俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第一章 剣になった少年

第27話 パワーアップ?

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 シャーロットが目を覚ましてから二日、町は平和そのものだ。ナベリウスが与えた猶予は残り五日しかないというのに、呑気なものである。それもそのはず、町の人間にはそんな話は一切伝わっていないのだから。パニックを避けるためというソイルの配慮なのだろう、実際不安を煽ったところで余計にややこしくなるだけで、いいことなんて何一つ無いっていうのも確かな話だ。

 そのソイルも、イリスの献身的な治療のお陰で無事に目を覚ましたそうだ。逆にイリスが倒れてしまったり、完治するまでは数週間かかりそうで、ナベリウスとの戦いには参加できそうにないとか、いろいろと大変そうではあるが、バルカイトから話を聞く限り普通に食事もできるということで、元気そうで何よりである。

 因みに俺が大変悩ましかったシャーロットが顔文字を使う件については、昔知り合いに教えてもらったということらしい。とりあえず顔も名前も知らないそいつを、俺は恨んでおくことにした。

 異世界人は珍しくないってバルカイトも言っていたし、向こうの文化がこちらに伝わっていてもなんらおかしくはないのかもしれないが、世界観をぶち壊すような言動は控えてほしいなと思う限りである。

「……まった?」

 その問いかけは何か違うものを連想させる気がするが、まあいいか。傷の治りが早いと豪語していた通り、シャーロットの怪我は二日で完治していた。今は白いローブのような病衣から、いつものワンピースにケープという服装に着替え俺の前に立っている。

 ナベリウスとの戦いでボロボロになったはずのシャーロットの服がなぜここにあるのかというと、バルカイトが直したらしい。けっして裁縫でチクチク縫ったとかそういうわけではなく、俺を直した時と同じように魔法で元に戻したのだとかなんとか。

(それじゃあ肩慣らしにでも行こうか)

 シャーロットは頷くと、俺を肩に背負い部屋のドアをゆっくりと開け放った。

 約一週間ぶりに体を動かすのだ、とりあえず実戦はさけ、中央広場で軽く体を動かそうという話になっている。廊下ですれ違った人達に会釈を返しながら進み、階段を下ると、そこには沢山の人々がひしめきあっていた。

 この世界のギルドというのは公共機関の集合体のようなものらしく、仕事の斡旋から手続き関係、警察のような治安維持までこなす、所謂なんでも屋のような存在なんだそうな。それ故に人も集まりやすく、職員の数も多い。規則正しく並べられた長椅子には、まだ朝だというのにかなりの大人数が腰を下ろしていた。

「シャーロットさんお早うございますっす」

 突然聞こえたこのやたら元気な声と、その特徴的な口癖はよく覚えている。ソイルを先輩と呼んでいた……そういえば名前を聞いてなかったな。

「……名前」

 シャーロットも同じことを思ったようだ。彼女と思考が被るとなんかこう、少しだけ幸せな気持ちになる。

「そういえば名乗って無かったっすね。自分はトニーっす。よろしくっすシャロちゃん」

 シャロちゃんか。とても可愛らしい響きだとは思うが、当人であるシャーロットはなんだかご立腹のようだ。

 本当に負の感情だけは背中越しですら感じ取れるほどはっきりとしているなあ。おおかた、いきなり仇名にちゃんづけとか馴れ馴れしいとか思っているのだろう。まあ実際俺も馴れ馴れしいやつだな、とか思っていたところだし。

「……服」

「服? ああ、流石に今は事務仕事用の制服っすよ。普段まであんなぴっちりタンクトップスーツなんて着てらんないっすよ、恥ずかしいっすもん。あ、でもこれ先輩にはナイショっすよ。聞かれたら怒られるっすから」

 あれか……確かに上半身ぴっちりで筋肉が強調されてたもんなあ。動くにはいいのかもしれないが、あんなもん着て接客とか、羞恥プレイ以外の何物でもないよな。ということはトニーも今はビジネススーツっぽい服を着ているのだろう。

「……出る」

 背中から少々うんざりとした雰囲気が伝わってくる。シャーロットにお疲れ様と言ってあげたい気分だった。

「お出かけっすか。了解っす。先輩には自分から伝えておきますんでゆっくりしてくるといいっす。あ、呼ばれてるみたいなんで行ってくるっす。またっす」

 自分の言いたいことだけまくし立てて、トニーは嵐のようにそそくさとその場から去っていった。まったくもってせわしないやつだ。バルカイトにトニー、似た者同士な二人に囲まれてソイルはきっと苦労しているんだろうなと、俺は彼に同情するのだった。

(とりあえず行くか)

「……ん」

 ギルドを出ると目の前には食堂がある。あちらで言うところのイタリアン系のお店らしく、特にパスタが美味しいらしい。昼食時は目の前ということもあって、ギルドの職員で賑わうんだとかなんとか。特に絶品なのはクラーケンのイカ墨パスタだとか……やめよう、食事系の話をするとなんだか心がブルーになる。

 右を向くと目的の中央広場がすでに見えていた。

 この町は巨大な噴水が目を引く中央広場を中心とし、主に三方向、Y字型の三本の大通りに別れている。俺たちが今いる通りは、ギルドや鍛冶屋などの戦いに関する施設が揃っており、中央広場を右手に進むと食料や雑貨が販売されている市場が広がっている。左手は主に居住区、民家が多いのだとか。

 これらは全てシャーロットが療養中にバルカイトから聞いた話なのだが、戦いが無事終わったらシャーロットに食べ歩きでもさせたいかな、なんて思っていたりする。俺は食えないし、歩くのもシャーロットなのだが、そういう彼女の姿を見てみたいな、なんて。

 そんなことを考えているうちに、シャーロットはすでに中央広場へとたどり着いていた。辺りを見回し人の少ない場所を選ぶと、いつものように布から俺を解き放つ。

 そしてそのまま右手で掴むのかと思いきや、体を半回転させ左手で掴むと、勢いに任せてまず一閃。自分の体のキレを確認すると、右手へと俺を移し、軽く前方へ数回振り回すと、息を整え魔力を放出し始める。彼女の右手から俺の刀身へと魔力が流れ始めた次の瞬間だった。

 突如鍔の部分が、まるで羽が開くかのように上下に展開したのだ。そのあまりに意味不明な機構に俺もシャーロットも驚きを隠せないでいた。

「……これは?」

(俺も……わからん。と、とりあえずいつも通りにやってみようか)

 俺の言葉に頷くと、特に気にする様子も見せずいつも通りに俺を振り回し始める。今までとの違いはスグに理解できた。振り回される感覚がやけに軽い。今までは空気を切り裂くというか、空気に抵抗されて押し返されているような感覚があったのだが、それが今はまったくといって感じられない。

 シャーロットが俺を振りぬくスピードも確実に増している。そして振れば振るほど輝きを増していく刀身。今までとは比べ物にならない魔力の奔流が俺の体を包み込んでいく。

 その時俺は、バルカイトが俺を修理した時におまけがどうのと言っていた事を思い出した。あのヤロー強化は無理とか言ってたくせにできてるじゃねえか。そんな文句を思いながらも、心はとてつもなく高揚していた。

 シャーロットも今までとの違いを噛み締めているのだろう、一振り一振りの彼女の動きが、いつにも増して生き生きとしているように感じられた。そして一番の違いは、その動きの中に突きの動作が取り入れられていたことだ。その動きは何者よりも速く、そして美しかった。

 感覚にして五分ほどシャーロットは俺を振り回し、肩に背負い直す。その直前、魔力の供給がなくなると同時に展開していた鍔は閉じ、元の状態に戻っていた。

 数秒の余韻の後盛大な拍手が辺りから巻き起こり、この広場を包み込んだ。

「……へ?」

 ここは町の憩いの場である広場だ。昼時前とは言え子供連れの奥様方や、休憩している人など沢山の人がいるし、大通りの中心であるここを通り過ぎる人も少なくない。隅っこでひっそりとは言えこれだけ目立つ事をしているのだ、周囲の人間の目に留まってもなんらおかしなことはない。

 シャーロット本人は呆気にとられているようだが、俺には周りの皆の気持ちがよくわかる。きらびやかに舞い踊る彼女の殺陣に、皆魅了されてしまったのだ。しまいには、「お姉ちゃんすごーい」なんて声とともに子供達が集まってきた。

 ついに限界を超えたのだろう、アワアワと慌てふためくような声とともにシャーロットは近くのお店へと走り出し、勢い良く飛び込んだ。

「……シャーロット……ちゃん」

 飛び込んだ先はよく覚えている匂いの場所。コーヒーやパンの匂いに紛れて、木に染み込んだ少量の酒の匂いがするこの場所は。

「シャーロットちゃん!」

 そう、ここは酒場一人はみんなのために。そして聞き覚えのある声の主がシャーロットにぶつかった衝撃で、俺は彼女の背中から転げ落ちた。軽い衝撃の後目の前に映し出されていたのは、涙を流すジェミニさんに力一杯抱きしめられているシャーロットの姿だった。

「……ジェミニ」

「もう、心配したんですよ。あのまま目を覚まさないんじゃないかと思って。ずっと、ずーっと、ずーーっと」

 感情が溢れ出しているのだろう。その後は声にならず、ジェミニさんは俯いたまま嗚咽を漏らし続けている。

「……ごめん」

 こんな時に不謹慎かもしれないが、抱きしめ返すべきか返さぬべきかと、両腕をあたふたとさせるシャーロットのその動きがとてもかわいらしかった。

「ぐすっ、悪いと思ってるなら後五日、うちに泊まってください」

 そんなことを言い出した彼女に俺は驚いていた。五日後といえばシャーロットがナベリウスと戦う決戦の日だ。しかしそれについては先程も言ったように、この街の一般人には誰一人伝わっていないのだ。それをどうして彼女が知っているのだろうか。

「……五日」

「はい。これでも私情報通なんですよ。お店に来るギルドの人達からあらゆる手を使って聞き出したんですから」

 脅し、誘惑、買収、様々な方法が俺の頭の片隅をよぎった。やり方はわからないが、あのギルド職員達から話を聞き出したんだ。この人には逆らわないほうがいいと、両目を赤く腫らしながらも笑顔を向ける彼女に対して、俺の中の何かが警笛を鳴らしていた。

 ……ただ単に彼女の可愛さに口を滑らしただけかもしれないけどな。

「また死ぬかもしれないようなことをするんですよね。だったらせめてそれまで近くにいさせてください」

 若干俺の中で彼女に対する疑心暗鬼の思いが膨れ上がってはいるが、その真剣な眼差しは純粋な思いからなのだろう。そう思いたい。などと心の葛藤を繰り広げていると、シャーロットがこちらを見つめていた。どうしたら良いか決めあぐねているようだし、ここは助け舟を出してやるか。

(本当に心配してくれてるみたいだしいいんじゃないか。ここはお言葉に甘えても)

 俺の発言に素直に頷くシャーロット。提案を素直に受け入れてもらえるってなんて気持ちが良いのだろうか。あちら側にいた時は真面目な発言をしようとしても、黙れキモヲタって発言する前に罵倒の言葉が飛んできて……いかん、また古傷が。

「……わかった」

 了承の返事を聞いたジェミニさんは、喜びのあまり再びシャーロットのことをぎゅーっと力一杯抱きしめる。なすがままにされているシャーロットだったが、表情は少し苦しそうだった。こう見てると二人が本当の親子の様に見えて、自然と笑みがこぼれてしまう。

 満足したのかシャーロットを解放したジェミニさんは、突然何かを思いついたように両手を打ち付けると、カウンター裏へと走り、何かを探し始めた。

「まだ本調子じゃないですよね。それならうちには怪我を早く治したり、体の疲れをとる秘薬があるんですよ」

 そう言って自信満々に彼女が取り出したのは、俺の知らない地名のどこぞの温泉の元だった。
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