俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第一章 剣になった少年

第33話 決戦の幕開け

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「……リヒト……輝けグランツ!」

 シャーロットの掛け声とともに、俺の刀身が光剣へと変化する。その出力はバズーと戦った時よりも大きく、溢れ出た魔力が雷のように勢い良く弾けていた。

「光の剣か。まったく、貴殿のような者がそれを振るうとは、傍若無人にも程がある。しかしまあよかろう、我は今最高に気分がいい。無礼講だ。それに一度、それとは手合わせしてみたかった。先手はくれてやる、どこからでもかかってくるが良い」

 ナベリウスはマントの中に両腕を引っ込めたまま構えず、全くの無防備だというのに、やつから放たれる異質な波動が安易な攻めを拒ませる。隙がない。

 俺の柄にシャーロットの手汗が染み込んでくる。彼女もまた奴の隙の無さに攻めあぐねているのだろう。しかし、いつまでも睨み合いを続けているという訳にもいかない。

「……いくよ」

 俺にそう宣言すると同時に、シャーロットの足が動き出す。最小限の動きで走りナベリウスへと肉薄するシャーロット。そんな彼女の体が左方向へとそれた次の瞬間、先程まで彼女のいた地点に真っ赤な弾丸が着弾し、地面を深く抉っていた。

 ナベリウスの方を見ると、マントから突き出された狼顔の左腕の口から煙が立ち昇っている。シャーロットが今度は右方向へ移動すると、再びその場所に先程と同じものが着弾した。今度は見逃さなかった。それはやはり火炎弾、それが奴の左腕の口の中から大砲のように発射されていたのだ。

 確実に彼女を狙って射出される弾丸を交わしながら走リ続けるシャーロット。徐々に距離は詰まり、俺の刀身の射程内に入ったところで彼女は鋭い突きを繰り出した。しかしその一撃は、やつの右腕による魔力の盾によって防がれてしまう。

 だがこの前とは違う。前回は傷一つつけることすらできなかったそのシールドには、すでに小さなひびがはいっていたのだ。そのひびは瞬く間に大きくなり、爆発する間も与えずその盾を粉々に吹き飛ばした。その勢いのままナベリウスへと攻撃を加えようとするが、すでに奴の姿はそこに無くシャーロットの後方へと移動していた。

「この前とは一味違うということか」

 まただ。一体何なんだこいつは。今回もそうだが、俺の刃がやつを捉えたという感触は確かにあるのだ。しかし肉を斬り裂いていく感触はあるのに、血液には触れていないという奇妙な感覚。この違和感はいったい何なのだろうか。

 それに今の一撃を受けてなお、やつの表情は崩れない。焦りの色を浮かべることもなく、むしろ喜びの表情を浮かべている。まるで戦いに魅入られた悪魔のようだった。……いや、やつは紛うことなき悪魔か。

「いいぞ、もっと斬りかかってこい。もっと我を楽しませてみせろ!」

 先程の一突きでやつに対抗できるという手応えは感じられた。だがしかし、状況は前回と全く変わっていない。これから先、やつに一撃も与えることができなければ、先に力尽きるのはやはりシャーロットの方だろう。それでも、あの時より今の俺達は冷静だ。何か糸口がつかめれば、必ずこの状況を打破する方法はあるはずだ。

「……おねがい」

 俺だけに聞こえるぐらいの小さな声でそう呟くと、シャーロットは再びナベリウスめがけて走り出す。おねがいってことは、俺に奴が何をしているのかを見極めろって言うことか。学校のテストは下から数えたほうが速いぐらいだし、頭がいい自信は無いのだが、それでもシャーロットの頼みだ、全身全霊をかけて何としてでもその任務を遂行しなくては。

 それにしても、やはりと言うべきだろうか。シャーロットがどれだけ斬りつけても、やつの体には傷一つつけることができないでいる。そしてやつが消える瞬間、質量、気配もそうだが、物体が動けば起こるはずの空気の揺れすら感じられない。いったい……いや待て、空気の動き……そうか!

 俺は魔力のコントロールと空気振動以外の全神経を一時的に遮断した。

 横方向の空気の圧力が俺の全身に加わり、シャーロットがナベリウスめがけて走り出した思われたその時だった。シャーロット以外の何者かが動いたのを、俺は空気の振動から感じ取った。切っていた全神経を戻し前方を見ると、動いたはずのナベリウスは何故かまだ目の前に立っている。

 ああ、そうか。これはやっぱり。

 シャーロットがナベリウスと思わしき何かに斬りかかろうと俺を振り上げたその瞬間、俺は力一杯の声で叫ぶ。

(シャーロット!後ろだ!!)

 その声に即座に反応した彼女は、俺を振り抜くと見せかけながら刀身を百八十度回転させ、瞬時に坂手持ちの構えで左手に持ち直すと、その勢いのまま後ろへと突き出した。

「ぬぅ!」

 その瞬間、ナベリウスの口から苦悶の声が漏れだし、俺の刀身はやつの肉を斬り裂きながら突き進み、血液のドロっとした感触までたどり着いた。そうこれは本物のナベリウスの体、ついに俺達はやつの幻影を破り一矢報いることに成功したのだ。

 これを好機と見たシャーロットは、大量の魔力を一気に流し込み勝負をかけた。光剣が輝きを増し、やつの細胞を破壊しようとしたが、そこは流石にナベリウスだ、自分の体が切り裂かれることも気にせず左手の甲で勢い良く俺を弾き飛ばすと、後ろに大きく跳躍し俺達から距離を取った。

 シャーロットは軽く舌打ちをしながらナベリウスの方へと振り返りやつの状態を確認すると、より一層俺を握る拳に力を込めた。

 俺も驚いていた。致命傷と言えるほどでは無いにせよ、先程の一撃は確実にやつの体を貫いていた。だというのにやつの体には傷一つなく、光剣を跳ね除けた左手の甲、すなわち狼型の頭部が若干焼け焦げ煙をあげているだけで、足元にも血の一滴すら滲んでいない。

 まさかとは思うが再生能力、しかもとんでもなく治癒速度の早いやつでも持ってるっていうのかよ。計り知れないやつの能力の連鎖に冷や汗が流れおちる。本当に俺達に勝機はあるのだろうか。

「……まだ」

 俺を励ますように声をかけるシャーロットだが、彼女の拳は先程からずっと力が入りっぱなしで、手のひらはすでに汗でベチャベチャだ。

 シャーロットの汗がどんどん柄に染み込んできてなんだか背徳的だなとか、こんな状況ですら不覚にもそんなことを考えてしまう自分に嫌気が差す。雑念は振り払え、今は戦いに集中しろ。と無理やり自分に言い聞かせた。

「俺に傷を負わせたか。なるほど、俺と戦うための威厳ぐらいは取り戻したと言うことか。面白い。ここから小細工は一切無しだ。だが、まだこれもハンデの内だ。もう少し貴様の方から打ち込ませてやる……さあ、来い!」

 闘気の流れが変わった。保守的だったやつの魔力が攻撃的な色に変わり、赤い波のように押し寄せてくる。刀身に宿る光の力、シャーロットから送られる聖なる魔力がそれを緩和してくれるおかげで、なんとか踏み留まってはいられるものの、生の状態で受けたら確実に一瞬で失心できる自身があった。それぐらい今のやつの魔力は驚異的だった。

 そんな中、シャーロットは嵐に立ち向かうようにゆっくりと一歩を踏み出し、そして加速する。瞬間的に距離を詰め繰り出される高速の左上段斬り、しかしその一撃は何か強大な衝撃によって弾き返された。

 よく見ればナベリウスの右腕も、左腕と同じように狼の顔へと変化している。そして赤い、炎のような魔力が牙に纏わりついている。たぶんそれが俺の刃を弾き返したのだろう。

 シャーロットは臆すること無く今度は右上段へと切り替えるがそれもまた弾き返される。今度は見えた、やはりやつは腕の中のさほど大きくもない牙で俺の刀身を器用に弾き飛ばしていたのだ。

 そして光剣と牙と言う異色の切り結びが始まった。

 横、回転、突き、袈裟斬りからの逆袈裟斬り、フェイントを踏まえて後ろに回り込むなど、多彩な剣戟を打ち込んでいくシャーロットだったが、その全てをことごとくナベリウスは見切り、受け止められてしまう。

 このままでは埒があかないと、飛び退き仕切り直すシャーロット。これだけパワーアップしても、ナベリウスとの力の差は埋まらないっていうのか。

 着地の瞬間、足元をふらつかせると同時に一瞬だが光剣の形成が乱れる。まずい、シャーロットもかなり疲弊しているようだ。それもそうか、彼女の魔力がいくら桁外れとは言えこんな小さな女の子だ、一度に溜め込める量はたかが知れているのだろう。そして体力だって……

 光剣状態を維持するために魔力を放出し続けているのだ、彼女の魔力が尽きるのも時間の問題かも知れない。このままではあの時の二の舞いだ。脳裏にちらつく地べたに這いつくばったシャーロットの姿を俺は振り払う。何か……やつに対抗する方法は。

「我が幻影を見破ったことは褒めてやろう。しかしこの程度か、興ざめだな。もう少し見込みがあると思っていたのだが。魔力の制御も完璧ではないようだし、その不完全な姿ではやはりこの程度が限界か」

(不完全……か)

 その時何故か俺はシャーロットが書いていた、今の私じゃあなたを満足させられない、という文字と、ナベリウスがシャーロットに投げかけた、みすぼらしい姿になったものだな、という言葉を思い出していた。

 俺はこれらの言葉が、こんな子供の私ではという意味と、言葉通りナベリウスにとって今のシャーロットの姿がみすぼらしく見えただけ、という捉え方をしていたのだが、もし先程の不完全という言葉がそのままの意味で、今のシャーロットの姿が本来の完全な姿でないという意味なのだとすれば……俺はある一つの可能性にたどり着いていた。

 呪いの力で彼女の感情だけでなく、姿、そして力まで抑え込まれているのだとしたら……もし本当にそれが呪いによるものならば、それを解呪できる方法があればこの状況を打破できるかもしれない。それに、彼女を呪いの苦しみから救ってやれるかもしれない……

 そして俺はこの瞬間、ある妙案を思いついていた。
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