俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第四章 地底に眠りし幼竜姫

第197話 選択

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 無機質な声の聞こえた方へ振り向くと、マグマの上の細い通路に、フード付きのローブを纏った長身の男が立っている。

 足場の悪さを物ともしない、堂々とした態度。怖いものなど何も無いと言いたげな彼は、両足で地面を蹴ると俺達と同じ台の上に着地した。

 のらりくらりとやる気のない素振りを見せるが、刀身がピリつくような不快感はごまかせない。奴の正体は、間違いなく魔神だ。

「……我が名はブネ……この地で……富や知識を与えてきた」

 そして、目の前の男はあっさりと、自らの正体を明かしてくれる。

 魔神ブネ、ソロモン七十二柱における、序列二十六位の公爵。ネクロマンサーのように死体を操り、ドラゴンの姿を持つ真摯な魔神のはずだが、見た目はどう見ても人間だ。

 大きく見積もっても、身長は精々百九十センチほど、奴が竜とは到底思えない。ただ、ローブで全身を隠している事から、中身が竜人という可能性はありえる。

 冷淡で有りながらも威厳を感じる声音、これが竜王の魔神化とかだったら、正直洒落にならないな。それに、奴からは何か小さな違和感を感じる。その正体はわからないけど、今まで戦った三人とは何かが違うと、俺の意識は感じていた。

「……嘆きが聞こえる……奴隷として扱われし……大地の旧友……恨みを……はらさん」

 そんなブネが、心の中に抱えるもの、嘆きや恨みって事は、何らかの不幸をこいつも背負っているのだろう。復讐のために悪に染まる、如何にもらしい話だ。

 とは言え、訳のわからない仇討ちのために、俺の大切な人達を傷つけさせる訳にはいかない。皆を守る、そのために刀身に魔力を込めるが、ブネの動きがどうにもおかしい。

 いつもの魔神なら偉そうに御高説を垂れるか、話も早々に戦闘を始めるのだが、奴は何かを待っているように、その場から一向に動かない。 

「……どけ……その先……復讐者」

 それから少し間を開けて、ブネはそんな言葉を口にする。その先? 俺の後ろに、一体何があるって……!? そうか、わかったぞ! こいつから感じる違和感の正体が。

 ナベリウス、ゴモリー、ベリト、今まで戦った三人の魔神は、俺達と戦い、いたぶる事を楽しんでいた。

 しかし、ブネの発している殺気は、俺達には向けられていない。奴の標的は、後ろで鳴いてるチビドラだ。だからチビは、あいつを見てからずっと怯えていたんだ。

(理由はわかんねーけど、このチビに罪はないだろ!)

 そんなブネの真意を読み解き、反射的に俺は声を荒げる。これは想像でしか無いけど、ブネになる前の奴はドラゴンに村を焼かれたんだ。その怒りと憎悪によって、奴は魔神となり、ドラゴン狩りを始めたのだと思う。

 けど、このチビにそんな事ができるとは思えない。チビドラに、村一つを焼く力なんてあるはずが無いんだ。

 やられたらやりかえす、その気持を否定するつもりはない。全てを受け入れろなんて言えるほど、俺は聖人君子でもなければ、我慢強い人間でもないからだ。それが逆恨みで無いのなら、いくらでも報復しろと言ってやる。

 けどな、その報復で一族根絶やしなんて事、許せるわけねーだろ。こいつの本質も、ベリトと一緒なんだ。復讐のために他人を巻き込む最低のクズ野郎。なら余計、引き下がる訳にはいかない!

「……黙れ……体も持てぬ死者の分際で」

 自らの行いを否定する生意気な俺の言葉に、ブネは怒りを覚えたのか、静かな殺気で俺達を威嚇する。この息苦しい感覚、これこそが、魔神と相対した時の死の香り。やっぱりブネは、俺達の事なんか見ていなかったんだ。

 ただ、その言われ方は正直堪える。シャーリーを含めた三人は、剣の見た目をした男の子として俺を見てくれるけど、少し見方を変えれば、剣に魂を定着させただけの死人ともとれる。

 一人では何もできない会話をするだけの存在は、生きていると言えるのか? 生きるという意味の本質を、奴から問われているように俺は感じたんだ。

「ねぇ先輩、とりあえずさ、あいつ敵って事で良いんだよね?」

 どちらが俺の本質なのか、それは俺にもわからない。けど、少なくとも天道は、その言葉を俺への侮辱と受け取ったらしく、怒りに頬を引くつかせながらブネの前へと歩を踏み出す。

「!? 待ってください、無用な戦いは避けるべきです!」

「無用って、先輩のことバカにされてるんだよ! それで引き下がる? スクルドはさ、なんでそんなに冷静でいられるわけ?」

「気持ちはわかります! ですが、状況をわきまえてくださいと言っているんです!」

 そんな天道をスクルドは必死に止めようとするが、やはり意見は平行線。こんな時でも天使と悪魔は、意見の食い違いから喧嘩を始める。

 状況を分析し、理解した上で動くスクルドに対し、俺のためという本能だけで動く天道。心情としては、後者の行動が嬉しいものの、状況としては前者を押したい。

「……人……危害……加えるつもりはない」

 そしてブネは、冷静なスクルドの方に話を合わせようとする。流石は知恵を与える魔神、奴の頭はかなり切れるようだ。

 どうする? ここは天道を抑えるべきか? 無論、三人の事だけ考えれば、その行動がベストだ。けど、そのためにはチビドラが犠牲になる。

 人間では無いからと言って、子供一人を差し出して良いのか? 力があるのに何もせず、子供を見殺しにするなんて許されるのか? 

 そんな事、出来るわけがない。これだけ懐いてくれてるチビドラを、どうぞ殺してくださいなんて、差し出せるわけねーだろが!

「相手もこのように言っています。ここは好意に甘え、一旦引くべきです! トオル様も、そう思いますよね」

 どうあっても天道を止めたいと、スクルドから全幅の信頼を寄せられるが、悪い、簡単に誰かを犠牲にできるほど、俺の頭は柔軟じゃないんだ。

(天道……頼む)

「! トオル様まで……お願いですアサミさん、今は本当にダメなんです!」

 チビドラを助けたい、その一心で天道に助けを求めると、スクルドは戦うべきではないと、より一層天道にしがみつき懇願する。

 自信家のスクルドが、これだけ撤退を進言すると言うことは、何かしら俺達にとって不利な理由があるのかもしれない。

 無茶をすれば全滅もあり得る? かと言って、チビの命を諦めたくはない。くっ、俺はいったい、どうすれば良い?

「よくわかんないけど、心配してくれてありがとねスクルド。でも私、先輩の事になると冷静でいられないんだ」

 スクルドの反応に嫌なものを感じるが、天道は既に構えを取り、全身から魔力の放出を始めている。

「それに、少しはかっこいいとこ、見せないとね!」

 その力に押し戻され、スクルドがよたついたのを確認すると、天道は全ての魔力を開放し、扇情的な黒の衣装を身に纏う。サキュバスの力を解放した彼女は、背中の羽をはためかせると、ブネの元へ一目散に駆け出した。
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