまう。

「あー、先輩が基本豆腐メンタルなのはわかってたけど、ここまでとは、私もちょっと予想外」

(……見限るなら今のうちだぞ~、こっちでいい男探せ~)

 そうなると当然、気持ちも弱くなるわけで、こんなんで嫌われるなら最初から一緒にいないほうが良いし、俺よりいい男なんて山程いるとか、考えてしまうわけだ。その方がきっと、皆も幸せになれる。

「いやいや、それは絶対にないね。むしろ、私にとっては絶好のチャンス! そうやって体調の悪くなった先輩を、大丈夫だよ~、って抱きしめて優しくして、ついでにそのまま気持ちよくするのが私の役目だもん。だから、一生気持ち悪くても、私は全然おkだよ!」

(……一生気持ち悪いままは、流石に勘弁してください)

 そのはずなのに、天道だけは卑屈になる俺を見ても、優しくそっと寄り添ってくれる。

 こんな俺を見限らない彼女の優しさが、本当に嬉しい。けど、度々行き過ぎるのが玉に瑕で、彼女の手のひらの上で転がされるのは、男として破滅的な程の危機感をも覚える。

 それに、最愛の人が何一つ言葉を発してくれない事が、俺にとっては不安で仕方なかったのだ。

(シャーリーはやっぱ、そんな風に頼られるの嫌だよな)

 心の中の弱い自分、そんなものを見せられて喜ぶ女の子はいない。結局男は、強くてとかっこよくないと駄目なんだ。こんなメンタルボロボロの男、カッコ悪いって一蹴されるのが当たり前で、シャーリーにまでそう思われるなら、俺はまた一人に戻るだけ。戻って……天道のものになるのも、悪くないのかな?

「フフフ、そうですかそうですか。今の弱い先輩をシャーロットが受け入れられないなら、これは私の天下ですなぁ! それでは早速、先輩の事は私に任せて――」

 そんな俺に答えるように、天道はシャーリーの元へ近づいていく。両手を伸ばし、不敵な笑みで俺を要求するサキュバス。何もかも奪っていきそうな彼女から、まるで俺を守るかのように、シャーリーは素早くその背を向ける。

「……考えてた……だけ……私に……できるか」

 刀身を抱きしめる小さな姫の腕は、感覚でわかる程に小刻みに震えていた。

「……大丈夫……トオルはもっと……甘えて」

 不安を感じているのは、俺だけじゃない。きつく閉まる両腕が、彼女の弱々しい一面を教えてくれる。

 嬉しかった。精一杯俺のためにココロ乱れてくれる彼女の感情が、とてつもなく愛おしい。

 大切で大切で、大好きな人を思えば思うほどに感じてしまう小さな重し。でも大丈夫、二人が感じているのなら、その思いは埋め合わせていける。

 甘えよう、本当にダメになった時は、彼女の優しさに寄りかかろう。そしてもし、彼女が不安になった時は、今度は俺が支えるんだ。

(わかった、シャーリーの事が欲しくなった時は、俺、全力で甘えるな)

 女に甘える軟弱者と笑うなら笑え。それでも俺は、俺のやり方で二人の愛を育んで行こうと思う。だって、俺達の関係は、余りにも素直で特殊すぎるから。

「うんうん、良かったね、せーんぱい」

 そして、こんな風に俺達を焚き付けた張本人は、シャーリーの背中に向けて満面の笑みを浮かべている。

 何でこいつが俺達の仲を取り持とうとしてくるのか、俺には想像もつかないけど、心の中で感謝だけはしておこうと思う。

 けど、そのせいで彼女が闇を抱えないか、それはそれで心配で、どうしたら良いのかわからない。

「えーっと、皆さん? そろそろ、いいですかね?」

 誰一人悲しませたくない。そんな優柔不断な理想論に振り回される俺に声をかけてきたのは、困り顔のユーゴだった。スクルドへの辱め以降、俺達は立ち止まり、歩く事を忘れてしまっていたのである。

「あー、ごめんねユーゴくん。ほらほら皆、立ち止まってたぶんキリキリ歩くぞ―、オー!」

 全てを水に流すような天道のはつらつとした笑顔と叫び、それが何だかとんでもない空回りに見えて、いつか闇堕ちしないかと不安に包まれる。

 ヒロインが恋心に付け込まれて敵に回る、そんな展開もよくあるけど、天道と戦うなんて俺は、絶対に嫌だ。我儘なこの思いが彼女の心に届くよう、必死に俺は天道の背中を見つめ続けた。

「にしてもさー、このお守り、本当に効果あるのかな? スクルドの魔法の方が全然効き目あるように感じるんだけど」

 それから歩くこと数分、何も起こらないことに暇を持て余したのか、上着の右ポケットに手を突っ込んだ天道は、その中から小さなお守りをつまみ上げる。

 青く四角い、魔導文字の刻まれたそれは、デオルドさんから行き掛けの駄賃として渡された物である。勿論、他の二人にも同じものが一つずつ渡されているのだが、どの様な効果があるのかは誰一人わかっていない。

 ただ、表面に刻まれた文字が青白く発光している所を見るに、現状にあっても何かしらの恩恵がもたらされているのは確かだろう。

 本当なら、渡した本人が説明するべき話なのに、あの人、勿体ぶって何も教えてくれなかったからな。お楽しみじゃと言葉を濁すのは、老人の悪い癖だと思う。

 彼らにとっては、若者の驚く瞬間が楽しみなのかもしれないけど、結局わからなきゃ何の意味ないって。

「いえ、私やシャーロットさんはともかく、アサミさんの体は、それが無ければとっくの昔に灰になっていると思われますよ」

「……はい?」

(灰?)

 そんなお年寄りがお届けする、ちょっとはた迷惑な謎掛けに辟易していた俺は、天道の面白くもないギャグにつられ、反射的にツッコミを入れてしまう。

「ちがーう! ギャグじゃないよ! しんけん! しんけんだよ!」

 しかし、言葉を発した本人にその様な意図は無く、茶々を入れた俺の方が逆に大声で叱られてしまった。そこから更にふくれっ面で、不満たらたらに睨みつけられているのだけど、ここは黙ってやり過ごす事にしよう。言い返しても謝っても、火に油を注ぐだけ。そんな気がしたのである。

「良いですかアサミさん。この地域一帯は、ドワブンが好む気候ということもありまして、魔力の流れがとても活発なんです。そういった場所には、人間を嫌うはぐれ精霊もおりまして、彼らは人間に牙をむくことがあります。その袋には、彼らを退けるための火炎除けの魔術が編み込まれておりまして、締め口から放出される小さな水の魔力がアサミさんを守っているのです。もちろん、女神である私やシャーロットさんはなくとも問題ありませんし、精霊と言っても、サラマンダーとは別の存在ですよ。四精霊等の大精霊には、しっかりとした意思がありますから、たとえ野良でも、無闇に人を襲ったりはしないのです」

「あー、はいはい。すいませんねー、元人間のダメな淫魔で」

 そんな天道の、繊細かつ不安定な心境など気にもせず、然も当然のようにスクルドは現状を説明する。勿論、彼女のした事は間違いじゃない。精霊の区分や人間との関係性、新たな発見は面白いと思うし、正確に状況を理解する事も大切だ。

 けど、時に現実は残酷で、今の天道にそれを受け入れる余裕は無かったのである。

「ってかさ、ユーゴくんは、この暑さでなんともないわけ? お守りあっても暑さは関係ないっしょ?」

「暑くないって事は無いですけど、これでもう慣れちゃってるんで。それに、お師匠様のこと、信頼してますから」

「へー、若いのに関心関心。先輩も、もう少し見習おうか」

(そういうお前もな)

 その苛立ちをユーゴにぶつけようとした天道であったが、目論見はあっさりと失敗し、矛先は俺の方へと向けられる。

 行き場のない衝動、やり場のない怒り。余りにも小さすぎて、どうしたら良いのかわからない。そんな負の感情を、俺の少しの我慢で発散させてやれるなら、安いもんだ。

 小さな罪滅ぼし、それから、天道がユーゴを構うたびに、小さなモヤモヤが俺の中で生まれている。結局の所俺は、手放したくないんだ。小さな事で嫉妬するぐらい三人の事を求めてやまない、優柔不断で駄目な男。それが今の俺で、独占欲、結構強かったんだな。

 けど、それもまた仕方がないのかも。だって、女の子からこんなに優しくされたの、生まれて初めてだから。
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